三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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38話 異常性

 それは立ち位置が変わっただけの、焼き直しの光景ともいえた。

 受手(播凰)は術者に、術者(麗火)は傍観者に、傍観者(矢坂)は受手に。

 とはいえ、役回りも変われば、明確な違いというのは出てくる。

 

「むぅ、成程。今までのどの術とも違う、奇妙な(・・・)感覚だ!」

 

 苦しそうというわけではないものの、声とは裏腹に術者である播凰のその眉根は寄っていた。

 両手で杖を握る不格好なその姿は、見習いの術者という呼び名がしっくりと当てはまる。熟練の使い手ならば、例え同じく杖を両手で握ったとしても、もっと様になるだろう。

 少なくとも、術を行使中の姿勢に関しては、断然麗火の方が見栄えしていた。

 

 ただ、それ以上にはっきりと違ったのは。

 

「っ、マジに出やがったか! コイツは、下手な術は使えねえなぁっ!!」

 

 ――獣溜(じゅうりゅう)獅熊(しゆう)豪爪(ごうそう)ッ!

 

 開かれた龍の大顎に対して現れるは、五本爪。

 遠目からでも分かるほどの大きさをした象牙色のそれは、矢坂の右手の先に当たる位置から伸びているのだが。いつの間にか彼女のその指先部分は厚い黒々とした毛に覆われ、人間のそれから獣のそれへと変じている。

 矢坂の動きに連動するように、勢いよく振り上げられた五本の爪は、氷の龍頭を迎え撃たんと待ち構え。

 

「オラァァァッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、鋭利なそれが迫る氷の龍を目掛けて襲い掛かる。

 真っ向からのぶつかり合い。

 獣の爪は風を、漂う冷気を切り裂き、やがて龍の鼻先を捉え。

 

 その先端が、凍り付いた。

 

 単に氷の破片が付着したのではない。完全に氷によって覆われている。

 氷の龍は大きく欠けることもなく健在で、爪は龍の表面に接触こそしているものの、削り貫くには至らずそこで静止。

 いや、正確に言うのであれば、その進撃を押し止めてはいるのだ。時間にして僅かではあるが、勢いを殺せてはいる。

 だがその間にも凍った範囲はみるみると拡大。五本の爪全てを数十秒とかからずに氷漬けとし、その侵食は厚い毛皮部分にまで進んでいく。

 

「避けてぇっ!!」

 

 真っ青に顔色を変えた麗火が、手すりに縋りつくように体を預け、悲鳴を上げた。

 まるでそれを嘲笑うかのように、彼女が見ているすぐ下で。氷の龍の頭はその顎を動かし。

 

 あっさりと砕け散る。

 覆った氷毎、その根元から先端に至る全てが。五本爪は見るも無残に、氷の牙歯によって木っ端微塵と噛み砕かれ。

 

「――だが、口は一旦閉じさせた、ぜっ!」

 

 刹那、口が閉じられた龍の横っ面にゴンと叩き込まれる、鎚。

 左手一本で握ったそれを振りかぶり。また振り抜く直前に地を蹴ったことにより、衝撃の反動も合わさって、矢坂の身体は龍の口元から逃れ行く。

 けれど、その瞳に安堵の色はない。油断せず、矢坂の眼は鋭く光り。鎚の一撃を物ともしない脅威を見据えている。

 

 緊迫した空気。

 それにそぐわない……なんとも場違いな調子の声が響いたのは、そんな時だった。

 

「痒い!」

 

 シュゥゥッ、と煙のように。突如、氷の龍頭がその場から掻き消える。移動したのではない、本当にこの場から存在そのものがなくなっていた。

 その問題の一人を除き、誰もが目を、そして耳を疑う中。

 一番最初に再起動した矢坂が苦々しい面持ちで、ギギギ、と元凶に向けて首を回した。

 

「……おい、今なんつった? 一体、何をどうしたら、ああなるってんだ?」

「どうもこうもない、打った直後はそうでもなかったが、段々と虫にでも這いまわれるようなむず痒さをいくつも感じたぞ! まさか、術によってこうもやり辛くなるとは思わなんだ!」

「むず痒い、だぁ……?」

 

 逆切れ、とは違うのだろうが。矢坂の質問に対して、口を尖らせて播凰がぶちまける。

 その答えに、考えるような仕草をする矢坂だったが。

 

「稀に、術を行使中の時の天能力の流れを、似たように(・・・・・)表現する人がいることにはいるね。……ただ、僕が気になったのは別のことかな」

 

 頭上から、雲生塚の声が振ってくる。

 

「麗火君がさっき言ったように、あの術は使い手が限られる類のもの。そこでだ、三狭間君。君のご両親や祖先――親類縁者含め、四家のいずれかとの関係に心当たりは? 四家の分家筋と、でも構わないよ」

「ふむ、四家と言われてもお主ら二人……星像院と雲生塚だったか。それらの家名しか知らぬし、その分家ともなれば余計に分からぬ。とはいえ、残る二つの家がなんであろうが、分家がいくつと存在しようが、繋がりは間違いなく無いがな」

 

 四家――即ち、この国において天能術の始まりとされた四つの家。天能始祖四家。

 播凰はその半分しか家名を知らないわけだが。分家を含めそれらとの繋がり、つまりは濃かろうが薄かろうがその家の血との関連性は絶対にないと自信を持って言えた。

 根拠は、たったの一つ。されど、絶対的なもの。

 

「可能性すらないと、そう言い切れるのかな?」

「有り得ぬな。私が生まれた地とこの地は、あまりにも違いすぎる」

「違う、というのは?」

「ふむ……」

 

 別の世界で生まれた以上、この世界に血縁関係などあるはずがない。

 雲生塚の問いかけに、流石にそっくりそのまま言いこそしなかった播凰ではあるが。ただ、それも別に上手い言い方をしたというわけでもなく。

 案の定、何が違うのかとすぐさま雲生塚に突っ込まれ、播凰は返答に窮した。

 

「よ、四家の人が住んでるとことは全然関係の無い、違う地域で産まれたってことだよねっ!? アタシもそうだしっ!」

「……うむ、そういうことだ。助かる、辺莉よ」

「もぉー、播凰にいってば、本当にアタシがいないと危なっかしいんだから!」

 

 そんな時に、慌てて助け船を出したのが辺莉である。事情も同じであることから、播凰の言葉の意味を理解しており。同時に、それが不味いとも理解しており。

 便乗して播凰が頷けば、それを聞いた辺莉は文句を言いつつも途端に機嫌よく破顔。

 

「確かに四家の人間は、基本的にそれぞれの方角の特定の地域に固まっている。筋は一応通ってはいるね」

 

 それは周囲からすれば、怪しいといえば怪しくはあったが。

 雲生塚は辺莉の言い分を認め、それ以上の追求をしなかった。

 

「はは、それにしてもきっぱりか。関わりがあることを期待したり、羨んだり……自慢げにする人は沢山いるだろうに、その逆とはね」

 

 けれど、自らがその家の人間であり、また実際にそのような人物を見てきたからか。

 名家との繋がりという、ステータスに成り得る要素を興味なさげにバッサリと切り捨てられたことに、雲生塚は苦笑し。

 

「まぁ、そういった者達の気持ちも分からんではないな。私も昔は、色々と悩みはした」

 

 そして播凰は、その主張に一定の共感を示す。

 思い出すように、懐かしむように。悩んだと言いつつ、その声も顔もどこか穏やかであり。

 そんな調子のまま、何でもないことのように。

 

「――ただ。この身は既に我が母の胎から生まれ落ちたことを疑いもしなければ、恥じてもおらぬ。願望だろうと落胆だろうと、周りがどう言おうがそれが変わることはない」

 

 その言葉に、雲生塚の口から苦笑いが消えた。

 が、この場において一番の反応をしたのは彼ではなく。

 

 タンッ! と靴音が高く鳴る。

 その元を見やれば、蚊帳の外――とまではいかないものの、少なくとも今の会話に入っていなかった星像院麗火が、一歩後退っていた。顔は伏せられて表情は伺えず、けれどその両肩は震えており。

 やがて彼女は無言のまま、ダッとその身を翻して駆け出した。

 

「――麗火さんっ!」

 

 その後を咄嗟に追おうとした荒流であったが。しかしその前を止めるように手が伸ばされたことにより、空足を踏むに留まる。

 当然、彼女はその手の主――雲生塚へと抗議の目を向けたが。

 

「……まさか、そういう解釈が返ってくるとは思っていなかったよ。失礼をしたね」

「構わぬ、こちらも些か曲解であることは理解の上だ。にしても、あの者のそれは存外大きいらしい」

「そうだね、僕からは話すことはできないし、彼女自身が乗り越えなければならない問題だ。……今はそっとしておいてあげた方がいいかな」

 

 麗火がそのような行動を取った契機が、播凰の言葉によるものなのか。それとも、播凰が彼女の術を使ったことによるものなのかは当人にしか分かるまい。が、結果としてその姿は、もはやこの地下施設にはなく。

 渋々であったことは明らかだが、雲生塚の言に従い荒流は追うことをやめたようだった。

 

「まぁその手の話題はあんまり口出しするもんじゃねぇわな。……取り敢えず、ほれ、見てみろこの手」

 

 そんな空気に肩を竦めた矢坂が、話題を切り替えるように自身の右手を持ち上げ、よく見えるように前へ突き出した。

 その指の付近からは血が流れ、腕を伝いポタポタと滴っており。

 

「直撃は避けた上に、術を纏った――それも二種混じり(・・・・・)の強めの奴があってこれだ。先っちょの方は軽い凍傷も起こしてやがるし……砕かれた氷の破片で、ちょこちょこ細かい傷もできてるか。本人がいないからぶっちゃけちまうが、アレが頭だけの不完全な状態だったからこの程度で済んだわけで、こん位なら治癒の術なしに放っといてもいいっちゃいいけどよ」

 

 よく見れば、確かにその指先の皮膚は白っぽい色となっている。

 あれほどの冷気を発する、氷の塊だ。距離が近づけば近づく程にその寒さに晒されれば、凍傷を起こしても不思議はないのかもしれない。

 つけ加えるなら、単に彼女が言わなかっただけかもしれないが、額からも少量の血が流れてもいる。

 そう、矢坂のその状態はある意味、正常故なのだ。

 

「ところが、だ。躱したアタシがこんな様だってのに、まともに喰らったお前は出血もなけりゃ何もない。百歩譲って、叶の時が運よく無事だったとしても、普通に考えて有り得ねえだろそんなの」

 

 むしろピンピンしている播凰こそが、異常だと。矢坂は明け透けに突き付け。

 確信の光を含んで、彼女は播凰の眼を見る。

 

「お前、自分のその力、身体に違和感を――他の奴と違うと思ったことはねえか?」

 

 欠片も考えることもせず、播凰は口を開いた。

 

「違うと思ったこと、か。決まっている、勿論あるとも」

「だろうな。多分それ、覇の性質の副次的な影響だと思うぜ」

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