ロドス・アイランド製薬は、鉱石病を専門とした治療を提供している。
それだけに留まらず、彼等は鉱石病及び感染者関連の問題解決を掲げ、一企業ながら私兵集団を組織している。
行動隊と呼ばれる彼等の多くが感染者であるが、非感染者のオペレーターも少なくない。感染者と非感染者が手を取り共に戦うなど、このテラの大地では一際異彩を放つ組織と言えよう。
その多くが排斥される定めにある感染者にとって、ロドスは唯一と言える希望、或いは願望の星なのだろう。
――しかして、コインの表裏のように、陽に陰が付き纏うように、巨大な組織であるならば
行動隊とは完全に独立したS.W.E.E.Pのメンバーは、その全てが日陰者で構成されている。
彼らは正規の軍隊ではなく、謂わば傭兵、暗殺者に近い。故に本来の命令系統とは異なるし、階級といえるものもない。
そして、彼らのほとんどはロドスの3トップの一角、ケルシーの指揮下にある。
つまりは彼等の行動、その最終決定権を持つのがケルシーなのだ。
p.m.8:37 ロドス 医療部門区画
「…………」
ケルシーは眼前の青年と目を合わせる。
いや、正確には目を合わせるというより、顔を向け合っている。
彼は瞼を閉じ、口元に穏やかな微笑を浮かべるだけだ。
僅かに視認出来る特徴的な半透明の翼が、サンクタ人種である事を示している。
しかし、彼にはサンクタのもう一つの象徴である頭部の光輪が存在していない。
翼までなかったのなら、外見で人種を特定することは不可能に近かっただろう。
ロドス・アイランド製薬の運営開始とほぼ同時期、ふらりと現れたこの男はオーファンと名乗った。
素性不明ながらケルシーの知己という彼を、大半の者が訝しみ警戒したが、ケルシー本人の肯定を以ってその疑いは晴れる事となった。
オーファン曰く、「偶々通りがかった」との事だが、以来彼はロドスのオペレーターとして居座っている。
「オーファン。君に頼みたい事がある」
「やめろやめろ。貴女の指揮下にある以上、頼みなど聞ける立場にはない。貴女に対してそれはあまりにも、畏れ多い。貴女はただ、命令を下せば良い」
オーファンと面識を持ったのはいつの頃だったか、ケルシーは一度も彼の瞳を見た事がない。
肉体的に障害があるのか、はたまた精神的なものなのか、彼は常に瞳を閉じている。彼は、何も語りはしない。
他のオペレーター達の話からも、オーファンの瞳を見た者はいない様だ。いついかなる時も、彼の
人間性こそ穏やかと言える。しかし、対人において感情を色濃く現す瞳が見えぬが故に、彼の評価は多岐に渡る。
穏やかだ、優しそうだという者もいれば、考えが読めない、不気味だという者もいる。
どうあれ、測り難い人物である事には変わりない。
「そうか。……以前話したドクターの事は覚えているな」
「かつての貴女達の
「そうだ。では彼がロドスに帰還した事も認知しているな?彼は記憶の大部分を欠落し、現状の立場に対し混乱が見られるが、幸いな事に卓越した戦場指揮能力は失われていない。身体面も概ね良好だ。そこで君に与える任務は、ドクターの長期的な護衛及び補助だ」
ケルシーが徐に差し出したのは、ドクターに関する資料だった。
ロドスに帰還した彼の身体及び精神面の健康状態が綴られている。
「……チェルノボーグでの損失、特に人員面での大きさを考えれば、状況が如何に切迫しているのかは君も理解しているはずだ。
そして、ロドスの掲げる信念及び理念としてレユニオンの所業は看過できるものではないという事も。
彼らは迫害と飢餓に喘ぐ弱者ではない。憎悪と憤怒に己を薪として焼べ、極寒を生き抜き、踏破した軍勢だ。
一都市を容易く陥落させ、掌握した影響力が何を齎し得るのか、予測は最早不可能と言える。
ドクターには悪いが、早急な事態解決の為だ。彼には速やかに指揮官として復帰してもらう。そして直接現地で指揮を取る以上、厳重かつ確実な身辺警護が求められる。無論同行するオペレーター達はいるが、念には念を入れたい」
「それはドクターの指揮下ではなく、飽くまで貴女の私兵としてか?」
「どう捉えるかは君に任せる。それとも、何か不都合があるのか?」
「不都合?まさか。貴女の指示ならば如何様な事も完遂するとも。しかし、疑問はある」
オーファンが顔を資料へと落とす。瞳は変わらず閉じられているが、如何なる原理か彼は確かに視認出来るらしい。
「チェルノボーグでの一件、確かに聞き及んでいる。PRTSの補助を加味しても、正しく天性の才覚。貴女や、アーミヤが頼るのも頷ける。しかし、何故俺なんだ」
オーファンが顔を上げる。硬く閉じられ瞼は微動だにしない。ただ僅かに、今にも掻き消えそうな翼が輪郭を取り戻した様に見えた。
「というと?」
「ドクターについては幾度か、話を聞いている。貴女やアーミヤ、死んだAce達からも。貴女達が認める人に仕えるのは恐悦至極だが……、知っての通り俺は日陰者。清廉潔白な人間ではなく、精神的な混乱が見られる者の側に置くのは懸念もあるだろう。よりふさわしい人材がいるのでは?」
「態々謙る必要はない。君ならば選定の理由など勘づいていると思っていたが……もし思い至る事が無く、答えを求めるのであれば教えよう。端的に言って、私は君を持て余している」
ケルシーはチラリと天井のダクト、そして自身の背に目を向けた。
オーファンはそれが何を意味するのか、良く理解している。
要するに、現状ケルシー自身の護衛及び有事に際しての戦闘要員は飽和しているという事だ。人手が足りないから、人員の分配がしたいらしい。
ケルシーは医療部門の代表という立場にあるが、かつてを知るオーファンからすれば護衛など無用である事は明白だった。
目下の脅威となるレユニオン、その大半の幹部でも彼女と、その僕である異形であれば容易に制圧出来るだろう。
其処に赤い猟犬も加わるとなれば、真正面から対抗出来るのはあの頑固なウェンディゴと、首魁であるドラコの娘程度だろう。
「レッドは精神的に幼く、スカベンジャーは少々性格に難がある。ならば幾分マトモ……と自ら言うのは不躾だが、俺の方が都合が良いと」
「その認識で構わない。君がS.W.E.E.Pの構成員の中でも社交性に長けるのは純然たる事実だ。持て余していると言っても、コレは君への信頼によるものだと言う事は理解して欲しい。我々はドクターを失うわけにはいかない。君に死んでも護れとは言わないがな」
「おや、命を賭けるには値しないと?」
「いかなる状況であっても、どちらも生きて戻ってこいという事だ。……私は明日先行して龍門に向かう。あとは任せたぞ」
そう言ってケルシーはデスクへ向き直る。
話は終わりという事だろう。
「ふっ、いつも以上に口下手だ。詮索はしないが、貴女とは
「……」
ケルシーは答えなかった。
◆
p.m.8:51 ロドス 執務室
「お疲れ様ですドクター。まだ状況を飲み込めず不安があるかもしれませんが、ひとまず健康面に大きな問題はないそうです」
「ああ、体調なら確かに問題はないよ。精神的な疲れってやつさ。もう少し休めばだいぶ良くなる……と思う」
それなりの質のデスクを挟み、コータスの少女と金属のマスクで顔を覆う男性が向き合っていた。
長く使われていなかったのか、ドクターの執務室は整頓されながらも未だ僅かに埃っぽい空気が漂っていた。
窓を開ければ多少はマシになるだろうが、それは一時的な事。
ここはロドス・アイランド製薬の本部であり、母体である移動都市だ。都市でありながら、陸上艦とも呼べる巨大なソレを支える履帯もまた巨大。荒野を駆動し進み続ける履帯は膨大な砂塵を巻き上げている。停泊中なら兎も角、不用意に窓を開け放とうものならどうなるか、想像に難くない。
「3日ほどはゆっくり出来ると思います。何か有れば遠慮なく相談して下さいね」
「本当に大丈夫だよ。アーミヤ、君だって疲れてるだろうし……私にこんなことを言う権限はないかもしれないが、今日はもう休むと良い」
「いえ、私は……」
「多くの人が私を救ってくれた事は理解している。けれど、私は身命を賭してくれたAce達の事を知らない。何も、覚えていない。何も聞けず、何も知れず、何も思い出せず、その犠牲の重さだけが酷くのしかかっている。私でもコレなんだ。彼等をよく知る君なら、その重さはきっと私の何倍もある筈だ。だから、私は君にも休んで欲しい」
アーミヤは少しの間俯き、それから小さく頭を下げた。
「ありがとうございますドクター、お言葉に甘えますね。……おやすみなさい」
そう言ってアーミヤはすごすごと部屋を後にした。
部屋を出た時彼女はこちらを振り向いたようだが、閉まるドアに遮られその表情は窺えなかった。
執務室は静寂に包まれ、聴こえるのはドクターの規則的な呼吸音だけ。
――息苦しい。
部屋に残ったのは自分だけ、会話が途絶えただけで空気とはこうも重くなるものか。ドクターは独りごちる。
俯いた時のアーミヤは、普段の穏やかな表情と打って変わって暗く、思い詰めたものだった。
部屋を出る時も、そうだったのだろうか?
チェルノボーグ脱出から1日。
多忙であると見受けられる彼女を気遣ったつもりだったが、悪手だっただろうか?
もしかすると、仲間の損失を一時でも忘れようと仕事にのめり込んでいたのかも知れない。
「……はぁ。あんな顔をさせるつもりはなかったんだが」
『彼女を任せたぞ、ドクター』
あの勇士が、ドクターに向けた最期の言葉。ついに彼は帰還する事なく、散ったのだ。あの都市を脱出した際のオペレーター達の顔を見れば、嫌でも察する事はできる。
あの言葉にどれほどの想いが込められていたのかはわからないが、それに応えられるのか?そんな不安と不甲斐なさがドクターの思考を覆っていく。
――と、
コン、コン、コン
規則的なノックが、部屋の静寂とドクターの雑念を掻き消した。
アーミヤだろうか?なにか伝え忘れた事でもあったのか?
「あ……開いてるよ。入ってくれ」
「失礼」
予想に反し、返ってきたのは聞き馴れぬ男の声。
低いながらもよく響き品位の感じる声音だ。
静かにドアが開き現れたのは、見慣れぬ青年だった。
二十代半ばだろうか?声の影響か、見た目こそ若いがどこか老成しているような雰囲気があった。
彼が此方に歩を進めるたび、浅黒い肌に無造作に伸ばされた金髪がなびく。
「君は……?」
「記憶を探る必要はないぞドクター。それはこの場において最も無意味なことだろう。俺は一方的に貴方を知っているが、間違いなく初対面だ」
青年はデスクの前に立ち、腰掛けるドクターを見下ろした。いや、見下ろすと言えるのだろうか?
彼の瞳は閉じられ、微笑を浮かべるだけだ。
灯りに反射する掠れた翼が、妙に目立っていた。
「先ずは夜分遅くに訪ねた事に謝罪を。突然の指令故、このような対面となってしまった。次いで名乗らせて頂く。S.W.E.E.P所属、コードネーム"オーファン"。聞き馴れないかも知れないが、まあケルシーの私兵の様なものと考えてくれ。……よろしく頼む」
「あ、ああ。こちらこそ宜しく。えーとS.W.E.E.P?ケルシーの私兵?」
「おや、もしやまだケルシーに会っていないのか?」
「ああ、医療部門の責任者である事と名前くらいは聞いてるけどね。忙しいみたいで会えてないんだ。――それで、御用件は?」
オーファンと名乗る青年からは敵意らしきものは感じられず、寧ろ友好的だった。ただ一つ奇妙なのは………何故、彼は瞳を閉じているのか?ということ。
底知れぬなにかがあるように感じて、少し不安を覚える。
しかしそれを表には出さない。己の立場がはっきりしない以上相手の手の内を探るような真似はできないし、したくもない。
だから素直に、要件を尋ねた。
「すぐに済む話だとも。ケルシー直々の指名でね。俺はこの時をもって、貴方の護衛及び補佐に着く事になった。秘書のような働きが出来るかは保証しかねるが、護衛に関しては最上のモノを提供しよう」
彼は大袈裟に手を広げ、おどけて見せた。その振る舞いには、軽薄さがありながら、不思議と嫌味はない。
奇妙な人だと思いながらオーファンを見つめていると、彼は「ああ失礼した」と言って自己紹介を促してきた。
「え?あーっと──」
何と言ったものだろうか? なんせ何も分からぬまま救出された身だ。ただ単純にロドス・アイランドのドクター、などと名乗る事は何かおかしい気がする。オペレーター達の話を聞くに、かつての己は実質的なトップの1人だったと言うのだし、味気ないというか。
それに、ドクターと名乗った方が良いのかと思うほど、ソレが自分を示す記号であるかのように感じてしまっていた。
記憶が無いのに、まるで自分が既に知っている事のようにドクターと名乗る事に抵抗を覚えてしまったのだ。
受動的に呼ばれるなら兎も角、能動的に名乗るには違和感がある。
とは言え、何も答えずにいるというのも悪い話だった。
「皆からは単にドクターと呼ばれているよ。記憶喪失って事も含めて知ってるみたいだけれど、本当に何も分からないんだ。……味気ない自己紹介ですまない」
数秒の沈黙の後、ドクターの答えは努めて無難なものだった。
無料ガチャとコータスバレー返して。