三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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41話 再びの呼び出し

「こ、これで終わり……か」

 

 ふらふら、と揺れる播凰の上体が、崩れるようにゆっくりと前のめりに落ちる。

 弱り切ったその声は、今にも消えていきそうなほど生気がなく。しかしその顔は、やりきったと言わんばかりに穏やかで。

 

 ざわざわ、と周囲をざわめきが満たす中。

 播凰は静かに目を瞑り、それを抵抗することなく受け入れ――彼の頭を、顔を。ゴンッと教室の机が受け止めた。

 ただ、この放課後の1年H組の教室において、何事かとそれに注目する者はおらず。

 

「試験の手応え、どうだった?」

「学力の方は全教科なんとかって感じだけど、実技がやっぱりね……」

「だよね、天能術の方をもっと実力つけないとなぁ。夏休みも学園来て、何回か一緒に特訓しよ」

 

 窓際付近で女子生徒のグループがやきもきと嘆けば。

 

「超ヤバい、学力も実技も微妙だった」

「お前……俺達はH組なんだから、せめて学力は頑張らないと不味いだろ」

「夏休みぐらいは毎日遊んで過ごしたいけど、成績不良で退学の可能性を考えるとそうも言ってられないよな」

 

 椅子に座ったまま、気だるげな雰囲気の男子生徒のグループが愚痴る。

 

 彼らの会話に共通しているのは、学力に実技、そして夏休みという単語。

 なんのことはない。ただ単に紫藤の言っていた1学期末の試験期間が訪れ、そして今まさに終わり。この瞬間に学園は夏休みに突入したのであった。

 

「お、お疲れ様っす、播凰さん」

「……うむ、本当にな」

 

 ただ、少なくともこの教室内においてはそれを喜ぶ声はほとんど聞こえず。

 勢いよく机に頭をぶつけ、そのまま動かなくなる播凰の元へ、晩石毅が近づいてきた。

 播凰と毅も例に漏れず、疲れ切った様子を隠すことなくかけあう声は喜色とは少し違う。

 

「それにしても毅よ、色々と助かったぞ。後は、管理人殿に伝わらないことを願うばかりだ」

「あはは……まあ俺も復習になったんで、全然大丈夫っすよ」

 

 もっとも、終わった安堵という意味では喜びと言えなくもなく。また、教室の生徒は先を見据えているのに対して、二人はそんなこともないので全く別種ではあるが。

 

 ぐでー、と机に突っ伏する播凰にそんな余裕がないのは一目瞭然。

 紫藤に宣言した通り、あの日から播凰は一応試験に向けてちゃんと勉強をしたのだ。同じ最強荘の住人でありクラスメートであり友でもある晩石毅の力を借りて。

 毅は毅で超優秀というわけでもないが、それでも学力は播凰よりマシな成績であり、授業もちゃんと受けていた。そのため、播凰は教わることができ、ちゃんとした自習ができていたのである。

 それで成績が上がったのかはまた別の話であり、結果が出るまで不明だが。

 

「……取り敢えず終わったご褒美に、何か美味しいものでも食べるとかどうっすか? 俺も今日くらいは金欠を気にせず付き合うっすよ!」

「よいな、祝宴と行こう! この手のことは一々気にしていても仕方ない、休みを楽しむぞ!」

 

 と、そんなこともあり播凰は疲労困憊。

 下手をすれば小一時間はこのまま机に齧り付いていそうな様子に、毅がおずおずと提案すれば。

 即答と共に、瞬く間に元気を取り戻した播凰が勢いよく立ち上がり。二人は連れ立って教室を出て行こうとしたが。

 毅はまだしも、思いの外、その播凰の声はよく通っていたのだろう。

 

「休みを楽しむだって……あの三狭間って男子、前から思ってたけどやっぱ何か変だよね。浮いてるっていうか?」

「それ思ってた、そういえば授業で術使ってるとこ見たことないなって。多分あの人以外は、クラス全員の見てると思うんだけど」

「前に出回ってた、天戦科に天能術が使えない生徒がいるって噂あったじゃん。やっぱあれ本当だったり? 一緒にいる晩石は何か知ってるのかな。あっちは授業で術使ってるの見てるけど」

「でももしそうなら、学園側がそれを許してるってことじゃん。変に聞いちゃって先生に目をつけられたら危ないよ」

 

 ひそひそとした話し声が、毅の耳に聞こえる。

 そしてそれは一か所からだけでなく。

 

「絶対何かあるよな。ついこの間だって、あの青龍に所属してる上級生達が態々この教室にまでアイツに会いに来たらしいじゃん」

「俺は丁度偶々教室にいたから話が聞こえてたけど、仲が良さそうって感じじゃなかったな。ただ、その後一緒にどこかへは行ってたよ」

「その辺にしとけって。そもそも他人のこと気にしてる場合じゃないだろ、俺達」

 

 ――天戦科に、天能術を使えない新入生がいる。

 

 昔のことのように感じるが、そんな噂がクラスで流れていたのはつい先ほど終わりを迎えた1学期内での出来事だ。

 その噂の元はいざこざのあった矢尾直孝であり。彼とはもう和解はしているが、一度流れてしまった噂は消すことはできない。

 ただ、あの時点ではまだ疑惑の段階ではあったのだ。が、実際に播凰が授業で術を使っていないことは薄々感づかれていて。1学期を終える段階で未だにそうともあれば、疑いが強まることは必然。

 そして先日の叶達の襲来もあって、確実にH組の生徒達の間で播凰の存在は悪目立ちしてしまっていた。

 

 ただ、それでも無遠慮に聞いてくるクラスメートがいない理由は、色々考えられる。

 それはこの学園の生徒で術が使えないわけがないという固定観念であったり、その裏を考えて学園側に目をつけられることを恐れたり、最下位クラスであるためそんなこと一々気にしていられなかったりといったところだろうか。

 だからあくまで疑惑に留め、遠巻きにするだけで最後の一線は越えてこないのだと毅は思っている。

 

 そして仮に播凰を問い詰めたところで、彼も口を開かないだろう。紫藤も何かあれば自分の名前を出せと言っていたので、教師である彼女の名前を出されれば生徒としては退くしかない。最下位クラス(H組)ならば尚のことだろう。

 

 とはいえ、紫藤はいつまでこの状況とするのか。そして播凰はどう思っているのか。

 そんなことを考えつつ、教室を出た毅は播凰の顔色をそれとなく伺うが。

 

「ふむ、どこの店にするか……いや、どこかに行くのではなく、コンビニで買い込むのもありだな!」

 

 ウキウキと美味しいものに思いを馳せる播凰は、欠片も気にした様子がない。というより、もしかしたら何を食べるかを考えていて聞いていなかった可能性すらある。

 傍にいる毅ですら居心地が悪く感じているというのに、これだ。紫藤もそんな播凰の気性を分かっているから、そちらの方面のケアはしていない――というか、する必要がないと考えているのだろう。

 そう思えば、ただ事情を知っているだけの自分があれこれ考えているのが馬鹿らしく感じ。どの道、暫くは夏休みとなり視線に気にしなくてよくなる、と毅も切り替えることにした。

 

「そうだ、お店といえば……ゆりさんのお店、もう少しで開店っすね」

「うむ、なんでも事前に招いてくれるそうだな! あれは、なんと言ったか」

「えーと、多分プレオープンっすね。それも、特別に無料でいいとかで、ちょっと申し訳ないっすけど」

 

 毅としては少々の、そして播凰からすれば大きく関わった喫茶店、リュミリエーラ。

 商店街の店としては閉店したものの、移転してショッピングモール施設の中に新たに開店を予定しているそこが、学園での夏休みにあたるタイミングでオープンすると知らされていた。

 無論、店の中心は店主であったゆりのままであり。その従業員であり最強荘住人の四柳ジュクーシャを経由して、播凰と毅は一般オープン前のプレオープンに彼女から声をかけられていたのである。

 

「うむ、夏休みはゆり殿のお店に、ゲームに、研究会……そういえば、あの者との配信はまたやるのか? それも聞かねばなるまいが、兎も角勉強とは暫くおさらばだ!」

「播凰さん、もしよければ休み中も何回か自分の鍛錬に付き合ってもらってもいいっすか? ……その、勿論術の練習の相手にもなりますんで」

「構わぬ、私も術は使いたいからな! だが毅よ、流石に同じ術ばかりでは飽きる。私も人のことは言えぬが、そろそろ新しい術を使えるようになってくれると嬉しい!」

「うぐっ……が、頑張るっす」

 

 と、そんなこんなでなんちゃって夏休みの計画を二人が話しながら、校舎を出た時であった。

 バタバタ、と忙しない足音が背後から響き。

 

「あーっ、播凰にい見つけたっ! ついでに晩石先輩も!」

 

 後ろから辺莉が走ってきて、二人の前で止まる。

 

「辺莉か。そっちも今帰るのか?」

「俺達、これから何か美味しいものでも食べようって話してたっすけど、辺莉ちゃんも一緒にどうっすか?」

「本当っ、行く行く……じゃなくって! いや、じゃないってこともないんだけど、その前に播凰にい借りていい?」

 

 これからの行動を毅が話せば、一瞬だけ辺莉は目を輝かせたが。

 了承なのかなんだかな曖昧な返答をしつつ、そんなことを言った。

 

「なんだ、研究会にでも顔を出しておくか? 夏休み中も学園で活動するから、好きな時に来ていいと代表は言っていたが」

「そうしてもいいんだけど、その前に今回はちょっとラウンジまで来て欲しくて」

「ラウンジ……ああ、この間のあそこか。何故だ?」

「えっとね、少しお話があるというか、謝りたいって人が。……まあ、叶先輩なんだけど」

 

 ラウンジと言えば、播凰がついこの間初めて足を踏み入れた学園の施設、というより部屋である。

 一般生徒向けに開放はされておらず限られた者しか利用できないという話は聞いていたが、辺莉曰くそれは青龍に所属している生徒だというのが学園共通の暗黙の了解らしい。

 ただそれで言えば播凰は青龍に所属してはいないが、叶と荒流と辺莉に連れられて入室できたことから、関係者に呼ばれれば入ってもいいということなのだろう。

 そして、その叶が自身を呼んでいると聞き、播凰は眉を顰める。

 

「であれば、あの者がこちらに来るのが筋ではないか」

「それはそうなんだけど、この前のことは一応反省してるみたいで。ほら、いきなり播凰にいの教室に私達が押しかけちゃったわけで、結構見られてたじゃない?」

「別に私は気にしないが」

「……ついでに言えば先輩曰く良い話があるらしくて、そのためにはラウンジまで来てもらった方が都合がいいとかなんとかって」

「ふむ、そうだとしてもこうしてお主を使い走りにするというのは違うだろう」

 

 あくまでも前回は彼らが直接播凰を訪れたこともあり、場所を変えて話すというから辺莉の顔を立ててついていってもいい気になったのである。

 が、今回は謝るとしながら本人が来ずに、辺莉を経由して伝えているときた。

 それを播凰が指摘すれば、辺莉が気まずそうな顔をして。

 

「あ、えーと、それはですねー……私が事前に伝えるってことになってたのを、うっかり忘れちゃっていたのです」

 

 誤魔化すように、テヘッ、と舌を出す。

 

「試験期間だったから最終日の今日にってことになってたんだけど……ほら、登校中の播凰にいったら、死にそうな顔してたじゃない? だから声をかけそびれたのもあると言いますか」

「まあ確かにここ数日というか、先程まで頭を使いすぎて疲れてはいたな」

「それで放課後になってヤバッて思い出して。今朝のあの感じだったらまだ教室で机にでも倒れてるかと思ってたのにいないもんだから、慌てて気配を追って来たわけなのです!」

「するとつまり、元々あの者がお主に頼み、それを朝伝え忘れたから今伝えたと?」

「そういうこと。正確には、よく会うから伝えときますってアタシが立候補してましたー」

 

 言い繕うような辺莉であったが、播凰も播凰で勉強疲れのため自覚はあり。

 話の流れを聞けば、まあ叶本人が来ない理由も分かると言えば分かる。

 

「ふむ、忘れていたとあらば仕方あるまい、私も忘れることは度々あるからな」

「さっすが播凰にい、話が分かるぅ! じゃあ?」

「良い話というのも少し気になる。よいだろう、行くとしよう」

 

 そして自分もそうなることはあるし失念は責められないと、播凰はラウンジに行くことを同意するのであった。

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