三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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43話 内に秘めるモノ

 あまりにも当然のように、そしてあまりにも即決で否と返されたことに、脳の理解が追い付かなかったのだろう。

 叶の反応は無――というより、勿体ぶって話を切り出した時の面持ちそのままで。刹那の沈黙がその場に流れる。

 

「……んなっ、こ、断るだと!? 分かっているのか、青龍への勧誘だぞっ!?」

「うむ、部活を探していたついでに辺莉から少し話を聞いたことがあるが……悪いがさして興味が湧かなかった。これはお主にも言ったような気もするが」

 

 ただ、数秒の内には理解し、そして拒否されるなど少しも想像していなかったのだろう。

 愕然とする叶に、播凰がしれっと告げれば。

 

「ええ、確かに。三狭間さんの仰る通り、わたくしと叶徹はそれを聞いておりますわ」

 

 それを聞いていた荒流満美が静々と頷き。叶とは違い特にそれほど驚いた様子もなく播凰の言葉に肯定する。

 

「何? 一体、いつの話だ?」

「三狭間さんの教室へと、わたくし達が訪れた時に。もっとも、その時に話をしていたのはわたくしではなく叶徹、貴方でしたが」

「……い、いや、しかし、そうだとしてもだな」

「ですからわたくしは言ったでしょう、この方は首を縦に振らないかもしれないと。もっとも、何処かの誰かさんは青龍への勧誘を拒む生徒などいるはずがないと一向に耳を傾けませんでしたが」

 

 欠片も心当たりがないような叶の様子に、荒流満美は言い聞かせるように言葉の端々で声を強め。

 最後には彼女は溜息を吐いて頭を横に振った。

 

「な、何故だっ!? この学園の生徒にとって青龍に所属することは非常に名誉なこと、普通は望んで得られる立場ではないんだぞっ!?」

 

 しかし、そうとなれば叶は当然のように播凰にその理由を尋ねる。

 別にそれは往生際が悪いというわけではないのだろう。彼にとって――ひいては東方第一に通う生徒にとって、青龍というのは特別な意味を持つらしいのだから。

 

「ふむ。確かに、誉れや位階というのが必要とならざるをえない場面があることは認める」

「だったら――」

「ただ、それらは今の私にはそう重要でなくてな」

 

 だが、本来は強みたるはずのそれは肯定されながらもすげなく一蹴。

 それでも口を開くのを諦めようとしなかった叶を、播凰は目で制した。

 

「聞くが、お主は私に何を見た? 当然、最初から考えていたわけはあるまい」

 

 少なくとも、初対面――第一印象では友好的だったとは言い難い。もっとも、今は仲が良好であるかといえばそんなわけでもないが、しかしあるはずだ。

 三狭間播凰に否定的であった叶徹が、その評価を翻して自らが所属する場所へ誘った理由というのが。

 

 播凰がそれを訊ねれば、叶はそれまでの勢いを止められたようにぐっと口を噤み。そしてついと少しだけ播凰から目を逸らした。

 

「……あの後、先生方に話を聞いた。そしてお前の性質について僕なりに調べた」

「それで?」

「結論から言えば、大して何も分かっていない。収穫といえば、そう判断できる程度には調べることができ、全くのでたらめでもなさそうというのが改めて分かったぐらいか」

 

 声量を落としたのは、あの場にいた教師陣に話を聞いたからか、収穫ともいえない収穫故か。

 驚きからむすっとした顔へ変えながら叶は答え。

 

「つまり?」

「……お前の性質は青龍に所属するに十分値すると、そう思ってだな」

「くくっ、如何にもお主のような者らしい理屈よ。もっともらしいが、良くも悪くも面白味に欠ける」

 

 喉を鳴らし、けれどこれといって声色を変えることなく。

 小馬鹿にするとは少し違うが、予想の範疇を越えていないといった様で播凰は笑う。

 確かに自身の性質である覇は珍しいらしく、それを理由とするのは分かる。だからその点には納得し――ただ逆に言えば彼にとってそれだけだったともいえた。

 

「辺莉に聞いたところによれば、勉強もしないといけないのだろう?」

「……あ、ああ、それは勿論。青龍に所属している以上、学力においても成績優秀であることが求められるのは当然のことで――」

「であれば、やはり断らせてもらう他あるまい。本音としては勉強などしたくもないが……やらねばならぬとしても、最低限としたいからな」

「…………」

 

 急な話の転換、というわけでもないが。

 勉強というあまり関係の無さそうな突飛に思える質問にも、目を瞬かせながら叶は口を開いたものの。やはり播凰から返る答えは変わらず。

 目を見開いたまま、いよいよ叶徹は理解不能な物を見るように停止した。

 

「――ところで、この者だけでなくお主達がいるのも、そういう理由か?」

 

 今更な話ではあるが。

 辺莉曰く叶が話があるとのことであったが、どういうわけか彼以外にもここにはあの時関わった面々がいる。

 よって、彼らがここにいる理由がこの勧誘に関するものかと播凰が聞いてみれば。

 

「まあ、そう言われればそうだね。部長として、新メンバーが加わるとなると僕の承認がいるけれども――残念ながら、どうやらその必要は無かったみたいだ」

「わたくしも、副部長として同じ理由ですわ。勿論、加入いただくとあらば歓迎いたしますが、強制までは」

 

 雲生塚龍水と荒流玲美が、順々に答えた。

 どちらもが落ち着いた声色で、言葉通り播凰を非難することなく柔らかい笑みを湛えている。否定的というわけではないが、断ったのならばそれまでといったところだろう。

 ただ、どういうわけか。星像院麗火だけはどこかショックを受けたような、そんな顔をしていて。

 

「……所属、されないのですか?」

 

 播凰がラウンジへ入ったばかりの時に見たぎこちなさはどこかへ行き。

 驚いたように、思わぬ事態に遭遇したかのように、おずおずと。しかしその瞳は播凰の目をまじまじと見つめていたが。

 

「うむ、しない」

「……そう、ですか」

 

 躊躇なく首肯した播凰に、どこか期待が裏切られたかのように麗火は静かに目を伏せかけ。

 

「――ああ、ついでだ、この際に伝えておくが。もしもお主にまだその気があるのならば、いつでも挑むがよい」

「え……?」

 

 完全に落ち切る前に、その目線が引き上げられる。

 ただ、そんな彼女の様子など全く気にしていないように。

 そこにはまるで思い出したかのように、渋い顔で自分の身体を見下ろしながら腕を掻く播凰の姿があり。

 

「あの妙な痒みは……まあ我慢しよう」

「……ま、た」

「うん?」

「……また、受け止めて、くださるのですか?」

 

 掠れた声で途切れがちに麗火がそう尋ねたことで、播凰は腕を掻くのを止めて彼女を見た。

 何を言っている、と。その眼が、表情が、物語っており。

 

「この名は、受け止め倒れぬ戈であると、そう言ったであろう。別に、その役が一度だけということはない」

「で、ですが、あの時……私は術を……」

 

 あの出来事から今日に至るまで、播凰と麗火は顔を合わせていなかった。それは単にその機会が無かったと言えばそれでおしまいなのだが。

 か細い声で、麗火はポツリと続ける。

 

「それに貴方から……貴方の言葉に私は、その、背中を向けて――」

 

 つまりは、彼女にとって逃げるように去ってしまったことが播凰との最後であり。加え、自身が術を失敗した記憶もある。

 それが彼女の後ろめたさの顕れ。だからこその、ラウンジで顔を合わせた時の麗火のぎこちなさだったのだろうが。

 

「――はっはっは、何を言うかと思えば! 生憎だが、我が姿を前にして逃げ行く者などこれまで幾千、幾万と数え切れぬ程見てきていてな。それが今更一人増えたところで大して変わるまいて」

 

 だが、麗火にとって(・・・・・・)明らかな冗談すら交えて。

 

「それにお主が一度背を向けたのは確かだが。しかし、まだ潰えていないのだろう?」

 

 責めることも詰めることもせず、欠片と気にした様子もなく。むしろ仄かな期待すら込め。

 

「ならば、拒むことこそ有り得ぬ。恐れることなく再び挑む意思を見せてくれただけで、私にとっては十分だ!」

 

 嬉しそうに。愉しそうに。

 三狭間播凰は、笑い飛ばし破顔するのだ。

 

 別に。

 それはなにも麗火に向かって微笑みかけたとかそういうわけではなかった。

 愛想笑いだとか、安心させようとだとか――他人への気遣い、思いやりの発露ではない。

 そちらの事情など知らぬと、知ったことかと。誰かが見ているからでもなく、相手が誰だからとかでもなく。あくまでも自分本位の笑いと、言葉。

 それが、明白だというのに。

 

「っ……」

 

 つーっと。一筋の涙が呆然とする麗火の眼から流れ落ちた。

 目に溜まることなく。堪える間も、肩を震わせるといった兆しすらなく。

 言うなれば、彼女の性質である氷がほんの少しだけ溶け出たかのように。それは唐突に零れ。

 

 だからこそきっと、当人にもその自覚は無かったのだろう。

 事実。擦るだとか隠すだとか、特に誤魔化すような仕草を彼女はせず。

 頬を伝ったその感触でようやく、自身が涙を流したことに気付いたようで。麗火は我に返り、表情を驚きへと変える。

 

「…………」

 

 そんな、麗火の顔を。その落涙を。

 無遠慮に、正面から。気付かぬふりをすることもせず播凰は直視した。

 ただ、その顔から笑みは徐々に消えていき。呵呵とした哄笑もまた鳴りを潜め。

 

「……涙、か」

「な、泣いてなどっ……!」

 

 播凰が漏らした声に、麗火が慌てて制服の袖を目元に押し当てその痕跡を拭い去る。

 苦しい言い分ではあるが、今から彼女の顔を見た人間ならば通じたかもしれない。

 実際、彼女は滂沱の涙を流したわけではなく、既にその眼には光るものも零れ落ちるものもなかった。動揺こそしているが、涙声ということもない。

 本当に一滴だけの、されど確かな涙。

 

「ああいや、別に何を言うつもりはない。ただ、少しばかり思い出したことがあっただけだ」

 

 人の泣く顔を見た数など数えていないし、態々覚えておくようなこともしない。

 今この瞬間のこととて例外は無く、何をするわけでもなく三狭間播凰は直に忘れることだろう。

 ただ――。

 

「――まあ、未練か」

 

 それはきっと、そう形容されるものなのだろう。

 別離となる最後に見た、その泣き顔が。涙が。この世界に来る寸前の弟妹達が、ふと脳裏に浮かんだのだ。忘れようとも忘れまいともしているわけでもない、その顔が。

 特に顔立ちが似ているということもないのに、麗火の涙を見たその瞬間に。

 

 一転して押し黙った播凰の変化は、その顔は。果たして、どう映ったのだろうか。

 麗火が何も言えずにいたその時。

 

「……ダメだよ、播凰にい」

 

 叶の提案がされてから、それまで黙って話を見守っていた辺莉が、唐突に口を開く。

 

「それはダメ、考えない方がいいよ。だって播凰にいは、もうここにいる(・・・・・・・)んだから」

 

 いつもの、明るい声ではない。いつもの、人懐っこい笑みではない。

 鋭く、刺々しい、声と視線。

 敵を見るよう、というほどではないが。今までに向けたことのない類の瞳を、辺莉は播凰へと向けていて。

 

「そうだな。その通りだ」

 

 反論無く首肯する。

 何故なら、三狭間播凰は――その名が与えられる前の己は、それを承知で決断をしたのだから。




前回後書きでちょっとだけと書いておきながら、色々考えてたら中々に間が空いてしまいました。
文字数も増えてしまったので次話で一旦の区切りです。
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