三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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34話 入学試験の縁

「人に向けない? しかしあの時は……いやそうか、あれは人ではなかったか」

 

 疑問の声を上げようとした播凰であったが、けれどすぐさま思い出したようにそれを引っ込める。

 彼女の術を知る――見ることとなったきっかけである、入学試験。その内容は、学園教師でありその時の試験官でもあった紫藤が用いた天孕具によって出された仮想敵――人ではない、的へ術を放つというもの。

 

「ふぅむ、人に向けれない(・・・・・)とは随分と奇妙な……ああ、まさか私のように術を使う条件がそれということか? 意外と面倒なのだな、天能術とは」

「え……い、いえ、そうではなく。ええと……」

 

 不思議に思いつつも、よくよく考えれば自分の術もそう人のことは言えなかった。と、自らが抱いた感想でその発想(条件付き)に至った播凰が、むむ、眉根を寄せて腕を組む。

 しかし、それは早とちりであったようで。麗火が慌ててそれを訂正したことにより、播凰はそのままの顔と態勢で首だけを動かして彼女を見上げる。

 

「んー、私はその星像院先輩の術を見たことないからよく分かんないけど……人に向けなきゃいいんですよね? だったら、何もないとこに術を打って、そこに播凰にいが回り込めばいいんじゃないの?」

「おおっ、頭がいいな、辺莉よ! うむ、私が当たりに行けばよいだけだな!」

「えっへへー、そうでしょそうでしょ!」

 

 と、その時、これまで傍らで話を聞いていた辺莉が、ふと思い浮かんだようにポロっと口を差し挟んだ。

 戦いの中であれば態々相手がそんなことをしてくれるわけもないが、そういうわけではない。妙案、といえば妙案なのだろうが。

 播凰が褒め、満面の笑みを浮かべる辺莉と。当の本人である麗火をすっかり置き去りにして、盛り上がる二人であったが。

 

「――すまないけど、二津君。それに叶君と矢坂先生もですが。話が決まるまでは彼らに――麗火君と三狭間君に、二人だけで会話をさせてあげてほしい。勿論、僕も口を出さないので」

 

 口調こそ柔和でありながらも、声に有無を言わさない厳かさを含んだ雲生塚が、その喜びに水を差した。

 要望の体ではあるが、つまり余計なことを喋るなという命令。

 

 へ? と辺莉が固まれば、叶はシャキッと背筋を正して口を真一文字に結び。矢坂はニヤっとしながらも手持無沙汰となったように、逆向きに地面に立てたことにより頂点となった鎚の持ち手の底部分に顎を乗せる。

 唯一この場で名を呼ばれなかった荒流であるが、けれどそこから抗議の声は上がらない。その代わりか、まったくもう、と言わんばかりに彼女は雲生塚へと半目を向けるに留まった。

 

「龍水さん……?」

 

 困惑したように振り返る麗火に、しかし雲生塚は宣言通り何も言わず。ただ目だけで彼女を促すように見るだけ。

 

「ふむ、私はあまり腹芸は好かぬのだが……まあよい。では聞くが、如何なる理由で人には打たぬと?」

 

 何らかの意図があるのは明白。もしも命令(その)対象に自身が含まれていたとしたら黙って従いなどしなかっただろうが、幸いとでもいえばいいのか播凰は会話を許されている。

 そのため、播凰はそんな雲生塚を少しだけ気分を害したように一瞥こそしたものの、すぐに麗火へと視線をやり。

 ややあって、麗火もまた播凰へそろそろと視線を戻し。その目が自分を真っすぐに見ていたことを悟るや否や、コホン、とわざとらしく咳をした。

 

「……お答えする前にお聞きしますが。まず、あの術について。貴方はどれほど知っていますか?」

「どれほど、と言われても。一度見たままの――氷の龍を放つ術ということ以上は知らぬが」

 

 瞬間、早くも物言いたげに眉を吊り上げたのは、口出しを禁じられた叶である。

 だがその気配を察した雲生塚に流し目を向けられ、また力を入れてキツく結んでいる理由を思い出してか、その口は結局開かれず。

 そんな些細な動きはあったものの。雲生塚の目論見通り、とでも言えばいいのか。

 無言の視線の中、麗火は僅かに微笑み。けれどもすぐさまキリリと顔を引き締めて。

 

「何となく、貴方はそのように言うのではないかと思っていました。ですので、お教えしますと……あれは四神――東方を守護せし青龍を象った術の、その一つ(・・・・)。限られた人にしか発現しない、特別な術です」

「……限られた人、とな? それは、新しく術を使えるようになることとは違うのか?」

「確かに一般的な術であれば、ある時を境に使えるようになる、つまり貴方の言うように後天的に習得することはあります。無論、性質や人によって使える術は異なりますし、効果の高さや広範囲を対象とするにつれ会得が難しくなり――例えば先ほど叶先輩が使われた空印刻色の系統もそれに当たりますが、誰もがその性質の全ての術を使えるようになるとは限りません。しかしそれらは、習得の可能性自体(・・・・・)は等しくあるのです」

 

 引き合いに出された叶が、声を出さないながら得意げな顔をする。

 空印刻色――先ほどの播凰との対峙において、一瞬の内に周囲に岩場を展開した叶の術だ。

 そしてそれを会得は難しくある、としながらもその可能性は誰にもあることを麗火は強調し。

 

「……しかし如何に才覚があろうと、努力しようと、後からではどうしようもない物事というのは往々にしてあります。もっとも、術に限った話ではありませんが」

「ふむ、後から。……そうか、出自だな」

「ええ。天能始祖四家、その系譜に連なり……血を色濃く継いだ者だけが発現する資格を持つと、そう伝えられています。後天的に習得することもあるというのは一般的な術と同じですが、そこにはどうしようもない大前提があるのです」

「……血、か」

 

 シン、と場に一時の静寂が訪れる。

 それは二人以外が沈黙を守っているというのもあったが。珍しく、播凰が言葉少なく反芻して黙り込んだ結果でもあった。

 特別()特別()。直接的ではなくとも、自身がそうであると言った麗火ではあったが。しかしその表情は誇らしげなものでなく、どこか陰のあるもので。

 

「――あの術はあまりにも強力であり、そして危険です」

 

 ようやく、と言ってよいものか。

 それきり言葉を発することのない播凰を数秒置くように見てから。重々しく、そして言い聞かせるように、理由が端的に述べられた。

 予めその術の特殊性を伝え、であるから危ないのだと主張をする。

 もしもその前段がなければそれだけ言ったところで、言葉だけでは真意が浮き出なかったはずだ。

 だから麗火にとって、それは己の優位性の主張ではなく、きっと必要なことだったのだろう。

 

「勿論、ではそれら以外の一般的な枠組みの術が強力でも危険でもない、とは言いません。上級ランク以上の攻撃術ともなれば特にそう。術者側にしても、単に使えるようになればいいわけでもなく、発動した術が制御を離れて天能力が暴走するという事例もあります。卓越した術者であれば、高度な術とて精緻に構築し手足の如く扱うことが可能と聞きますが、そこまでの使い手ともなるといくら四校の生徒といえど……そうそういないでしょう」

 

 そこまでを麗火は一息に喋ると。

 一呼吸入れると同時に、チラ、と雲生塚を横目で一瞬だけ見やり。

 

「そして、私はまだあの術を完全に御しきれていない。入学試験で使ったのは、あくまでも私なりの決意表明であり――その時のことをどこかから聞きつけたクラスメートの方々ですら、可能なら見てみたいと遠回し(・・・)に伝えてくる程度です。無論、見世物ではありませんし、誇示するように使うつもりもありませんので、こちらも婉曲に(・・・)お断りしましたが。……しかしまさか貴方のような方がこの学園に、それもあの場にいるなどと思いもよりませんでした」

 

 高圧的、とはまた違うのだろうが。

 これまでより、それこそ術の説明の時よりも力の籠ったその声は、間違いなくその場しのぎの言い訳とは思えず。

 

「……ええ、ですから、このようなお話を貴方にしたのも、せめてなりの私の誠意になります。あれは特別な術であり非常に危険でもありますから、余程のことでもなければ使うことはしないと心に決めているのです。誰かに向けるなど、以ての外。――ただ、貴方の呆れるほどの頑丈さは目にしていますので、他の術でしたら協力いたしましょう。それで構いませんね?」

 

 そう麗火は、半ば捲し立てるような強引さで、締めくくった。

 

 再びの沈黙。けれどつい先刻のそれと異なるのは、二人に散らばっていた場の視線が今度は播凰に集中していることである。

 理由が語られ始めてから終ぞ、言葉を挟むことをしなかった播凰であったが。その間でも、視線だけは麗火に向けていた。

 

 そして自分以外の視線を一身に浴びている今もまだ、それらを気にすることなく見ている。

 真っすぐにこちらを見据える、麗火の瞳。自らに嵌めた枷への強い意思の光を宿した――その奥に潜むは。

 

「……成程。その術で、誰ぞ殺した――或いは、その直前までいった、か?」

「っ……!」

 

 或いは、それは的外れな指摘に十分成り得ただろう。

 正常な感性の人間であれば、まず間違いなく当てずっぽうでもそのようなことは言わないはずで。冗談や鎌かけにしてもまた同じ。

 

 だが、問いの形でありながらも、その物言いは確信の響きを帯びており。

 そして、そんな普通ならば怒るなり軽蔑なり、とかく反論が飛んでくるであろう指摘に対して――麗火のその瞳は揺れ動くだけだった。

 

「別にそれを咎めるつもりはないし、懇々と言い聞かせてくれたことが全くの偽りだとも思っておらん。ただ――うむ、その眼には何というか、心当たりがあってな」

 

 いつの間にか立場はすっかり逆転し、今度は麗火を待たずに播凰が続けて朗々と声を紡ぐ。

 目を剥いて絶句する叶、そして目をまん丸にする辺莉はその驚きを顕著に。それらに比べれば反応が薄い荒流に、寸分たりとも変わらぬ雲生塚の二名は何かを知っているからか。

 全ての視線が集中する、播凰のその顔に浮かぶは、苦笑。

 

「ああ、故に分かったとも。その恐れの意味を。そしてお主が、血に囚われていることを」

 

 少なくともこの時点では。麗火はまだどちらともとれる反応であった。

 即ち。無言の肯定か、それとも単に驚きのあまり言葉を失っているかのどちらかである。

 ただそれがどちらかは、次の麗火の行動で証明される。

 

「……知った風な口をっ! この血が流れていない貴方に、何が分かるというのです!?」

 

 ガッと目の前の手すりを両手で掴み、身を乗り出すようにして。

 これまでの冷静さをかなぐり捨てたように、麗火が激昂する。

 

 それは播凰の言葉は勿論だが、その表情にも間違いなく原因はあっただろう。

 正しく、苦笑ではある。決して活き活きとした笑みを浮かべているわけではない。

 だが、どれだけ取り繕ったとて、笑みは笑み。時と場合によっては神経を逆撫でする要因でしかなく。

 

流れていないからこそ(・・・・・・・・・・)、分かる。何せこの身は、半分ばかり(・・・・・)そうであったがためにかつて頭を悩ませた口よ」

「え……」

 

 けれど、返す播凰の言葉に。麗火は怯んだように、その勢いをなくしかけた。

 播凰の顔こそ苦笑のままであったが。その声色は決して軽いものではなく、嫌に実感の伴った響きを湛えていたがために。

 

「そして奇しくも、己の力を恐れた身(・・・・・・・・)でもある(・・・・)。で、あれば……うむ、これまで考えたこともなかったが。今にしてみれば、私もまたそちら側に立つという選択も有り得た、か。……遅きに失した感があるのは否めないが、とはいえそう思えたこともまた、私がここに来た意味の一つなのやもしれぬな」

 

 一人で納得したように、うんうん、と悠長に首を振る播凰は。

 麗火の様子などお構いなしに、そんな調子のまま。

 

「お主には色々世話になったこともあるし、なにより我が身が一度通った道だ、これも縁の巡りと捉えれば。流石に血の云々はお主が向き合わねばなるまいが――もう一つの手助けの役目、この私が担おう。さあ、恐れずにあの特別な()とやらを打ってくるといい」

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