三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「――そ、そーだよっ、アイツらみたいな存在がいてもそのせいに……
口火を切ったのは、辺莉。
言うだけ言った播凰が口を閉じ、再びの沈黙が到来するかに思えたが。それをよしとせず、絶やすものかと猛然とした勢いでブンブンと腕を振り。
ややあって、キッとまるで睨むように鋭い目を毅に向ける。
「っ! え、あ、えーとぉ……自分はその、手持ちの関係でそこまで多く行けなかったっす、けど! で、でも、こんなに美味しいものがあるんだって凄く感動したっす!」
そのバトンを一応は受け取ったのか。
おっかなびっくりとではありながらも、しかし確かに毅が繋ぎ。
徐々に、その輪が広がるように。
「自信持っていいんだよ、ゆりちゃん。長いことあそこで……それこそ前の代、そのまた前の代から商売やってた古株連中すらさっさと諦めて店を畳んじまったのもいたんだ。そんな中で最後まで店を開けててちゃんとお客も来てた、それを立派以外の何て言えばいいんだい」
「耳が痛えこと言うなぁ、
「場所が変わったって、かつての商店街一同、お前さん達夫婦の店はこれからも応援してるよ!」
播凰達と同じく招待客として来ていたらしい、商店街で駄菓子屋をやっていた老女が。その同じ席に座る彼女よりほんの少しばかり若めの、商店街関係者であろう男二人が。
「……わ、私達だって、ゆりさんが店長だったから
「あの人達のことは確かに恐かったですけど――でも、ゆりさんがいたから、頑張ろうって!」
「ゆりさんじゃなかったら、きっと辞めていたと思います!」
接客や料理の提供等、それぞれ離れた位置に立っていた前の店の時から働いていたスタッフも、口々に。
それが触発されてのものであったとしても、本心であろうゆりを擁護する声を上げる。
「……何もできなかったのは僕の方だよ。大事な時に入院していたばかりに、重荷を背負わせてしまってごめん。そして本当にありがとう、僕達のお店を守ってくれて」
「皆……貴方……」
そして、ゆりの傍に歩み寄る一つの人影――彼女の夫であるまさとが、その肩にそっと手を置けば。
周囲を、そして傍らの夫を振り返り。ゆりは微かに身体を震わせた。
静けさこそ、再度訪れども。けれど、間違いなく場の空気は良いものへと好転し。
――パチ、パチ、パチ。
響く拍手が、一つ。
「――いやはや、良縁に恵まれたようですな」
播凰達から少し離れた席より立ちあがり、コツコツと杖を突きながら。
きっちりとスーツを着こなし、頭に載せた帽子を少しも揺らすことなく。ゆったりと姿勢正しく、近づいてくるのは一人の老紳士。
「はい、本当に……」
「……ありがたいことです」
今この時、この場で席に座っていたということは、彼もまた招待客なのだろう。
老紳士に向き直り、その賞賛に丁寧に頭を下げるゆり達夫妻であったが。
「しかしながら。開店を控えた経営者の一人が
拍手から一転、夫妻の前でやって来た老紳士の口から紡がれたのは、けれど苦言だった。
「っ、それは……」
「……お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」
とはいえ、それは謂れのない批判ではなく。一定の合理性はあるように思われるもので。
だからだろうか。片や、その向けられた先を庇うように前に出たものの、言葉を濁すに留まり。片や、向けられた方は平身低頭に謝意を述べ。
しかしそんな夫妻の横を、まるで無い物のように乾いた杖音は通り過ぎる。
「ただまあ――そこの彼が言ったように、人を動かすということの難しさよ。それもただ動けばよいという単純な話でもない」
座した播凰のすぐ側。そこで、杖音は――老紳士は止まり。
立つ者と座る者、構図上そうならざるをえないとはいえ。老紳士の瞳が、播凰を見下ろす。
「端的に聞こう。人は何で動くと君は考える?」
「……随分と不躾なことだ。私がそれに答える義理は無いように思うが?」
「そうかね、ではこちらはこう言おうか。先程の女主人の発言はいただけない、この店は開くことなく終わりを迎えるかもしれない、とね」
誰かがハッと息を呑んだ音が、どこかからした。
何でもない顔で、何でもないことのように宣う老紳士だが、そこに冗談の色はなく。本当にそれができてしまうのではないかと、そう自然と思わせてしまう迫力がそこにあり。
唐突な質問含め、播凰は眉根を寄せる。
「――貴方、突然どうしたのです?」
ピリついた空気となりかけたその時、老紳士に呼びかけられる声。
見れば、先程まで老紳士が座っていたテーブルにて。彼と同じ年の頃であろう老婦人と、そんな両者とは大きく歳の離れた――それこそ播凰達とさほど変わらないであろう年代の少女の二人が、席を立ちこちらを伺っていて。
「どうもこうも、ただの客の立場であるなら美談で済むかもしれないが、そうでない身からすればリスクと考える以外にない。助けられただけで自分は何もできていないと、そう弱音を吐く人間に期待なぞできようものかね?」
「で、でも、それは前の時であって今の話じゃないじゃん! 新しいお店をやっていく自信がないなんて、ゆりさんは言ってない!」
老紳士の疑義の提示に、立ち上がって口を差し挟んだのは辺莉。
ガチャン、とその反論の勢いにテーブル上の食器が音を立てる。
しかしそんな辺莉を、老紳士は涼しい顔で見やり。
「例えそうだとしても、一度声に出してしまったからには取返しがつかないこともあるというものだよ、お嬢さん。君達と違い、こちらは経営者の夫妻をよく知らず――そうだね、このプレオープンは見定める場でもあった。であれば必然、その最中の出来事を勘定に入れる他ない」
「……っ!」
そこに挑発や明らかな悪意があれば、また違っただろう。
だが、唯々諭すようなそれに、即座に返す言葉は見つからなかったようで。辺莉は歯噛みすることしかできず。
「……いいだろう、その意図までは読み切れぬが、発端となったのは私の発言だ。それに言わんとしていることは分からないでもない」
「ちょっ、播凰にいっ!?」
「ふむ、分かってくれるかね。それは重畳」
けれど播凰が理解を示すように首を振ったことで、まさか老紳士の肩を持つとは思っていなかったらしく慌てて辺莉は声を上げるものの。
「――人は何で動くか、だったな」
その非難するようなそれを横目に。播凰は座りながら、そして老紳士は立ったまま、その視線が合わさる。
「生憎、その答えを私は持ち合わせていない。ただ、私が持ち得ないものだということは知っている」
「……これは奇妙なことを言う。知らないというのに、自らが持っていないと断言できると?」
傍から見れば惚けたような播凰の発言に、老紳士の目がスッと細められる。その顔、声共に面白がるようで棘こそないが、しかし。
「然り。もっとも、単に
「成程、成程。しかし見た所まだ学生のようだが、随分と知った風に語るのだね」
「語れるとも。他でもない、この私がその馬鹿者筆頭であったからな」
播凰が答え、老紳士が相槌を打つ。
彼らは互いに持て成される身――即ち、ゲストである。もっともプレオープンという特殊な場において、果たして主役はゲスト側たる招待客か、それともホスト側たる店側の人間のどちらかという話ではあるが。
ともあれ、他の招待客は勿論のこと、店のスタッフ、果ては店主夫妻すら蚊帳の外にし、両者の会話は進み。
「はっはっは! それはそれは、その齢で随分と割り切ったものだ。しかし、であればそれが君の答えではないのかね?」
「確かにこの身は、武によって人を動かしたことはある。味方である者には力を見せ、敵として立った者は打ち破り、発言する資格を得てな」
播凰の馬鹿筆頭宣言が余程おかしかったのか、或いはそれ以外の何かが触れたのか。どちらにせよ、これまでの平然とした態度からは想起できなかったほど、老紳士は声を上げて笑う。
笑みを零しながらのその確認に対し、けれど播凰に一切の笑みはなく。
「ただしそれはあくまで強いたにすぎず、真の意味で人が動いたのではない。……何より、それだけでは動かぬ者達を知っている」
「ほぅ」
「例えば、全てを諦めてしまった者。例えば、生より死を選ばんとする者。そういった者達は武では動かせない。……ところがそんな者達を、本来動かないはずのそれすら、動かすことのできる人間がいるのだ。武でも知でもない――人を動かす何かを以って」
言い終えると同時に、播凰が目線を移動させる。それを追うように、老紳士の目線もまた。
両者の視線の先にあるのは、テーブルに置かれた空の食器。播凰達が食べ終え、未だ下げられていなかったそれ。
そんな、一瞬の会話の切れ目に。
「――意味不明。そんな人間、放っておけばいい」
か細く、無感情な声。されどなかなかどうして、耳に残る声だった。
明らかに老紳士のものではない、女であろうそれに、播凰は食器に落としていた視線を上げる。
「そして訂正を要求。圧倒的な力が一番というのは同意、しかしその力とは天能力以外有り得ない」
そこに老紳士がいたのは変わらず、ではあるが。
彼の連れと思しき老婦人に、年の離れた少女。その少女の方がこちらに歩いてきていた。
そうして彼女は老紳士のすぐ側に立って。同じように、けれどその表情だけは、彼と違って無のそれで播凰を見下ろし――ややあって、よく見ていなければ分からない程微妙に、首を傾げた。
「その服、東方第一?」
「……まあ、そうだが。なんだいきなり」
「感心。偽物にしては精巧、ちゃんと宿ってる」
「偽物?」
少女の言葉に、今度は播凰の方が傍目にも分かるように大きく首を傾げ。
そうしてその首が、毅の方に回される。
「毅よ、これに本物だの偽物だのがあったのか?」
「……い、いやー、そんなことはない、んじゃないかと。……一応確認っすけど、播凰さんが今着てるのって、入学後に学園からの届け物として管理人さんから受け取ったやつっすよね?」
「管理人殿から……うむ、確かそうだったはずだ」
「じゃあ、本物だと思うっすけど……」
本物と言いつつも、毅は自信無さげに着用している服に目を落とし。
播凰もまた同じように、己が纏っている服を改めて見てみる。
季節は夏のため、今の播凰が着ているのは自身が通う学園――東方第一の夏服である。
ブレザーは青緑色が特徴的であったが。夏服たるシャツも似たようなもので、白をベースに所々入れられた青緑色の線が目立つデザインとなっている。
そんな風に、それぞれ互いが自身の制服を確認し、うんうん唸っていれば。
「ちょっと二人共、そんなの一々真に受けないでよ! どう考えたって馬鹿にされてるだけでしょっ!!」
間違いなく、その少女の方に食って掛かってはいるのだろう。
だが同時にある意味、それに惑わされている播凰と毅の両名の不甲斐なさを叱咤するようでもあり。
「播凰にいも晩石先輩も今年入学の正式な高等部の生徒だし、アタシだって途中からとはいえちゃんとした中等部の生徒なんですけど! そもそも、そっちのお爺さんといい、さっきから何なんですか!?」
元々、老紳士の態度に不快感をみせていた辺莉だ。加え、今度は彼の連れらしき少女も、なにやら変なことを言い始めたときた。
制服を偽物呼ばわりするということは、言外に本当はそこの生徒じゃないのだろう? という挑発なり皮肉なりを言われているも同義。そして播凰と毅はそれに気付かず馬鹿正直に制服を確かめはじめた始末。
故にこそもう我慢ならぬ、といわんばかりに怒りを前面に押し出したわけだが。
「お前のが偽物じゃないのは分かってた。中々の天能力、悪くない」
「え?」
「だけどそこの男二人、あまりにも天能力が低すぎる。それでよく入学できた、驚き」
「……つまり本当に生徒じゃないと思って、制服が偽物って言ったってこと?」
「そうなる、こっちの勘違い」
それを眼前で受けても、顔色一つ変えず少女は無表情でけろりとして頷き。
むしろ少女の真意は、辺莉のそれを一気に沈静化――厳密に言えば脱力化させるものであった。
彼女の言う、そこの男二人。即ち、衣服の生地を摘まんだり、めくり返していたりと少々間抜けな恰好を晒していた播凰と毅も、それを聞いてその行為を止める。
もっとも、単にそれを終えて顔を上げた播凰と、その態勢のまま硬直した毅、という違いはあるが。
「――そこの二人といい、あの
そこに、少女の追撃――爆弾発言ともいえるそれが、差し込まれた。