a.m.8:56/ 龍門 スラム街
スラム街と聞くと治安が悪く、殺伐で危険なイメージがある。
実際、龍門の感染者達が創り上げたこのスラム街もどこか不気味な暗がりが目立っていた。
「薄暗いな」
ロドスの標準的な制服に身を包み、頭部をフードとマスクで覆った人物――ドクターは少し陰鬱な気分になる。
折角の晴れた朝だというのに、細い路地に差す日光はか細いものだ。隙間なく並んだ外壁が、今にも迫ってきそうな圧迫感を与えている。
「このスラムは建造の段階で一頓着あったようでな」
「一頓着?」
「元々龍門も感染者に対して排他的だ。このスラムによって今でこそ表向きは落ち着いたものだが、非感染者にとって自分達の土地の一部が感染者に使われるというのは良い気がしなかったんだろうよ」
ドクターの一歩後ろ、オーファンはいつも通り瞳を閉じたまま周囲を見渡していた。
「それでも、こうして大都市内で感染者が生活出来るのは珍しい事なんです。迫害自体がない訳ではありませんが……」
ドクターの前を歩くアーミヤの耳が僅かに垂れ下がる。
顔は見えずとも、その心情は容易に察せられた。
「無理もない事だ。元々龍門はウルサスと関連深いからな」
「位置関係も近いからね。とはいえ龍門は炎国の領地だろう?」
「今でこそな。もう20年以上前の話だが、当時の龍門はウルサスのある貴族が支配していた。故に感染者の排除思想への影響が大きかったのさ。現在の表向き落ち着いた状態になったのは、ウェイ長官とその取り巻きが、件の貴族を追放した結果だ」
「そうか……」
「それでも不満が燻っているのは変わりません。ウェイ長官自身、あまり感染者を信用してはいない様子でしたから。直接的な排除に乗り出さないだけ、まだ寛容な方です」
いくら歩けど周囲の雰囲気は変わらない。
似たような風景が続くのだから、陰鬱な気分は増していくばかりだった。
「そろそろ……BSWの人達と合流しようか。人っ子一人見当たらないし、特に龍門側から監視されてるわけでも無いようだし」
ドクターはため息混じりに言う。
未登録感染者の捜索という目的こそあれど、2時間近く歩き回っても何も収穫がないのだ。
スラムという特性上、外部の者が隠れるには真っ先に挙がる場所ではあるのだが……。
「監視云々は兎も角として、下手に動かなければ問題は起きないさ。知っているか?スラムというのは各地に存在するものだが、ここ龍門のスラムはその中でも特に治安が良い部類に入る」
「スラムなのに?」
「"鼠王"ですね」
「そうだ。所謂マフィアの頭目と考えればいい。龍門の裏を牛耳っている。こういったスラムの住民の多くも奴の傘下だ。今こそ大人しいものだが、下手に動けば目をつけられるだろうな」
「注意を払うべきは近衛局だけじゃないってことか……」
「彼方もこちらの事は把握してるだろうさ。なに、少なくともシラクーザの連中に比べれば血の気は多くない」
ちょっとした小競り合い程度なら起きているだろうが、基本的に事実上の支配者である鼠王が抑止力となっている。
国外から流れてきた手慣れの裏家業でさえ身を縮こませるというのだから、鼠王の影響力の高さは相当なのだろう。
──尤も、当の本人は飴屋の好好爺をやっているそうだが。
「はぁ、よくわかった。息が詰まりそうなのは勘違いじゃなかったわけだ。こっちは切り上げてさっさと合流しよう。自分で言うのもなんだけど私ってほら……目立つし?なるべく固まって動くのもアリかなって」
「見るからに不審者のそれだ。格好のせいであらぬ疑いを受けてくれるなよ」
「あ……うん」
「そんな直球に言わなくても……」
◆
「ミーシャさん……ですか?」
「はい。先程チェン隊長から指令が入りました」
BSWと合流してみれば、なにか動きがあったらしく、フランカとリスカムは怪訝な顔をしていた。
「ただ理由については教えてもらえませんでした。早急に保護せよ、とだけ」
「なんていうか、やりにくい人だと思わない?」
「フランカより真面目で好感が持てると思いますよ」
「えぇー私だってマジメに仕事してるわよ」
「俺はリスカムに同意しよう」
「酷い!」
どうにも緊張感に欠ける会話だったが、咎めるものはいない。
そもそも彼等にとってはこれが普通の事。
前線で戦う戦闘集団であり、いざ作戦開始ともなれば、相応の緊張を纏うことになる。
それならばこの程度容認した方が、士気も保てると言うものだ。
「それで、ミーシャの特徴は?」
「白い短髪のウルサス人です。背丈、年齢はアーミヤさんとさほど変わらないと」
「チェルノボーグから逃げてきた…と見るべきかな」
「どうあれさっさと捜しちゃいましょ。
「また二手に別れましょうか?」
その提案にドクターは少し考える素振りを見せるが、直ぐに首を横に振る。
彼の脳裏に浮かんだのは龍門入りする前、あるオペレーターについて話すドーベルマンだった。
そんなドクターの視線を受けた男、オーファンは黙って彼に顔を向けた。
「"特定の源石や感染者の捜索において、高い適性を持つ"、とか。もし対象のミーシャが感染者だった場合、捜し出すことは出来る?」
「……感染者であるなら、な」
「精度は?所要する時間は?」
「時間も精度も問題ない。捜索の話が出た段階で既に探っていたさ。近辺…半径100m圏内に該当するのは1人だ」
さも当然の様な物言いに、皆が困惑した。
索敵をはじめとした捜索に長けたアーツを扱う者は存在するが、これほどの短時間で、しかも断言するほどの精度の物は例が無い。
「ねぇ、サラッととんでもない事言ってる自覚ある?」
「オーファンさん。貴方のアーツは視覚情報として認知出来るのですか?」
「源石及び感染者が対象ならな。原理など知らんし、勝手に頭に浮かんでくるだけだ。ああ、言っておくがミーシャが感染者なのかわからない以上、見つけた対象が彼女とは断言出来ないぞ」
そう付け加えるが、それは確固たる情報さえあれば彼が確実に対象を見つけ出せるという証明でもあった。
ドクターはその言葉を聞きながら、改めて目の前の男を見つめる。
相変わらず何を考えているのかはわからなかったが、その佇まいには確かな自信が感じられた。
「それじゃあ、案内頼むよ」
「了解した」
彼は短く答えて路地へ向かい、ドクター達もその後に続いた。
位置がわかっているなら態々手分けする必要もあるまい。
なんの警戒もなくスタスタと進んでいくあたり、伏兵の類もない……という事か。
(やれやれ……)
先導するなか、オーファンは内心呆れ返る。さっきからなんとも騒がしい。
『ほら、もう見えるだろう。あの陰険な廃ビルだ。薄幸の美少女が待っているぞ』
『何を愚図愚図しているんだ!レユニオンとかいう不埒な輩が近付いているぞ!先手を取られては……なんだ……、そうアレだ!好感度とかそんな感じのものが稼ぎ難くなるぞ!』
(俺がやっているのは断じてやましい事ではない。そもそも今の立場を理解しているのか?居場所教えるだけでいいから、あとは大人しくしていろ)
『後ろのお仲間は置いていけばいいのでは?あ、ちなみにビルの3階だぞ!』
『角部屋だな!それはそうとアーミヤ嬢も中々……』
(駄目だこいつら……。おい、誰かマトモなのは居ないのか)
『フッハハ、生憎今回は我々だけだ。そう目くじらを立てる事もあるまい?俺としては思うのだよ
『なんと回りくどい!俺は隠さず教えてやる!lonelyでロリロリで神降r……』
(五月蝿いだまれ)
時折変な輩と繋がるのがなんとも悩ましい。
しかもどいつもこいつも自分とほぼ同じ見た目というのが救いようがない。
「どうかした?」
足早になったからか、ドクターが声をかけてくる。
肩越しに見れば他の面々も怪訝な表情だ。
「なに、少しばかりの義憤さ。大勢から狙われると言うのは、少女には荷が重かろうよ。……不憫極まりない」
◆
酷く寂れたビルの一室で、一行は件の少女を発見した。
此方を視界に入れるや否や、永らく放置され倒壊した瓦礫の陰に彼女は身を隠してしまった。
「……ミーシャさん、ですね?」
物陰にゆっくりと歩み寄ったのはアーミヤだった。背丈も歳も同じくらい、一見すれば武装も何もない彼女だ。穏やかに語り掛けているのは、少女を慮っているが故。
敵意の類がないと伝わったのか、少し時間を置いてから白髪の少女はわずかに顔を覗かせた。
「ごめんなさい、驚かすつもりはなかったんです。私たちはロドス・アイランド製薬という感染者のための組織です。後ろの人達は、私の仲間です。……お話を聞いてはくれませんか?」
「……なに?」
警戒、恐怖、疲労。様々な感情が混じった白い顔が向けられる。
足首に浮かんだ結晶から、鉱石病の進行は明白。
早る気持ちを抑えながら、アーミヤは再び歩みを進めた。
パトリオットの声が強かった(小並感)