三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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40話 誰がどこまでを見ているか

「それで。一体何が起きたらこんなことになるのか教えてもらいましょうか、三狭間」

 

 播凰と矢坂のところに降りてきた紫藤が、嘘は許さぬと睥睨しながら、冷え冷えとした声で率直に切り出した。

 

「何が起きたらと言われてもな。あそこにいる叶という者に挑まれ、そこの矢坂先生が私の性質を知っていたから術を使い、そして戦う前にしっかりと私が連絡を入れた。約定は違えておらぬだろう」

 

 階上にいる叶を指さし、すぐそこにいる矢坂を指さし、そして最後に自分を指さし。

 播凰はありのままの事実を告げる。当然、臆することも悪びれることもない。何せ彼からしたら、紫藤に言われたことはちゃんと守っているのだから。

 

「成程、遵守する姿勢であったらしいことは評価します。ただしその連絡が、今から、などという時間に余裕のないものでなければより大きく意味があったことでしょう」

「確かに私も寸前まで忘れていたというのはあるが、ならば最初からそのように言うがよい。次回から気を付けよう」

「……期待しましょう。願わくば、次が無いことを祈りますが」

 

 両者のやり取りに、矢坂が吹き出すように笑う。

 それをじろりと横目で睨みながら、それでいてその存在を無視するように。紫藤は続けて播凰に声をかけた。

 

「ところで。こんなところで油を売っている余裕があるということは、もうじき行われる1学期末の学力試験の結果は期待してもいいということでしょうね?」

「ん? いきなり何の話だ?」

 

 それは紫藤にとっての牽制、或いは軽い皮肉だったのだろう。

 ところが、だ。自信満々に頷くでもなく、気まずげに目を逸らすでもなく。播凰がしたのは質問に対する質問である。

 

「……説明はあったはずですが。我が校は天能術に関連した学びを受けられる特殊な教育機関であると同時に、世間一般に言う中等部と高等部の普通教育を受けるための教育機関でもあります。そのため君も受験した通り、入学試験は大きく、天能の実技と学力の二軸による評価でした」

「うむ、あれはどちらもさっぱりだったな!」

「つまりそれと同じことが行われるわけです。双方の総授業時間の関係上、各学期末のみとなりますが」

「ああ、そういえばそんなことを聞いたような気はしなくもない」

 

 これみよがしにため息を吐いた紫藤の説明に、播凰は朧気ながらも思い出して頷けば。

 彼女は播凰から視線を一旦外し、その顔を上に向けた。

 

「君以外のこの場にいる生徒は、成績優秀者側に属するので私が心配するまでもないでしょう。しかし、君の入学試験の成績を私は知っています」

 

 紫藤の視線が上階の面々を順々に見て、最後に播凰に戻る。

 入学試験といえば、播凰の成績は管理人曰く、学力も実技もぶっちぎりの最下位。

 もっとも、実技に関しては何もしてない以上成績もなにもなく、それは彼女も分かっているのか。

 

「ついでにこの際に伝えておきますが、実技の試験については生徒一人ずつが呼び出されての実施となり、君の場合は私が試験官を担当します。贔屓とはまた違いますが、状況はある程度把握していますので、少なくとも悲惨な結果となることはないでしょう」

 

 補足するように見解を述べる。ただ、それはあくまで実技についてであり。

 ですので、と強調するように紫藤は続けた。

 

「もしも、もしも万が一、君が猛勉強しているというのであれば杞憂に終わりますが――改めて聞きましょう。試験がすぐ迫っていますが、学力試験について期待してもよいのか、と」

「うむ、しなくてよいぞ。私は勉強が嫌いで、頭の方は(とう)に諦めているからな!」

 

 即答だった。これ以上ないほどに清々しく、堂々とした否定。

 堪らない、といったように今度は腹を抱えて、矢坂が爆笑する。

 しかし播凰の性格を知っていた紫藤は平静を保ったまま。というよりも、それは半ば予期していたものだったのだろう。少なくとも、この件については彼女の方が上手ではあった。

 

「このような事は非常に異例ではありますが、学園長より君への言伝を預かっています」

「言伝?」

「ええ。なんでも――成績があまりにも悪ければ管理人に伝える、とのことです」

 

 厳密に言えば、その言葉の意味を紫藤はよく分かっていない風に読み上げてはいた。が、その効果は彼女が思っていた以上に激的であり。

 播凰は飄々とした様子から一気にその顔を曇らせる。

 学園長という人物に心当たりはないが。管理人と聞いて、彼の脳裏を過ったのは。

 入学試験の結果を受けての管理人監視による勉強の日々。その結果、ある程度学力はこの世界基準に近づきはしたものの、成績優秀とはまるで言い難く。

 

「っ、よし分かった、勉強をしようではないか! 辺莉よ、帰るついでにここからの案内を頼むっ!」

「はいはーい、任せてーっ!」

 

 またそれは勘弁、と播凰はごねずに自習を宣言すると。帰宅のため辺莉に呼びかけたかと思えば、その場から跳躍。苦も無くそのまま手すりを乗り越え、上階に着地したではないか。

 その変わりようと動きには、流石の紫藤も呆気にとられたようにその背を見ることしかできなかったが。

 播凰に応えて動き出した辺莉の姿を視界の端に捉え、口を開く。

 

「……矢坂先生。彼女――恐らく噂に聞く中等部の二津辺莉だと思いますが、彼女は今回の件にどこまで関係が? この場にいた以上、無関係ではないのでしょうが」

「ふぃー、笑った笑った。いやぁ、学生時代は同じ生徒どころか一部の先公にすら恐れられ、教師になって余計堅物になったあの鋼の女帝様も三狭間(アイツ)の前じゃ形無しか」

「笑っている場合ではありません。必要であれば残って話を――」

「ああ、二津ならどっちかってーと巻き込まれた側だし……むしろ、外した方がいい気がするぜ。取り敢えず釘だけ刺しとくけどよ」

 

 紫藤の目が辺莉を追う中、爆笑から復帰した矢坂はその眦にまだ涙を浮かべながら答え。息を吸い込み、声を張り上げる。

 

「おーい二津、ここで見た事知った事は、いっちょ他言無用で頼むぜ! 変に喋られちまったら、流石にアタシの立場もヤバくなりそうだしな!」

「播凰にいの性質のこととかですよね、分かってまーすっ!」

「おう、頼んだぜー!」

 

 視線の先、播凰と合流した辺莉は走りながら元気よく手を挙げて。

 そうしてそのまま二人は施設の出入り口の向こう側へと消えていった。

 

「おっと、そういやここで見た云々なら、途中で出て行っちまった星像院にもか」

「……そうですね」

 

 それを見送っていた矢坂がふと思い出したように声を上げれば、言葉少なく紫藤が同意する。

 瞬間、矢坂の目がギラリと光った。

 

「――ハッ、やっぱ途中から覗き見してやがったな、紫藤先生よぉ。道理で、あまりにも出てくるタイミングがよすぎたわけだ」

 

 紫藤が術と共にこの場に介入したのは、星像院麗火が去った後である。つまりもし到着と同時に行動に移していたのであれば、彼女がいたことを紫藤は知らないはずなのだ。

 だが、紫藤は疑問を抱くことなくその必要があると認めた。要するにそれは、少なくとも(・・・・・)、麗火が去る前にはこの場に居合わせていたことを意味する。

 

 一応、去っていく麗火に遭遇した、もしくは見かけたという可能性がないわけでもないが。麗火が出て行ったところと紫藤達が入って来たのは別の出入り口ではある。

 

「誤魔化す意味もないでしょう。ええ、確かに、私達がここに辿り着いたのはもう少し前のことです。……が、それはそこまで大した問題ではありません」

 

 そしてその矢坂の主張を、紫藤は焦り一つ露わにせずあっさりと認めた。

 しかし彼女もまた、その眼鏡をキラリと光らせ。

 

「自覚がないようですが、貴女の行動は既にその立場を不味くしています。当然、この後すぐにでも学園長への報告のため一緒に来ていただきますので」

「へいへい、こっちだって全く悪くないとは思っちゃいねーさ。けどよ、アタシが動いて分かったこともあったぜ?」

「……覇の性質による影響の可能性――三狭間の妙な頑丈さのことでしたら、予測の一つとして立ててはいました。なにせ本気ではないとはいえ、私の術にも無傷で受けきられましたから」

 

 播凰が術を使えるようになったと報告を受けた際の確認として、紫藤は彼に攻撃の術を放っている。

 それは中級程度の術ではあるが、普通ならばまともに受けて傷一つつかないということは有り得ない威力のもの。故に、紫藤は何かあると睨んではいたのだ。

 だが、予想していたと聞かされても、矢坂はけろりとして。

 

「知っててはっきりさせねえとは、慎重なこって。確かに初動は重要だと思うが、ちと秘密主義に過ぎやしねーか? そりゃどっかしらが首突っ込んできそうってのは予想できるけどよ、そんなんじゃ分かることも分かんねーぞ」

「対応を間違えて取返しがつかなくなるよりは、用心に越したことはないでしょう。本人も未だ術に関して未熟な部分が多いですから、彼のためにも公表のタイミングについては慎重となるべきです」

「ったく、これだから岩だの()だのと固い奴らは融通が利かないってな。大人になっても近くにそんなのがいるなんてたまったもんじゃないぜ」

「学園長直々にご説明いただいたにも関わらず、言うことを聞かない()のように本能的な行動を取った貴方には言われたくありませんね。大人になっても手を焼かされるこちらの身にもなってほしいものです」

 

 互いに、互いの性質に絡む揶揄を言い合う。

 ただそれは、悪し様に罵る険悪な関係というよりも、どこか軽口を叩くような雰囲気。

 矢坂はともかく、紫藤は怒っているにはいるが、意外にもそこまで激怒という感じではなく。

 

「因みに、さっき管理人がどうのとか言ってたが、三狭間の家について何か知ってんのか? 聞いたことねえ苗字だけど、あの言動といいどう考えても普通じゃねえだろ。本人に隠す気があんのかねえのかは分かんねーが」

「いいえ、私は何も。ただ、あの言伝が効果があったのを見るに、学園長ならご存じかもしれませんが」

「ほーん……まあ多分、滅多に表舞台に出てこない家系かなんかの訳アリだろうな。有名どころは巫女の一族だが、それ以外にも基本的に外と積極的に関わろうとしない連中はいるだろうし」

「言っておきますが――」

「分かってるさ、詮索はしねえよ。こっちも、龍の鬚なんざ何度も撫でたくねえからな」

 

 紫藤の視線が強まったことに、矢坂は手をヒラヒラと振る。

 三狭間播凰について、性質の件を除いても何かあるだろうと矢坂は確信している。というより、あの言動を聞いて何もないと思える方がおかしい。

 ただ、興味があるにはあるがそこは明確に線を越えると彼女も理解しており。

 

「んじゃ、これはアタシにとって予想外かつ一番の収穫だが。三狭間が相当に動けるってのはどうだ?」

 

 これが本命、と言わんばかりに矢坂は不敵に笑う。

 

「術で戦いたいからとかいうよく分かんねえ理由で天戦科にいるらしいが、マジで勿体無え。アイツ、武戦科に来ればトップクラス狙えるどころか、多分その気になりゃ余裕でてっぺん獲れんぜ?」

 

 当然――今年の武戦科新入生ナンバーワンの、雲生塚()を押し退けてだ。

 

 その断言には、流石の紫藤も即答とはいかないようで。異議があるように、懐疑的な視線を矢坂に向け。

 

「……確かに、頑丈なのは認めますし、私の知り合いと軽い組合ができるくらいに動けるのは目にしていますが。そこまでですか?」

「あー、そん時はまだ隠れ見てなかったってか。いや、気付かねえ奴は気付かないかもしれねえし、距離があったらアタシも勘違いしたままだったかもな」

「何をしたのです、彼は?」

「そう聞かれりゃ答えはこうだ。何もしてねえ」

 

 要領を得ない回答に、紫藤の眉根が寄る。

 だがそれをおちょくるでもなく、面白がるでもなく。

 

「何もしてねえのに、完全にアタシは呑まれた。見られても声をかけられてもなく、ただあん時の三狭間の近くにいたってだけでな」

「……傍にいただけで、ですか?」

「アレは相当にヤベェし、何より全く底が見えなかったよ。性質の影響とか抜きに、あんなん(・・・・)、のほほんと生きてきた奴に出せてたまるかってんだ」

「…………」

 

 顔こそ笑いながらも、思い出したようにブルリと身を震わせる矢坂を見て。それが嘘でないと感じた紫藤は口を噤み。

 両者の声が途切れた、一瞬のタイミングで。その声は、二人の会話に入って来た。

 

「――それについては、僕も矢坂先生に同意しますよ。もし戦いとなった場合、弟ではまず彼に勝つことはできないでしょう」

 

 紫藤と矢坂が話している間に、上階に残っていた生徒達が下へと降りて来ていた。

 荒流姉妹と叶の三人を引き連れたその主は、雲生塚龍水以外にありえず。

 

「それと、麗火君に関しては僕に任せていただきましょう。どちらにしろ、話す必要はあると思っていたので」

 

 お二方とも違う意味でよく声が通りますから聞こえていました、と。彼は笑って。

 

「その前に、お話があるのでしょう? 勿論、お聞きしますよ。この学園の一生徒として、そして――雲生塚の人間として、ね」




ちなみに、主人公が勉強嫌いな理由はちゃんとあります。一応、これまでの話から推測できる要素は散らしていますが。まあ嫌いというか避けてると言った方が正しいのでしょうか。

それと、お気に入り、評価ありがとうございます。
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