三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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39話 性質の影響

「性質の、影響……?」

「そうだ。まあ、なんつったらいーか……ああ、丁度あそこにいい感じの例がいるな。ほれ、あそこでまだ放心してる叶だ」

 

 眉を顰める播凰に、矢坂は親指で上を指し示す。

 その先にいたのは、二年生であり岩の性質を持つ叶徹だ。各々の内面はともかく、少なくとも表面上はここにいた中で一番、播凰の術に対して大きいリアクションで驚愕しており。加え、麗火が去っていったこともあるだろう。

 状況についていけず、叶は困惑しきりといった様子であるのが見てとれた。

 

「そもそも天能術の性質ってのがどうやって決まるのかってのは、明確には解明されてねえ。例外として、この家の人間ならこうってのはあるらしいが、全部が全部そうじゃない。でなきゃ、四家の四つの性質以外の性質を持った人間が生まれるわけねぇからな」

「……それで、あの者がどうしていい例になると?」

「一説によるとな、性質ってのはソイツにとっての核みたいな何か。人柄や性格――在り方と関係があるんじゃねえかって話だ」

「核みたいな何か……そういえば、あの天対の者も言っていたな。己にとってその性質が何であるかを意識しろと」

 

 矢坂の話を聞いて播凰が思い出したのは、自身の性質が発覚した時のこと。

 天対に所属する小貫夏美との軽い手合わせの際に、彼女が言った言葉に近しいものが今の話にあった。

 

「へぇ、天対に伝手があるってのはマジだったか。別に法螺吹いてたとなんざ思っちゃいなかったが……まあそれは置いといて、そこであの石頭だ」

「石頭?」

「あの面を見ての通り、口を開かせても分かる通り。あれは相当に頭の固い頑固な――岩頭ならぬ、石頭だろ? んで、性質はそれらしくお固い岩と来た」

「……つまり、それが岩という性質の影響によるものだということか?」

 

 誰、という個人名こそ出ていないが。矢坂の言う石頭が、その話の流れから叶であることは明白。

 そして播凰もそれを的外れでないと思っており、特に否定せず。そこまでヒントを出されれば、言わんとしていることを察する。

 

「百パーセントそう、とは言い切れないがな。そもそも、どっちが先か――要は、その性質を持っていたからソイツの核が影響を受けて引きずられたのか。それとは逆に、ソイツの核がそうだからその性質を持ったんじゃないか、みてえな議論もあるとは聞く。が、いずれにしろ、性質そのものが人に何かしらの影響を与えている可能性は有り得るってのが主流な見解だ」

「…………」

「ただし、一口に影響っつっても表れ方や個人差があるとはされてる。実際、岩の性質だからってソイツらが皆して頑固な石頭ってわけでもねえし……特に性格なんかは育ってきた環境によるところもでかいしな。だから叶をいい感じの例って言ったんだ。分かるか?」

 

 つまり、矢坂の話を叶に当てはめるとだ。

 叶が頑固なのは、岩の性質を持っていたから引きずられてそうなった。もしくは、生来頑固だから叶は岩の性質を持つことになった。

 ただし、岩の性質を持つ全ての人がそうではない。あくまで影響にも出る差異がある。

 

「……成程、分かった」

「――分かるなっ! 誰が頑固な石頭だっ!」

 

 そう理解した播凰が頷くや否や、叶の抗議の声が飛んできた。

 流石に自分のことを言われれば気付くし、呆然と傍観したままにはいられなかったのだろう。石頭と連呼された怒りからか、その顔は真っ赤になっている。

 

「なんだ、そう在ろうとしているわけではなかったのか?」

「……どういう意味か、一応聞いておこうか」

「意味もなにも、そのままだ。確かにお主は頭が固く、口喧しい。それは少し話しただけで分かるが、その根底には芯があることもまた分かる」

 

 ただそれに対して、播凰が笑いもせずそうに返したものだから。

 ヒクヒク、と口の端をひくつかせながらも、一先ず叶は怒りを堪えた様だった。

 

「かつて私の近くにも、閉じた門のように頭が固く、そのくせ歳もあってかお主以上に口喧しい者がいてな。それはそれは煩わしく感じたものだが……ただ、頑固であること自体はそこまで悪いものだと私は思っていない」

 

 播凰にとって、叶のような気質の人間は初めて会ったわけではない。

 年齢は別として、こちらの世界ではまだしも、元の世界には確実にいた。自国にも、そして敵国にも。

 まあ一口に頑固といえど、言葉で多くを語らずに行動でそれを示す者もいるわけだが。

 

「無論、単に頑固であるから良いとは言わん。時にそれが裏目となることもあろうが――まだ若いものの、年の重ね方次第ではお主のような人間はいずれ良き忠臣となるやもしれぬ。周囲の全部が全部それだと頭が痛くなりそうなものだが、一人や二人、その主君にとっては必要となる人材だ」

「…………」

 

 口喧しいことを煩わしく思うことはあっても、それは決して評価していないというわけではないのだ。少なくとも、播凰にとっては。

 それを言葉にしたところ、叶は目を瞬かせて押し黙り。

 

「して、その性質の影響というのはその者の内面だけでなく、肉体にも出るということでよいのか?」

 

 言うだけ言った播凰は播凰で、それ以上の言葉を叶に対してかけることなくさっさと矢坂に顔を向ければ。

 彼女は彼女で、意外そうな面持ちで播凰を見ており。そのためか、ワンテンポ遅れて口を開いた。

 

「……ああ、叶のに関しては見るからに分かりやすいから挙げただけで――例えばアタシなんかは、獣の性質だからか普通の人間より鼻が効く」

「鼻……」

「ついでに言えば、筋力や速さだってそこらの男に負けるつもりはねぇ。とはいえこれに関しては、鍛えてっからってのもあるだろうけどよ」

 

 播凰が気になるのは、自身に覇の性質の影響が出ているどうこうという話。

 確かに、播凰は自身の力、肉体に違和感を持っている。そして考えるまでもなく即答した通り、それは今に始まった――つまりこの世界に来てから認識したことではなく。

 

「……ふむ、それで言うなら私とて最初からこうだったわけではない。場数を踏み、鍛えてきた自信がある」

 

 けれど何も昔から、幼少の頃からそうだったかとなれば、違う。大人――自国の兵に挑み、そして普通に負けたことなど数えきれないほどあった。

 それを乗り越え。戦場を駆け、己を磨き。そして今があるというのに。

 まるで全てが覇の性質の影響のおかげと言われているようで、少し不愉快そうに播凰が鼻を鳴らせば。

 

「勿論、お前の強さが全て覇の性質の影響だ、なんて言うつもりは更々無えよ」

 

 それは分かっていると、矢坂は前置きをした上で。

 

「叶と()り合ってる時、お前はそれを肉体の才能って風に表現してたが……流石に限度ってもんがある。違和感を自覚してたってことは、自分でも薄々おかしいとは思ってたんだろ?」

「……まあ、否定はしない」

 

 その指摘を、播凰は肯定する。せざるをえない。

 認めたくないというわけではない。ただ今になってそれが性質の影響だなどと言われても、すぐにピンとくるか、何も思うところがないかというのは別な話で。

 そんな、播凰の思案を見て取ったのか。

 

「なんてったって、伝説の覇の性質様だ。分かんねーことだらけだろうが……そういう時こそ、余計なこと考えずに体を動かしてみりゃ気分転換にもなるし、案外何かに気付けるかもな。術で戦いたいってのも本心かもしれねえが、どっちかってーとお前もそっちの口だろ?」

 

 ニカッ、と矢坂が歯を見せて笑う。

 そうして彼女は、握っていた鎚を消すと。まるでその性質が表す獣のように、両手両足を地面に着けた四つん這いの姿勢をとり。播凰の返事を待つことなく、その態勢のまま駆け出し始めたではないか。

 

 言うまでもないが、ヒトの身体は二足歩行が基本。ただしそれは進化の過程でそうなったのであり、四足歩行ができないというわけではなく。また獣というのは大抵が四つ足だ。

 故にその光景は、彼女の性質を考えれば意味がありそうなもので、気が触れたとかそういうわけではなかったのだろう。

 

 不慣れな者なら不格好さが目立つだろうが、矢坂の滑らかな手足の運びは本物の野生動物――獣を想起させ。

 播凰との距離はみるみる縮まり、駆ける矢坂が大きく息を吸い込んだ、その時だった。

 

 ――鋼介(こうかい)鋼防壁(こうぼうへき)っ!

 

 矢坂のものではない詠唱が響き、鋼色の壁が両者を隔てるように突如出現する。

 その場から動いていなかった播凰はともかく。それに突っ込みそうであった矢坂は急ブレーキをかけて止まり、そして立ち上がった。

 

「さて、弁解があるなら是非とも聞かせていただきましょうか」

 

 二階部分の観戦スペース、播凰達が入って来たのとは別の入り口付近。そこに教師の紫藤と、その傍らに金色の髪をした女生徒の姿があった。

 ただし、紫藤の静かな怒りを含んだ呼びかけに答える声はなく、沈黙が場を満たし。

 額に青筋を立てた紫藤が、堪えきれないといったように口を開いた。

 

「――何故、貴方達は共に、自分は関係無いとでも言いたげな顔をしているのです?」

 

 彼女が痺れを切らすのも無理はない。

 なにせ、紫藤の方に顔を向けているものの、特に焦った様子もない播凰に。そして同じく、そちらを見ているものの、白けたような顔をしている矢坂がそこにはいたのだから。

 

「弁解もなにも、言われた通り私は連絡を入れたはずだ。もしや届いていなかったか?」

「……ええ、確かに連絡はありましたね。連絡は」

「アタシだって、結果的にこうなってるだけで、別に直接ちょっかいかけたわけじゃないぜぃ」

「……どちらも、そこで大人しくしていなさい」

 

 二人の返答を聞いた紫藤が、呆れとも怒りともとれる面持ちで、ツカツカと階段を下りていく。

 後に残された金髪の女生徒はそれに続こうか迷う素振りを一瞬だけ見せたものの。同じ階の離れた位置に自分以外の生徒の姿があるのを認め、そちらに歩み寄った。

 

「やぁ、玲美(れみ)君」

「ごきげんよう、部長。それに、皆さんも」

 

 近づいてくる彼女に、先んじて雲生塚が声をかければ。玲美と呼ばれた彼女がそれに応じ、併せて場にいる面々へ挨拶をする。

 

「副部長さんだ。こんにちはー!」

「っ、お、お疲れ様です……」

 

 ただ、それに応じるように返って来た声は二つ。

 溌剌とした二津辺莉に、僅かに舌がもつれた様子の叶である。

 そして残る一人だが。

 

「お、お姉様? どうしてこちらに?」

 

 立ち止まった玲美を姉と呼ぶ荒流満美。少しばかり驚いた面持ち、とその表情は異なるが。実際、二人はとてもよく似ていた。

 その金色の髪も、カールした縦ロールも、スタイルの良い体型も綺麗に整った顔も。分かりやすい違いがあるとすれば、姉――荒流玲美の右の目元には、泣きぼくろがあることか。

 

「それはこちらの台詞ですわ、満美さん。茶華道部の活動中、突然紫藤先生が青龍用の施設を回ると仰いまして。……とても急いでおられたようで、わたくしも詳しくはお聞きしておりませんの」

「紫藤先生……そういえば、連絡をするとおっしゃっていましたわね。成程、それで青龍の副部長であるお姉さまにもお話が」

 

 分からないと。むしろそっちはどうしてここにいるのかと、満美()からの問いに、玲美()が返せば。

 確かにここに来た最初も最初、叶と戦う前にそんな話をしていたと、満美は姉が来た理由に一先ず納得。

 玲美は玲美で、その視線が紫藤の向かう先――階下の播凰へと移動したが。

 

「それで、あちらの御方は? 察するに、紫藤先生が探されていたのは彼のようですが……青龍に所属している生徒ではないでしょう」

「彼は、三狭間播凰君。高等部の1年H組の生徒で、君の言う通り青龍の所属ではないね」

「……H組、ですの? あの方(・・・)が?」

 

 雲生塚からの答えに、怪訝そうにその顔が振り返った。

 ただ、そこには蔑みだとか不愉快だとか、そういった悪感情は含んでおらず。単純にその目は、どういうことかと問うており。

 

「うーん、どこから話したものか。まず事の発端としては、話の拗れ……人伝てで聞いたことによる勘違い、とでも言うべきかな」

「……大変申し訳ありません」

 

 ぼかしたように言う雲生塚に、罰の悪そうな顔で叶が謝罪する。

 それを見ていた玲美は、しかし何故か思い出したように満美へと顔を向け。

 

「人伝てといえば、満美さん。本日貴女が、何やら淑女にあるまじき振る舞いをしていた、というお話がいくつか耳に届いているのですが」

 

 唐突なそれに、一拍の間を置いて満美の顔が強張った。

 

「……っ、そ、それは……仕方なかったのですわ。その、色々と、初めてのことでしたので」

「あら。例え初めてのことであろうと、だからこそ立ち振る舞いに気をかけるべきではなくって?」

「……恐らく、お姉様もお分かりになると思いますわ。なにせ、その髪容が――」

 

 少々咎めるような玲美の視線に、たじたじになりながらも弁明する満美。

 あー、と辺莉が何のことか分かったような顔をして。ほぼ同時に、叶が何とも言えないような表情を浮かべた。

 まるで示し合わせたかのように。三人――満美と辺莉と叶の目線が、一か所に集中する。その先には、髪があった。荒流満美と同じく、左右に垂れたお嬢様ロールの、荒流玲美の髪が。

 

「――わたくしと、同じですもの」

 

 愉快だ、と。そう三狭間播凰が評した、同じそれを揺らして。

 告げられた言葉に、髪? と荒流玲美はほんの少しだけ小首を傾げるのだった。

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