「鬼ごっこがしたい?」
殿の
聞けば郎党である例の三人からは拒否されてしまい物悲しい日々を送っていたらしい。
お
可愛い甥っ子からの遊びのお誘い、この宗繁ならば絶対に断れないのだが。
「思えば鎌倉にいた頃は誰も私には期待していなかった。故に思うまま鬼ごっこができた」
「時行… アレは君が鍛錬から逃げてたから全力で追いかけてただけだからね?」
「けれど今の私は紛いなりにも北条得宗家の後継者。それに否やがあるわけでもありません」
「みんな好きで鬼ごっこに付き合ってくれてた訳じゃないからね? 聞いてる、時行?」
「しかしたまに思うのです。このまま心を捨てて立派な指導者になって何が残るのか、と」
「立派な指導者になれるのは既定路線なのか。……意外と図太いようで安心したよ」
「私はどうすればいいのでしょうか! 兄上!?」
代案として出された狩りについても楽しいことは楽しい。
やたら大きなイノシシを
しかし、それはそれとして鬼ごっこもしたいらしい。
……悪い話ではないだろう、と俺は思う。
時行様の言葉に乗っかるわけではないが、抑圧した心のまま無理を重ねてはいずれ破綻する。
あの戦火で全て失ったと思っていた肉親(殿・邦時様のことである)と再会できたのだ。
それをきっかけに少年らしい心が再び湧き上がってきても不思議ではない。
俺が見るにそれは良い兆しである、とすら言える。
北条一族のトップとして指導者としての知識や経験を積み重ねる。
それと同時に当たり前の子供らしく健全に成長していく。
それはどちらが優先される、と言うべきものではない等しく大事なことであろう。
だからこそ、年相応の子供らしさの発露などは微笑ましいもの。
もしそれが一族に不利益をもたらすのであれば家臣としてお
俺としてはそこまで否定的に捉える材料には当たらないが…──
「ふぅむ… さて、どうしたものかな。……よし、伯父上」
「はっ!」
そんな俺の空気を感じ取ったのか、殿がお声を掛けてきて下さる。
俺は膝を付き、頭を下げて下知に備える。
「今の話を聞いていたね? 一つ、頼まれてくれるかな」
「なんなりと」
「時行の鬼ごっこの相手を頼むよ。名目としては領内の地形把握の供回り、ってとこかな?」
「ははっ!」
「い、いいのですか兄上!?」
「勿論構わないさ。時行が伯父上相手で良ければ、の話だけれどね」
殿、その言葉ちょっと酷い… 酷くない?
「わぁい! やったー!」
うんうん、可愛い甥っ子が喜ぶ姿はどれだけ見ても嬉しくなるものだなぁ。
よーし、伯父さんがんばっちゃうぞー。
「ただし、幾つか決まりごとを定めようか」
「……決まりごと、ですか?」
「そう、まず諏訪殿の許可を貰うこと。コレは僕も一緒にお願いするから多少安心して構わない」
うん、大事なことだな。
幾ら若様の実兄である殿とはいえ、頼重様を差し置いての勝手はすべきではないだろう。
「それと一日の決められた鍛錬分が終わった後からとしよう。鬼ごっこのみは原則禁止」
「そ、そんなぁ…」
「こればっかりはねぇ。頼重殿を納得させるには避けられない道だと思うよ」
「確かに… 反対を押し切って逃げたとしても彼の妙な『眼』で先回りされかねませんしね」
「……そうだ。もし鍛錬が
一見縛りのように見えるが、コレは殿の名采配に感じる。
お楽しみが待っているとすれば、時行様のモチベーションも大いに違ってくるだろう。
案の定、若様は瞳を輝かせて食いついてきた。
「ほ、本当ですか!? 兄上とも遊べるのですか!? なにやらお忙しそうなのに!?」
「僕の要領の良さは時行も知っているだろ? 可愛い弟ががんばるなら時間は作るさ」
「兄上ががんばるならば私もがんばります! わぁい、嬉しいなぁ!」
「といっても時行の逃げ上手っぷりには遥かに及ばないからね。程々に加減してくれよ?」
「ふっふっふっ… そう言って油断させる作戦でしょう? その手には乗りませんからね!」
若様がめちゃくちゃ嬉しそうだ。
まぁ、鬼ごっこなんて参加人数が多ければ多いほど楽しくなる類の遊戯だろうからな。
それに肉親である殿と遊べるというのも大きいだろう。
少なくとも鬼ごっこに飽きるまでは高い意欲を持って鍛錬にも励んでくれそうだ。
一方的に「やらされる」鍛錬よりも幾らか前向きに取り組んでくれるのではなかろうか?
上手くいかなかったところでそこは俺たち家臣が調整すればいいだけだしな。うん。
「あとは… そうだね、伯父上からは何かあるかな?」
「
「それと?」
「熊や蜂などの危険は避けること、ですかな。あとは
「ふむふむ…」
領土問題はいつの時代も敏感なものだ。ないとは思うが戦にでも発展すれば一大事だ。
また、ここ諏訪は自然の恵み深い土地であるが熊や雀蜂などの自然の驚異も豊富。
遊びを軽視するつもりはないがそれで命を落としては本末転倒。
いずれにせよ可能な限り注意しておくに越したことはないであろう。
刻限については言うまでもない。
夜の山道は若様にとって危険だろうし翌日に疲れが残る可能性も看過できるものでない。
「相分かった。では伯父上の定める決まり事に加え刻限は
「えぇー…」
「受け入れられないとあれば話はこれまで。別の当てを探してくれて構わないよ」
「わ、分かりました! 分かりましたよぅ… それでお願いします。とほほ…」
「あはは、物分りの良い主君を持てて僕は嬉しいよ。いやぁ、家臣冥利に尽きるねぇ」
ニヤニヤと笑いながら殿はその足で若様とともに頼重様の元に向かう。
そして秒で許可をもぎ取ってきた。
これには殿の口が上手いという以外にも幾つか思惑がある(口が上手いのは否定しないが)。
もともと頼重様は若様の逃げ上手の才に目を付けていらっしゃった御仁である。
無論、武家の
しかしこれには幾つか誤算があった。
まず若様の郎党が若様との鬼ごっこを嫌がったのである。
郎党としてはちょっとどうかと思うが今の若様は力無き流浪の若君(殿もだが)。
若様は郎党になんの俸禄も土地も保証してやることが出来ないのである。
ならば心で繋がるしかない。共に過ごす時間を重ねることで彼らの情に訴えるのだ。
労基署も真っ青なやりがい搾取であるが、幸か不幸かこの時代に労基署は存在しない。
圧倒的劣勢を誇るゲリラ勢力に過ぎない我々の悲しき実態である。
であるならば、彼ら自身が子供であることも
むしろ今は絆を深めていく段階、先行投資と割り切るべきであろう。
これを頼重様が上から押さえ付けては全てが台無しになってしまうことだってあり得る。
ゆえに頼重様は彼なりの絵図もあっただろうに敢えて見守ることを選択したわけだが…──
ここに例外が存在した。
我々である。
若様の親族であり、しかし、郎党ではない。
程々に近く、けれど、第三者と言える関係でもある。
そして『他人』とは言い切れない、そんな関係だ。
懸念材料と言えば鎌倉時代に有名だった若様のサボり癖くらいであるが。
最初からそれを見越した提案をしてくるのであれば否やはない。
実兄がある程度制御できるルールを定めつつ、責任まで持ってくれるのである。
まさに渡りに船とも言うべき
時間は限られているが焦り過ぎて若様の体を壊しては本末転倒。
ならば最低限のノルマをこなした上で余暇の時間をどう使うのかは若様の自由としよう。
邦時様との鬼ごっこでも構わないし、これまで通り郎党と狩りなどをしても良い。
若様が決めることに口を出すなど、土台心得違いであるのだから。
欲を言えば郎党にも上手く刺激を与えて互いを高め合う関係になって欲しいものだ。
(……なんてことを考えているのだろうなぁ)
眩いばかりに発光しつつも満面の笑みを浮かべた頼重様を見て俺はそう思った。
うん、眩しい。……もうちょっと光量抑えてもらってもいいですか?
かくして俺は、若様の鬼ごっこの鬼役として抜擢されることと相成った。
その初日。
「伯父上、伯父上! 早く! 早く行きましょうよ! 私はもう我慢できませぬ!」
若様は頬を紅潮させ、整った顔を興奮に染め上げて俺の腕を取り催促してくる。
そんなやり取りが周囲にどう映るかなど言うまでもなく。
「若様、そういう趣味が…」
「……
亜也子殿、雫殿、そういう見方やめてくれない!?
というか雫殿なんでポッと顔赤らめてるの!?
そもそも俺にもそんな趣味ないからね!?
俺が絶世の美女だってならまだしも、どっからどう見てもむくつけきオッサンだからね!?
「ハッハッハッ! 楽しそうで何よりで御座いまするぞ、時行様!」
頼重様が良い笑顔で割って入ってきた。なんでいるんですか? 暇なんですか?
そんな俺達の様子を見ながら殿が咳払いを一つ、説明を始められる。
「よし、じゃあ確認といこうか。頼重殿が『開始!』と
「はい!」
「伯父上はこの場で十数える。その後に時行を追いかけること」
「はっ! 心得まして御座る」
「刻限の暮れ六つがくれば途中であろうとここに戻ってくることとする。……いいね?」
互いに神妙な顔で肯く。
俺は無論のこと、若様も邦時様の顔に泥を塗るまいという意識が働いているのだろう。
「では… 開始ですぞっ!」
パァン!
と大きな音が鳴ったかと思うと、若様は韋駄天の如く駆け出しあっという間に見えなくなる。
「おぉ… マジでお速い。コレは骨が折れそうだな」
「ほら、伯父上。ちゃんと十数えないと」
「っとと、コレは御無礼をば。では、ひとーつ! ふたーつ! …」
こうして十を数え終えると、俺は若様を追うべく駆け出した。
若様の郎党たちの同情の視線を尻目に。
うむ、まだ信用のない俺に向ける視線としてはむしろ良い方だろう。
願わくば良い意味で彼らの度肝を抜きたいものだ。
それに若様も楽しみにしていてくださっていたご様子。
あくまで殿の家臣とは言え、北条家に仕える者の一人として俺も励まねばなるまいな。
そうして数時間後、俺は若様を肩車しながらなんとか暮れ六つまでに帰還。
暮れなずむ諏訪大社の前に並んでいた殿や若様の郎党らが、それを出迎えてくれた。
「只今戻りまして御座いまする、殿」
「うん。御苦労だったね、伯父上。時行は楽しめたかい?」
「はい! とってもドキドキしました!」
喜んでくれたようで嬉しいよ。……めちゃくちゃ疲れたけれど。
「すげーな、オッサン。若のお相手を務めきるなんて大したモンだぜ」
「なぁに、主君の求めに応じるのが家臣の務め。これしき大したことではないさ」
「ははっ! たとえ
弧次郎殿が愉快そうに俺の腰をバシバシ叩いてくる。それなりに打ち解けられただろうか?
距離が縮まったのは弧次郎殿だけではないらしい。
亜也子殿も少しばかり興奮気味に近付いてきて声を掛けてくれた。
「ね、ね、それでどっちが勝ったんですー? やっぱり若様ですかー?」
「おいおい、亜也子。残酷なこと聞くんじゃねぇって。せっかく俺がオッサンの顔を立てて…」
「うん、負けた! あんな負け方するなんて思ってもなかった! 楽しかった!」
「ほれ見ろ、逃げ比べで若に勝てるはず… って負けたぁ!?」
「あはははははは! 弧次郎、すっごい変な顔してるー!」
「すっごいだろ、君たちー。ふふーん、僕の伯父上なんだぜー?」
「あっ、ずるいですよ兄上! 伯父上は私の伯父上でもあるのですからー!」
途端、場が賑やかになる。
無表情気味ながら目を丸くしている雫殿が思わずといった様子で尋ねてくる。
「でも、本当にすごいです。ちょっと信じられないくらい。……どうやったんですか?」
「いやぁ、ははは… 特別なことは何も」
「うん、普通に負けた。ずっと同じ速さで追いかけてくるんだ。延々と、休み無しで」
「えっ、なにそれ。こわい」
「いえ、体力と根性だけでもぎ取った泥臭き代物。到底勝利と胸を張るに及ばざるものにて」
そう。
俺は若様ほどに瞬発力に優れているわけでも、まして逃げ上手の才がある訳でもない。
ならばどうするのか?
追い掛け続ければよいのだ。
どんな悪路であろうと。若様の姿が豆粒の如く小さくなっていようと。
決して心折れることなく、本気で、全力で。
フルマラソンを現実的に走り抜けられる動物は、概ね人間くらいしか存在しないらしい。
瞬発力や最高速度に優れた野生動物を『追い掛け続けられる』力。
それこそが地球における人間の繁栄に一役買っているのだと前世で聞いたことがある。
俺はそれと同じことをしただけなのだ。
とはいえ、これがただの競走レースだったら若様の勝算も大いにあったことだろう。
だから俺は実践訓練という名目で、散々に圧を掛けて一定速度で追い掛け続けたのである。
決して焦らず、息を乱すことなく。冷静に、着実に。
あとは大人と子供の体力差である。腰を据えて取り組めば自ずと成果はついてくる。
……それでも予想以上に梃子摺ったのだが。
やはり若様の逃げ上手っぷりは異才の一言と言うべきものなのであろう。
ということを適当にオブラートに包んで一同に報告する。
「……さっすが伯父上、えげつないなぁ。時行はむしろ喜んでそうだからいいけど」
「はい! 追い掛けられてる間中、もう首筋がチリチリしっぱなしで!」
「いやいやいやいや、ドン引きだわ。もういっそ人間やめてるんじゃねーか、このオッサン」
「家臣としていつでも主君のお側に
「あははー! 格好いいこと言われちゃったねー、弧次郎ー!」
「な… うっせー! 俺だって若に一大事があればいつだってなぁ…」
「……じゃあ弧次郎君は明日から鬼ごっこに参加けってーい。フフ」
弧次郎殿、亜也子殿、雫殿の若様の郎党たちがじゃれ合いはじめる。
そんな光景を尻目に殿が口を開かれる。
「ともあれお疲れ様、時行。そろそろ降りておいで」
「はい! ありがとうございました、伯父上」
「若様のお役に立てましたなら望外の喜び。この宗繁、任を果たせたようで安堵しました」
兄の言葉に従い、ひらりと俺の肩の上から舞い降りる若様。
そして俺は二人並んだご兄弟の前に膝をついて頭を下げてそう述べた。
ご兄弟が揃っていらっしゃることはまさに感無量である。
喜びしかないという言葉に偽りはないつもりだ。
けれど、けれどもどうしても思ってしまう。この場にもう一人、あの御方がいたらと。
「……もう、『間に合わない』のは懲り懲りですから」
我知れず自嘲気味な笑みが溢れる。
最後にもう一度深く頭を下げ、殿の許しを得てから下がることにした。
『おい宗繁、弓を見せよ。つまらぬことがあった故、おまえの腕で気を晴らしたい』
『……すまぬな、
『おまえが気にせずとも
『まぁあの重臣共がまとめていなくなったらまた改めて頼む故、その身は空けておけよ?』
かつて知っていた光景に何処と無く似ているせいだろうか。
若人たちが繰り広げるこの
その夜。
俺は貴重な油を分けていただいて物書き作業に没頭していた。
若様との鬼ごっこをした時に把握した周辺の地理を書き留めるためである。
名目上のものとは言え仕事を放棄して良いわけではない。
故に若様を追い掛ける途上で見掛けた村の様子や地理をこうして書き記ししていたわけだが。
「……ふむ、北の村。少々危ういかも知れないな」
……えらく疲れたけれど。途中で心折れそうになったけれど。
おかげで俺の目にも分かる程度の諏訪領の不安要素を広範囲に感じ取ることが出来た。
これまでだったら特に気に留める必要もなかったのだろう。
しかし、俺は北部に隣接する小笠原貞宗の領地とは冷戦状態にあると考えている。
様々な『手』を打ってくることは想像に難くない。
当然国境部の村落などは最優先の注意対象として然るべきであろう。
「殿や頼重様には話しておくべきかも知れないな」
ふっと息を吹きかけ灯を消す。
これから先、領内に迫るだろう戦の気配を思いながら俺は意識を微睡みに沈めるのであった。
翌日、
そうして鬼ごっこの待ち合わせ場所に向かうと…
「……なんで?」
俺は思わず呆けた声を上げてしまった。
若様… 時行様がいらっしゃるのは分かる。
しかし、何故弧次郎殿や亜也子殿、雫殿といった若様の郎党が同じ場所に立っているのか。
昨日同様に見送り、という雰囲気でもなさそうだが。
「ハッ! いつまでも新参者にデカい顔をさせるつもりはねーってことよォ!」
「というわけだからさー、私たちも混ぜてもらってもいいですかー? オジサン!」
「……及ばずながら、若様の郎党として精一杯励みたいと思います。宗繁殿」
………。
思わず言葉に詰まり、天を仰ぎ見てしまう。
若様は良き
高時様、あなたのお子様は御二方とも立派に歩まれております。
どうか御心配召されるな。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、何処か誇らしげに殿がお声を掛けてくる。
「フフ、みんなやる気充分って感じだね。どうするんだい? 伯父上」
「……えぇ、みなさま。拙者からも是非にお頼み申し上げます」
「かったいなぁ、オジサンー! 同じ若様の家来同士、もっと気安くいこうよー!」
「ははっ、これはしたり。……ではこの五大院宗繁、改めて同輩としてよろしく頼む!」
「……はい、よろしくお願いしますね。宗繁殿」
笑い合う一同。
そこに昨日のごとく、バシッと腰を叩かれる。弧次郎である。
「……なぁ、オッサン」
「む?」
「俺らは『間に合わない』なんてことは絶対しねぇつもりだからさ、安心して見てろよ」
……よもや昨日のアレを聞かれていたのか。
無性に地に埋まりたくなってしまう。
恥ずかしくて仕方ない。しかし、それ以上に嬉しい気持ちでいっぱいでもある。
「……あぁ、安心したよ。ありがとう、弧次郎」
「ゴホン! ったく、調子狂うぜ。あー、それとだな!」
「む、他にもなにか?」
「この俺がわざわざ鬼ごっこに付き合ってやってるんだ! アンタも武術とか教えろよな!」
「………」
まったく、これも『あなた』の天よりの差配ですかな?
などと柄にもなく考えてしまう。
確かに教師役になれなかったことをさして気にしたことはなかった。
けれどたまに甥っ子たちに物を教える『名家の武士』の立場が羨ましくなることはあった。
もしも自分の身分がもう少し高かったのなら、と考えたことは一度や二度ではない。
ならばこれは高時様がかつての約束を果たさんと場を整えてくれたのか?
……いいや、そうではない。きっと、そうではないのだ。
これはきっと、彼らが自身の主君を護るために自ら考え抜いて決めた事柄なのだ。
だからこそ、俺の返事などとうの昔に決まっている。
「……あぁ、俺で良ければよろこんで!」
「あー! 弧次郎ずるーい! ねぇ、オジサン! 私にも! 私にも教えてよー!」
「へっへーん、早い者勝ちだっつーの! でも若なら混ぜてやってもいーっすよー?」
「むぅ… 伯父上が教えてくれるなら武芸ももう少し。いやいや、今は鬼ごっこの時間!」
「ははは、それじゃせっかくだし今日は僕も参加させてもらおうかな。頼重殿?」
「フフフ、心得ました。……では、開始!」
パァン!
と、一際大きな柏手が鳴ると『俺以外の全員が』一斉に駆け出した。
「嘘ォ!? ここは全員で若様を追いかける流れでは!?」
「わりぃな、オッサン! 俺ってば若の郎党だからよ!」
「あははー! 追いかける側だとしんどいけれど逃げる側だと楽しそうだよねー!」
「……フフフ、お側に
「そういうわけだよ。がんばってね、伯父上」
「あっははははー! 兄上や
セメント過ぎる一同の対応に軽く絶望しながらも俺は十数えると走り出す。
立ち止まるなんていつでもできる。
それこそ『全て』が終わったあとで充分だ。
だから俺は全力で走り続ける。
追い掛け続ける。
いつかの約束を本当に変えるために。
……この憧憬を二度と喪わせぬために。
そんな出来事と時を多少前後した小笠原貞宗
「良いか、帝よりの
「………」
「綸旨が届くまでは勝手な行動は重々慎むように。下手を打てば我等が逆賊扱いぞ」
「……は、心得まして御座る」
小笠原貞宗は腹心・
決して心を許さずに相対しているという、これ以上ない胸中の表明であった。
しかし男も心得たもの。剃り上げた頭の下の表情は微動だにせぬまま当然の如く平伏して承る。
「
「……そうするだけの理由がお有りなのですか?」
「飽くまで儂の勘に過ぎぬがな。それ故にお主をこうして招き入れているのだ、
「全て… 心得まして御座る。守護様より賜りし御恩に報いるため我等尽くしましょうぞ」
「うむ、分かったならば良い。当面空けることになるが暫しの留守居を頼む」
「……は」
平伏したままの男を横目に、小笠原貞宗は市河を引き連れて慌ただしく去ってゆく。
辺りに静寂の帳が落ちて如何程の時が流れたのか瘴奸入道と呼ばれた男はやおら顔を上げる。
「さて、
ポツリと呟いた言葉は、しかし、小笠原貞宗の下知とは真逆の内容を意味していた。
「……良いんですかい? 守護様は何もするなとの仰せでしたが」
影の如く瘴奸に付き従う供回りの男が、
「守護様が表に回って諏訪を
ただただ熱に浮かされ欲の色に染まった瞳があるばかりだ。
その様子を見て我が意を得たり、とばかりに供回りの男がニンマリと微笑む。
「ということは、ついにやっちまうんですかい?」
「あぁ、我等『
「ククク… そうこなくっちゃあ。楽しくなってきましたぜぇ!」
鬼ごっこを通じて抱いた懸念のとおり餓えた獣どもが諏訪に解き放たれようとしている。
……そのことを、俺たちはまだ察知していなかった。
Q.弧次郎君がタメ口だけれど元幕臣としては気にならないの?
A.何故? 弧次郎はこの地の先輩であり棟梁の直臣でもあるから当然の態度では。
むしろ自分が殿の家臣という立場もあるため必要以上にへりくだることも出来ないことが心苦しい。
Q.弧次郎君から見た伯父上の印象は?
A.鎌倉武士の割りに気取ったところがなくて話しやすい。見下してこねーし。
でもやたらデカくてやたら強くて熊みたいにおっかねーヤツだとは思ってる。敵に回したくねー。
Q.亜也子ちゃんから見た伯父上の印象は?
A.優しそうなオジサンだと思ったかなー。でも雫ちゃんが警戒してたので距離は取ってましたー。
子供だからって馬鹿にしてこないし私は好きー。あと巫女さんたちからも評判いいんだー。
手ぬぐいとか渡したいみたいだけれど中々渡せずにいて、それでねそれでねー…(略
Q.雫さんから見た伯父上の印象は?
A.当初は父様が「未来見えねぇ! マジ見えねぇ!」と怯えていたので失礼ながら警戒を…
ご不快に思わせていたのでしたらまことに申し訳ありません。
今では諏訪大社内でかの御方の抱く邦時様への忠義の心を疑う者はいないでしょうね。