三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
手が触れる程の距離にいた播凰であるからこそ、辛うじて聞き取れたその声。
その意味を播凰の頭が理解する前に。
「お二人とも、お帰りなさいー。入学試験お疲れ様でしたー」
巨躯の男を引き連れ、管理人が播凰達の方にやってきた。
群衆の中にあっても目立つであろう高身長と、子供に見紛う程の低身長の二人。
相乗効果とでもいえばいいのか、彼等が横に並ぶと両者が両者の大きさをより際立たせている。
「うむ。ところで、管理人殿。私は本当にあの学園とやらに行ってもよかったのか? 天能の使い方を知らぬと言ったら、妙なことになったが」
「……そ、そうっすよ、管理人さん! 播凰さんが天能使えないなんて聞いてないっすし、色々と大変だったんすから!」
播凰は単純な疑問を、毅は僅かな抗議を。それぞれ、管理人にぶつける。
「……管理人さん。まさか、また無茶を――」
それを聞いたジュクーシャは、何か言いたげな表情をし。
「何を言う、管理人たんが悪いわけなかろう、ジュクジュクよ! 天能などという簡単なものを使えぬこやつに問題があるのだ!!」
男は、ババーンと大仰な身振りで播凰を指さす。
「ふふふー」
そして問題の管理人はといえば、何も答えずに笑うのみ。
と、ふと思い出したように男が播凰に向けていた手を下げ、腕を組んだ。
「ところで其方達、やはりここの住人であったか。この際だ、余に名乗る権利をやろう」
傲岸不遜な物言いであった。だが、不思議と様になっている。
「……その男のように偉ぶるつもりはありませんが、私にもお名前を教えていただけますか?」
同調というわけでもないだろうが、ジュクーシャも播凰達に向き直って、物腰穏やかに問う。
見知らぬ男は当然として。そういえばジュクーシャと出会った時は、播凰がまだこちらでの名前が無かった時であるため、こちらが一方的に名を知っている状態。
うむ、と鷹揚に頷き、播凰は口を開いた。
「私は、三階に住んでいる、三狭間播凰だ。天能とやらに興味があって、ここに来た」
「ぜ、零階――というか庭? にある小屋に住んでます、晩石毅っす。東方天能第一学園の入学試験を受けるために来ましたっす」
続いて、ついでに毅も名乗る。播凰に引きずられたのか、その目的も。
それを聞いたジュクーシャは、何かが引っかかったように僅かに眉を寄せたが。
「四階に住んでいます、四柳ジュクーシャです。よろしくお願いしますね」
それも一瞬のことで、笑顔で言葉を交わした。
直後、響く特徴的な高笑い。
ゆったり、と播凰が。ビクリ、と毅が。嫌そうに、ジュクーシャが。それぞれ揃って、その笑いの主――つまり男を見た。
「では、最後に余だな。オホンッ! ――フハハハハッ、余の名は
「「…………」」
それを受けて、無言になるのは毅とジュクーシャ。まあ、大の大人がそんなことを言い出したのだから、当然といえば当然の反応といえる。
もっとも、口元を引き攣らせる毅と、口を真一文字に結んだジュクーシャではリアクションが微妙に違うといえば違うのだが。
「ほぅ、大魔王……して、大魔王とは、なんだ?」
ここで唯一、両者と全く別の反応をしたのは播凰である。
疑うことなく、むしろ感心したように呟き。だが、ややあって、それが何を指すのかを知らず、疑問を投げる。
これにずっこけたのは、大魔王を名乗った男、一裏万音であった。
少しの躊躇もなく、その身を地面に投げ出し。かと思えば、一瞬にして起き上がり、播凰に詰め寄ってその顔を近づける。
「何ぃっ!? 貴様、魔王を――大魔王を、本当に知らぬというのかっ!?」
「うむ」
鬼気迫る表情で問うが、当の播凰は全く気圧されることなく、ただの一言と共に短く頷く。
その即答は、正真正銘の本音だ。なにせ播凰は、
「なんとぉっ!? よもや余を、余のような存在を知らぬ人間がいるとはっ!! 嘗て、世界を手中に収めたこの偉大なる余をっ!!」
「当然ですっ! 全ての世界、全ての人間が魔を知っていると、屈すると思い上がらないことですっ!!」
嘘偽りのない播凰の同意に、万音はその大きな身体をのけぞらせ、頭を抱えだす。
かと思えば、それを見たジュクーシャが両手でガッツポーズのようなものをした後、心底嬉しそうにその豊かな胸を張る。
「なんすか、これ……」
万音は論外として、比較的まともそうに見えたジュクーシャまでもがおかしくなったことに、呆然とする毅。
「管理人殿。あれは、その、なんだ……大丈夫なのか?」
そして、二人の声としても動きとしても喧しいといえる様を楽しそうに眺めていた播凰は。ふとあることに気付き、管理人に対して確認をとる。
話の内容はよく分からないというのが正直な思いではあったが、過去――つまり元の世界を匂わすような、万音の発言。それが、ルールに適用しないのか、という意味での質問。
だが、そんな播凰の質問を受けた管理人はといえば。
「うーん、まあギリギリセーフですねー。一裏さんは、お仕事上のキャラクターも兼ねているのでー」
意外にもあっさりと。いや、ギリギリとの言葉がついているが、問題ないとの答えであった。
すると、そのやりとりを聞いた毅が、会話に入ってくる。無論、彼はその会話に隠された裏の意味を知らない。
「仕事上? ……あ、分かったっす! もしかしてあの人は、俳優さんとか声優さんっすか?」
「――否ッ!! 余は、大魔王!! そして、配信者であるっ!!」
それに割り込んでくるのは、元凶でもあり話題の中心でもある、万音。
再三再四にわたり、びくりと身を竦ませる毅であったが、それはもういい。
「ふむ。配信者とは、どんな仕事なのだ?」
同じく、知らぬ単語に疑問を投げる播凰であるが、それももういい。
播凰の疑問を受けた万音は、何やら悟ったように肩を竦めると。
「――大魔王も知らぬ、配信者も知らぬ。そして天能の使い方も知らぬと来た。余の世界では、幼女、童女ですら、この大魔王のことは知っておったわ。むしろ、知らぬなら余が赴いて教えてやるまである」
やれやれといったように、頭を左右に振る。その上、目を瞑ってのおまけ付きだ。
「……だが、天能を知らずに試験を受けるとは面白い男よ、播凰とやら。どれ、その涙ぐましい努力に免じて。余が、特別に! 直々に! 三つとも纏めて教えてやろうではないかっ!!」
「本当かっ!?」
だが、何がどうなってそうなったのか。最後には、芝居がかったように両腕を大きく広げ、なんと指南役を買って出たではないか。
その申し出に、瞳をキラキラとさせたのは播凰である。
「――その者の甘言に惑わされてはいけません、播凰くん! 天能の使い方であれば、私が教えます! さあ、行きましょう!!」
しかし、そこに待ったがかかる。両者の間に体を割って入り、播凰の視界から万音を消したのはジュクーシャであった。
そしてそのまま彼女は、戸惑いを見せる播凰の身体をぐいぐいと押し、万音の横を通って最強荘の門を潜る。
「おやおや、随分と強引ではないか、ジュクジュクよ。その上名前呼びとは、そんなにそやつの事が気に入ったか? 年下好きとは、余のことをとやかく言えぬなあ?」
その背に、煽るような声を投げる万音。
ジュクーシャは頬を僅かに染め。しかしその言葉を無視して、押されるがままの播凰を伴い最強荘に入っていった。
残されたのは、三人。
ニヤニヤとした笑みの万音に、のほほんと微笑む管理人。そして、呆然と佇む毅である。
「あ、そうそう、晩石さんー。入学に関してですが、何も心配はいりませんよー」
「……へ?」
言葉少なく、説明すらないその管理人の唐突な物言いに。
毅の間の抜けた声が、その場に響いた。