三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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19話 覇王の初陣

 東方天能第一学園、第三グラウンド。

 時に授業での実技の舞台として。時に放課後での生徒同士の研鑽の舞台として。更には、時として試験の舞台としても活用されるその場所は。楕円形のフィールドに、それを囲むように広がる二階建ての観覧席という構造の、それなりの大きさを誇る施設である。

 

 そして今、この場において土が敷き詰められたフィールドに立つのは、たったの二人。

 

「ふん、逃げずに来たことだけは褒めてやるよ」

「なんの! 一騎討ちなど久方ぶりでな、むしろ気が急いておったわ。そうでなくとも、挑まれて逃げるなど有り得ぬ故!」

 

 挑発か、皮肉か、本心か。少なくとも悪意には違いなく、軽薄そうに、それでいて見下すようなせせら笑い。

 それに応じるは、調子が外れているような、なんというか。悪意に気付いていないのか、はたまた気付いた上でなのか、吹き飛ばすような弾ける笑い。

 

矢尾(やお)ー! 折角グラウンドを予約したんだ、そいつを適当に片付けて、とっとと有意義に使おうぜー!」

 

 一階の観覧席部分、手すりにもたれかかっているのは、三人組の男子生徒。

 彼らからの声援、というには微妙な後押しを受け、フィールドに立つ矢尾と呼ばれた男は。了解とでも言うように片手をヒラヒラさせる。

 

 そして、声こそ出していないが。同じく一階の観覧席の隅、目立たぬ場所に、晩石毅の姿。

 こちらは心配そうに、恐る恐るフィールドの行方を見守っている。

 

 そんな光景を。彼女――星像院麗火は、観覧席の二階から見下ろしていた。

 だが、部外者という意味では彼女に限ったことではなく、ちらほらと。一階、或いは二階の席に座ってフィールドを眺めている人影が数えられる程度には何人か。

 

 こういった観戦のスペースがある施設では、観覧席にいるだけであれば予約は不要。あくまで予約は利用するフィールド部分であり、そこで何が行われているのかは見ることができる。利用者側は、それを理解した上での使用となるわけだ。

 今でこそ、観覧席は閑散としていてほとんどが空席であるが。例えば実力者同士の対決などであれば、どこからか話を聞きつけて観戦しようと生徒達が押しかけて席が埋まることがあるらしい。

 とはいえ、それは時間を割いてまでも見る価値があるためであって、無名ないし多少知られている程度の実力であれば、人が集まることはそうないだろう。単純に、それであれば自己研鑽に時間を費やした方が有効的だからである。

 加えて、新入生にとっては入学式を終えてまだ一日。在校生にとっては、学期が再開しての登校初日。だからこそ、今この時期は施設の予約を当日でも取りやすく、まだ活発に自主的に動く者は比較的少ないと考えられる。

 

 そのためこうして集まるのは利用者の知人や関係者を除けば。気まぐれで目的のない野次馬のような者だったり、個人的に観戦に価値を見出した者となる。

 今回の対戦カードに興味を持つ契機があるとすればそれは、食堂での一騒ぎから話のタネにはなるかと足を運んだか、クラスで矢尾達が話をしていたのを聞いたか、程度のものだろう。ちなみに麗火は後者であった。

 

「さて、そんじゃサクッと終わらせるか。……ああ、その前に。俺は、矢尾。矢尾直孝(やおなおたか)。天戦科の上位で構成される、E組だ。テメエみたいな奴には勿体ないが、特別だ。記念に教えといてやるよ」

「うむ、一騎討ちといえば、名乗りよな!! 私は――」

「いらねえよ。テメエ、実力も無しに入れたってことは、要はそういうことだろ(・・・・・・・・)。気に入らねえ、聞く価値も無い」

「そうか? むぅ、それは残念だ」

 

 ……相変わらず、読めない人。

 

 広大な施設ではあれど、人も少なく喋っているのが彼らだけというのもあって、やりとりがここまで届き。麗火は表情を変えずにフィールドを見下ろし続ける。

 矢尾の方は、単純だ。クラス分けにおいて、成績上位者から若い組――つまりEからHの四クラスある天戦科ではE組が最上位クラス――となる仕組みが存在する以上、同じ組でない生徒は下であることが確定。加えて言うならば、相対するは天能術すら使えない相手。見た目通りの傲慢さがあり、侮っている。

 まあ、それを矢尾が他者に聞こえるのも構わず喋っていたために、その特徴に心当たりのあった麗火が対戦相手に気付き、観戦を決めるに至ったわけだが。

 

 翻って、そんな矢尾に対峙する生徒の彼――三狭間播凰は。

 萎縮するどころか、あくまでも自然体。一片の好意すら向けられていないのに、実力差は明白であるはずなのに。子供のように口を尖らせ、それでも尚笑っている。

 

 と、矢尾の方が自身の天能武装を顕現させた。武装タイプは、杖。奇をてらわず、天能術を主とする天戦科としてはありふれているが、それでいて当然といえば当然の選択。

 一方の播凰はといえば、それを見て何やら感心したように頷いているが……それだけ。何もアクションは起こさない。

 ややあってしびれを切らしたように、矢尾が苛ついた口調で咎める。

 

「何、ぼーっとしてんだ。いくら天能術が使えないにしても、天能武装くらいあるだろうが。とっとと出せや」

「む、無いぞ! というか、それは何だ?」

 

 開いた口が塞がらない、とはこのことだろう。

 

「……そういえば、ふむ、入学試験の時から気にはなっておったがうっかり忘れていた。しかし、ジュクーシャ殿はそれに関して特に何も言っていなかったからな……」

 

 ボソボソと何やら続けているが、そんなものは耳に入らない。

 流石に大口を開けて間抜け顔を晒したわけではなかったが。

 これには麗火も無意識に小さく口を開き、驚きを露わにしてしまう。

 

 束の間の静寂。

 刹那、だははっ、と下品な笑いがグラウンドに木霊する。

 

「おい、矢尾! そいつ面白いじゃんか、ちょっとは手加減してやれよー!!」

 

 腹を抱え、涙すら流し。矢尾の連れ達は笑い転けている。

 少ない観戦者からも上がる、困惑のざわめき。

 

 それはそうだ。戦いの場において、武器が無いと宣言しているに等しいのだから。

 そうでなくとも、壊れたというのを除けば天能武装を所持していない人間など、彼以外ではこの学園には存在しないと言っていい。それは中等部も高等部も変わらない認識に違いはない。

 しかも、知らないときた。それを冗談ととるか、真実ととるか。

 恐らく、天能術を使えないというのを話半分に聞いていた者達は、これで多少なりとも理解しただろう。真偽は別として、三狭間播凰の、その異常性の一端(・・)を。

 

「……テメエ、ふざけやがって。いいぜ、なら精々、無様に逃げ回るんだなっ!」

 

 ギリ、と矢尾の手中の杖が強く握りしめられる。

 プルプルと怒り――いやあれは恥辱だろうか。それは当人にしか分からぬが、彼はギン、と播凰を睨みつけ、吼えた。

 

「――雷放(らいほう)五連矢(ごれんや)!!」

 

 放たれるは、ランクにして初級。だが、己の性質を矢のようにして放ち、発動者の天能力や力量に応じて、その数、軌道をも自在に操ることのできる天放属性のその術は。天能術を使う殆どの人間にとって馴染み深い術の一つでもある。

 

「…………」

 

 雷光を纏った五つの矢。一直線に自身へと迫るそれを眼前にしても、播凰は不敵な笑みを浮かべたままに顔色一つ変えない。顔色どころか、立ち姿さえも、両腕を組んだまま動こうとしない。

 

 一体何を、と麗火が目を細めて注視する中。

 五の矢は狙い違わず、播凰の身体に吸い込まれた。

 光が炸裂し、立ち上がる土煙。

 

「ふん、避けるならまだしも、ビビッて動けねえとはな。これじゃ、ただの的を相手にしてるのと変わんねぇじゃねーか」

 

 それを見届けた矢尾は、心底つまらなそうに吐き捨てると。

 自身の術の直撃を受けたであろう播凰に、侮蔑の視線を向け。

 

「おら、これで分かっただろうが。ここは、テメエ程度がいていい場所じゃ――」

 

 言葉が止まる。

 土煙が晴れ、明瞭になった視界の先に、それは立っていた。

 倒れるどころか、膝をつくどころか。数瞬前と変わらない姿勢の、仁王立ち。

 

 躱したわけではない、というのは制服の損傷具合を見れば分かった。

 青緑色を基調とした東方第一の制服は、鍛錬や戦闘にも活用できるよう、ある程度の防御力や耐久性というものを備えている。しかし当然、完全に着用者を防護するわけではなく、あくまでも軽減。衝撃は通すし、よほどの低威力でもなければダメージは必至。

 

 それを踏まえて三狭間播凰の制服を見れば、焦げたように一部変色はしている。

 ということはつまり、間違いなく攻撃は当たっている。

 

「チッ、だったらこれで終いだっ!! ――雷放(らいほう)降落響鳴(こうらくきょうめい)っ!!」

 

 復帰は、存外早かった。矢尾は、両足を踏みしめて大地に立つ播凰の姿に一時は硬直したものの、すぐさま気を取り直し、次なる術を発動する。

 それは、雷らしさを体現した術といっていい。相手の頭上から、どこからともなく現れ束となった雷撃が降り注ぎ、牙を向く。

 

 その、直前。

 確かに、播凰が顔を上げて、上空を見た。

 

 ――ズガァァンッッ!!

 

 響く雷鳴。回避の猶予があるとしたら、それは発生から僅かの間。

 だが、またしても播凰は回避行動に移る素振り一つなく。雷撃はその身体を貫き、グラウンドの地面が爆ぜる。

 

 だが、倒れない。必死に踏み止まったわけでもない。

 見紛うことなく打ちぬかれたというのに、体の重心が傾くでもなく、ぐらつきすらしていない。

 

「……なるほど。こういう感じか」

 

 むしろ、普通に喋れるほどに意識がはっきりと。彼は己の身体を見下ろし、何かを確認するように右手を握っては開き。

 そうして、すっと矢尾を正面に見据えた。

 

「今のは、お主が入学試験で見せていた技だな。いや、雷に打たれるというのは新鮮だった、感謝するぞ!」

「……っ! クソが、無駄に頑丈な体力馬鹿か!? だったら、ズタボロになってからそれを後悔しやがれっ!!」

 

 自信のあった攻撃すら防がれ――否、何事もなかったかのように流され。

 それどころか、礼を述べられる始末。仮に悪気がないにせよ、これ以上ない煽り。

 

 矢尾は、二つの術を受けてなお、苦悶の声を上げない播凰の様子に暫し呆けていたが。

 そんなものを聞いてしまったものだから、激高して。

 

「――雷放(らいほう)五連矢(ごれんや)!!」

 

 放たれるは、再びの雷の矢。

 言った通り、ズタボロにする作戦――もとい、攻撃を当てて削ろうという腹積もりだろう。

 狙いは、分からなくもない。制服の損傷から見て直撃は確実。であれば、瘦せ我慢しているという線も否定はできず、攻撃を受け続ければ当然ダメージも蓄積する。

 

 播凰めがけて殺到する、五本の矢。

 それは、この戦いの始まりの一撃を再演するかに思われたが。

 

「――ただの的と変わらん、と言ったな。確かにその通りだ」

 

 歩いて前進。からの、横にたったの一歩。

 それだけで、雷の矢は播凰の横を抜け、背後で虚しく着弾する。

 

「調子に乗るんじゃねえ! だったら、こうだっ!!」

 

 ――雷放・二連矢。

 ――雷放・三連矢。

 

 最初に二発、続けて三発。

 術自体は先程と同じだが、矢の本数を変えていることから威力という点では正確には異なる。

 だが、それだけではない。

 

「……態度は別として。流石は名高き東方第一、と言うべきでしょうか」

 

 まず、別々に放つことで着弾の時間差、つまり攻撃間隔のずれを生み出し、相手の行動をある程度制限しているのが一つ。

 そして計五発の矢は、それぞれ別の軌道を描いて播凰に向かっている。愚直に一直線な、攻撃のラインが読みやすかった今までとは違う。それでいて、仮に先発を避けたとしても、次発が回避先を仕留めようとするだろう。

 

 術自体を発動させることができても、制御をできないというのは充分にある話だ。発動自体は成功しても、例えば見当違いの方向に飛んでいったり、術の速度が遅かったりで苦戦する人というのはさほど珍しくない。

 今の攻撃を見ても、先程からの攻撃を見ても。相手の位置に正確に狙え、一瞬でこそはないにせよ中々の速度がある術。

 

 入学試験の実技で同じグループだったからか、それともクラスメートであるからか、気安く麗火に話しかけてくるが。

 それを抜きにすれば、同年代としては確かに実力がある方だと言えよう。

 

 ……本来であれば、天能術で迎撃するのでしょうが。

 

 とはいえ、対処が難しいというわけではない。

 無論、その程度は麗火もできる。こちらも天能術を放ち、相殺してしまえばよい。まあ、威力の差によっては相殺しきれないこともあれば、逆に相手の術を破ってそのまま攻撃に転じることもあるが。

 

 本来であれば。それが天戦科の戦い。天能術を用いた戦いというものだ。

 だが、三狭間播凰は、天戦科であるはずの彼は。

 

 左右中央から迫り来るそれ(雷の矢)を見て、ふっ、と軽く笑ったかと思うと。

 飛び退ったり、駆けだしたりと大きな動きを見せず。前に歩きながら、危なげなく。

 最初の二本、次の三本を、ただの足さばきと身体の捻りという、最小限の動きで躱してみせた。

 

 麗火は僅かに瞠目し、同時に納得がいったように小さく頷く。

 

 ――やはり、何かあるのでしょうね。

 

 実のところ、天能術を使うということは、そう難しいことではない。

 無論、難度の高いものは別だが、初級の術程度ならば個人差こそありさえすれ、そう何日何十日とかかりはしない。

 にも関わらず、使えないというのはどういうことか。

 そして、そんな状況でありながら、何故天戦科として入学を許されたのか。

 

 それが、自分と同じで特殊な事情を抱えているのか。或いは、後ろ暗い何かがあるのかは分かるまいが。

 

 麗火が視線を外し、ちらと横を向く。

 その先では、教師である紫藤が難しい顔をしてフィールドを見下ろしていた。

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