三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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23話 天能武装を依頼しよう

「こんにちは、珍しい組み合わせですね」

 

 播凰と管理人が揃って三階から零階へ降りると、最強荘の建物外、門を潜るまでの敷地内にてジュクーシャとばったり鉢合わせた。

 

「はいー。四柳さんは、お仕事帰りですかー?」

「ええ、今日は午前だけのシフトでしたので。……そちらは、お二人でお出かけですか?」

「うむ! 天能武装を造ってくれるという職人に会いに行くところだ!」

 

 互いに一旦立ち止まり、軽く言葉を交わす。

 すると、播凰の言葉を聞いたジュクーシャは、何やら思案するように考え込み。

 

「天能武装の職人、ですか……すみません、それって私もご一緒させていただくことは可能でしょうか? 勿論、邪魔になるようなことはしませんので」

「む、私は別に構わぬが……管理人殿?」

「三狭間さんが大丈夫なのであれば大丈夫ですよー」

「ありがとうございます! 実は私、こちらの武器には少し……ええ、本当に極僅かにですが少し興味がありまして」

 

 いやに興味が薄いことを強調しつつ、礼を述べるジュクーシャ。

 同行を願うのであれば、普通はその逆で興味があることを強調するべきでは、というものだが。そんな突っ込みをする者はこの場におらず。

 そんなこんなで急遽彼女も同行することとなり、三人は揃って最強荘を出るのだった。

 

「そういえば、管理人さんと外を歩くのは久しぶりですね……私が初めて職場に行った時に付き添っていただいて以来でしょうか」

「こちらも管理人の役目がありますからー、あまり頻繁に最強荘を離れるわけにもいかないのですよー。実は今回も晩石さんにお願いしようとしたのですがー、断られてしまいましてー」

 

 唯一道を知っている管理人を先頭に、その後を追うように播凰とジュクーシャが並んで歩く。

 なにやら懐かしむようなジュクーシャの声と、それにいつもの調子で返す管理人。

 

「ああ、それは恐らく私が原因だろうな」

 

 彼女の返しを聞いた播凰は、あっけらかんとした態度で口を挟む。

 毅が断った理由が何かは考えるまでもない。仮に全部が全部そうでなかったとしても、確実にそれも影響していると言える程度には、毅の播凰に対する態度は明白だった。

 それを察してか、そうでないのか。

 

「……喧嘩でもされたのですか?」

 

 おずおずと、遠慮がちにジュクーシャが訊ねてくる。

 その顔、目を見れば、彼女が好奇ではなく心配の色を宿しているのが分かった。

 

「いや、あれは……まあ、恐れだろうな」

「……恐れ、ですか?」

「うむ。とある生徒に、学園で一騎討ちを申し込まれてな。軽く動いてみたわけだが、どうやらそれが毅にとっては理外であったらしい。もっとも、前の世界でも似たようなことはあったゆえ、驚きはしないが」

 

 喧嘩とは違う。仲違いといえばそうだが、変に隠すことなく播凰は口に出す。

 ジュクーシャの瞳が、揺れる。だが、それは毅のような恐れでも、馬鹿みたいな与太話を聞いたという反応でもなかった。

 

「そうですか……ええ、よく分かりますとも。私も心当たりがありますから」

 

 目を少し伏せ、しみじみと呟く彼女は何を思うのか。

 無理に話を合わせているようでもなく、かといって変に同情しているようでもない。間違いなくそこには、真剣さが垣間見えた。

 果たしてその心当たりというのは、どちら側(・・・・)であるのか。

 

「なに、慣れた道だ。ジュクーシャ殿が気にすることではない。……しかしうむ、そうか。ジュクーシャ殿は、美しく恵まれた身体をしているとは思っていたが」

 

 強がりではなく、偽りなき本音。そして続いた言葉も、何の気なしではあるが偽りなき播凰の本音であった。生来のものもあるのだろうが、ジュクーシャの身体はバランスもよく鍛えられているのが窺える恵体。この世界ではさておき、少なくとも元の世界では戦いとは無縁でなかったのだろうと播凰は推察していた。

 唐突に褒められる形となったジュクーシャは、一転して真剣な表情からわたわたとして。

 

「……播凰くん、からかうのは止めてください。私など、背が高くて可愛げのない女ですから」

 

 彼をたしなめる表情には、朱が差していた。声も平静さを保っているように思えて、しかし僅かに上擦っている。

 これが真にからかいであるなら、それはそれで終わるのだが。問題なのは、播凰に全くその気がないことであった。

 

「それがどう繋がるのかはよく分からぬが……ジュクーシャ殿は綺麗だと思うぞ! そして、中々の実力者と見た! 機会があれば是非手合わせを願いたいものだな」

「三狭間さんー。イチャイチャするのは止めませんが、無理強いは駄目ですからねー」

 

 更なる賛辞の声に、いよいよジュクーシャの顔が真っ赤に染まる。

 その後半の声まで届いていたかは定かではない。とはいえ、そちらは顔だけ振り返った管理人の牽制がかかったのだが。

 

「ふむ、イチャイチャ……?」

 

 よく分かっていないように首を傾げる播凰なのであった。

 

 

 目的の場所は、そこまで遠くは離れていない山中にあった。

 三人の目の前には、巨大とまではいかないがそれなりのしっかりとした造りで佇む木製の門。

 

「職人とやらは、ここに住んでいるのか?」

「はいー、あまり騒がしいのを好まれない方なのでー」

 

 播凰の質問に答えながら、管理人が門に取り付けられていたベルを鳴らす。

 チリンチリン、と静けさが漂う山中に甲高い音色が響いて、少し。門の向こうからぶっきらぼうな男の声が聞こえてきた。

 

「……誰だ?」

「私ですー」

 

 播凰とジュクーシャからしてみれば、問いかけに対するものとは思えなかった管理人の応答。

 だが、門向こうの相手にはそれで充分だったらしい。

 木の門が横に動き、顔を覗かせたのは白髪交じりの老齢の男。

 

「……またぞろ、若いのを引き連れてきやがったか」

 

 老いを感じさせる容貌ではあるが、その眼光が鋭く、管理人の後ろにいる播凰を、そしてジュクーシャをじろりと順に射抜く。

 大の大人であっても怯む人は怯むであろう、彼の威圧的な眼差し。だが、何事もないように播凰とジュクーシャはその視線を受け止め。

 

「おお、お主が天能武装の職人だな? よろしく頼むぞ!」

「一級の鍛冶師に劣らぬ雰囲気……あ、私は見学だけなのですが、よろしくお願いします」

 

 播凰が快活に笑い、ジュクーシャも小声で零したかと思えば追随するようにふわりと微笑した。

 男は、それを見て眉を顰めた後。二人の挨拶にこれといったリアクションを返さずに、管理人を見やる。

 

「その上妙ちきりんときた」

「そこはどうか純真ということでー。つまらない方達でないことは保証しますよー」

「……ふん、まあいい。入んな」

 

 管理人の物言いに、男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 しかし、拒むことはせずに、三人に背を向けて歩いていく。

 

 門を抜けた先には、一軒の家が建っていた。

 建てられて少々月日は経っていそうではあるが、人一人が生活するには充分どころか少し広そうな一邸だ。

 

 男に続くまま三人はその家に上がり、一室に通される。

 何もない部屋であった。無論、照明器具の類はあるが、床は畳であとは出入りの(ふすま)だけ。

 

 男はどっかりとその場に胡坐をかいて腰を下ろし、胡乱のような、同時に催促するように管理人に半目を向けた。

 

「んで、またあれ(・・)からの手紙があんだろう?」

「はいー、こちらになりますー」

 

 それに対面する形で座った管理人が、懐から文のようなものを取り出して男に渡す。

 男が無造作にその封を開け、頬杖を突きながら中身を確認する中、播凰とジュクーシャも管理人にならうようにその隣に座った。

 

 あまりよいとは言えない態度でありながらも、無言で読み進める男。

 

「……まあ、大体分かった。つっても、オレの所に寄越すって時点で分かり切っちゃあいるが」

 

 そこまで長文ではなかったのか、或いは単に斜め読みをしただけなのか。待った時間は、恐らく数分とかからなかった。

 男は手にしていた一式を乱雑に傍らに投げ置き、落としていた目線を上げて自身の正面に座る播凰と、その右隣に座るジュクーシャを視界に入れた。

 

「んで? 三狭間(みさくま)播凰(はお)とやらはどっちだ?」

「うむ、私だな!」

 

 問いかけに胸を張って応じた播凰の顔を、じろりと男が睥睨する。隠そうともしない、値踏みの意図。それと同時に。

 

「聞いているのかいないのか知らんが、一応名乗ってはおこう。オレの名は、厳蔵(げんぞう)捧手(ほうじゅ)厳蔵(げんぞう)。――予め言っておくが、オレは捧手の名(・・・・)に釣られただけの馬鹿に天能武装を造るつもりはない。お前のような小僧がここにいることを許容しているのも、偏にあれの紹介だからにすぎん」

 

 重圧が渦巻く。

 声色に温かみがないのは元よりのことだが、より一層暗く、冷たい。

 出会いの時から態度で示されている通り、歓迎の色などは一欠片もなく。むしろ、その逆。

 

 ――お前はどちらか、と。

 ――何を思ってここにいるのか、と。

 

 直接口にこそしていないが、言外に問いかけている。

 偽りを述べれば、見抜かれるであろう。戯言など口走ろうものなら、即刻叩き出されるだろう。

 ここで間違えれば、恐らく二度はない。それほどの眼力を以て、彼は応えを待っている。

 さりとて、それに臆する播凰ではなかった。というか、そもそもの話。

 

「捧手、というのが何の意味を持つかは分からぬが――ただ私は、管理人殿に紹介されたままここに来た故な。よって、お主が何者かなどは……うむ、知らん!」

 

 言い切った。

 言葉の意味など知らないと。お前が誰かなど知らないと。

 その上で、ここに来たのだと。

 

 形ある物を購入するのとは訳が違う。オーダーメイド(専用品)、それも天能武装のだ。

 誰をとも意識せずに造り出された既製品とは当然にして異なり、それにかかる金額は――依頼先や内容にもよるが――格段に跳ね上がる。

 天能武装は己の武器であり、同時に身を護るものでもある。これを疎かにするとすれば、それは余程の愚か者であろう。

 

 そして播凰の発言というのは、それを裏付けるものであり。

 即ち、どんな人物であるか、過去にどんなものを造ったのか。よく知りもせずに調べもせずに、よりにもよって依頼をしようとしているわけだ。

 

「……あ?」

 

 故に、男の――厳蔵の片眉が上がる。

 気分を害した、とかそんなレベルではない。いや、元々似たようなものであったが、そこに不本意さや煩わしさはあれど、明確な敵意というものはなかった。

 しかし、零れた一言は短くとも、間違いなく怒気が孕んでおり。息が吸われ、その続きが紡がれようとした、その前に。

 

「――だが、うむ! 実際に会ってみれば気に入ったぞ。私はお主に、天能武装を造ってもらいたいっ!!」

 

 はしゃぐような、播凰の宣言。

 その目元は緩められながらも、確かに厳蔵を――捧手厳蔵という人物をはっきりと見据えていた。

 果たして少年は、いったいそこに何を見たのか。

 

 吸い込まれた息は、しかし空気を震わせることなく厳蔵の体内に留まり。

 毒気を抜かれたように、彼の目線が播凰から管理人へと向いた。

 そして管理人は、にこやかな表情を一切変えることなくそれを受け止める。すると、厳蔵は一つ、深く息を吐き出した。

 

「……んで、そっちの姉ちゃんは何用だ? 手紙には一人分としかなかったが」

「えっと、すみません。私は依頼ではなく、もし可能であれば製造された天能武装を鑑賞させていただけないかと……あ、名前は四柳(よやなぎ)ジュクーシャと申します」

「ふうん?」

 

 次いで矛先は、ジュクーシャに向く。

 だが、こちらはこちらで特に追及されることなくあっさりと終わり。

 厳蔵は三人を視界に収め、暫くじろじろと見まわしたかと思うと。

 

「――しかしまあ、なんだ。三人並んでみると、お前ら家族みてえだな」

 

 笑う。

 声を上げて笑ったわけではない。単純に、今までとは別種の表情となり、和らいだだけ。

 

「……か、家族、ですか?」

 

 少しどぎまぎしたように、ジュクーシャが反芻した。

 彼女は気付かない。いや、普段であれば間違いなく気付いたはずだ。

 

 にいっ、と深まった、その厳蔵のその笑み。

 それは、好意的というよりは――どこか人を食ったような笑みである、ということに。

 

「まずそこの、態度だけはでかいがそれ以外はちんちくりんの、がきんちょ」

「相変わらず口が悪いですねー」

 

 ぴっ、と管理人に指が差されると同時に、繰り出されるただの悪口。

 だが、慣れたものなのか、ちくりと言い返しただけでにこやかな笑みは湛えたまま。

 

「ほんで、一夜の過ちで流されるままになった、青臭い小僧」

「ふむ、過ち……?」

 

 次いで指が示したのは、播凰。

 そして播凰は播凰で、何だかよく分かっていないように、首を傾げ。

 

「最後に、引っかけた若い燕を逃すまいと、必死な女」

「んなっ……にゃ、にゃにをっ!?」

 

 止め、とジュクーシャに厳蔵の指が向く。

 最初こそは呆気にとられていたジュクーシャであったが。言われた内容を理解したのか、瞬時に顔が真っ赤になり、呂律が怪しいまま声を張り上げる。

 

「まぁ、その年齢の子供がいるにゃ、ちぃと若すぎるがな」

 

 今度こそ、はっはっは、と上機嫌になったように大笑いし、膝を叩く厳蔵なのであった。

 

 

「……なんというか、職人らしいといえばらしい性格の方のようですね」

 

 力の抜けた笑みを浮かべたジュクーシャが、部屋の天井を見上げながら疲れたように零す。

 

 あの後、憤慨したジュクーシャを大笑いしつつも宥めた厳蔵は。自身の製造した天能武装のいくつかを見せるのを提示することで、揶揄ったことへの詫びとした。

 

「まあ、あの人は割と昔からあんならしいですねー」

 

 それを否定せず、むしろ肯定的に管理人が相槌を返す。

 その容姿で昔というのはいつなのか、とちょっぴり思ったジュクーシャであったが、口にはしなかった。

 

 さて、そんな槍玉に上がっていると言えなくもない厳蔵、加えて播凰はといえば、この場にはいなかったりする。

 厳蔵が播凰に課したとある条件のため、席を外しているのだ。

 よって、ジュクーシャと管理人の両名は、一時的にこの何もない部屋に残された形となっている。

 

「もっともー、前回の時はもう少し加減はありましたがねー」

「前回、ですか。そういえば、またとか言っていましたが、住人のどなたかが既に依頼されたのですか?」

「あまり他の住人の方の情報を漏らすのはよろしくないですがー。四柳さんはご存じですので教えてさしあげましょうー」

 

 管理人の言葉に軽い好奇を覚えたジュクーシャは、有り得る可能性を指摘する。

 門を隔てて相対した時の反応、その後も対応が妙に慣れていたこと。

 そこからこのような状況が初めてではないらしきことは窺えた。

 ジュクーシャが管理人の顔を見れば。管理人もまた、ジュクーシャに視線を合わせ。

 

二階のお二方(・・・・・・)ですねー」

「なるほど、あの子達(・・・・)ですか」

 

 管理人の答えに、ジュクーシャは納得したように頷き。

 そしてふと、思い出したようにポツリと呟いた。

 

「そういえば、あの子達は確か、播凰くんと同じ学園の中等部でしたね……」

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