三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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15話 覇王の性質

 それは、播凰の魂の咆哮とでも言うべき、思いであった。

 なにせ今の播凰にとって知りたいことにやりたいこと、その筆頭は。

 己の天能術の性質を、使い方を知り。そして実際に使うことに他ならないのだから。

 

「…………」

 

 そして、まるで噛み締めるような。それでいて、子供のように口を尖らせる播凰の顔を見、声を聞いて。

 彼女――星像院麗火は、刹那の沈黙の後に何か言いたげに口を開きかけたものの。しかし結局語ることはなく、再び播凰に背中を向けて歩き出した。

 

「――こちらが、高等部の教員室です」

 

 それから、少しして。

 足を止めた麗火が半身だけを振り返って、播凰に告げる。

 彼女の顔が向けられた先には、なるほど、高等部の教員室を示すプレートが吊り下げられていた。

 

「おお、助かったぞ、感謝する!」

「いえ。それでは私はこれで」

 

 それを見た播凰が喜びの声を上げて麗火に礼を伝えれば。

 彼女は、播凰の顔をまともに見ずにそっけなく言うと、足早に立ち去って行った。

 播凰はそれを少しだけ見送ったものの、特に思うことはなく。

 教員室の扉へと近づくと、その引き戸に手をかけ。

 

「失礼する!」

 

 躊躇なく、声と共に一気にそれを開いた。

 

 スパァンッ! と小気味のよい音が反響し、教員室の中にいた人達――教員室にいるということは教員なのだろうが――の視線が播凰に殺到する。

 並んだデスクの中には空席のものもあったが、それでもそれなりの数。眉を顰める者、驚いた様子の者、ただ眺める者と、播凰を見る反応は様々だ。

 

「――おう、お前さん、三狭間播凰じゃねえか!」

 

 続くかと思われた沈黙は、しかし一つの男の声によって破られた。

 そう遠く離れていない席から立ち上がり、播凰に向かってくるのは一人の強面の男性教師。

 見覚えのあるその姿は、入学試験の実技にて播凰のグループの試験官を担当した一人、縣である。

 

 彼は播凰の側まで来ると、片手をあげて笑みを見せた。

 

「まあ、あれだ。まずは、入学おめでとうってやつだな」

「うむ、感謝する。そしてこれからよろしく頼む」

「ああ。もっとも、俺は一年生は担当しないから、そういうのは来年からになるだろうが」

 

 簡単に、両者は言葉を交わす。

 前回は和やかともいえない最後であったが、播凰は勿論、縣にもあまり気にした様子はない。

 

「……ところで、どうした? 入学初日から教員室に何か――」

「――私が呼びました」

 

 そうして、トーンを少し落として縣が播凰に用件を問おうとすれば。

 第三者の声が、途中でそれを遮った。

 

 いつの間にか近づいてきていた、眼鏡をかけた女性教師――播凰をここに呼び出した本人である紫藤が、額に手を当ててジロリと二人を睨む。

 

「……もう少し静かにできないのですか。君も、縣先生も」

「うむ、失礼した」

「ハハハ、悪いな紫藤先生」

 

 分かっているのか、いないのか。注意されているにしては軽い反応の二人。

 紫藤は、はぁ、と短くもあからさまに溜息を吐くと、着いてくるようにと告げ、教員室を出ていく。

 それに播凰が続こうとした間際、チラと向けた先で縣と目が合い、彼は苦笑して肩を竦めた。

 

 教員室の扉を閉め、廊下に出る。

 紫藤に連れられて入ったのは、教員室からそう離れていない空き教室だった。

 誰もいないことをさらっと確認した後、紫藤が播凰を見据える。

 

「さて。君と会うのは初めてではありませんが、改めて。本学園の教師の紫藤綾子です」

「私は新入生の三狭間播凰だ! よろしく頼むぞ、紫藤殿」

 

 その彼女の第一声は、自己紹介。

 何が来るか身構えていた――というわけでもなかったが、播凰が応じるように元気に返せば。

 

「……喋り方までも一から教えるつもりはありませんが、教師のことを呼ぶ時は先生とつけるように」

「そうか、分かったぞ紫藤先生!」

 

 頭が痛い、といったように素振りで紫藤が目を瞑る。

 が、それも僅かな間だけで。彼女は再び播凰をその瞳に映すと、静かな声で話し出した。

 

「……まずは、入学式のその日に突然呼び出しをしたことは、謝っておきましょう。本来、このような扱いはしないのですが、しかし君の場合は普通と状況が異なりますので」

 

 紫藤は思い出すように間を空け、視線を播凰から少し外す。

 

「君のあの時の言葉を借りるなら、天能の使い方を知らない。つまり、天能術を使えない。……はっきり言って、そのような生徒が入学試験を受けることも、その上ここに入学するなど前代未聞です。当然、我が学園では高等部どころか中等部ですら、それは大前提として然るべきですから」

「ふむ、やはりそうなのか。しかし、合格の通知が届いたが?」

 

 それは薄々播凰も感じていた。

 だがそうなると不思議なのは、合格通知が自身に届いたことである。

 そんな、思わずといったような声を聞いた紫藤は、じっと播凰の顔を見た。まるで見定めるかのように、数秒。

 ややあって、彼女は軽く頭を振り、首肯した。

 

「ええ、手違いではないということだけは、告げておきます。そしてここにいる以上、その大前提を避けることはできません。ですから最低限、授業についていける程度にはなってもらいます。……もっとも入学までの間に、君が既に天能術を行使できるようになっているというのであれば、話は早いのですが」

 

 その双眸と声は、特に期待の色もなく様子を伺っている。

 最初は、彼女の言葉がいまいちピンと来ていない播凰であったが。やがて得心がいったように頷くと、興奮のままに確認する。

 

「つまり……天能を使えるようにしてくれる、ということかっ!?」

「そう言っています」

「いや、助かる! 実は今、天能の性質が分からず困っておってな!」

 

 簡素な一言。だが、それは冷淡でありながらも彼の発言を肯定するもので。

 否定の言葉が返ってこなかったことに、播凰は破顔する。

 

「……己の性質も知らない、ですか。ええ、もはや何も言いません。場所を移動しますので、着いてきてください」

 

 何度目かの溜息。

 紫藤は扉へ向かって歩き、播凰もその後に続く。

 

「元々君には、諸々のデータを計測、及び登録をしてもらう予定でしたが。非常に好都合なことに、その時に適合する性質も分かるでしょう」

「諸々のデータ?」

「この学園の生徒であれば皆登録されているものです。新入生も例外ではなく、学園に提出された書類や試験の情報を基に作成されます。ですが、君は何故か――というより本来有り得ないのですが、一部のデータが不足しているため登録がされていません」

「ううむ、書類とな? よく分からぬが、不思議だな!」

「……ええ、本当に。私も不思議でなりません」

 

 何が、とは言うまい。

 能天気に播凰が笑い、呆れたように紫藤が溜息を吐いた。

 

 道中にそんなやり取りをしつつ、やがて紫藤が足を止めたのは、『天能計測室』のプレートが提げられた部屋の前。

 

「ここは?」

「入学する以上、学園内の設備の名前と役割程度は頭に入れておいてほしいものですが……まあ、いいでしょう」

 

 当たり前のように播凰が疑問を口にすれば、やれやれとしつつも紫藤がこほん、と咳払いをする。

 

「この『天能計測室』には、天能の性質や天能力といったものを計測することのできる設備があります。今回は私が手続きを行いましたが、普段は各自の端末から予約をとらなければ使用できません」

 

 ガラリ、と扉が開けば、まず目に入るのはカウンター。

 だが誰もおらず、カウンター内どころか室内に人の気配はない。

 紫藤は、構わずカウンターを横切って進み、部屋の中ほどまで入ると、1と書かれた紙の貼られた小部屋のドアを開く。

 

 小部屋の中はそこまで広くはないが、数人が動き回れる程度の十分さを有した空間だった。

 そしてその中央には、液晶パネルのついた大きな機械が鎮座している。ガラス張りで筒状の形態に、天井近くまでの高さ。入学試験時の天能力の判定に用いられた水晶に比べて遥かに物々しい。

 

「これは、なんというか。随分と大がかりだな」

「データの連携も兼ねているとはいえ、短時間かつ高精度に測るのであれば、相応のものは必要です。そういった意味では、君は幸運ですね。一昔前であれば、天能の性質一つ調べるのをとっても、そう簡単ではなかったのですから」

 

 まじまじとその機械を見る播凰であったが、パネルの元に来るよう紫藤に促され、そこに近づけば。

 

「使い方は単純ですので、覚えてください。まずはパネルから計測者を入力します」

 

 彼女に横から指示を出されるまま、パネルをタッチしていく。

 学園は1年で、クラスはH組。そして名前を入力して確定のボタンを押すと、液晶パネルがカメラに切り替わる。

 

「そうすると本人認証の確認が行われるので、自分の顔を読み込ませてください」

 

 紫藤が言うと同時に、画面内に合わせて顔を映す旨を告げる機械音声が流れ。

 その通りに播凰が映りこめば認証完了の画面となり、パネルの繋がった機械が、ブゥンと起動するような音を立てた。

 

「認証が成功すれば、計測を行うことができます。ただし計測を行う前に、注意事項を必ず読んでください」

 

 画面に記された注意事項は、そう多くなく難しいものではない。

 機械に入れば扉が閉まって計測が始まること。計測が終われば扉が自動的に開くこと。計測中はみだりに動かないことや、複数人で入らないこと、とそんな感じだ。

 

 それを確認した播凰が、勇んで機械の中へ足を踏み入れ、中央に立てば。

 

 ――計測開始。

 

 開始を告げる音声が流れ、扉が静かに閉まっていくのを眺めつつ播凰はふっと笑みを漏らす。

 

 ……さて、ようやく性質が分かるのだな。

 

 播凰には、この性質がいい、という希望は今のところない。本音を言えば、性質に囚われず様々な種類のものを――それこそ全種類を使ってみたいという欲があるにはあったのだが。各々に適合する性質があると知った以上、それも望めないだろう。

 そして、希少な性質であれという願望も持ってはいない。無論、希少な性質でも嫌ではないが、播凰にとってはなんであれ魅力的だ。それこそ、適合する人が多いらしい火や水といった性質だろうと、使いたいことに変わりはない。

 

 機械の中でただじっと時を待ち、思考に耽る。

 それなりに時が経過した気がするが、そういえばどの位の時間がかかるかは聞いていなかった。

 とはいえ、計測という以上、ある程度の時間がかかるのだろうと。そう考えつつも、視線だけをチラと外に向ければ。

 

 ガラス越しに見えた紫藤の顔は、何やら気にかかるように機械を、そして中にいる播凰を交互に見ていたような気がした。

 

 ――計測終了。

 

 さて、結局のところどの位の時を機械の中で立っていたのだろうか。時間を見ていたわけではないのでそれは分かるまいが、少なくとも数分、或いは十数分と経ったかもしれない。

 

 終了の音声が響き、扉が開かれる。

 わくわくした足取りで機械を出迎えたのは、難しい顔でパネルを見る紫藤であった。

 彼女は、機械から出た播凰をチラと一瞥だけするが、すぐさま元通りパネルに視線を戻す。

 

「……妙に時間がかかりましたね」

 

 そして戻ってきた播凰に対し、ポツリと一言。

 

「ふむ、そうなのか?」

「個人差はあるようなのですが、私が今まで見た中では、ここまで長いのは初めてです」

 

 その横顔は真剣で、適当を言っているようにはみえない。そも、冗談も言わなそうな女性なので、恐らく本当のことなのだろうが。

 パネルには、結果出力中の文字。そしてこれまた、こちらも中々先に進まないのは、仕様なのか果たして。

 

 どうあれ、結果が出るのを待つしかできない。

 そして、ようやくというべきか。画面が明滅し、切り替わる。

 やっとですか、と紫藤がその内容に目を通し。

 待ち侘びた、と言わんばかりに播凰が覗き込む。

 

「……なっ、性質がっ!」

 

 最初に声を上げたのは、紫藤だった。

 その眼鏡の奥の両眼は、珍しく驚愕に大きく見開かれ、画面に釘付けとなっている。

 

「ふ、不明……だとおぉー!?」

 

 一拍遅れて、愕然とした播凰の口から、その事実が漏れ出るのであった。

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