「まず結論から申し上げますと、今のままでは足利には勝てません。磨り潰されます」
サラッと言ってのけた俺に、海野殿をはじめ三名将のこめかみに血管が浮かぶ。
まず初めに強い言葉を投げ付けて会話のペースを握るのが交渉のテクニック。
と聞いたこともあるが、残念ながら言葉遊びの類などではなく割りと本気の言葉である。
混じりっけなしの純粋な思いとして、俺はこのままでは勝てないと断言しているのだ。
驚愕の表情を浮かべているのは時行様と彼の郎党衆。
その一方で、邦時様と頼重殿は「だろうね」と言わんばかりに小さく肯いている。
俺は言葉を続ける。
「現状、足利郎党には数も質も大きく劣っております。質は工夫次第で対応できましょうが…」
「数の差ばかりは如何ともし難い、と」
「然様」
頼重殿の
確かに足利尊氏は化け物だが、その郎党まで化け物というわけではないと俺は考えている。
有能な家来たちが数多くいるものの飽くまで常識の
脅威ではあるが、ここにいらっしゃる諏訪神党三名将の面々も決して見劣りはしないであろう。
幾つか用意してある腹案も使えば、その差は縮まるか上回る部分すら出てくるかもしれない。
しかし、問題は『数』である。
「なるほど…」
頼重殿は俺の言葉に腕を組み暫し考え込んでいるご様子である。
が、思考を中断して敢えて反論の言葉を紡がれてきた。
「ですが、我が諏訪神党には死をも恐れぬ武者が1万騎おりまする。それでもですか?」
頼重殿御自身の疑問、というよりは三名将や時行様に聞かせるための問いかけであろう。
ならばと俺は頷きつつも用意していた言葉を返す。
「まるで足りませぬ。その10倍は用意して初めて検討に値する段階と言えるでしょうな」
「………ッ!」
息を呑む声なき声は果たして誰のものであったか。
俺もある程度の歴史知識を有しているとは言え、そこまで南北朝時代に詳しいわけではない。
メジャーどころの戦国時代ですら合戦でどれだけの兵が動かされたかすら分からないのだ。
けれど、俺は鎌倉で何度か顔を合わせていた足利高氏を思い浮かべることができる。
アイツの器量から、「どれだけ兵を引っ張ってこれるか」を考えることができる。
ヤツの器量を考えれば、いざ合戦となれば10万騎は軽く
あるいは20万騎であっても見事に統率してみせるのかもしれないが。……化け物だからなぁ。
「ふむ。ですが、それだけの数はこの諏訪ではとてもとても賄えきれませぬなぁ」
意図の読めない表情で
時行様は自信なさげな表情を浮かべているが、口を挟むつもりは今のところはないようだ。
ならばと改めて頼重殿に向き合い、俺は口を開く。
「
「滅相もない。良き案がおありでしたら是非ともお聞かせ願いたいものですな」
「……ふぅ」
頼重殿は飽くまでこの場を俺に押し付け… もとい、お譲り下さる腹積もりらしい。
ならば仕方ない。
改めて腹を括って、用意されていた和紙と
描いたものは粗雑な日本地図。とはいえ、この場にいる者にさえ伝わればそれで充分。
「これは… 地図、かな?」
「然様。さて、ここを諏訪としましょうか」
殿の問い掛けに応えつつ、大まかに諏訪の辺りであろう部分に○を付ける。
「諏訪で足りなければ奪えば良い。奪う場所は海に面した
「伯父上、それはまさか…」
「然様。『鎌倉』です」
時行様の言葉に肯くと。
俺は諏訪の右下辺り、海に面した現在で言う神奈川県の辺りに○を付けて諏訪と線で結んだ。
「鎌倉は守りに易く攻めるに難い天険の要塞。加えて各国を結ぶ流通の要でもあります」
鎌倉は外部より攻め難く、守り易い。それでいて内部は整備されており平野部も多い。
諏訪湖周辺を除けば山間部が大多数を占める中部地方とは異なり、武士も駐屯させやすい。
そして東海道といえば、古くは律令時代から定められた国の主要幹線道路である。
つまり流通・交易の要でもあるのだ。武士の食い扶持を支える経済力までも付いてくる。
港(湊)まで付いてくるのであれば倍率ドンである。いつの時代も貿易網は力なのだ。
日本海側に向かう進路も捨て難かったが、それでも鎌倉を無視できなかった理由はそこだ。
鎌倉はこの時代における日本では数少ない都会なのだ。放っておく手はない。
それが比較的近い位置にある諏訪を拠点とするのであれば尚更だ。
なんせ鎌倉に敵が本格的に入れば手が付けられなくなる。
難攻不落の戦略拠点を駆使しつつ、間断なく敵を攻め立てることが出来るのだから。
まずないとは思うが、足利尊氏が鎌倉入りしつつ諏訪にターゲットを定めたら最悪だ。
下手をすれば諏訪は三日で滅びかねない。
「だから鎌倉を奪い、諏訪と結び… そのまま日本を分断させます」
俺は鎌倉と諏訪を結んだ線を伸ばし、そのまま日本海側まで伸ばし日本を分断させた。
鎌倉と諏訪を結び日本東部を支配下に置き、交易と流通で経済面から『数』に対抗する。
日本を二つに分ける経済的共栄圏構想。
戦において『数』とは力である。それは今更言うまでもない自明の理であろう。
そして熟練の武士は畑から無限に取れるようなものではない。
故に、『数』に対抗するための個人の努力にも限界はある。
ましてや相手だって努力を重ねている。その差は容易には埋まらないはずだ。
ならばどうするか?
……銭の力で『数』を補うのだ。
かの織田信長公がやってみせたように。
武器も、傭兵も、あるいは敵将ですらも銭の力で懐柔して、利益で以って優位に立ち回る。
まだ足利が日本全てを掌握しきれていない、天皇親政の時期だからこそ描ける未来絵図。
便宜上、鎌倉と諏訪を結び東日本を共栄圏とするかのように語ったものの、銭に国境はない。
成立さえすれば、毒のようにジワジワと日本を侵蝕させていく未来とてあるかもしれない。
コレが旅の道中で俺が殿に語った構想の一つである。
「なんと…!」
「むむ…」
「ほほう、これはこれは…」
三名将ばかりか頼重殿まで声を漏らしている。多少は彼等の予想を超えられたようだ。
さて、ここまであれやこれやとしたり顔で語ってきたものの…
実はこれらは全部、見掛け倒しのハリボテなのである。なんとも頭が痛い問題だ。
……まぁ、まったくの無意味とまでは言わないが。
銭の力とは、ある程度の文明が発展した社会が土壌になければ即効性がない。
鎌倉幕府という日本を支配していた機関が滅んだ以上、秩序的には文明は後退している。
天皇親政? 如何に有能な人間であっても、いきなり日本全土を即統治できるものか。
あるいは全員が全員、楠木殿みたいな無私の忠義者ならば可能なのかもしれないが。
利によって足利に付いたような連中が、己の全てを捧げて天皇親政の世に尽くすはずがない。
そして後醍醐天皇の親政は、武におけるほぼ全ての部分を足利尊氏に頼り切っている。
統治者でありながら全てを従わせるだけの絶対的な武力を保持していないのだ。
(……厳しい意見になるだろうが、コレをお飾りの統治者と言わずしてなんと言おうか)
武士は鎌倉幕府の代わりに足利尊氏に従っているに過ぎない。
その問題を後醍醐天皇は解決できていないのだ。
それどころか天皇家は明治維新という遠い未来に至るまで独力では解決できなかった。
だから今の世は間違いなく群雄割拠が息衝く『乱世』の時代と言える。
足利尊氏に限らず新田義貞、赤松円心、佐々木道誉といった綺羅星たちが力を持つ時代。
現代知識を基準に考えれば応仁の乱以降の戦国時代をそうと考える人は多いだろうが。
今この時代も、この時この世界を生きる俺達にとっては紛れもない『乱世』なのだ。
つまり、『経済戦争を仕掛けても暴力でひっくり返される』なんてことになりかねないのだ。
誇大妄想でもなんでもなく、足利の連中ならばガチでやりかねないのが恐ろしい。
加えて経済戦争を仕掛ける側なのに元手となる銭がない、というのも無視できない問題だ。
この時代、悲しいことに自国で貨幣を生み出す技術がなかったのである。
いや、あるにはあったが技術力に天地ほどの差があったために流行らなかったと言うべきか。
(宋銭の仕入れ先がなぁ… まったく、どうしたものやら)
現在、日本国内で流通している貨幣といえば概ね宋銭である。
そして御存知の通り、鎌倉からは中国大陸には行けない。
かといって鎌倉を放置して背を晒しつつ日本海側に攻めるのは恐ろしすぎる。
電撃作戦を仕掛けるにせよ、小笠原貞宗も容易な武将ではないだろう。
最悪、足利の救援が来るまで我等を見事に足止め仕切る可能性もあるのだ。
そんな困難を乗り越えて日本海側に拠点を築いても、未開の田舎町を抑えられる程度。
中国大陸と交易できる程度にまで開発するのに、一体どれほどの銭と歳月がかかるのやら。
鎌倉を抑えることに比べたら割に合わないなんてもんじゃない。
(どうせやるなら鎌倉に全力投球するべきだろう。博打にせよ命の張り時というものがある)
今後を見据え新たな貨幣を生み出してみるのも悪くはないが、リスクが大き過ぎる。
失敗する可能性があるばかりか、成功したとしても初動は確実に遅れるだろう。
そして、こちらがまごまごしている隙を見逃す尊氏と直義ではあるまい。
後はこちらが防衛網を完全に築く前に、原始的な暴力で叩き潰されておしまいになるだろう。
戦術などを駆使すれば、あるいは一過性の勝利を得られるかもしれないがそれまでだ。
史実エンド一直線である。
だからこそ…
「これは飽くまで、膠着状態を引き出した後に我等の体制を補強する考えに過ぎません」
「なんと、これだけの構想が次善の策に過ぎないと仰せであられるか?」
「然様、この動き一つのみでは恐らくこの策は完成しないでしょう。それほどに足利は強い」
この構想は、睨み合いに持ち込んだ時に時間を味方につけるための補強策に過ぎない。
「ならば、どうすべきと仰るのか? 伯父上は」
強い視線で時行様が問い掛けてこられる。
俺はその視線を真っ直ぐ受け止めると、おもむろに口を開いた。
「味方を強くするには限界がある。……ならば、敵を弱くするしかありますまい」
「敵を弱くする? どのようにして」
「然様ですな。……護良親王殿下に我等の側についていただく、などはどうでしょうか」
「………」
「京の都に不穏分子を抱えれば、足利は全戦力を鎌倉に送ることはできませぬ」
だからこそ、俺たちにとって砂金よりも貴重な『時間』を捻出することに繋がるのだ。
大胆不敵な俺の言葉に殿がへらりといつものような緩やかな笑みを浮かべられた。
頼重殿も含め、この場の一同全員が揃って絶句している光景は中々に新鮮で見応えがある。
「ば、莫迦なッ! ありえんッ! 親王殿下と足利は陛下のため共に戦ったのだぞッ!?」
祢津殿が再起動を果たし、口泡飛ばしながら声を荒げる。
なるほど確かに正論だ。だが正論が全て罷り通るならば鎌倉幕府は滅んでいないだろうさ。
「足利高氏こそは天皇親政の時代の立役者。……殿下も楠木殿も立場がないでしょうな」
「それは… だが、しかし… 殿下も楠木殿も帝のため堪えるやもしれんではないか」
その言葉に、俺はゆっくりと首を左右に振る。
頼重殿は理解されたのだろう。しかし、時行様やその郎党ら三名将は怪訝な表情を浮かべる。
そして俺は周囲の注目を集めたまま、『最悪』な言葉を紡いだ。
「燃えないならば燃やすまで。一度火が付けば、やがて周囲を巻き込む炎となりましょう」
二度目の絶句。しかも今度は悪魔を見るような眼差しのオマケ付きだ。
別に他の誰にどう思われても仕方ないが、甥っ子の時行様にそんな目で見られるのは凹む。
地味に凹む。つらい。しかしこれからのことを考えれば泣き言など言ってはいられない。
「なるほど。宗繁殿の本命の策とは京入り、ですか」
「然様」
冷静に言葉を受け止めてくれた頼重殿の確認に、俺は首肯を返す。
そして筆を走らせて畿内に大きな二重丸を描いた。
俺の本命の策とは、そのものズバリ畿内潜伏である。
護良親王を確保するのが大本命だが、皇族を奉戴できれば楠木殿にも伝が出来るであろう。
無論、彼の人の忠誠が後醍醐天皇にあるのは疑いようがない。
恐らくは、後醍醐天皇と足利が手を取り合っている間は勧誘に応じることもあるまい。
しかし、両者の対立後はその限りではないはずだ。
仮に味方に付けられずとも、消極的な友軍となるのであらば戦略的価値は充分見込める。
それはこちらにも言えること。
本格的に後醍醐天皇の
その上である程度の妥協点が見出せて手が取り合えるのならば万々歳だ。
とはいえ、これらについては政治絡みの話になるから時行様や頼重殿の分野となるだろう。
それに畿内に存在する英雄は楠木正成だけではない。
赤松円心も帝への忠厚い英雄の一人だ。楠木殿と同じアプローチを出来るかも知れない。
他には佐々木道誉なども後世で『婆娑羅大名』として名が知れた傑物だ。
どちらもタイミングと話の持って行き方次第では
だから、やるべきこと・やれることはそれこそ幾らでもあるのだ。
現在、京の都は足利にとっては火薬庫で我々にとっては宝の山とも言えるのだから。
攻め得こそが反体制側の強みだが、無論それら全てをノーリスクで得られるわけではない。
無軌道に暴れ回るだけでは、敵を増やすだけで何も為せないまま終わってしまう。
情報を精査し照らし合わせることで、実情に合わせて修正した上での行動が求められる。
それをするために必要となる前提条件が、京入りである。
残念なことに、俺には遠くにいながらにして全ての盤面を操ってみせるような才覚はない。
ならばどうするのか? ……決まっている。体ごと現地に向かい体当たりでこなすのだ。
あぁ、畜生め。
軍師欲しい。忍者欲しい。アドバイザー欲しい。情報網欲しい。とてもとても欲しい。
(どっかに今孔明*1とか風魔小太郎*2とか落ちてないかなぁ…)
心中でため息を吐きながら無い物ねだりをしていると、頼重殿が続けて尋ねてくる。
「いつ頃をお考えでしょうか?」
「ハッキリとは決まっておりませんが、諏訪の情勢を見て取りある程度の問題を解決して…」
頭の中で色々と組み立てながら指折り計算し、大まかな試算を告げる。
「半年後あたりに出立、というのが目処となるかと」
「半年後、ですか」
「それより遅くては、恐らく畿内の動きに出遅れましょう」
「それより早ければ、諏訪の地盤が固まらぬまま不安を抱えての出立ということになると」
「流石は頼重殿。然様、ご賢察の通りかと存じまする」
話が早いって素晴らしい。これからも賢い人に全部考えていただきたいくらいだ。
すると頼重殿は「いえ、宗繁殿の智謀には及びますまい」と明るい笑顔で返してくれる。
謙虚なのも素晴らしいなぁ。わざわざ俺みたいな御内人を立ててくれるなんて。
けれど、俺には未来の歴史知識があってもこの程度の絵図を描くのが精一杯。
むしろちょっと語っただけで作戦の
そんな感じに頼重殿凄いなぁと思っていると、時行様がしみじみとした様子で口を開かれた。
「そうですか。伯父上が半年後には京へ… こうしてお会いできたばかりだというのに」
「なんの、まだ半年もあるのです。この宗繁、それまでは
「ですが京は
涙目で心配をしてくれる甥っ子を見ると、胸の奥がじんわり暖まるような感覚を覚える。
……ありがたいことだ。
北条得宗家の棟梁の座と重責を押し付けた、こんな俺のことすら心配してくれるとは。
せめて精一杯がんばって、諏訪に残る北条党の本隊の役に立てるようにがんばらないとな!
俺の意気を察してくれたのか、それまで静かに見守って下さっていた殿も追随をされる。
「心配することはないさ、時行」
「兄上…」
「伯父上の武芸の腕前や頭のキレの速さ、何より忠義の心はおまえもよく知っているだろう?」
「はっはっはっ! 然様。非才の身なれど、殿や時行様の
「……そう、ですね。はい! 全てが終わった時にまた無事にお会いしましょう!」
互いに笑顔を浮かべ合う兄弟仲が良いご様子に、俺も益々笑みが深まっていくのを自覚する。
そして殿… 邦時様が更に言葉を続けられた。
「それに僕もついていくからね。伯父上一人では苦しい時も何某かの力になってみせるさ」
「はっはっはっ! 然様然様。殿が付いておられればまさに百人力というもの… ん?」
「そ、そうでしたか。兄上まで付いていらっしゃるのでしたら確かに安心というもの… ん?」
時が止まったかのように錯覚する。今、殿はおかしなことを言われなかっただろうか?
思わず時行様と顔を見合わせてしまう。……どちらからともなく
「……いえ! いえいえいえ、まさかそんな。殿ともあろう御方が斯様に軽率なことを」
「で、ですよねぇ! 伯父上ばかりか兄上まで京に乗り込むなど、そのような…」
「ん? 聞き取れなかったかい? 『伯父上とともに僕も京入りする』と言ったんだけど」
声にならぬ絶叫、それは果たして何れのものであったのか。
呆然とする諏訪神党三名将に時行様のご郎党一同。
そして何かを悟ったのか薄く笑みを浮かべられる頼重殿。
そんな彼等を余所に、常と変わらぬかのように微笑んでいる邦時様に対して焦燥感が募る。
俺と時行様は左右から殿を挟んで、掴みかからんばかりに説得の声を上げた。
「邦時様ッ! 某はそのような話は聞いておりませんぞッ!!」
「当然の話というか、言うまでもないことだったからねぇ」
「兄上、京は魔窟なんですよ! 足利の本拠地なんですよ!
「ちょ… おまえ、時行。縁起でもないこと言うなよ。大丈夫、伯父上に守ってもらうさ」
「そもそもですね…!」
よっぽど俺と時行様の声がうるさかったのか、殿が耳を抑えながら気怠げに対応される。
しかしここで追撃の手を止めるわけにはいかない。
そう思って更に声を発そうとしたその時…
「静粛に!」
ピシャリと
頼重殿である。
今や普段のとぼけた雰囲気は鳴りを潜めており、一種侵し難い神聖な威厳を漂わせている。
……これが諏訪大明神の持つカリスマか。
畏怖の感情を抱いていると、頼重殿は人当たりの良い笑みを浮かべ殿の言葉を促された。
「……邦時様、お話をお続け願ってもよろしいですかな?」
「もちろん、とは言ってもそう難しい話じゃないよ」
「ほう?」
「単に伯父上の策はそのままでは不十分。……穴がある、と言うだけだからね」
なんと!?
コレには俺は勿論のこと、時行様やその郎党に三名将まで唖然とした表情を浮かべている。
それを見て、邦時様は普段とは全く異なるニヤリとした人の悪い笑みを浮かべられる。
「頼重殿は既に看破されているようですね」
「さて? よろしければ私めにもご講義を
「ふふっ、僕に言わせるとは頼重殿もお人が悪い。……ではまず一つ」
人差し指を立てた邦時様の言葉を、一同、固唾を呑んで待ち構える。
「伯父上の身分が低すぎる。ぶっちゃけ相手にされず終わる可能性がとても高いね」
「ぐはぁっ!?」
「お、伯父上しっかり! 傷は浅いですよ! 兄上、なんて覆しようのない事実を…」
思わず吐血しそうになる。……殿、なんと残酷で疑いようのない事実を指摘されるのか。
いや、うん。俺もその懸念はあったよ?
けれど、これから仲間となる方々の前でわざわざ弱気な発言をするのもアレだろう。
それに他に適任はいないのだ。
京という地である程度自衛しつつ動けるのは俺くらいだろうという思いもあった。
いざとなれば無駄に鍛えてきた暴力で、更迭直前の護良親王を
他の英傑たちも味方に付けられれば万々歳ではあるが、殿下さえ確保すれば体裁は保てる。
だって俺の身分では、正攻法でいっても顔を拝むことすら難しい雲の上の存在だからさ。
「その二。北条一門が一つ所に集まる危険は分散すべきだ」
「それは…」
「僕が高氏ならば、諏訪に時行・邦時の兄弟がいると判明すれば他は無視し真っ先に攻め滅ぼす」
その言葉に息を呑む。……そうだ、もしそんなことになれば俺の相手などするはずがない。
有象無象など放置して真っ先に後継者を捕らえ、天下に足利の威光を示すことであろう。
そして、それをやられると畿内で俺が打てる手がなくなってしまう。
精々が破れかぶれの暗殺強行程度。……足利尊氏相手に成功する気は全く起きないけれどな。
「纏めて
「兄上…」
「仮に僕が
「殿、それは…」
続く言葉を察してお止めようとした俺を手で制し、殿は言葉を続けられた。
「しかし時行が
聞き方によっては
しかし、その想いは最愛の弟君にはしかと届かれたようである。
「……はい、はい! 私は、兄上とともにがんばります! 例えどんなに離れていても!」
涙をこぼし、すすり声を上げながらも時行様は気丈に返事の御言葉を紡がれた。
これは、もはやどうにも反対できるような空気ではないだろう。
一過性の思い付きであるならば、例え不興を買ったとしても命を懸けてお諌めしていたが。
そこまでのお覚悟で京入りをお考えであるのならば、これをお護りするのが家臣の役目。
斯様な己の命の使いどころ、まさに鎌倉武士の冥利に尽きると言ったところであろう。
「うん。僕ら兄弟は力を合わせよう… 『命を懸けて』」
「はい! 私も『命を懸け』ます!」
「もちろん、伯父上や頼重殿に三名将の方々といった忠義溢れる侍あってのことだけどね」
そして殿は、ニッコリと場を暖かく包み込むような笑顔を浮かべられた。
その御言葉に対し、俺は… いや一同揃って目頭を熱くしながらも胸を張り肯いたのであった。
尊敬の眼差しを送られる弟君に照れたのだろう、少々耳が赤くなっておられる。
微笑ましく見守っていると、殿は咳払いとともに三本目の指をお立てになられた。
「三つ目は、持明院統の見落としである」
「………」
その言葉に、ピクリと頼重殿が反応される。
持明院統と大覚寺統。
この両統の権力争いこそが南北朝動乱のきっかけと言っても過言ではない。
簡単に言ってしまえば、互いに力を持った家同士が交互に持ち回りで天皇をしていったのだ。
ちなみに足利尊氏が支持した後醍醐天皇は大覚寺統である。
後醍醐天皇は近臣を大覚寺統派閥で固め、継承も大覚寺統で固定しようとしている。
……なるほど、持明院統にとっては面白くないことであろうな。
そして花園上皇*5は文化人として声望を集めており、未だに影響力を保持し続けている。
もしも近付くことさえできるのであれば、それは大きな力となることは間違いないだろう。
流石は殿、俺にはない観点をお持ちである。これは御見事と言うより他はない。
「……まぁ、これについては僕からあれこれ語るのは野暮というものかな」
意味深に頼重殿を一瞥してから、殿はこれでお終いとばかりに話を打ち切られた。
話が切り替わった空気を察したのか、海野殿が質問をしてこられる。
「では京入りはともかく、鎌倉を
「もっともな質問です。宗繁、お答えして差し上げなさい」
……ここで俺に振られるのか。恐縮しつつも再び前に出て説明を始める。
「相手の出方による、としか申し上げられませぬ。恐らくは二年以内となるでしょうが」
「ほほう? 相手の出方次第と仰る割りには、随分と先のことをお見通しのようで」
「新田義貞は鎌倉のような大都市を治めた経験もなく統治には不向きな人材でしょう」
「伯父上を擁護するわけではありませんが僕も同意見です。
「ふむ…」
海野殿はそうつぶやくと腕を組み考え込まれる。
代わりに祢津殿が座ったままに一歩前に進み出て、別の問い掛けを投げかけてこられた。
「なるほど、鎌倉の総督が代わるやもというお話のほどは某にも良く理解できました」
「………」
「であるならば、それは一体何者なのでしょう?」
「それは…」
「何れにせよ容易ならざる相手かと思われますが、是非ともお考えをお聞かせ願いたい」
これまで散々扱き下ろしてきたものの、新田義貞が有能な武将であることは間違いない。
しかし、そんな彼を退けてまで採用するほどの人材…
そんな人物を、俺は足利方ではたった一人しか知らない。
恐らく、歴史の流れを忘れたとしても来るとすれば『アイツ』を置いて他にはいまい。
腕を組み瞑目すること暫し、ややあって顔を上げ目を見開いた俺は徐ろにその名を告げた。
「……足利、直義」
足利を支える名宰相にして足利尊氏の実弟・直義。
内政に見事な手腕を発揮して、足利政権を長きに渡って支え続けてきたとされる傑物だ。
彼が足利陣営にあるうちは朝廷との関係も上手く行っていたことは明白だ。
そして驚くべきことに、本来の歴史では足利尊氏と合戦をして勝利を収めてすらいる。
内政や外交だけに特化した頭でっかちでは決してない、まさに文武両道の才人なのである。
高師直・高師泰兄弟が足利尊氏の手足となって動いた存在ならば、直義は実務面の象徴。
政略の要とも言える存在だ。……鎌倉に派遣するならば彼以外には考えられない。
かの人物の有能ぶりは遍く天下に響き渡っているのであろう。
誰ともなく息を呑む気配がする。
「我等が動き出すのはそれからで御座います」
「ま、待たれよッ! 直義が来る前に鎌倉を抑えるのではないのかッ!?」
「……それこそ、まさか。祢津殿の仰る逆しまに御座いまする」
俺は筆を硯に付けて、和紙に墨を走らせた。鎌倉の地を囲うように四角を描いてゆく。
「直義を決して逃れられないように、鎌倉という檻の中に閉じ込めます」
鎌倉という喉から手が出るほど欲しい要地すらも、直義の棺桶に利用してみせよう。
足利兄弟が揃っていては、勝てる戦も勝てなくなる。取り逃がすなど以ての外だ。
故に直義の『赴任直後』、鎌倉を掌握仕切るまでの僅かな間隙を狙わなければ意味がない。
全く、ギリギリの綱渡りにも程がある。
言うは易く行うは難しの典型例過ぎていっそ乾いた笑みがこぼれてくる始末だ。
……しかし、そうまでしないと足利直義という男を倒すことは出来ない。
万が一にでも取り逃がし、此方のノウハウまで解析されてしまったら最悪だ。
直義はその程度のことはやってのける人間だし、そうなれば本格的に勝ち目がなくなる。
(最大の懸念材料は、果たして本当に直義が来るのかだが。……いや、ヤツなら必ず来る)
俺たちにとっても鎌倉は急所だが、足利にとっても決して無視できない場所なのだから。
アイツは決して『尊氏の天下』を諦めることはないだろう。
だからこそ、尊氏を北条家残党が巣食うと噂される鎌倉に単身送り出したりはしない。
尊氏を京に留め置くとして、鎌倉という要地に赴くべきは誰であるか?
完璧主義の直義ならば、足利の威光をより確固たるものとすべく自らそこに向かうはずだ。
それが図に当たればいよいよ北条家残党は組織だった抵抗ができなくなる。
しかし、その窮地こそが起死回生の一手となるのだ。
「……しかし、そのようなことが出来るのでしょうか? 万が一取り逃がしたら…」
「然様、我等は立ち行かなくなるでしょうな。故に…」
──ゴクリ、と唾を
あるいは、それは俺自身だったかもしれない。
殿に視線を送る。……こちらを真っ直ぐ見つめ返して、小さく肯かれた。
ならばこちらも腹は決まった。
俺はいよいよ計画の肝について口を開く。
「皆様が鎌倉を攻め入る際に呼応し、我等潜入隊も京で乱を起こしましょうぞ」
「………ッ!」
「さすれば足利の足元はぐらつき、増援を送るに送れず政情不安はいや増すことでしょう」
可能ならば、戦力の逐次投入などをしてくれるのであれば都度始末して回りたい。
高師直・高師泰兄弟のいずれかでも釣り上げられれば御の字だ。
無論、それは流石に高望みが過ぎるということは理解しているつもりだが。
これが『みんなで力を合わせる』という構想の要諦である。
生き残った高時様の遺児お二人が力を合わせて、諏訪・鎌倉・畿内を存分に引っ掻き回す。
足利が業を煮やせばしめたもの。
如何に鬼神の如き尊氏といえど二方面に同時に存在することは出来ない。
相手が攻めんとすれば逃げ隠れ、別方面に目を向ければ妨害し、退かんとすれば攻め立てる。
諏訪と畿内の両拠点より、情勢が傾くまで徹底的に嫌がらせをすることを旨とするのだ。
ご兄弟が『命を懸ける』と仰られたのは、何も武士の如く名誉を守り命を捨てるためではない。
その逆、『命を有効活用するため』に他ならない。
生きる限り、命ある限り足利尊氏を脅かし続けるという不退転の決意の表れなのだ。
そうして、逃げ延びながら・生き延びながら着実に足利の力を削ってゆく。
恐らく、これこそが旅の道中に俺と邦時様が語らい合った構想の完成形であろう。
しかし何より手始めに…
「これより二年の後に、我等で足利の右腕を確実に頂戴仕りましょう」
俺の決意と呼応するかのように、諏訪頼重殿が薄く微笑まれた。
逸話『諏訪宗重の日本地図』[*写真.jpg]
ある日、軍議をしている時に諏訪宗重がサラサラと地図を描いた。主君の北条邦時がそれは何かと尋ねると事も無げに日本地図であると返したとされる。驚くべきことに本州・四国・九州は勿論のこと、北海道や沖縄や樺太など当時未踏であった地についてまで記されており今日ではオーパーツと認定されている。
もし諏訪宗重が五大院宗繁と同一人物であるとされる説が真実であるならば、彼が主君北条高時の許しを得て数年間諸国を放浪したとされる、通称『宗繁婆娑羅旅』にて当時の北海道や沖縄まで足を伸ばし、具に現地にて見聞きしていた故にこの地図が記せたということになるであろう。余談ではあるが、五大院宗繁が日本各地(時には海外諸国に至るまで)を放浪して何らかの冒険をするという形の創作は今日に至るまで多数存在している[*要出典]。
ある歴史専門家によれば、鎌倉より視認できる伊豆諸島の一部などをイメージに描かれていたのではないかとされているが、あまりにも今日の日本地図と似通っているために、後世の偽作という見方も含めその真偽について度々議論が交わされている模様である。