三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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44話 喰えない男

「あはっ、そうだよねっ!」

 

 播凰が自身の言葉を否定しなかったことに、辺莉はパッと顔を輝かせ。弾けるような笑みと共に、パチンと胸の前で手を合わせた。

 その眼差し、声色共に。普段の彼女らしい快活な振る舞いに戻っており。

 

「うんうんっ! 播凰にいなら、きっとそう言ってくれると思ってたよっ!!」

 

 上機嫌に、満足げに。

 まるで何事もなかったかのように、何もしていないように、辺莉は播凰の顔を見て嬉しそうに何度も頷いている。

 

 果たして、当人にはあるのか。

 つい数秒前に険のある態度であった自覚が。瞳に一瞬だけ、狂気と表現しても大袈裟でない光を浮かべていた自覚が。

 何より、小柄な体躯に、未だ幼さのある齢に見合わぬほどの歪な存在感を放っていた、その自覚が。

 

 ――少なくとも、私が最初にあの子と会った時は、今とは別人のようでした。

 ――別に、辺莉と話すなとは言わない。だけど、あまり深入りはするな。

 

 播凰よりも前に彼女と知り合っていた四階の住人、四柳ジュクーシャが。そして彼女の双子の弟である二階の住人、二津慎次が。

 二津辺莉という少女について、以前にそんな風に播凰へと告げている。

 ただそれらを言われるより前に、彼女について播凰も薄々と感じていたものはあった。

 

 ……まあ、そうでなければ、新たな世界になど来はすまい。

 

 慣れた生活を捨て、知る人を捨て。全く未知の誘いを――真実か定かではないそれを受け入れるという決断。

 大抵の人間というのは安寧を求めるもの。興味本位、面白半分でそれに乗る可能性というのも否定はしないが、元の世界で何かあったと考えるのが妥当ではある。

 ただ、それを汲み取れるのはこの場で唯一彼女と同じ立場にある播凰だけ。そして平然としていたのも、また。

 

「二津、さん……?」

 

 恐らくは、そんな辺莉は彼女達もまた初めてだったのだろう。

 刹那の豹変ともいえる辺莉の言動を目の当たりにし、困惑しきりの麗火がその最たる例。

 彼女は、涙を流したことを否定しようとした勢いなど疾うに失われ、辺莉の名を口にすることがやっとの様子であり。

 

「……っ」

 

 荒流満美は微かに喉を震わせ、ふわりとその特徴的な金の髪が揺れ。

 その姉である荒流玲美は、一見すると変わらず落ち着いたまま大きく反応せずであるものの。見る者が見れば、僅かに力んでいることが分かるだろう。

 

「…………」

 

 そして薄目を開ける雲生塚龍水は、変わらず柔和な笑みを口元に湛え。

 されどその眼光は、確かに辺莉を射抜いていた。

 

「さて。言ったように私と、そして辺莉は人を待たせているのでな。用が済んだとあらば去るとしよう」

 

 そんな異質となった空気の中で、播凰は退室の意を示す。

 庇うという意味でも、そして単なる事実という意味でも、もはや長居する必要もない。

 

 投げかけ、そして否の声があがることがないのを確認した播凰は、辺莉に目をやり。彼女がニコニコと頷いて動き出したのを見て、踵を返そうとしたが。

 

「――ええい待て、やはり意味が分からんぞっ!」

「……ほぅ?」

 

 今になって硬直から復活した叶の、語気荒げる声が。その足を、妨げた。

 喧しさというのは、その大抵は褒め言葉として扱われるものではない。基本的には相手を不快に感じさせることが多く、受け手は良い印象を抱かないからだ。

 ただし、時と場合による。

 つまり場の空気に流されることなく、萎縮することなく、変わらず尚それを貫いた時。その言は果たして、普段の喧しさと同列に捉えるべきものであろうか。

 

 故に播凰の口から零れたのは、鬱陶しさではなく、興味を含んだ呟きで。

 

「おい三狭間! だとしたら貴様、一体何のためにこの学園に通っているっ!? 名誉も立場もいらないと言うのなら、一体何故!?」

「あっははー、叶先輩ってばまだ諦めてないんだー!」

 

 一蹴することをせず、播凰は完全に足を止めて叶へと向き直り。

 それに続こうとしていた辺莉もまた、ケラケラと笑ってこの場に留まる。

 

「ふむ、何のためか」

 

 言葉こそ強いものであったが。

 叶の眼は別段、嘘を暴いてやろうだとか、揚げ足を取ってやろうだとか、そういう意地汚いものではなかった。

 ただのしつこさ。分からないものは分からないとすぐに諦めるのではなく、頑固者特有の納得するまで突き詰めるという性分から。

 そしてそれに対する播凰の答えは一つ。

 

「そんなの、天能術を学ぶために決まっていよう! まだ見ぬものを己が瞳で見るために、そして何より己もできるようになりたいがため、私はここにいるのだ!」

 

 別に、難しいことを考えているわけではない。野望を秘めているのでもない。

 ただ、見たいから。そしてできるようになりたいから。

 三狭間播凰がここにいる理由は、たったそれだけで十分なのだ。

 

「……っ、そんなのはっ――」

 

 最初こそ、それを聞いた叶徹の目には明らかに不興の光があった。

 ただ、意外にも冷静に頭を回したのか、一呼吸を置いた後には消え。

 

「……いや、確かにお前の性質を考えればそうかもしれない、が……わざわざこの学園に来たのだからこう、他にもあるはずだ! ここは東の名門、天能術もだが勉学――学力に関しても高い水準にあることを知らないわけではないだろうに!」

「なんと、そうだったのか?」

 

 初耳だ、と言わんばかりに叶の言葉に播凰がきょとんとする。

 それに毒気を抜かれたように、叶は一気にトーンダウンして溜息を吐いた。

 

「……はぁ、それじゃあ一体どうしてここを選んだんだ」

「私が天能術を学びたいと言ったら、管理人殿がここでと言うのでな。まあその時は勉強もせねばならぬとは思っておらなんだが」

「管理人? ……まあいい、では栄誉も要らず、勉強も嫌というならば何故そのまま通い続けている。他校に移るなり、この学園を辞め他の場所学ぼうとは思わなかったのか?」

「ふむ、正直に言えば、特に最近までの試験期間とやらの間でそれを考えなかったと言えば嘘になる。しかし、私が言い出した手前、ここで退くは管理人殿への不義理にあたると思ってな」

「……義理」

 

 確かに叶の言う通り、勉強が嫌なら辞めるという選択はあった。そして播凰の脳裏を過ったことがあるのも事実。

 ただ、播凰は天能術を使いたいと願い、そして最強荘の管理人がそれを叶えたためにこの学園に通っている。

 つまり、この状況を作り出したのは播凰自身。であれば、勉強が嫌という理由で逃げの選択を取るわけにはいかず。最低限、勉強をするという妥協(・・)に至ったのである。

 

「……分かった、その気が無い奴を無理に青龍へ所属させても仕方がない」

 

 最終的に叶は諦めたようで、不承不承ではあるが頷いた。

 だが、その眉が晴れることはなく。

 

「ただそうなると……しかし、まさか断られるとは」

「私が断ったら、何か困ることでも?」

「いや、困るわけではないが。一応、青龍への推薦を僕なりの誠意として示そうとだな……」

「ははぁ、つまり何らかの形でそれを見せねば、お主の気がおさまらないわけか。その頭の固さは嫌いではないぞ」

「それを言うな。まあ、間違ってはいないが」

 

 ぶつくさと呟く叶に、播凰は頑固故の理由を見抜いて笑う。

 文句を言いながらも叶はそれを首肯し。そして思わせぶりに、んんっ、と咳払いをした。

 

「……普段であれば、僕は非常に、非常に! 忙しいのだが。折よく、これから夏休みに入る。術を学びたいと言うのなら、この僕が特別に面倒を見てやってもいいが?」

「おお、お主の術も中々見所があり、確かに面白かった。あの岩の兵士など特にな!」

「フン、大きな的などと抜かしたくせによく言う」

 

 鼻を鳴らし悪態をつきながらも、しかし悪い気はしていなさそうな顔で叶は播凰の言葉を受け取る。

 

「それにしても、お主が面倒を見る、か。そうだな、しかし岩の術は毅が……おお、であればよいことを思いついた! 暫し待っておれ!」

 

 少し考えるようにしていた播凰は、ややあってポンと手を打ち。言うや否や、ラウンジを飛び出していく。

 それを呆気にとられて見送る叶の耳に。

 

「――な、なになにっ、一体何事っすか、播凰さんっ!?」

「そう大したことではない、共にラウンジへと来てもらうだけだ! 私に勉強を教えてくれた礼を思いついた!」

「いや、そんな別にお礼なんて……って、えっ、ラウンジっすか!? いや、俺が入っちゃマズいっ……て、ギャーッ!?」

 

 やがてドタドタとした足音と共に、そんな悲鳴が近づいてきた。

 ガラス扉から入って来たのは、叶にとって見知らぬ一人の男子生徒の腕を引く――というよりほぼほぼ持ち上げるようにした、播凰の姿。

 ラウンジ室内からの唖然とする視線もなんのその、播凰はそのまま叶の前へと戻ってきて。

 

「この毅は、お主と同じ岩の性質を持っていてな。どうだ、この者の面倒を見てくれぬか?」

 

 ダン、と勢いのままに担いでいた男子生徒を置いた。

 その生徒――晩石毅は、まだ目を回しており、あちらこちらと足がフラフラと覚束なく。

 

「ダイジョーブ、晩石先輩?」

「……あ、ああ、辺莉ちゃんっすか? 何とか大丈夫っすが……ところで、ここってもしかして?」

「うん、もしかしなくてもラウンジなのです」

「やっぱりぃ!?」

 

 テテテッとその傍に駆け寄った辺莉とのやりとりを経て現在地を理解し、ただでさえ悪かったその顔色を更に青褪めさせる。

 

「そう言われても、誰だこれは? 二津も知り合いのようだが……」

「その者の名は晩石毅。私と同じ、一年で天戦科H組だ!」

 

 播凰がそう言えば、叶は眼鏡の奥の目を鋭く細め。

 毅は毅で気を取り戻した直後に正面からそれを見てしまい、ヒィと縮こまる。

 

「……お前の、H組のクラスメートということか」

「うむ、我が朋友である!」

「朋友……」

 

 どうにも複雑そうな顔をしている叶であったものの、ややあって眼鏡を持ち上げるようにして直し。

 

「正直、あまり気は進まないが……まあ貴様がそれがいいと言うのなら仕方ない。では、晩石といったな」

「は、はいぃ!?」

「突然ではあるが、この僕、二年E組であり青龍に所属する叶徹がお前の面倒を見てやることになった。手加減はしないから、覚悟しておくように」

「えぇ……」

「とはいえ、夏休みといえど流石に毎日は見れん。ある程度スケジュールは決めておきたいが、この後時間は?」

「あ、や、えっと……その、この後は何か美味しいものでも食べようかと……」

「は? 美味しいものだと?」

「ヒィィ!?」

 

 叶と毅は、二人して話し込む。いや、毅に関しては話さざるをえないというべきだろう。

 そしてそんな様子を満足げに見る播凰であったが。

 

「――朋友、か。それは、僕にもなれるのかな?」

 

 黙って静観していた雲生塚が、唐突にそう声をかけてきて。

 

「うん? お主か? そうさな……」

 

 振り返った播凰が、じろじろと遠慮なくその顔を見る。

 そこにあるのは、まともに見ているのか怪しいほど薄く開いた目に、口元に堪えた微笑。

 

「友誼を結ぶことを求めるならば、まずはその腹に抱え込んだものを軽くするところからだな。全てを曝け出せとは言わぬが、お主からは謀略の匂いが強すぎる!」

「あはは、これは手厳しい」

「それに何をそう頑なに見ようとせぬのかは知らぬが――戦傷を負ったわけでもあるまい、その瞼は常にもっと開けておいた方がよいぞ。私も、それだけはしていたおかげで、見落とすことをせずにすんだ」

「……そうだね、そう在りたいものだ」

 

 それを肯定的に頷きつつも、しかし雲生塚の眼はそれ以上開くことなく。

 

「参考までに教えてくれるかい。君はその眼で、何を見ることができたのかな?」

 

 苛立ちもせず、何の気なしといった風に、播凰に問いかける。

 

「世界を」

「……世界、か。うん、そうだね、重要なことだ」

 

 その柔らかな問いに、播凰は端的に応じる。

 そして答えを聞いた雲生塚は、顔色一つ変えることなく当たり障りのない声を返し。

 

「最近であれば、あれだ! 配信者――VTuberなるものを見た!」

「――配、信者……?」

 

 けれど続く播凰の言葉に、僅かに、だが確かに表情が動いた。

 

「うむ、そうだ。私も最初はいまいちよく分からなかったが、あれはあれで面白い! 今まで知らなかった楽しさだ!」

「…………」

「ふむ、お主は知らぬのか?」

「……いや、そういう人達がいることは知っているよ。ただ、実際に動画を見た事は殆どないかな」

「それは勿体ない、今度試しに見てみるといいぞ!」

 

 少しの気恥ずかしさもなく、また冗談のようでもなく、播凰が雲生塚に勧めれば。

 クスクスと、微笑以上の笑みが雲生塚から零れる。

 

「ふっ、ふふっ、僕にそんな話題を振って来た人は初めてだ。……けれど折角勧めてくれたとあらば、見てみよう。君の言う通り、確りと瞼を開いて、ね」

「そうするがよい」

「ふふふっ、ちなみにお勧めの配信者はいるのかな?」

 

 その明確な笑いは、尚も止まらないようで。

 両肩を震わせながら、雲生塚は播凰を見ている。小馬鹿にしているわけではなく、心底おかしくて堪らないといった様子だ。

 

「うむ、私が最近見ているのは、ジャンナ・アリアンデなる者だ!」

 

 その名を知ったのは、ちょっとしたいざこざのあった1年E組の矢尾から。

 その名を記憶したのは、配信にてなにがしかの誘いを受けたというのを聞いてから。

 そしてその名を意識したのは、軽い気持ちで彼女の配信を見てから。

 それ以降、偶に彼女――ジャンナ・アリアンデの配信というのを播凰は見ており。故に今、その名を挙げたわけだが。

 

「――ひょわっ!?」

 

 なにやら、奇声が上がった。

 播凰のすぐ近くにいる面々からではない。後方、播凰がラウンジへと来てからそれとなくこちらの様子を伺っていた複数の人影の中から。

 時折のざわめきこそ届いていたものの、特に気にすることなく今の今まで話していた、そこから。

 

「……ん?」

 

 思わず振り返りこそしたが、それを誰が発したかを特定する理由もなく。

 その甲高さから恐らく女生徒であろうが、播凰はまあいいとすぐに顔を前へと戻し。

 

「ともあれ、そういうわけだ。だがうむ、友誼、友誼か――」

 

 雲生塚をぶった切り、播凰の視線が誰かを探すように動く。

 その先にいるのは、荒流姉妹のその妹。

 

「荒流満美、だったな。青龍とやらには所属せぬが、お主とは今後も話はしたいところだ!」

「……あ、あら、わたくしでよろしいので?」

「うむ、どうにもお主とは気が合いそうだからな! はっはっは!」

「お、おーほっほっほっ! 勿論、勿論構いませんわよ!」

 

 響く二人の高笑い。

 少しだけ。ほんの少しだけ、麗火がそれを羨ましそうに見ていた。




ということで想定以上に文字数が増えてしまいましたが、3章の中盤が終了です。
次話から3章終盤に入っていきます。3章最終話まで書き溜めるか、できた都度投稿するかは考え中です。終盤はそこまで長くならない想定ですが。
それでは読んでいただきありがとうございます、次話もよろしくお願いします。
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