三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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45話 世界が違えば

 雲一つとない快晴の空。

 燦々と降り注ぐ陽光はギラギラと眩く、そして強い。

 じっとりとした湿気は肌を蝕み、ただそこにいるというだけで、額から腕から汗が滲み出してくる。

 

「…………」

 

 そんな、太陽が中天に差し掛かる頃合いの最強荘の門、そのど真ん中。

 完全な日向であるそこで、日陰に避難するということもせず。一人、仁王立ちをしている三狭間播凰は、両腕を組み無言で佇んでいた。

 頬を汗が滑り落ちようと構わずに。ただその表情には、そんな不快さをものともしないような笑みが浮かんでいる。

 

「いやはやー、今日も暑いですねー。すっかり夏ですねー」

「うむ、管理人殿。どうやら夏が暑いというのは、世界が異なろうが同じらしいとみえる」

 

 と、そんなここの住人でもなければ――いや、あっても不審者丸出し感の播凰の元へと、声をかけながら近づいてくる人影が一つ。

 箒片手にやってきたのは、幼き最強荘の管理人。暑くとも普段と変わらない調子の間延びした話し方で、彼女は播凰へと声をかけてきた。

 

 夏は暑い。それは播凰の元の世界でも同じであり、だからこそ返す言葉でそういった感想を述べた播凰であったが。

 

「いえいえー、そういうわけでもありませんよー。単純にこの地域の気候が三狭間さんのいた場所と似ているのでしょうねー。そういった意味では三狭間さんは運がよろしいと言えるかとー」

「ん? 運がよい?」

「はいー」

 

 首を傾げる播凰に対し、管理人は首肯した後に頭上を仰ぐ。

 つられるようにして播凰も見上げるものの、そこにはただ空が広がるのみ。目を惹くようなものはなく、これから変化が訪れようとしているわけでもない。

 

「この空一つとってもー、そうでない世界にとっては当たり前ではなかったりー、そもそも空という概念が無い世界だってあるかもしれませんー」

「これが当たり前ではない空……いや、それだけでなく空の無い世界? いまいち、想像がつかぬが」

 

 曇っていることがあったり、雨が降ることがあったり、また夜には闇の中に星が光るなど、空がその様相を変えることはある。だが恐らく、管理人が言っているのはそういうことではないのだろう。

 加えて空が無い世界とくれば、いよいよもって分からない。

 唯一、というわけでもないが。今見上げるこの空は、播凰がかつての世界でも見たことがあるもので。

 

「そしてそれはー、季節や気温にも当てはまることなのですー。これよりももっと暑かったりー、逆に凍えそうなほどの寒さがずっと続いていたりとかですかねー」

「ほぅ、そのような場所が。まだそちらの方が、空が無いと言われるよりは想像できるな」

「実際そういった違いに戸惑われる住人の方もいらっしゃいましてー。今言ったような環境の違いというのもそうですがー、種族的(・・・)にもー、そのような相談をお受けしたことが何回かございますのでー」

「む、種族とな……?」

 

 更なる追加情報に、視線を上空から戻した播凰はむむっと眉根を寄せる。

 前者の環境については今しがた聞いたばかりなのでなんとなく分からなくもない。

 だが種族とは。他国や他民族は勿論、世界が異なろうと人は人ではないのか。それで何が違うことがあるのだと、とそう思い。

 けれどややあって、ああ、という頷きと共にポンと手を打つ。

 

「そういえば、オークの者がいたな! そしてあの大魔王もか!」

「そのように理解していただけるとー。もっともそのお二方は特に対策の必要もなく順応されたのでー、違うといえば違うのですがー」

「ほぅ……すると、まだまだ私の知らぬ住人がいるというわけだな!」

 

 方向性としては肯定であり、しかして実情としては否定。

 つまるところそれは、播凰の知らない住人の存在の示唆に他ならない。

 果たして、空が違うというのはどのような世界なのか。果たして、どのような種族なのか。

 好奇心がムクムクと頭をもたげ、名も顔も知らない未知の人物に思いを馳せる――そんな播凰の横を。

 

 ふっと、微かな風がそよぐ。

 

「……ん?」

 

 別にそれ自体は珍しいことでもない。いくら暑いとはいえ、無風ということはなく。

 事実、管理人に声をかけられるまでの間でも時折それは吹いていた。だから本来であれば、気に留めるようなことではないはずで。

 

「…………」

 

 ――ただ。

 播凰は身体ごと振り返りながら、開かれた最強荘の門――その中央に立つ己の傍らを通り抜けていったそれを目で追う。

 そこには、確かに何もない。人の姿は勿論のこと、影の一つさえ、彼の視界の中で動くものは何も。

 

 故に――それは、ただの直感だった。

 

「管理人殿」

「なんでしょうー」

 

 視線はそのまま。何の変哲もない、変わり映えのすることのない景色を見やったままに。呼びかけを、一つ。

 そしてその受け手たる管理人は。突如とした播凰の奇行ともいえるべきはずのそれに、驚いた様子もなく応じ。

 

「――その住人の中には、化生(けしょう)の類も含まれているか?」

 

 率直に、端的に。播凰が問いかけた、刹那。

 

 揺らぐ。

 播凰でもなく、そして管理人でもなく。その二人以外の姿がないはずのこの場に、そのどちらでもない第三者の気配が。

 ほんの一瞬だけ。しかし確かに乱れ、その存在を告げた。

 

 ――いる。間違いなくいる。

 

 男か女かは分からない。そも、人の形をしているのかすら不明。

 けれど最強荘の門を、そのすぐ近くで管理人との会話に興じていた三狭間播凰の横を。通り過ぎ、そして去っていこうとしている、姿なき存在が間違いなく。

 ただの勘にすぎなかったそれが、確信へと変わる。

 

「申し訳ありませんがー。住人の皆様に直接関連する事項はー、お答えできかねますー」

 

 すっと僅かに目を細めた播凰に対し、管理人はいつか聞いたような言葉を告げる。

 

「――ただー。住人同士の交流に積極的でない方もいらっしゃるということはー、ご留意いただければとー」

 

 それは仄めかしか。或いは、牽制か。

 のほほんとした口調とは裏腹に、その瞳が静かに播凰を捉え。

 

「ふむ、その気のない者を呼び止めても仕方あるまい」

 

 播凰もまた、そこ(・・)から目線を外してすんなりと退く。

 興味がないわけではない。むしろその逆、大きくある。何者であるのか、如何なる方法でその身を隠しているのか、聞いてみたいところではあった。

 だからこそ、相手にその意思がないことが残念に思う。向かってくるのであれば、無論諸手を挙げていたところなのだが。

 それに――。

 

「その物言い、きっと無理に通そうとあらばルール違反とやらに当たるのだろう?」

「お察しの通りー、悪質な場合には警告をさせていただくことになるかとー。余程のことですと一発アウトも有り得ますねー」

 

 何が、と播凰は言葉にせず、そして管理人も明言をしなかったが。

 つまり破れば元の世界に戻されるという最強荘の、この地に留まるためのルール。それは共通の認識で。

 もしかすると彼女がここにやって来たのも、長く門のところに陣取っている播凰を気にしてというよりかは、それによって発生し得る状況を考慮してのものだったのかもしれない。

 

 管理人の首肯を見た播凰は、今一度、その何もない景色を振り返った。

 気配の揺らぎは疾うに感じない。その持ち主たる何者かは播凰が管理人と話をしている間に立ち去っていてもおかしくはなく、もはや目の届く範囲はおろか耳に届く範囲にいるかも定かではない。

 

「ならば、うむ。これから言うのは、ただの独り言。私が一人勝手に声を上げるというだけなら、問題はあるまい?」

「……ですかー。それはー、こちらに止める権限はありませんねー」

 

 屁理屈だと言われれば、恐らくそうであるのかもしれない。規則の抜け穴をついたなどと、してやったりとほくそ笑むことでもない。

 それでも播凰はそれを行うことに意義を見出し、そしてそれを察しながらも管理人は笑みを浮かべたまま止めはしなかった。

 

 ――私は三階に住まう、三狭間播凰という! いつでも声をかけてくるがよいぞ!

 

 独り言にしては余りにも大きいそれに、応える声は当然に無い。

 播凰もそれに期待はしておらず。ただ満足はしたように、一回二回と頷き。

 

「……どったの、播凰にい? そんなに大きな声出して」

「ひょっとして、管理人さん以外にも誰かいたっすか?」

 

 いや、反応があるにはあった。

 背後の最強荘の門の間からひょっこりと顔を覗かせている二津辺莉が、そしてその後ろに続く晩石毅が。それぞれ訝し気と疑問を浮かべ、播凰のことを見ていた。

 

「なに、気にするな! ただの独り言だ!」

 

 とはいえ、関係ないといえばないところからのそれだ。

 そして今のはあくまで、誰に呼びかけたわけでもない、大きな大きな独り言。

 ただ、播凰がそんなことを正直に言ったものだから、毅と辺莉の二人は互いに顔を見合わせ。

 

「ああ、独り言っすか。……え? 今のが?」

「わわっ、どうしよう晩石先輩。播凰にい、この暑さでおかしくなったんじゃ……?」

 

 ヒソヒソとしているようで、しかしながら駄々洩れの話し声。

 それを意に介することなく播凰は二人へと歩み寄る。

 

「それにしても、ようやく来たな。遅かったではないか」

 

 播凰はなにも、無意味に門の前で突っ立っていたわけではない。

 今日は喫茶店リュミリエーラ――商店街にあった、ゆりの店が新しい場所での開店を予定しており、そのプレオープンに招待されていたのである。

 そしてそれは今しがた合流した二人も同様であり、一緒に行くことを約束していたための待ち合わせであった。

 ただし。

 

「えぇーっ、そういうこと言っちゃうーっ!? 折角、アタシより早く来て待ってたのはポイント高いと思ってたのにー!」

「……いやいや播凰さん。遅いもなにも、まだ約束の時間にはなってないっすよ」

 

 待ち合わせの時間はまだ少し先。つまり播凰は、暑い中無駄に待っていたということ。

 故に毅の苦笑は正当な反論であり。気を取り直した辺莉も、播凰が先にいたという事実は褒めつつも、ブーブーと非難。

 

「おお、そうか! はっはっは、ゆり殿の料理が再び口にできることが待ち遠しくてな、つい気が急いてしまった!」

「……むーっ、しかもそれが早く来てた理由!? 前にも言ったでしょ、女の子とのお出かけは早く待ってないとって!」

 

 もっともその理由も、殊勝なものではなく。

 それを聞いた辺莉は、褒めて損したと言わんばかりに口を尖らせ。いかにも不満です、と主張する瞳で播凰を見やる。

 

「どうあれ先に来ているのだから問題あるまい。大体、女子(おなご)相手だと早く待たねばならんというのは如何なる理由なのだ?」

「理由とかじゃないの! 乙女心なの!!」

「なんだ、それは。ああ、そちらの世界ではそういうものだったのか?」

「どの世界でもそうなの! 全世界共通っ!!」

 

 ガーッと捲し立てるような辺莉に困ったわけではないが。播凰が視線を周りに巡らせてみれば。

 毅は肩を竦めて苦笑、管理人はニコニコ顔で特に賛同も否定もない。

 と、そこでふと気づいたように播凰の顔が誰かを探すように動く。

 

「であれば辺莉よ、お主の弟がまだ来ていないではないか」

「シンは弟だから別にどうでもいいの! ……大体アイツはアイツで、朝になっていきなり用事ができたから行けないとか何とか言って、どっかに出かけちゃったし」

「なんだ、つまり来ないということか?」

「そういうこと! 全く、何やってるんだか。最近、珍しく遅く帰ってくるようになったと思ってたらこれだもん」

 

 招待され、そして行く予定であったのは播凰に毅、そして辺莉とその弟である慎次の四人であった。

 しかしその最後の一人の姿がなかったわけだが、どうやらそういうことらしい。

 ぶつくさと自身の弟への文句を呟く辺莉をよそに、播凰は管理人を振り返った。

 

「……して、管理人殿は行けぬのであったな?」

「はいー、申し訳ありませんがー、本日はとても大事なお仕事がある予定でしてー」

「うむ、そして一階のあの者も行かぬと言っていたな」

 

 ――余が足を運ぶ価値は見出せんと、そう言ったはずだ。管理人たんがおらぬのなら尚のこと。

 

 一応、招待者には最強荘の管理人である彼女と、そして配信として貢献した大魔王――もとい一裏万音も名があがっていたのだが。どちらもそれぞれの理由から断っている。

 ちなみに、四階の住人である四柳ジュクーシャも店には行くのだが、従業員である彼女は招待される側ではなくする側であるため無論別枠。既に現地に行っていることだろう。

 

「であればこれで全員だな。では管理人殿、行ってくる」

「行ってらっしゃいー。よろしくお伝えくださいねー」

 

 一声かけてから、播凰は最強荘に、管理人へと背を向ける。

 その、背中に。

 

「――ああー、三狭間さんー、ついでに二津さんにもとなりますかねー」

 

 気の抜けるような、のんびりとして大して重要でもないことを告げるような声。

 

「独り言であろうと住人同士の会話であろうとー。口にしてしまった内容次第では我々が(・・・)相応の措置を取らざるをえないという状況がございますー。そのことを努々お忘れなきようー」

 

 振り返らないままに、播凰と辺莉が一瞬だけ足を止め。

 

「うむ、留意しよう」

「……はーい、それじゃ行ってきまーすっ!」

「っ、き、気を付けないといけないっすね……ってあれ? 播凰さんと辺莉ちゃんだけ? ……管理人さん、俺は?」

 

 ややあって、ゆっくりと歩き出す。

 ぶるりと身を震わせた毅もそれに続こうとしたが、けれど管理人の呼びかけの中に自身の名が無いことに気付き。

 

「――あー、晩石さんはー、元々この世界の方ですのでー」

「で、ですので……?」

「……ふふふふふー」

「か、管理人さん? ね、ねえ、もしも俺が口を滑らしちゃったらどうなっちゃうんすか、管理人さんっ!?」

 

 ゴクリと生唾を飲み込むも、濁すように明言せずの管理人に、毅は顔を青くさせる。

 

「ではではー、お望み通り晩石さんも含めたお三方へですがー。夏休みで学園での授業が無いからといってー、遊んでばかりではなく勉強の方もお忘れなくー」

「……うむ、善処する」

 

 管理人の言った通り、今は夏休みに突入しており授業――通学の必要が無い期間。だからこそ、こんな平日の真昼間でもこの場にいるのであり。

 思わぬ流れ弾を受けた播凰は、その足を早めるのであった。

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