三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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24話 悪意の影

 結局のところ、播凰の天能武装の製造依頼は、突っぱねられることはなかった。

 だが、かといって受けられたかというとそういうわけでもなく、言うなれば保留。

 つまり、けんもほろろに断られてもいないが、承諾されてもいない。

 

 もっとも、それは播凰だからという話ではないようで。気に入った者にしか腕を振るわないという、厳蔵の流儀らしい。

 厳蔵から播凰に告げられたのは、家の掃除や食料に日用品の買い出し等の雑用。

 その態度、もしくは関わりから人物像を見極めようということなのだろうか。

 

 そして不満をいうことはなく、播凰はそれを了承した。

 天能武装を欲しいのは欲しいが、どの道現状では手にしたところであまり意味はないからだ。仮に今すぐ入手できたとしても、ただの武装の役割しか果たせない。

 加えて、どういう話で通っているのかは不明であり、播凰がお金を出しているわけではない。ともすれば何もしていない。

 対価として見合うかは別として、何らかの条件が提示されることに頷けたというのもあった。

 

 こちらに来てからというもの、掃除――特に掃除機などの道具を用いた方法――は毅に教えられてできるようになっているし、買い出しに関しても同様。一人で買い物位はこなせるようになっている。

 よって播凰は時折、厳蔵の家へと訪れることとなる。

 平日は学園がある旨を伝えれば、毎日でなくていいが放課後に来いとのことであった。

 

 そんなこんなで、翌日は早速厳蔵の家へ向かい。まずはと床を雑巾がけして走り回った。

 厳蔵が少し呆れたような、何とも言えないような顔でそれを見ていたが、若干楽しんでいた播凰には関係ないことである。

 

 そうして週末も終わり、学園への登校。

 支度をして三階から下りれば、毅の姿は当然そこになかった。よって、誰と共に学園への道を歩くこともなく。

 一人、教室へと入った播凰を迎えたのは、クラスメート達の意味ありげな視線であった。

 

「……おい、来たぞ」

「どうする? 確認するか?」

「でももしあれが本当だったとしても……俺、余計なことはしたくないなぁ」

「そんなの、このクラス(H組)なら誰だってそうだろ」

 

 同時に、ヒソヒソと。

 囁きがあちらこちらで起こる。

 

「…………」

 

 だが、それには気付きながらも、播凰は彼らに目線一つ向けずに自分の席に着席する。

 これがもしも、直接何かを言ってきたのであれば、少なくとも関心の一つは抱いただろうが。あくまで、遠巻きにこそこそとしているだけ。故に、取るに足らぬと捨て置いた。

 もっとも、H組の全員が全員そんな反応をしたわけではなかった。播凰に対してこれといってあからさまなリアクションを返さなかった生徒も、中には確かにいたのだ。

 

 そして、その中の一人。播凰よりも先に最強荘を出て登校していた毅は、知っていた。

 

 ――天戦科に、天能術を使えない新入生がいる。

 

 どうもそんな話、もとい噂が出回っているようなのである。

 出所までは知らない。ただ、彼よりも早くにクラスにいた生徒達が話しているのが聞こえたのだ。

 

 それを受けて、クラス内の空気は四分されている。

 単純に内容自体を知らない者。聞いた上で有り得ないと切り捨てる者。面白がって茶化す者。そして、本当だとしたら誰かと考える者。

 

 播凰が話題に上がったのは、偶然でも何でもない。

 先の授業。天能武装の無しを理由に、播凰は授業の唯一の見学者となったわけだが。その際のデモンストレーションという名のパフォーマンスは良くも悪くも、思いのほか生徒達に播凰の存在を印象付けたようだった。

 授業に参加している時点で、実力の差はあれ天能は使える。つまり、播凰以外は明確に除外対象となるわけで。

 

 それを覚えられていた場合、噂に該当するのが誰だとなった時に候補としていの一番に出るのは何ら不自然ではなく。むしろ、ある意味当然ともいえば当然の帰結だった。

 だが、彼らがどの程度真剣に受け止めているかはさておき。疑惑の本人、播凰への直撃を躊躇しているのは何故か。その心境を、毅は理解していた。

 

 つまり、彼らは不安なのだ。

 

 ここは天戦科の成績下位者の集まり、実力的に最も下に位置するクラス。

 学園での暗黙的な地位としては最下層にあり、吹けば飛ぶような存在と言えなくもない。

 ただの噂に気を取られていたり首を突っ込んでいる余裕なんぞは本来なく、もし問題の一つでも起こしてしまいもすれば、どうなってしまうか。それを考えるからこそ、彼らは踏み切れない。真偽不詳の怪しい話も、仲間内で話すのが関の山。

 

 天能を使えないことを隠してはいない播凰であるが、かといって別に公然と宣言しているわけでもないため、その事実を知る者というのは学園内で少なく。

 そしてそれを確信を持って事実だと断言できる存在は、もっといない。当然、学園の関係者や生徒のほとんどは播凰の存在自体を知らず、クラスメートですらようやくそのような名の生徒がいる、程度の認知だ。

 

 とはいえ、例えば新入生の天戦科総代にして特別な家の生まれらしき星像院(せいしょういん)麗火(れいか)であるならばまだしも、データとしてはただの新入生の上に成績下位者に過ぎない播凰であるから不思議でもなんでもないが。

 

 ……でも、俺には――関係ないっす。

 

 そう、無関係だ。

 毅は播凰が天能を使えないことを確信している数少ない人間であったが、それをべらべらと喋るつもりはない。そして同時に、そのような話が出回っていることを播凰に警告する気もなかった。

 自分には関係ないことであり、ただの第三者。できることなんて、何もありはしない。

 

 ――それに、そんなことを気にしている場合じゃないだろう。

 

 内心で叱咤する。

 授業についていくために、実力を少しでも上げるために。今はそちらに集中しなければ。

 そう己に言い聞かせ、毅は机に顔を伏せるのだった。

 

 

「――三狭間播凰」

「おお、紫藤先生。何用か?」

 

 放課後、学園の敷地内をぶらついていた播凰は、紫藤に声をかけられた。

 以前のように、電子メールで呼び出しの約束があったわけではなく、校舎外で偶然会った感じだ。

 

「いえ、用という用はないのですが。妙にキョロキョロとしていましたが、何をしているのですか?」

「ふむ、何をと聞かれると……何もしていないな、うむ」

「…………」

 

 ある種、頓珍漢ともとれる播凰の返答に、紫藤は閉口する。

 が、これは別にはぐらかしているわけでもなければ、冗談というわけでもなかった。

 

「何をしようかと考えていてな。取り敢えず、学園の中を適当に散策している」

 

 真剣な面持ちではあるが、言葉だけを聞けばふざけているともとられかねない。

 だが、これでも播凰は大真面目であった。

 

 天能術の鍛錬をする? 性質が不明であるのに何をするというのか。

 身体の鍛錬をする? 悪くないが一人というのも味気ない。

 勉強をする? 断固拒否だ。

 

 その他に何ができるかと考えると、パッと思い浮かぶものというのは播凰にはなかった。

 自由時間に対する選択肢としては少なすぎる。ただ、ある意味仕方ないとはいえた。なにせ元の世界ではほぼほぼ毎日が自由時間であったのに対し、ぼーっと無気力にしていただけの日々だったのだから。

 こちらの生活には慣れつつあるが、完全に順応しているかとなると微妙。やる事を強いられていない時にどう過ごすか、何をしたいかというのが播凰の中にはまだなかったのである。

 

 毅がいれば相談の一つでもしていたかもしれないが、生憎もう彼とは疎遠。今日どころか、あの日から声はおろか顔を見合わせてもいない。

 

 その結果が――何も思いつかずにぶらついている現状であったのだ。

 ただ強いて言うのであれば、学園内を把握するという点では完全に意味のない行為ではない。地理を覚えるのや地図から場所を探すのが苦手な播凰にとっては猶更ではある。

 

 しかしまあ、そんな播凰の内面を紫藤は知る由もなく。

 

「……以前お話した、私の知己からの連絡があるまでは、こちらから君に呼び出しはしないつもりです。ただし、そうは言っても無意味な時間は過ごしてほしくないものですね」

 

 溜息を吐くと、紫藤は苦言を呈しつつも。

 

「時間があるのであれば、観戦スペースのあるどこかのグラウンドに行ってみては? 場合によっては、天戦科の生徒が摸擬戦をやっていることもありますし、運が良ければ上級生の実力ある生徒も利用しているかもしれません。天戦科の戦いが如何なるものであるか、君は見ておいた方がいいでしょう」

 

 助言として、グラウンドで自主練習している生徒の観戦という案を出した。

 ただ、それに対して播凰は唸り声と共に腕を組み。

 

「うむぅ、なるほど。だが、私が天能を使えぬ内は……なんというか、羨ましくて仕方がなくなりそうだっ!」

「……強制はしません。ですが、君を教える時までに最低限の知識は身に着けておいてほしいものです」

 

 渋面を作りながらも、言っていることは駄々っ子のようなそれ。いや、一応抑えがあるだけまだましか。

 呆れ顔の彼女は最後にチクリと釘を刺して、歩き出したが。

 

「そうだ、一応伝えておくが。実は、天能武装の作製を依頼しようとしている」

 

 その背に、播凰が声をかける。

 紫藤は足を止め、顔だけを振り返った。

 眉は顰められているが、それも無理ないだろう。

 今の播凰は天能武装の無しを理由に授業を見学している身。その状況を壊す発言であったのだから。

 

「天能武装を、購入ではなく依頼ですか?」

「うむ、山中に住む翁にな!」

「山中? ……いえ、まあいいでしょう。値は張りますが、専用の一品というのはよいものです」

 

 だが、意外にも彼女は怒らなかった。単純に、依頼と言ったのが気になっただけのようだ。

 

「ふむ、怒らぬのか?」

「……君に、そのような気遣いができたというのは少し驚きですが。ええ、いずれ必要にはなります。咎めるつもりはありません。ただし時期が来るまでは、性質と同じくみだりに喧伝しないように」

 

 それだけ言って、今度こそ紫藤は去っていった。

 播凰は、暫しその背中を見送っていたが。

 

「…………」

 

 ふと何かを気にするように、すぐ近くの校舎を見上げたものの。

 だが、無言のまま。彼もまた紫藤とは別の方向に歩いていく。

 

 周囲に音はなく、遠くから誰かの声が届く程度。

 しかし。

 

 ――ギリィッ。

 

 二人が去った後、何者かの歯軋りの微かな音が、空に消えた。

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