孤児のシスマ   作:とんとなま

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もうやだこの世界

5話

無事保護出来たミーシャを近衛局に引き渡した。

それまでは良い。

途中レユニオンの襲撃は受けたが、見知った配送業者達の助力もあり此方の負担も損害も皆無に等しい。

そんな矢先の、再度の襲撃。

先程とは違う大所帯、何処からともなく沸いて出て来る様は最早壮観だった。

こちらも他の部隊と合流したとは言え、焼け石に水だろう。

 

「囲まれましたね」

 

リスカムが歯噛みする。

当然だが多勢に無勢、こちらが不利だ。

自然と要であるドクターを中心に、各々が遮る壁の様に立つ。

 

「ちょっとオーファンさん?お得意のアーツで感知出来なかったわけ?」

 

「此方の負担を考えてもらいたいな。アーツユニットがあるとはいえ、好き好んで身を削りたくはない」

 

フランカの抗議を流しつつ、どうするべきか思案する。

やろうと思えばこの場から離脱する事は可能だが、ここは感染者が集い、粗悪な源石製品が散らばるスラム街。不用意な活性を引き起こしかねない。

ここにはやたらと個性的な(ともがら)が多い事もあり、何が起こるかもわからない。少なくとも、()では制御しきれないだろう。

 

(アーミヤとドクターさえ無事なら問題はないか)

 

極端な話だが指揮官が直々に出張っている以上、その護衛は消耗品の肉壁だ。相手は殺しに来ているわけなのだから、こちらも死ぬ気で、時には仲間を篩にかける必要がある。

まるでチェルノボーグの二の舞で心象は悪いが、最悪犠牲を前提とした強行突破も視野に入れなくてはならないだろう。

 

「ロドス……」

 

仮面の集団の奥から背の低い、背格好や声音からしても少年と言うべき者が現れる。

先の襲撃でも先陣に立っていた彼は、ミーシャに対して確かな執着を見せていた。

仮面こそ被ってはいないが、その代わりなのか装備したガスマスクから除く敵意の眼光は酷く鋭い。

彼の異様なまでの執念。

それが何を由縁とするか、自分はとうに知っている。

こういった手合いはどうにも慣れないものだ。

 少年らしくどこまでも純粋な愛着。だから彼は手を汚す事を厭わない。

かつて自分がそうされた様に。結局は陥れた者達と同じ轍を踏むだけだと知っていても、彼は止まれない。

望んだものがすぐ目の前に、後少しで届くなんて誰だって手を伸ばすだろう。

逸る心情を表すように、手にした回転式弾倉のグレネードランチャーがカタカタと音を立てている。

 

「ロドス、ミーシャ(あいつ)はどうした。龍門に引き渡したのか」

 

「それが、貴方と何の関係があるのでしょうか」

 

相対したアーミヤの、事情を知らぬが故の毅然な態度に、気配がより剣呑なものになる。

後方を見張るオペレーターの視線も少年に、スカルシュレッダーに向けられる。

 

「同じ感染者でありながら龍門に手を貸すとは……。貴様らのやっている事は感染者への裏切りだ!同胞たちの命は、貴様らの血で贖ってもらう!」

 

「ドクター、指揮を!」

 

怒声と共に火蓋が切られ、件の少年を筆頭に攻め立ててくる。

アーミヤやリスカム達が前方を護る中、俺はただ最後の砦としてドクターの側に控えていた。

正直アーミヤが前線にいるのはどうなのだろうかと疑問が湧き出るが、それはそれとして隅に置いておこう。

雑念と共に、飛んでくるボルトやらアーツやらの流れ弾を受け流す事数分。

注意こそ向けてはいたが、背後も他のオペレーター達だけで十分間に合っている。

元より容易にドクターに近付かせる様な布陣ではないが、相手の物量に対して不自然なまでにこちらの護りが崩れる様子はない。

 

「……烏合の衆かと思えば、中々の演技派だな。何処ぞの劇団が放って置かないだろう」

 

あの齢で、あれだけの激情を抱えて、この好機を得てなお冷静さを失っていない。

思惑を察して、思わず舌を巻いた。

伝わるのかどうかもわからない皮肉を交えつつドクターに耳打ちするが、喧騒の中でも彼の耳には確かに届いたようだ。視線はじっと前方のアーミヤ達に向けたまま、ドクターはバイザーの下で眉を顰めている。

 

「ああ。これは……陽動だ。レユニオンの目的はロドスじゃない」

 

「してやられたな」

 

変t…馬k…とても個性的な連中が喧しすぎると断続的に繋いでいたのが仇になったらしい。

咄嗟に得た()()からしても、こちらの現状からしても確定的だ。ミーシャは拉致され、近衛局の主力部隊はあのドラコに封殺されている。

こちらもこちらで包囲しておいて本気で討ち取りに来るわけでもない。警戒こそされているようだが、そう容易く悟られない程度には余力を残している。

 

「どうする。まともに付き合ってやる義理もないが?」

 

「打開策は?」

 

「突破は可能だがリスクは生じる。敵か味方か、誰にどう影響が及ぶかは不明瞭だが、まあそれなりの……病状の悪化だとか、超自然的現象だとか、一つや二つ奇怪な事象は招くかもしれない。無論この身に変えてもドクターに害は及ばないと保証するが」

 

「君が単独任務を任せられる理由か。──却下だ。今この場で、そこまでのリスクはかけられない」

 

相手の出方はもう予測出来ている。折角お誘いを受けている手前、ここは素直に踊ってやるべきだろう。

実に真摯な対応だ。ヴィクトリアあたりの()()()紳士達に勝るとも劣るまい。

 

「それにアーミヤの、ロドスの信念に反する」

 

「……上々だ」

 

記憶の損失からまだ日が浅いと言うのに、すでにドクターなりの自意識は芽生えている様だ。

これが素なのか、はたまた現状に影響され形成されたものなのかはわからないが。

 

「スカルシュレッダー!」

 

拮抗した様に見える状況を変えたのは、仮面の誰かが発した呼び掛けだった。

それを合図として、突如優勢だった筈のスカルシュレッダー含めレユニオン側が距離を取る。

困惑や追撃の意思を見せる此方のオペレーター達を制したのは、ドクターだった。

 

「総員、武器を下せ。相手側にこれ以上交戦の意思はない筈だ」

 

「どういう……」

 

「嵌められたんだ。本命は私達の命ではなく、その足止めだ」

 

ドクターの言葉を裏付けるかのように、レユニオン側から声が届く。

 

「Wからの通信があった。作戦は成功したらしい」

「……タルラに信号を。予定通り退却するぞ」

 

先ほどの剣呑さは嘘のように霧散し、そそくさと撤退していくレユニオンに、アーミヤ達も状況を察したようだった。

 

「っ!ミーシャさんが!」

 

「落ち着け。彼方も大所帯だ。直様そう遠くまで逃げる事は出来ないだろう。一時的に何処かで身を潜めるはずだ」

 

「此方も消耗しているからね。まずは近衛局と合流しよう。現状の戦力ではミーシャの奪還は不可能だし、足並みを揃えるのが先決だろう」

 

 

 

市民の気配などとうになく、ただ焼け焦げ、虫喰いにされた路面やビルが長く続いているばかりだった。

先の戦闘から半刻も経たず合流した近衛局の面々は、酷く殺気立っている。

保護対象の護送中に、まんまと奪われる。

相手の逃走先すらわからない。

失態として致命的であることは想像に難くない。

曇天が彼等の心中を代弁するように暗い影を落とす中、龍を見つけ出すのにそう時間はかからなかった。

 

「何故、ミーシャさんは狙われているんですか?」

 

アーミヤの問いを、チェンは突き放す。

立場的には彼方が上だが、失態を犯したのもまた彼方。

不信感を隠せないロドスの面々を諌めるように、そしてチェンに諭す様にアーミヤは再び口を開いた。

 

「私達ロドスは、龍門を守るために近衛局と協定を結びました。契約上の立場こそ其方が上である事は事実です。ですが、情報の共有が行われないのであれば、そこに信頼関係の構築は出来ず、共同作戦は機能しません」

 

彼女の年齢にそぐわぬ言動は幾度となく目にして来たが、それが決して虚勢ではない事は誰もが知っている。

あの()()によるものでも、彼女に多くを託したであろう()()によるものでもなくい。影響こそあったとして、カリスマ性は生来のものだ。

そんなアーミヤの言葉に感心したのか、或いは観念したのか。チェンは僅かに間を開けて語り始めた。

 

「……ミーシャさんの、父親が?」

 

「ああ。チェルノボーグにおいて科学者として、政治的にも要人であったらしい」

 

「ミーシャさんがなにか情報を持っている、という事ですか?」

 

「それを確かめる為の保護だった。本当に情報を持っているのかはわからないままだったが」

 

「それでもレユニオンは龍門を標的にし、ミーシャを攫おうとした……。それにスカルシュレッダーの反応からしても、少なからずレユニオンと関連があるのは間違いない」

 

ドクターの言葉に答えず、どこか遠くを見つめるチェンはいつも通り眉を顰めたままだ。

失態への苛立ちか、それとも焦りか。

そんな彼女の様子を察してか、体制を整えた近衛局の面々は手早く追跡の準備に取り掛かっていた。

実はミーシャとスカルシュレッダーことアレックス少年は姉弟でした――などと、とてもじゃないが口に出来る状況ではない。

 

「……話は以上だ。我々はミーシャ奪還に動く」

 

「私達も行きます」

 

「これは我々の失態だ。その責任は私が負うべきものだ」

 

「協定を結んでいる以上、その責任はロドスも背負うべきものです。私達にも行かせてください」

 

「責任を果たそうっていうのはご立派な事だけど、流石に限界があるんじゃない?」

 

「アーミヤさんの言う通りです。私達もスカルシュレッダーの部隊に足止めを受けたのは事実ですから」

 

「それに、行方を探るのに最適な人材もいる」

 

最後のドクターの言葉に、チェンが視線を向けた先には俺がいる。

値踏み、なんて生優しいものではない。下手な事言うと何をされるか……。

急いているならもう少し素直になって良いだろうに、

そういう態度を取られると反抗心も芽生えてしまう。

 

「報告によれば、ミーシャを発見したのは貴殿らしいな」

 

「ああ」

 

「特異なアーツを扱うと聞いた。レユニオンは、ミーシャは何処に向かった?」

 

「その共有の為にも、ロドスとの協定を再認願う。俺は()()()()()()()()のでね。是非ともここは、うら若い我等のCEOの顔を立てて欲しいものだ」

 

態とらしく肩をすくめてみれば、検問所での一幕を思い出したか。

此方が目一杯の親しみを込めた笑みを贈るのに対し、彼女の顔は――。

幸い他の面々は彼女の後ろに位置するので、こんな睨めっこじみた茶番に興じているのは俺たち2人だけである。

――あ、睨めっこなら負けているのは俺の方か

 

 

「オーファン、敵の詳細は?」

 

「1時方向……このペースなら接敵までは3分弱。特筆するのは数だけだな。本隊離脱の捨て石。余程時間が稼ぎたいと見える」

 

動きに規則性が見られないあたり、指揮官の類も不在。殲滅そのものは容易いかもしれない。

……というか、呼び捨てか。

随分と気に入られたらしい。

 

「ならば迅速に片を付ける。……ロドス、力を借りるぞ」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします」

 

アーミヤの返事にチェンは頷き返し、そのままレユニオンの方へと向かっていった。

それに合わせて近衛局の面々が駆け出していく。

彼等を尻目にPRTSに目を落としたドクターは、数秒の沈黙の後指示を出し始める。

 

「……レユニオンの配置と侵攻ルートは予測出来た。

リスカムとフランカは前線部隊に追従、そのまま支援を。アーミヤはじめ後方部隊は高台より狙撃に専念してくれ。私は同じく高台にて指揮に努める。オーファンは私の側に」

 

各々が持ち場につく中、今日何度目かもわからぬ喧騒が市街を包み始めていた。

悲鳴も、怒号も等しく数多の剣戟や炸裂に包まれて消えていく。

いつの間にやら合流していた鬼と、彼女が率いる部隊の奮戦もあり、戦況は語る必要がない程に明白だった。

 

「ドクター!」

 

そんな誰かの警鐘にも、目の前に飛来して来たアーツにもドクターは動じない。そもそも意識すら向けていないか。

随分と信頼されているのか。望み通りに護ってやれば、彼はどこか空虚な眼で戦場を俯瞰していた。

盾となった白く掠れた結晶は大気に溶け落ち、かと思えば再びドクターを包む様に旋回している。

我ながら見事なものだ。

 

「コレだけ集めて、全て捨て駒。逃げ仰た所で何になるって言うんだ」

 

ドクターの声が僅かに上擦って聞こえた。

 

「憐んでいるのか?その是非について俺から言う事は何も無いが、こんなものはありふれている」

 

感染者は破滅する。そう言うものだ。それが世論で、それが摂理で、それが現実で。仲間内だとしても、こうして命は浪費されていく。

 

「そのありふれた事に、君は何も感じないのか」

 

「感じるさ。虚しいさ。だが、少なくとも俺は憤りは覚えないな」

 

「……どう言う事だ?」

 

「破滅は新生の予兆である……なんて言う奴もいる。俺はそれに共感していてね。善悪で論ずるものではないのさ」

 

「こんな犠牲の果てに、実を結ぶものがあると……?君は先を見過ぎている気がするな」

 

「さてね。今を重視するか、未来を重視するかの違いでしかないさ。俺は後者を支持するが、残念ながらあの捨て駒達は未来はおろか今すら見ていない。ずっと過去の怨讐に駆り立てられて、どうせ死ぬのだとああしてやぶれかぶれに突っ込んでくるだけだ」

 

一矢報いようとでもしたのか、仮面の誰かの放ったアーツが黒に飲まれた。

アーミヤのアーツが、僅かな拮抗も許さずに敵を穿っていく。

 

「彼女の顔が見えるか?今のドクターとよく似た目をしているぞ」

 

生きる為に、進む為に、成す為に、底無し沼に沈む様な暗く冷たい心痛を押し殺す。

彼女も、率いられるロドスも積み上がる悲劇の上に立っている。止まってしまったら、もう何も掴めない。

 

「彼女と歩むなら今のうちに知っておくと良い。これがテラだ。明るい未来が欲しいと願うなら、どうやったって対価は生じるぞ」

 

ドクターは今揺らいでいる。アーミヤ達が信を置くのも頷ける善性だ。背中を押してやりたいところだが、それは俺の役割では無いだろう。

 

「今の貴方は選択を迫られた事がない。流されて今に至るだけだ。犠牲に慣れろとは言わないが、それでも何を拾って何を捨てるかは今からでも考えておくべきだ」

 

だから、今ここで伝えておこう。

 

「例として、ミーシャだな」

 

「拾うさ。言われるまでもない」

 

「ミーシャとスカルシュレッダーは姉弟だ。俺はブラッドブルードではないが、多少血の繋がりを感じるくらいの事は出来る」

 

ドクターがこちらを向いた。動揺が見て取れる。

合点がいったのだろう。スカルシュレッダーの敵意も執着も、その情報だけで辻褄が合ってしまうから。

だから問わずにはいられないのだろう。

 

「何を、根拠に?」

 

「俺のアーツは信用に足る。そう判断出来るだけの働きはしているつもりだぞ?あの黒い石粒1つでも、俺からすれば親切な隣人みたいなものだ。こんな非情な事実だって気前良く教えてくれる」

 

普段好き勝手しているような奴も、少しばかり問えば無用な事まで共有してくる。

俺達はそうしてこの大地で繋がっている。

 

「ミーシャを拾うなら、スカルシュレッダーは捨てなければならない。彼はたった1人の家族を取り戻す為に、我々どころか世界の敵になる」

 

「極論だ。姉弟である事が事実だとして、救う事は、せめて対話の可能性はきっと――」

 

ない。そう断ずるまえに、端末が鳴った。

 

MISSION ACCOMPLISHED.

 

いつの間にやら掃討が終わっていた。勝利の余韻なんてありはしない。

 

「ドクター、ロドスは既にミーシャを拾っている。既に選択の機会は過ぎていて、決定事項なんだ」

 

今更選択を撤回するなど出来ず、どっちも拾うなんて現実的に不可能だ。

どんなにロドスが尽力したって、世界は彼ら(テロリスト)を容認しない。

一時救った所で、いつか何処かの誰かから正義、或いは報復という名の鉄槌を下されて終わるだけだ。

 

「今回は何もかも手遅れだ。だからスカルシュレッダーは、アレックス少年の事は諦めろ。ミーシャの()もな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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