三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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7話 不気味な受験生

 傍らに立っている女性試験官――紫藤の、片眉が吊り上がる。

 箱を片手に、残った手で男性試験官――縣が頭を掻いて播凰の顔を見た。

 

「あー……これは、あれか」

 

 その厳つい容姿とは裏腹に。唸るように、言葉を選ぶように、その理由は告げられる。

 

「この計測タイプは、一定以下の天能力には反応しないやつでな。天能力が無いなんて有り得ねえ(・・・・・)から、勿論お前さんにもあるのは分かってるんだが……言っちまえば、あれだ。低すぎて計測できん」

 

 プッ、と後方の試験待機組の方から、吹き出すような音がした。

 それを皮切りに、続いて嗤いが巻き起こる。

 どちらも一つではなかったが、その中には先程話したあの男であろうものもあった。

 

「むぅ、それは残念だ」

 

 だが、その向き先たる播凰は。しかし後方を微塵も気にすることもなく、ただただ己の掌中の輝き一つ無い水晶の様相に肩を落としている。

 天能力について漠然としているが、名称からして天能に影響するであろうことは自明の理。

 それならば、低いより高い方がよいに決まっている。

 

 促され、元あった箱の中へ戻す間も、やはり水晶に変化は無かった。

 

「――静かに、と言っています!」

 

 そんな、分かりやすく気を落とした播凰を庇ったのか、あるいはそうでないのか。

 その真意は彼女以外に分かるはずもないが、ともかく試験官である紫藤は、ついさっきやったように試験待機組に向けて鋭く注意した。

 一人、二人、と声は減り、やがて播凰を笑う声がなくなる。

 

 それを見届けて、彼女は眼鏡をクイッと持ち上げると、播凰に向き直って言った。

 

「……試験を続けます。天放、天介どちらを?」

 

 投げられたのは、当然来るであろう問い。

 これに対し、播凰は飾ることもせずこう返すしかなかった。

 

「分からぬ」

 

 あまりにも自然な即答。これまで硬い表情を崩してこなかった紫藤が、初めて違う色を見せる。

 呆気にとられたような、何を言われたのか理解できない、といったような顔だ。

 だが、それも一時のことで。

 

「――巫山戯(ふざけ)ているのですか?」

 

 これまでと同じように――いや、それ以上に表情も声色も冷たさを伴ったものとなり。播凰に送られる視線は、もはや睨んでいるとすらいえた。

 

「巫山戯てなどおらん。私は天能の使い方を知らぬゆえ」

 

 そしてその凍えるような瞳に、目線を逸らすどころか、堂々と合わせ。

 両腕を組み、播凰が真っ向から応じる。

 

「――ちょ、ちょっと、播凰さん! 何言ってるんすか!」

 

 と、そんな一触即発ともいえる空気に介入したのは、後方で試験待機組として控えていた毅であった。

 実は、先程から播凰の行動含めて言動にハラハラさせられていた毅。離れている自身にすら感じられる怒気に、これは流石にヤバいと勇気を振り絞り。

 両者の近くまでには行かないものの、集団から少しだけ抜けて前に出たのである。

 

「真面目に答えた方がいいっすって!」

「うむ、私はいたって真面目だが」

「ええっ!? だって播凰さん、天能使ってたじゃないっすか! 天介の転移を!」

「ふむ? ……ああ、あれは私ではないぞ」

「うっそぉ!?」

 

 そして返ってきた事実に仰天する。

 なんのことはない。あの日、播凰が現れた現象を転移と推測し、それをしたのが播凰自身であると毅が今まで勝手に勘違いしていただけであった。

 

「知り合いだとしても、試験中に口を挟まないように。失格になりたいなら話は別ですが」

 

 割り込んできた毅に対して、播凰に向けられていた紫藤の冷たい視線がそのままスライドする。

 まともにそれを浴びて畏縮した毅は、顔をより青くさせて大人しく引っ込まざるをえなかった。

 

「さて、どういうつもりで転移などと言い出したのかは知りませんが……まあいいでしょう。知らないなら教えますが、それを使えるような実力者は限られています。相性という意味でも、難易度という意味でも。加えて、並の天能力では、1回の発動すら難しいでしょう」

 

 そうして、紫藤は再び播凰に視線を戻すと。

 淡々と言葉を紡ぎ、播凰の発言にまともに取り合わずに話を終わらせようとして。

 

「話は逸れましたが、そのような態度をとるのであればここにいる必要はありません。さっさと――」

「まあまあ、落ち着かんか、紫藤先生」

 

 しかし、その声は途中で遮られる。

 制止の声を上げたのは、静観していたもう一人の試験官である、縣。

 言葉を止められた彼女の苛立たし気な視線がそちらに向かうが、それを気にした様子もなく飄々と彼は播凰と向き合った。

 

「巫山戯てるようにしか聞こえねえってのは、俺も同感だ。が、分からねえ。お前さん、一体何しにここにきた?」

「うむ、天能について色々学ぶためだな。ここは、そのための施設であると聞いたが?」

 

 問うたのは、真意。これで言葉同様に態度も不真面目であるのなら、明らかな冷やかしなのだろうが、どうやらそうでもない。少なくとも縣にはそう見えていた。

 もっとも、冷やかしなどをして何の意味があるのかは計りかねるが。

 

「あー……まあ間違っちゃいねぇわな。確かに学ぶ。そして高めるためにこの学園はある」

 

 一瞬その物言いに引っ掛かりを覚えるも、首肯する。

 

「ふむ、それでは天能の使い方を、天能を学びたいがためにここに来ることの何が問題なのだ?」

「…………」

 

 だが、次の播凰の返しに、縣は思わず無言になった。

 

 当然、今までは両者の認識に乖離があったのだ。

 播凰は、これから学ぶ――つまり天能について一から学びたい、という意味での学ぶ。

 対して、播凰以外のここにいる者は、そんな基礎的な段階より数段上の話で、更なる成長のための学ぶ。

 

 ――まぁ、全くいねえとは言い切れんが。

 

 ある程度の年齢にもなって天能の使い方を知らない人間が、である。探そうと思えば見つかるかもしれない。とはいえ、稀有な事例であることに変わりは無いだろう。

 とどのつまり、そんな存在は見たことがないとは断言できるが、ありえないとは断言できないという話だ。

 が、十中八九どころか確実に、前例は無いだろう。そのような人間がここ(・・)の入学試験を受けるなどという前例は。

 

「ふーむ……」

 

 どうしたものか、と縣が視線を彷徨わせる。

 その先には、眉間をもむような仕草をする紫藤の姿があった。

 両者の目が合うが、彼女は動かない。言外に、止めたのならお前がどうにかしろ、と。その目がそう告げていた。

 

「お前さんの言い分を信じる体で進めるが。つまりお前さんは、天能について初歩的な部分から学びたいと? そのためにここに来たと?」

「うむ」

 

 完全に信じたわけではない。

 が、受験者――三狭間播凰の目は、顔つきは少なくとも真剣に見えた。そうでなければ、即刻叩き出していたところだろう。

 だからこそ、話を合わせた。

 

「まぁ、お前さんにも事情はあるんだろう。ただ、今から学びはじめるってなると、才能次第ではワンチャンスもあるだろうが……先程計測したお前さんの天能力は、はっきり言って最低ランクだ」

 

 だからこそ、諭した。

 

「ここに入学しようって連中は、それこそ全国から集まってくる。その中ですら、入学できる者は限られる。しかも、その大多数は中等部からの内部進学組(・・・・・)だ」

 

 縣はそこで一旦言葉を区切り、何かを確認するように播凰の受験票を見た。

 

「お前さん、外部からの高等部への入学希望だから疎いのかもしれんが。仮にお前さんが入学できたとして、そもそもスタートラインが違う。周りはその数段先を行く者ばかりなのは確実。それだけじゃなく、来年入ってくる年下ですら、実力的に敵わんのは間違いない。この道に足を踏み入れてくるのは、以前から学び、努力し、戦ってきた奴等だ。ここで一年頑張ったところで引っくり返せるほど甘いもんじゃない」

 

 試験官としての立場上、縣には、そもそも試験に合格できない、入学できないなどとは今ここで告げられなかった。

 合否は、後日発表される。ゆえに、いかにこの場で不合格が確定(・・・・・・)していようと、仮定にしてぶちあたるべき未来の話をする。

 

「馬鹿にされるだろう。悔しい思いもするだろう。思い描く理想通りにならないなど往々にしてある。今からこっち側(・・・・)に来るっていうのは、そういうことだ。であれば、今まで通り天能に関わらず過ごした方がお前さんのためだと俺は思う」

「なるほど、忠言感謝する」

 

 諦めさせるために紡いだ言葉。だが、嘘ではなかった。告げたのは事実に付随する現実、それと僅かばかりの親切心だ。

 それが通じたのか、播凰は真摯に受け止め、深く頷いた。

 

 ふぅ、と息を吐きだす縣。が、しかし。

 

「――それでも私は、ここで学び、天能を使ってみたいのだ!」

 

 その宣言には、力強さがあった。曇りなき意志があった。それになにより、得も言われぬ迫力があった。

 

 ――ハッ、馬鹿だねぇ、コイツは。

 

 そしてそれは、真っ直ぐに胸に入ってきた。

 間違いなく、馬鹿だ。馬鹿者だ。

 が、嫌いな部類の馬鹿じゃない。

 

 やれやれと頭を振り、縣が口を開く。

 

「それなら、天能主体の天戦科じゃなく、武術主体の武戦科――つまり接近戦メインとするのはどうだ? そっちだと、天能力が劣っていても武術の才能や元々の身体能力で巻き返せる芽もある。幸いお前さん、がたいはそう悪くないからな」

 

 それは、せめてものアドバイスであった。

 ここで、というのは難しいだろうが。その学ぶ意思自体は、もはや止める気も権利も無い。

 お節介ともとれるが、彼も彼とて試験官であり――この学園に勤める教師でもある。ただの受験生にそこまでする義理はないが、一つくらい道を示してもよいだろうと考えたのだ。いずれにしろ厳しいだろうが、まだ、少しでも可能性がある方へと。

 だが、その善意は。

 

「ふむ。興味がないわけではない。――が、楽しめるほどに実力のある相手が見つかるとも限らん」

「……ほぅ、言うねぇ」

 

 一瞬にして切り捨てられるわけだが。

 

 縣の気持ちが冷め、声が低くなる。

 

 ――仕方ねえ。少々手荒になっちまうが、鼻っ柱を圧し折ってとっとと次を進めるか。

 

 失望した、とでもいえばよいのだろうか。

 気持ちのいい馬鹿だと思っていたが、そうではなかった。結局は、大言壮語で自信過剰の愚か者だったのだ。

 どのみち、試験者もまだまだ残っており、いつまでもべらべらと話をしているわけにもいかない。

 

「世界は広い。それにお前さん――色々と(・・・)侮りすぎじゃあないか?」

 

 フッ、と縣の姿がぶれ、一瞬にして掻き消える。――いや、そのように見えた。毅は勿論、後方で事の推移を見ていた試験待機組の者達には。

 

 間を置かずして彼が現れたのは、播凰の背後。

 並の者では知覚できない速度で回り込んだ縣の手が、播凰へと伸ばされ――。

 

 ――瞳が、交差した。

 

「……っ!」

 

 縣の手が、止まる。否、止められていた(・・・・・・・)。他ならぬ、眼前の少年――三狭間播凰によって。

 

 浮かぶは、冷や汗。

 

 全力でないとはいえ、天溜属性の天能を用いての高速移動。まず間違いなく常人では反応できない動きのはずだった。確実に死角へ入ったはずだった。

 実際、この学園に通う生徒でも、何人がついてこれるか。反応するだけならまだしも、息一つ乱さず、危なげなく対応してくる者は。

 

 それだけではない。

 まるで添えられたかのような少年の手は、しかし大の大人の、それも成人男性の平均と比較して大柄で筋肉もある縣の腕を、微動だにさせていない。

 

「否定はしない。だが、そちらよりも今は天能とやらに興味があってな」

 

 静かな声だった。怒りもなく、焦りもなく。まるでそれこそ、何でもないように平然としていた。

 播凰の目線が、顔が動かぬまま下がる。

 見ているのだろう。足を。

 明らかに人間のそれではない、獣のような異形に(・・・・・・・・)変容した(・・・・)、縣のその足を。

 

 その間。縣の顔は、視線は、動かない。否、動けない。

 数秒ともせず、播凰の目線は戻り――再び、視線がかちあった。

 

「――それに、侮っているのはどちらだ?」

 

 強者特有の威圧感も、雰囲気も何も感じなかった。それは言葉を交わした時も、こうしている今も変わらない。

 だがこの時、確かに試験官である彼は。年端も行かぬ少年に――その漆黒の瞳に、気圧されたのだ。

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