三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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37話 不完全な成功

 ぐらりと麗火の体が揺れた。

 それは播凰が喋ったことへの安堵からか、はたまた術の行使による疲労からか。或いは、その両方かもしれない。

 とかく、力の抜けたようにぶれた麗火であったが。その体を慌てて荒流が支えたことで、事なきを得る。

 

「うんうん、流っ石アタシのお兄ちゃんっ!!」

「……な、な」

 

 そんな様子を気にせず――というよりも離れていてかつ視線の向く先とは違うため気付いていないともいえるが。

 麗火達から離れた場所では、満足げに辺莉が頷き、言葉にならない様子の叶がその眼鏡をなおすように持ち上げて眼下を凝視している。

 

 はあはあ、と肩で荒い呼吸をしながら。彼らと同じように麗火もまた、二本の足でしっかり立つ播凰に瞬きすることなく目を固定させていたが。

 

「……あっ、し、失礼しました」

「いえ、構いません。無理はよくありませんわよ」

 

 自身が支えられていることに気付き。慌てて離れようとするも、当の荒流がそっとそれを押しとめる。

 そんな上の様子を一瞥だけして。播凰は矢坂を振り返った。

 

「では、私が術を使う番だな。まずは鎚を拾うがよい、先生よ」

「……ん……あ、ああ」

 

 未だ床に転がっている、彼女が取り落としたその天能武装()を拾うよう促せば。それまで呆然としていたように固まっていた矢坂は、播凰に言われてようやくといったようにのろのろと屈んでそれを手にする。

 それを持ち上げた彼女の顔は、はっきりとしない何とも言えないような表情をしていて。

 

「……あーっと……その、なんだ。もっとこう、他にねえのか?」

「他、とは?」

「そりゃあ……例えば、星像院のお嬢様に何か声かけたり、とか」

「受け止める戈は示した。そして無事で在れと願われた故、全身全霊を以て返礼とした。であれば我が役目はそこまでであり、これより先はあの者次第よ」

「……お、おう、そうか。……んじゃ、ちぃと離れるから待ってろ」

 

 早々に切り替える播凰に、流石に少し面食らったように。けれどそれ以上は言わずあっさりとして、矢坂は後ろに下がるように播凰から距離を取りはじめた。

 

 ――念のために近くにいたが、むしろ余計(・・・・・)だったか。

 

 その際、ボソリと、誰に聞かせるでもない自嘲を漏らして。

 

「ふーんふふーん、それじゃ、いよいよ播凰にいの術ですなぁ!」

「……そういえば、奴の術がどうこうという話だったか、そもそもは。正直、僕が聞いていい話だったのかといい、目の前で起きていることといい、何がどういうことか頭が整理できていないが……取り敢えず部長達のところに戻るぞ」

「あいあいさーっ!」

 

 そのやりとりが聞こえていた辺莉が鼻歌交じりでご機嫌となり。反対に、思い出したように叶が渋面を作った。

 そう、話の発端としては、播凰が術を使うためというところから来ている。それは何となく叶も理解していた。

 が、ただそれだけの話のはずが何故こうなるのか、そもそも自分が聞いてしまってよかったのか、播凰がピンピンしているのはどういう理屈なのか。色々な情報が錯綜し、理解が及ばず。

 それでも離れた時と同じように彼女を促し、雲生塚達の元へ合流しようと歩き出す。

 

「にしても、伝説の性質かぁー。いいな、アタシもそういう格好いいのがよかったなーっ!」

「……性質の希少さを考えればお前も羨まれる側だと僕は思うがな、二津。大体、今までそういう話はしなかったのか? 兄と慕うほど仲がいいんだろう?」

「えー、だってアタシの性質って文字通り変わってるし、弟と一緒だし……うーん、まあ確かにそういう話はしてないかな、播凰にいもアタシの性質多分知らないし。それに聞いてた感じ、口止めもされてたっぽい?」

「それはそうかもしれないが……だが、どう考えてもアレはおかしい――」

「まーまーいいじゃない! あんまりそういうのは重要じゃないんで!」

 

 ぶつぶつと喋る叶を、きっぱりとした言葉で遮って。

 辺莉は、それまで快活としていた声のトーンを突如落とした。

 

「――それに言えない秘密なんて、誰にだってあるものでしょ」

「…………」

 

 そんな彼女の顔に、その落差に、叶は何も言うことができないまま。

 叶と辺莉は、雲生塚と荒流と麗火の三人のいる――もとい、少し前まで二人もいた場所まで戻って来た。

 

「落ち着きましたか? 優れないようでしたら、あちらに座ってお休みを」

「いや、ちょっと待ってくれるかな、満美君」

 

 丁度、そこでは麗火が息を整えている最中で。

 呼吸が比較的落ち着いてきた彼女に、背後の空間に並ぶ椅子を指し示す荒流であったが。その行動に雲生塚がやんわりと制止の声を上げる。

 

「まずは、よく頑張ったね麗火君。だけど、まだ終わりじゃない」

「……っ!」

 

 断言する雲生塚に、思わず麗火が息を呑んだ。

 

「もしもこれから起こることが僕の想像通りであれば、それはきっと君にも重要な意味を持つはずだ」

「……別に、休みながら見ることもできるのでは?」

「できなくはないね。けれど満美君、重要な事柄ほどより近くで、より見やすいところで目にしたいとそうは思わないかな? もっとも、まあ――」

 

 ――近すぎてもよくない(・・・・)みたいだけどね。

 

 麗火を気遣う荒流が少しだけ目で咎めるようにして返せば、気にした様子もなく雲生塚はそう言い。

 そんな彼に、はぁとだけ息を吐いて。荒流は黙って麗火を見る。言い負かされたというわけではなく、判断を委ねるといったように。

 

「……ありがとう、ございます。私は大丈夫です」

 

 すぅっと深呼吸を大きく、麗火はしっかりと自身の両足で踏みしめて立ち。

 そうして両の眼をはっきりと開いた。視線の先に一つの人影を捉え、今度こそは見失わないようにと、その瞳に力を入れて。

 上での話がついた頃、下でも折よく会話が進み始める。

 

「そうだ、一応言っとくけどよ。もしお前の術が成功したとして、アタシは何もせずで受けるってわけじゃねーかんな。術によっちゃそうしようとは思ってたんだが、ありゃあ流石に無理だ」

「それは別に構わぬ。むしろ今思ったが、大丈夫なのか? どうやら普通の術とは違うようだが」

「ハッ、不完全な状態とはいえ、それを無傷で凌いどいてよく言うぜ。まぁ、だからこそハッキリしたことってのもあるが……これは後にすっか」

 

 距離を十分に取った矢坂が足を止めて言い出したのは。播凰と違い、無抵抗で術を被弾するわけではないということ。

 当然、自身がそうしたからと強制するつもりは播凰にはなく。逆に、麗火の言葉といい、実際に受けてみてといい、矢坂に向けて問題ないかを尋ねれば。

 呆れるしかない、と言ったように小さく笑った矢坂は、その手の鎚を構え。

 

「伊達にこの学校で教師やってるわけじゃねえ、何とかするさ。いいぜ、やってみな」

「そうか。それでは、行くぞ」

 

 距離を十分に取った矢坂からのゴーサインが出て、播凰も天能武装()を構える。

 麗火達から見て、両者が縦に並ぶ形だった。矢坂が手前で、播凰が奥と。播凰と麗火達の間に、矢坂が立っている状況だ。

 それが意図されたものなのか、はたまた偶然であるのか。

 

 ――覇放・我執相呑!

 

 どちらにしろ、つまるところそれは。

 高さの違いはあるにせよ、麗火達に術が向かってくるような構図だったということだ。

 

「……ぇ」

 

 播凰の詠唱が響いた、直後。

 未だ遠くまだ現れたばかりのソレに、いの一番に唇を戦慄かせたのは、麗火であった。その眼は信じられないものを目にしたかのように、精一杯見開かれ。

 次いでその傍らから、小さくながらはっきりと荒流満美の息を吞む音がして。

 そこから、少しの間を挟んで播凰の術の全容が明らかとなれば。

 

「あれ? さっきの星像院さんの術、だよね?」

「……青き龍っ!? 馬鹿な、四神を象った術が四家の人間以外に使えるわけが――っ!」

 

 それを目にした辺莉が、よく見ようと目を細めながら小首を傾げ。

 堪らず、といったように叶が手すりをバンッと両手で強く叩いて叫ぶ。

 

 彼らの驚きは術の詳細までを知らなかったからだろうが。播凰がただ一つ使えるその術の効果は、術者が直接その身に受けた天放属性の術を繰り出せる、というものだ。

 それが条件であり、逆に言えばそれだけが条件。そこに属性こそ縛りはあれど、性質も術の内容も限定はされていない。

 そして――。

 

「……術の状態をも(・・・・)そのまま、か」

 

 五人の中で唯一、平静さを保っている雲生塚が、呟いた。

 長髭、両眼、双角と。それは辺莉が口にしたように、直前に星像院麗火の行使した術とそっくりそのままだった。

 

 つまり――頭部のみの、胴体が欠落しているという不完全さも等しく、である。

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