忠義者の伯父上   作:(๑╹◡╹)ノ

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第9話▲軍議 1333

 ある日の鬼ごっこの最中、若様がふと立ち止まり少しばかり遠い山中を見詰められた。

 

「どうされましたかな?」

「……あぁ、いえ。その、あちらの方で何かが光ったような。見間違いかも知れませんが」

 

「ふむ…」

 

 若様が指し示す先は信濃守護・小笠原貞宗が領内である。

 

 単なる見間違いならば良いのだが、どうにも妙な予感が拭えない。

 もし若様が仰ったことが事実で、光が刃物によるものであったならば? 

 

 そんな事を考えていると、続いて亜也子も声を上げた。

 

「あ、私も見えた! ……気がする」

「本当か、亜也子? 詳しく聞かせてくれ」

 

「うーん。でも、一瞬だったし…」

「間違いならば間違いで構わない。下っ端ではあるが責任は俺が取る」

 

「う、うん。あのね、薙刀を持った少しボロっちい軽装のオジサンがこっちを見てて…」

「……私が見たのは薙刀(それ)が陽の光に反射したものだったのかもしれないな」

 

「なるほどなぁ… 伯父上、どうする?」

 

 ……これはいよいよ、来るべき時が来てしまったのかも知れないな。

 

「若様、殿。至急お話したき儀が出来ました故、即座の帰還を進言申し上げます」

 

「ん、伯父上がそう言うのなら」

「……分かりました。弧次郎、亜也子、雫。そのように」

 

 あるいは若様たちも同様の予感に襲われていたのやもしれぬ。

 特段大きな反対もなく、俺の帰還の進言は受け入れられた。

 

 帰還次第、俺は自室で準備を整えてから頼重様に緊急の会見を願い出た。

 無論、殿や若様にその郎党どもも一緒にである。

 

 頼重様は少々驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかく微笑み了承の意を示して下さった。

 

 そして場所を移して、頼重様は早速尋ねてこられた。

 

「……それで、火急の御用とは一体何事で?」

「実は…」

 

 若様が山中で起こったことを頼重様に説明される。

 その話を聞いてにわかに頼重様の表情が、硬く、鋭いものとなった。

 

 やがて、それらを聞き終えると嘆息とともに言葉を絞り出された。

 

「見間違いであることを祈るばかりですが、悪い予感とは往々にして当たるもの」

「そうだね。であるならば、最悪を想定して動いた方が幾らか気も楽だ」

 

「然様。ここで豪胆さを見せた者から死んでゆきかねない、げに恐ろしき世の中ですから」

 

 殿が同意を示す軽口で飄々(ひょうひょう)と続けられ、頼重様と顔を合わせ互いに苦笑を浮かべられた。

 

 重苦しかった場の空気が幾らか軽くなるのを感じる。

 ありがたい。ある程度皆の心構えも出来てきたことだろう、と判断した俺は咳払いを一つ。

 

 そして言葉を発した。

 

「……最悪を想定するならば、やはり小笠原貞宗の侵攻と見るべきでしょう。が」

「が?」

 

「亜也子の口にした『軽装』という言葉が気に掛かります」

「え、えぇっ!? そこで私の発言採用ですかぁ…」

 

「ふむ、ならば単刀直入にお伺い申し上げる。此度の件を宗繁殿は如何お考えで?」

 

 頼重様がこちらを真っ直ぐ見て尋ねられる。

 言葉はないものの、殿や若様にその郎党たちも表情で俺の存念を述べるよう告げている。

 

 俺は顎を一撫でして深呼吸を一つ、胸中で告げる言葉を反芻してから口を開いた。

 

「恐らくは小笠原貞宗の郎党ではないでしょう。……夜盗もしくは悪党と推察致しまする」

 

 ──悪党。

 

 平安時代末期から室町時代頃まで各地で跋扈していた武装集団である。

 主に幕府や貴族の紐付きではなくなった武士で構成されていた。

 

 略奪や暴行は無論のこと、私的に領土を有するなどなんでもござれ。

 時に無視できない力を持つこともあり時の権力者や庶民たちはしばしば悩まされた。

 

 誤解を恐れず踏み込むならば、だが。

 彼等の存在が後の戦乱の世において地侍などの武装傭兵集団らの下地となったとも取れる。

 

 ……余談であったか。

 

 つまりそういった連中が領内への侵攻を企てている可能性がある、というわけだ。

 彼等は現代基準で考えればほぼ倫理観ゼロのテロリスト集団である。

 

 素直に権益拡大を狙っているであろう小笠原貞宗よりもある意味で危険な存在と言えた。

 

「けどよ、小笠原貞宗の領内から来てるんだぜ? だったらあの爺の仕業じゃねーか!」

「……うむ、当然その可能性はある。が、決め付けるにはまだ早いやも知れぬ」

 

「と、言いますと?」

「弧次郎の言うとおり繋がりがないという体で、小笠原が絵図を引いているとしましょうか」

 

「えぇ」

(いささ)かなり杜撰さが感じられます。彼は威圧的なれどそこまで迂闊だったでしょうか?」

 

「ふぅむ、名分がない状況で行うにはやや短絡的な動きに感じますな。……彼らしくない」

 

 小笠原貞宗は初対面の折から高圧的な振る舞いはするものの、冷静な言動も見受けられた。

 

 にもかかわらず。

 

 幸運の助けがあったとは言え、若様と亜也子がやっと発見できる程度の存在だ。

 それは裏を返せば、諏訪侵略を意図すると考えるには些か心許ない数であることを意味する。

 

 無論、極めて練度の高い潜入部隊がやってきている可能性は否定できない。

 が、それは亜也子の『粗末な軽装』という証言とは矛盾する。

 

 であれば悪党と想定した方が無理はない。無論、万一の可能性は頭の片隅に留めつつだが。

 小規模の悪党の群れなど本腰を入れた諏訪神党の敵ではないはず。

 

(……しかし、あの小笠原貞宗がその程度の無意味なちょっかいを果たしてかけるか?)

 

 諏訪に限らず今は何が周囲を刺激するか分からないというこの状況下で、である。

 あの男が動くならば迅速に、最大限の成果を狙える場面で徹底的にやるだろう。

 

 ならば武力侵攻をするにせよ、『此方に殴らせてから』か『大きな後ろ盾を得てから』が常道。

 兵は詭道なり、とは言うものの今の状況では些かリスクが勝ち過ぎると考えざるを得ない。

 

 それは…──

 

 沈着冷静に挑発を受け流し、場を立て直した老練な小笠原貞宗のイメージと重ならない。

 より小笠原貞宗を知るであろう頼重様にそれらを含め水を向ければ、同意見だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、これはどう考えるべきなのか? 

 

 現状、諏訪領内は頼重様のお達しもあり貞宗の挑発に乗ることは厳に(いまし)められている。

 それが将来も続くかはさておき、今のところは誰彼が激発したという話は聞かない。

 

 ならば此方が殴ったという線はない。

 一方で、大きな後ろ盾を受けたという線はどうなるだろう。

 

 帝や尊氏の認可状の一つ二つは用意しないと動かない慎重派、というのが俺の見立てである。

 そしてその見立ては頼重様の言葉によって補強された。

 

 であるならば、小笠原貞宗主導で何か事を起こしたというのは考え難いのだ。

 少なくとも、『今』はまだ。可能性はゼロではないものの低いと見るべきであろう。

 

「頼重様の仰せのとおり、貞宗が企図した可能性は低いと見るべきでしょうな」

「ならば伯父上、あなたの考える他の可能性とは?」

 

 若様が促すように言葉を紡がれる。

 

 あるいは、頭の良い軍師などが郎党にいればもっと様々な可能性を考えてくれただろう。

 しかし今は無い物ねだりをしても仕方がないか。

 

 現状俺にはこの状況を見るに、事件の背景はほぼ一択に絞られる。

 鎌倉幕府が健在の頃から『この種の問題』はよくよく見てきたせいである。

 

 もったいぶるつもりもないので、俺は思うままに答えた。

 

「悪党集団の暴走、ですな」

 

 実のところ、これが一番有り得ると考えている。

 ……なんというか乱世だな、という印象だ。

 

 時は世紀末、というわけでもないのだが。

 今は右も左もヒャッハーな集団が跋扈する、治安的に少々終わっているヤバい時代である。

 

 そんな中で中央の制御を離れたはずの悪党連中を、私的に紐付きにする。

 一見、良い政策だが穴がある。

 

 悪党連中は概ね倫理観ゼロなのですぐ側で見張ってないと勝手をしまくるのだ。

 正直、信濃守護に成り立てで多忙を極めるだろう小笠原貞宗にそんな暇があるとは思えない。

 

 俺が悪党連中の暴走を『一番有り得る』と考えたのはそういった理由だ。

 そして、ままあることながらそれこそが厄介なのである。

 

 悪党集団が小笠原貞宗の紐付きになっただけならば、ただ手強いだけで済む。

 いやまぁ諏訪の台所事情を考えればそれはそれで厳しいのだが、まだマシなのである。

 

 しかし、勝手に暴走するヒャッハー集団が領内になだれ込んできたらどうなるか? 

 

 連中は加減を知らない。

 

 気の向くままに殺し、際限なく奪い続けるであろう。

 ……後の統治のことなど考えずに。

 

 本能に忠実なだけなのだが、やってることは諏訪への焦土戦術と変わらない。

 これらが実現したとして小笠原貞宗も困るだろうが諏訪はもっと困ることになるわけだ。

 

 そして、だからといって場当たり的に半端に蹴散らしてもいけない。

 恐らくそうなれば残党は信濃に逃げ帰る。

 

 小笠原貞宗とてわざわざ囲った以上は戦力が惜しいはずだ。

 おそらく一度は許して、改めて戦力に組み込むことであろう。

 

 そうなれば面倒なことに学習した悪党が再度やってくる。

 連中には略奪以外生きる術などない(放棄しているとも言う)から奪いに来るしかないのだ。

 

 もっと最悪のケースは信濃に逃げ帰らず、諏訪領内での潜伏ゲリラになる場合である。

 ゲリラとの戦いは不毛だ。万が一そうなってしまった場合なんて考えたくもない。

 

 だから連中を相手にするならば、一度で、徹底的に潰さねばならない。

 

(さて、問題は山積み。どう対処するかだが…)

 

 脅し過ぎてもいけないが、かといって舐めてかかって良い相手でもない。

 まして殿や若様にとってはこれが初陣ということにもなる。

 

 そこでふと視線を感じて顔を巡らせると、頼重様と目が合った。

 何かお考えがあるのだろうか、片目を閉じてウィンクを一つ、口元に人差し指を立てる。

 

 それも一瞬のこと。

 

 凛とした佇まいのまま、頼重様は厳かに言葉を紡がれた。

 

「では、敵を悪党と定めこれより軍議を開くことを進言します。時行様」

 

 声量は大きくないものの不思議とよく通る声に若干呑まれつつ、若様が返事を返す。

 

「あ、あぁ… よろしく頼む」

「しかし! 飽くまでこれは時行様の軍議。時行様の御力でこの脅威を払われますよう…」

 

「ど、どういうことだ頼重殿! あなたは手助けをしてくれる気はないのか!?」

「無論のこと、手足となりましょう。ですが軍配を振るうのは時行様、あなたなのです」

 

「そ、それは一体…」

 

 ふむ、そう来られたか。

 

「時行様、敵はたかが群れをはぐれた悪党どもで御座いまする」

「それはそうだが…!」

 

「これを易々と打ち倒せぬようでは、足利を打倒し幕府を再興するなど夢のまた夢ですぞ」

 

 厳しいが正しい現実認識だ。

 敵を侮ってかかるのは論外だが、この程度で躓いているようでは先が覚束ないのも事実。

 

 若様も理解されたのか、唇を強く噛まれる。

 しかし、譲れぬ思いがあるのか強い語調で反論される。

 

「けれど頼重殿! なにも、このような…」

「『このような』、なんでしょうか?」

 

「一つ間違えれば村落の住民の命が危ういこのような時に、試されるような真似を…」

「いざ戦となれば、総大将はこの比ではない数多の命を背負わされるのです」

 

「ッ!」

 

 ………。

 

 大人として伯父として忸怩(じくじ)たる思いではあるが、これもそのとおりなのだ。

 齢十才にも満たぬ子供に背負わせる地獄がコレである。

 

 こういった問題に直面するのはなにも今回のケースのみに限られない。

 例えば兵卒に戦えと命じるのも、彼等の命を使うという行為に他ならないのだから。

 

 これを『遅かれ早かれいずれ経験すべきことだった』と流すのはあまりに人の心がない。

 まだ俺たちが支えられ得る時期に知っていただかねばならぬ事柄とは言え、だ。

 

(……なるほど、こんな『計算』を考えるようではやはり俺は極楽へなど行けまいよ)

 

 あるいはこうして転生というの名の『やり直し』を命じられるのは必然であったか。

 自嘲の笑みを浮かべつつ、当然の結論を再度認識する。

 

 若様は北条得宗家の嫡子にして後継者なのである。

 諏訪はおろか全国各地で戦う北条家郎党の命全てを背負っていると言っても過言ではない。

 

 今更命を喪わせるのが怖いから、と縮こまっていても敵は待ってはくれない。

 まして相手はあの足利だ。進むも地獄、退くも地獄とはまことよく言ったものである。

 

 改めて、若様に背負わされた重荷を思うと胸が苦しくなる。

 ……また、憎まれ役を買って出てくれた頼重様にも重ね重ね頭が下がる思いだ。

 

「………」

 

「異存もなき御様子ゆえ私はこれにて。下知あらばなんなりと」

「少しよろしいでしょうか、頼重様」

 

 退室しようとする頼重様に俺は声を掛けていた。

 幾つか確認したいことがある。

 

 心得たもので、頼重様も動揺の気配なくこちらに向き直る。

 

「なんでしょうか、宗繁殿。私でお答えできることであれば」

 

「今回、諏訪三名将のお歴々は…」

「申し訳無い。領内の護りや大社での祭祀のため… 無論、時行様の命あらば如何様にも」

 

「なるほど」

 

 当然というべきか、やはり三名将は使えないらしい。

 

 ……確かに彼等が入ってくれれば、戦における指揮面のは問題はなくなるであろう。

 しかし、これは飽くまで『若様の戦』なのである。

 

 彼等主体に進めそれにただ乗るようでは、後の決起もただの『諏訪の乱』で終わりかねない。

 初動が楽な道ではあるが、長期的には先細りする未来しか見えないな。

 

 無論、若様が自分で判断した上で『使う』と決めたならば話は別であろうが。

 

(……頼重様のお考えとは、つまりそういうあたりだろうな)

 

 俺は一つ肯くと頼重様に向き合い、頭を下げる。

 

「お答えいただき感謝の極み」

「いえ、さしたるお役にも立てず」

 

 我等のやり取りの間で持ち直したのか、そこで若様が頼重様の退室を許可される。

 

「……うん、わかった。頼重殿は下がって良い。後で手伝ってもらうかもだけど」

「ははっ!」

 

 しかし退室の間際に頼重様が俺に耳打ちをしてきた。

 

「……そういえば宗繁殿、一つお話したき儀が」

「? なんでございましょうか」

 

「遅くなりましたが、例の物が完成したと知らせが入っております」

 

 ついに完成したか。

 端的にそれだけ告げた頼重様は、喜色を浮かべた俺を横目に今度こそ退室をされた。

 

 頼重様もいなくなり、辺りに沈黙の帳が降りる。

 

「………」

 

 その中で時行様はというと。

 まだ多少の怯えは見られるものの、目に光を取り戻されている。……いけるか? 

 

 それを見計らったのか、やんわりと殿がお声をお掛けになる。

 

「やれるかい? 時行」

「はい、兄上。正直未だ答えは出ませんが、なれば、せめて進もうと思いまする」

 

「その意気さ。……なぁに、別に絶対に村を見捨てろってわけじゃないんだ」

「そ、そうなのですか?」

 

「あぁ、様々な案を出し合うのが『軍議』なんだ。そうだろう?」

 

 そう言って、殿はその場にいる一同に視線をよこす。

 

 答えるまでもない。

 雫が、弧次郎が、亜也子が… そして俺が、力強くしっかりと頷いた。

 

「それが、『軍議』…」

 

「僕らの命は君に預ける。それをどう使うか決めるのは時行、君だ」

「はは… 責任重大ですね」

 

 その言葉に若様が震えている。

 言葉が、ではない。身体全体が小刻みに震えておられるのだ。

 

「けれど、それがどんなに困難な道であろうと僕らは応えようとも。ねぇ? みんな」

 

「うん、私たちは若様と一緒です。どこまでも、いつまでも」

「へへっ、トーゼンッスよ! むしろ俺ら抜きでどうするつもりなんだって話だからな!」

 

「はーい! 私も私もー! 若様のために限界超えてどこまででもがんばりますよー!」

 

 若い、というのはいいものだな。

 ……最近とみに自分がおじさんになったと自覚してしまう。

 

 けれど、置いていかれてなるものか。

 

「……無論、拙者も微力なれど粉骨砕身の覚悟でお支え申し上げます所存」

 

 笑みを浮かべて頭を下げると、若様はより一層震えを強くされる。

 

 瞳はキラキラと輝き、感動と興奮ゆえか頬はより一層紅潮する。

 そう、先程からのそれは『武者震い』と呼ばれるもの。

 

「ありがとう、みんな」

 

 きっと、若様の棟梁たる器としての萌芽は今この時より始まったのであろう。

 

 

 

 

 

 

「……これより『軍議』を始める。皆の忌憚(きたん)なき意見を乞い願う」

「ははっ!」

 

 若様の言葉を受けて我等五人の返事が、一つに重なるのであった。

 




・領内の地理地形の把握
・敵の実態の(ある程度の)把握
・完成したブツを手に入れた伯父上
・入念な軍議

そんな小細工なんぞ軽く打ち破るであろう征蟻党さんの活躍にご期待ください
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