三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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26話 洞窟を支配するもの

 走る、走る、走る。

 

「はぁ、はぁっ……!」

 

 時刻は夕暮れ時。

 買い物をする主婦や、学校帰りの子供達の姿が街にありふれている中、晩石毅は走っている。

 息を乱し、震えの止まらぬ足を必死に動かし、前へ前へと足を運んでいる。

 

 その足取りはあまりしっかりしているとも言えず、今にも転びそう。

 いや、実際何度か転んだ。

 足が縺れ、或いは踏ん張れず、情けなく地面を転がった。

 

 憧れの東方第一の、青緑色の制服を汚し。衆目にさらされ、時に笑われようとも。

 それでもなお、足は止めない。

 

 ――行って何ができる?

 

 脳内に声が、囁いた。

 忘れるなと。お前は、落ちこぼれの底辺なのだと。

 脅しに屈して何もできなかった奴に、今更何ができるのかと。

 

 ――本当に何かが起こるのか?

 

 また別の声が、足を止めようと問いかける。

 しかし、自分の声だ。紛れもない、自分の心の一片(弱さ)だ。

 それが、杞憂だと。播凰に任せておけばよいと。諭してくる。

 

 何もできないかもしれない。そもそも、何も起こらないかもしれない。

 だが、それでも――。

 

「――はぁっ、はぁっ……いたっ!!」

 

 己でも驚くほどの何かに、突き動かされて。

 来たこともない場所なのに、何故だか迷わず辿り着いた。先を行っていた矢尾の背中に追いついた。

 

 彼は今まさに、山中にひっそりと佇む、その門に近づこうとしていて。

 

「……なんだ? 誰かと思えば、さっきの落ちこぼれじゃないか」

 

 振り返る。

 まるで気分を害したように。膝に手をつき荒く呼吸をする毅の姿を、彼は怪訝そうにしている。

 

「何しに来やがった? こっちは、テメエなんぞに用はないが」

 

 知っている。言葉通り相手にとって眼中にないのは分かっている。羽虫を見るような視線であることも理解している。

 それを、承知の上で。

 

「そっちこそ、何をしようとしてるっすか?」

 

 問う。

 飾る必要はない。気分を伺う必要もなければ、耳当たりのよい言葉をかける必要もない。

 

「ハッ、決まってんだろ。ぶっ壊してやんだよ、生意気にもオーダーメイド品を持とうとしてやがる、あの野郎の天能武装を」

「それは……なんでっすか?」

 

 予想していた返答だ。そして毅がその理由を聞けば。

 矢尾は鼻を鳴らし、そして苛立たしそうに吐き捨てる。

 

「鉄槌だよ。どんな手を使ったのか知らねえが、不正があったに決まってる。でなきゃ、あんな奴が入学できることも、この俺が負けることも有り得ねえっ!!」

 

 その顔は、憎悪に歪んでいた。

 どす黒い悪意が噴き出す幻視すらした。

 

「さっきは見逃してやったが……邪魔するってんなら、覚悟はできてんだろうなぁ!?」

 

 矢尾の手に、天能武装が現れる。

 遅れて、毅も天能武装たる杖を握った。

 

「――雷放(らいほう)五連矢(ごれんや)っ!!」

「――岩放(がんほう)二連弾(にれんだん)っ!!」

 

 ほぼ同時に放たれる、双方の天能術。

 ――だが。

 

「アハハハッ、なんだテメエ、そのちんけな術は!?」

 

 五と二、というそもそもの数の差はさておき。その上で、矢尾の繰り出した雷の矢は、毅の放った石の弾を苦も無く貫いてきた。

 

 その場から全力で横に飛ぶことで、なんとか毅は五本の矢を回避する。

 ドォン、と山の地面が吹き飛び、轟音が上がった。

 

 体勢を立て直した毅が、脂汗を額に滲ませながら矢尾の方を見れば。

 追撃もできたであろうに、彼はニマニマとして腰に手を当てていた。

 

「ほらほら、どうしたぁ? 打ち込んできてもいいんだぜ?」

 

 再び二つの石を発射する。すると矢尾は、余裕綽々といった様子で毅に合わせるように雷の矢を二本打ってきた。

 そして両者は中程で衝突。

 小さい爆発が起こる中、毅の石は粉砕され。対して雷の矢は健在で、そのままの勢いで毅を狙ってくる。

 

「……っ! 岩介(がんかい)円防盾(えんぼうじゅん)っ!」

 

 咄嗟に発動したのは、天介属性に位置づけされる防御の術。

 片手を円形の盾が覆い、そこで雷の矢を受け止める。

 

「ぐっ……」

 

 ミシリ、と岩の盾に亀裂が走った。腕にかかる衝撃と負荷。

 間近で瞬く激しい雷の光が、毅の目を焼く。

 

「ああぁぁっ!!」

 

 なんとか受け切った。だが、止めると同時に岩の盾も壊れてしまった。

 手加減にされたことに加え、攻撃同士のぶつかりで多少なりとも威力が下がった状態でこの結果。

 実力が違いすぎる。分かっていたことだ。

 

「おーおー、よくできました。けど、弱すぎるな、お前。中等部の方がまだましなんじゃねぇか?」

 

 パチパチと拍手をし、矢尾がせせら笑っている。

 既にいっぱいいっぱいの毅とは大違いだ。

 

「あー、あれか。お前も不正で入学した口か? だから、不正のお仲間同士、仲良しこよしってわけだ!」

 

 矢尾が嗤う中、毅は考えを巡らせる。

 自分が使える術は、今ので全て。その二つ共が、通じないことが証明されてしまった。

 いや、連弾の方はあと一つ数は上げられるが、細かい制御まではできない。だが仮にそうしたとしても、相手は五の矢。数も威力もどの道押し負けてしまう。

 

「そうだ、俺は強いんだ! H組なんかに負けるはずがない――E組に相応しいエリートなんだ! ……なのに、アイツらときたらっ!!」

 

 一頻り嗤ったかと思えば、再び憎悪がその顔に貼り付けられる。

 それは、毅を睨んでいるというよりは。ここにいない、誰かに向けられているようで。

 そんな時であった。

 

「――なんだ、さっきから。人様の家の前で騒々しい」

 

 木でできた門が、開いた。

 中から出てきたのは、白髪の交じった老人――捧手(ほうじゅ)厳蔵(げんぞう)。その手には何やら、一本の黒い杖を持っている。

 ぶつくさと文句を言いつつ、ぎろりとその両眼が矢尾と毅を睥睨した。

 そして二人の制服を見て、何かに気付いたように続ける。

 

「ん、お前ら、三狭間の小僧の知り合いか?」

「三狭間ぁ――そうか、それがあの野郎の天能武装だなっ!?」

 

 その言葉に、というよりもその中にあった単語に反応したのは、矢尾であった。

 彼は、天能武装を老人へと向け、激高する。

 

 まずい、と思ったその時には、既に毅は駆け出していた。

 

「そいつを寄越せ、ジジィッ!! 雷放・五連矢ッ!!」

 

 放たれる、雷の矢。

 問答無用のその五撃は、寸分違わず真っすぐ老人に向かっていて。

 老いた身体を貫くかに思われた、その攻撃は。

 

「やあぁぁっっ!!」

 

 その直前に、横から毅に突き飛ばされたことで、一応の事なきをえる。

 だが。

 

「……がっ!!」

 

 庇った毅は、それを躱しきることはできず。

 五本全てではない。だが、何本か直撃した。

 どうっ、とまともに着地もできず地面に倒れこむ。

 

 ――痛い。

 

 一瞬、呼吸が止まった。

 だがそれすらも忘れさせるほど、すぐさま背中と足に激痛が走った。

 今まで天能術での攻撃を受けたことがないわけではない。だが、撃たれ慣れているわけでもない。

 

 ――痛い。

 

 ただの一回ですら、こんな有り様。

 助けるにしたって、もっと実力がある人なら、ちゃんと助けられただろうに。

 

 ……やっぱり、播凰さんは凄いっすね。

 

 これを受けてけろりとしていた播凰は、やはり違うと感じる。

 あの戦いを見た時は、それが恐ろしかった。天能術の実力差を考えれば、負けて当然の戦い。せめて播凰が無駄に痛めつけられることのないように、と祈ってすらいた。

 にも関わらず、播凰は勝った。勝ってしまった。

 

 晩石毅(自分)は、天能術ばっかり気にしていたけれど。

 天能術に自信がなくたって――。

 

「全く、いきなりなんだってんだ。……おい、小僧、大丈夫か?」

 

 助けようとした、ということは一応理解しているのか。

 厳蔵が、倒れている毅へと近寄り声をかける。

 

「痛た……お爺さんは、大丈夫っすか?」

「爺扱いすんじゃねぇ。だがまあ、おかげさまでな。……で、何がどうなってやがる?」

 

 なんとか身を起こす。

 そしてふと、気付いた。

 

 老人が持っていたはずの黒い杖が、今はその手にない。

 

「――ふーん、これが、あの野郎の天能武装ってわけか」

 

 暗い喜色を含んだ声が少し離れたところから聞こえ、弾かれたようにそちらに視線をやる。

 見れば、矢尾の手には正にその黒杖が収まっており。

 彼は、それをまじまじと観察していた。

 

「播凰さんの天能武装っ!!」

 

 緩やかではあるが、山という地形の関係上、こちらからあちらは斜面になっている。

 毅が突き飛ばした反動で杖が落ちてしまい、転がってしまったのだろうか。

 

 だが、そんな毅の叫びを聞いた厳蔵は、眉を顰め。

 

「いや、ありゃ違ぇぞ? というか、そもそも造りはじめてすらいねえが」

「えっ!? だったら、あれは何すか?」

「あ? そいつは、この辺で拾ったのを適当に鍛ってみたやつだ。妙なもんが落ちてたからよ」

「ハッ! そんな見え透いた嘘に騙されるかよっ!」

 

 老人の言葉を、矢尾は鼻で笑って一蹴する。

 言い訳、なのだろうか。真偽は分からないが、毅も矢尾に近い認識をもったのは確かだった。

 

 ――そして同時に、チャンスでもあった。

 

「岩放・三連弾(・・・)!」

 

 真っすぐに飛ばすだけなら、細かい制御はいらない。

 元より油断し、目的の物を手にした今、更に慢心しているであろう矢尾に向けて、毅は攻撃を放つ。

 

「……チッ、無駄な足掻きをっ!! 雷放・三連矢!」

 

 無駄であることは、百も承知。そしてそれは一種の賭けだった。

 天能術では格上の相手に付け入る隙。それは。

 

 ――岩介・円防盾。

 

 攻撃と同時に、毅は走っていた。

 痛む身体に鞭を打ち、最後の手段へと。

 

 三つの雷の矢は、僅かな拮抗の後、三つの石の弾を食い破ってくる。

 ここまでは、予想通り。そこに岩の円盾を差し込む。

 まともに止めるのではない。角度をつけて受け、その進路を逸らすようにして。

 

「おおぉぉっ!!」

「なにっ!?」

 

 爆発の中から抜け出す。

 躍り出てきた毅を目の当たりにして、矢尾は確かに動揺した。

 戦いの最中、遊んでいた彼が、とうとう。

 

 ――ガギィンッッ!!

 

 二人の天能武装が、杖が音を響かせて交わる。

 ぎりぎりと力を籠め、鍔迫り合う。

 

「テメエ、何をそこまで必死になるっ!? そこまでして、何がっ!?」

 

 矢尾が叫んだ。

 だが、毅は答えない。否、答えられなかった。

 何故なら、その答えは自分すらも持っていなかったのだから。

 

 ――怖くない、といったらそれは嘘じゃない。

 

 ここに来るまでから。そして来てからすらも、膝は震えっぱなしだ。

 

 ――怖くない、といったらそれは嘘じゃない。

 

 何度と雷の術を無防備に受けても動じないあの人は。その力も、放つ空気すらも偶に怖い時がある。

 

 不思議なひとだった。

 何にも驚くひとだった。

 よく笑うひとだった。

 

 勝手に怖がったのは、自分の方。

 いや、自分が弱かったからだ。

 だからこそ、あの時あの背中に声をかけられなかった。だからこそ、脅しに簡単に屈した。

 だからこそ――ここで動かなかったら、きっと今度こそ取返しがつかなくなる。

 

「はあぁぁっっ!!」

 

 裂帛の気合を込めて、押し込む。

 天能術のレベルは段違いだとしても、膂力までもが段違いとは限らない。

 ましてや矢尾も毅も天戦科だ。武戦科と異なり、身体能力は鍛えるにしてもメインではない。

 

 走りこんだ勢いも味方していたのだろう。徐々にだが、確実に毅が押していた。

 そして――。

 

「……くそッ!」

 

 崩した。分が悪いと見たのか、矢尾が後方へと跳んだ。

 そこが勝機。またとない機会、見逃さずに毅は追撃し。

 

 ガクン、とその足が落ち込んだ。

 

「……っ!」

 

 限界だったのだ。むしろ、よくもった方だ。

 ここまで走り続けていた。少なくないダメージを負った。

 

 その一瞬が、明暗を分けた。

 バックステップをしながら、矢尾が術の行使に入る。

 

雷放(らいほう)――」

 

 前に身体を倒しつつある毅には、その表情を窺い知ることはできない。

 だが、恐らくは嗤っているのだろう、と毅は思った。

 

「――降落響鳴(こうらくきょうめい)っ!!」

 

 よりにもよって、ここで威力の高い術。

 頭上から降り注ぐ雷撃は、間もなく毅に到達するであろう。 

 

 ……やっぱ、駄目っすかぁ。

 

 勝ち目があるとすれば、それは接近戦。

 要するに、播凰の二番煎じ。つまりは真似だ。

 

 だが、駄目だった。

 分かっていたことだ。三狭間播凰は特別であり、晩石毅は特別ではなかった。

 

 でも、それでもせめて意識は失わないようにと。

 目をギュッと閉じて痛みに備える。

 瞼越しにでも分かるほどの激しいスパークが迫り――。

 

「――ふむ。状況はいまいち分からぬが……よく戦った、毅よ」

 

 届いたのは一条の雷光ではなく、一つの声。

 

「え……」

 

 恐る恐る、目を開ける。

 まず視界に入ったのは、何やら色々入ったスーパーのレジ袋。

 そして見上げた先には、背中があった。大きな、大きな背中が。

 

「三狭間播凰っ……!!」

 

 もはや、怨嗟の声といっても過言ではなかった。

 それほどまでに、矢尾が播凰に向けた目は、声は、憎しみに満ちていた。

 

「何やらこそこそしていたのは気付いていたが、やはりお主か」

「ああ、そうだ! せっかく俺が流した噂も、H組の馬鹿共は怖気づいて何もしやがらねえ。だからこうして、テメエの天能武装を、ぶっ壊しに来たんだよっ!!」

「……ん? 私の天能武装とな?」

 

 両者のやりとりをぼーっと聞いていた毅は、ふと気付いた。

 矢尾が手にした、黒杖。それが、不気味な光を放っていることに。その怪しい光が、どんどんと大きく強くなっていることに。

 

 播凰がきょとんとしているのは、気になる。だが、それよりもあれは何だ。

 その異常ともいえる事象に、気付いているのかいないのか。

 矢尾は、黒杖を振り上げ――。

 

 ――グルルオオァアーーーッッ!!

 

 この世のものとは思えない何かの咆哮が、宵闇を切り裂いた。

 同時に、黒杖から放たれた漆黒の光が辺りを包み。

 

 それが止んだ直後、毅は我が目を疑った。

 先程までそこにいなかったもの。いや、この世に存在していない、してはいけないはずの架空の存在が、鎮座していた。

 

 人間の何倍、何十倍もの巨体。闇を思わせる漆黒の鱗に、爛々と光る赤と黄の入り混じったような眼。その口から覗く鋭い牙に、爪。そして極めつけは、広がる巨大な両翼。

 

「……ド、ドドド、ド」

 

 その特徴に該当する生物は知っている。いや、存在は知っている。本の中で、ゲームの中で、そして伝説の中で。

 だのに、その名前が口に出ない。口に出すことを、脳が拒否している。

 

「――ほう、知った気配を感じて来てみれば、これはまた懐かしいのがいるではないか」

 

 いつの間にか、その男は立っていた。

 その有り得ないはずの光景を前にしながらも、何事もなさそうに、むしろ面白げに。

 最強荘一階の住人にして、自称大魔王。一裏(いちうら)万音(まお)が、毅のすぐ側に立っていた。

 

 それから遅れること、数秒。

 

「――邪悪な気配を察知して来ましたが、成る程、ドラゴンですか」

 

 ザッと大地を踏んできたのは。

 多少の驚きこそ浮かべているものの、平然としてその存在の名を口にする一人の女性。

 彼女もまた、最強荘の住人。四階に住む、四柳(よやなぎ)ジュクーシャ。

 

「でかいなっ! これもまた、天能術とやらの一つかっ!?」

 

 そして一人、少し前の方にて目を輝かせているのは。

 最強荘の三階に住む、三狭間播凰その人。

 

「フハハハハッ、さて、これは配信せぬ手はないな!」

 

 いつの間にか、どこからか機材を取り出して喜々と準備を始めている万音は高笑いをして。

 

「そうさな、タイトルは――大大大魔王軍客将(・・) vs 呪われし黒竜、とでもしておくとしよう」

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