三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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27話 三海を統べしもの

 ――ドラゴン()とは。

 

 力の象徴であり、畏怖の対象であり、天災の権化であり。

 地域によって特徴こそ差異はあれど、蛇に類似した怪物として語り継がれる存在である。

 

 ――ドラゴン()とは。

 

 洞窟の主、或いは財宝の護り手。

 古今東西、善なる存在とも悪なる存在とも描かれ。時に人々の信仰を集め、時に人々へ破滅を(もたら)すものである。

 

 それは、国を越えては勿論のこと、世界の垣根すらを飛び越え。数多の種族の共通の見解として、確かにそこにある。

 例え、異なる歴史を紡いだ世界でも。例え、異なる文化の繁栄した世界でも。

 

 彼の者によって血が流れ、命が失われて、幾星霜。

 気の遠くなるような数多の年月が流れて尚、現実として存在する世界では当然にし、神話や伝承でのみ語られることとなった世界ですら、歴史に埋没することなく忘れられることがない。

 

 無論、一口に竜といえど個体差や種自体の強弱、大小はある。

 だが討ち倒すことが叶ったのならば、時として竜殺し(ドラゴンキラー)として謳われ。

 しかし相対したその時点で、諦観を浮かべる者すら一定数いるのはまず間違いない。

 

 裏を返せば。如何な勇名を馳せた者でも、挑んだ末に我が身を滅ぼすこと珍しくはなく。無事にこれを討ち、または命からがら逃げだしたとしても、五体満足であるとは限らない。

 

 一握りだ。現実にあって、その巨体を圧しうるのは、ほんの一握り。

 故にこそ、人は、世界はそれを恐れるのだ。

 

 ――ドラゴン()とは、斯様(かよう)な存在である。

 

 そして、それを討ったと誇る人物が現れた時。

 まず、一種の疑念を持つはずだ。

 無名であれば至極当然に、高名な者であっても僅かな疑心を。

 

 だが、もし。もしもだ。

 伝え聞くのではなく、討ち破った光景を目の当たりにしたとしたら。

 己の耳目にて、始終を見届けたのだとしたら。

 彼らがその身に、その胸に抱くものは――。

 

 ――果たして、何であろうか。

 

 

 

【大大大魔王軍客将】余の軍団の実力を見せてやろう!【vs呪われし黒竜】

 

『フハハハハッ、余の配下共よ、緊急会合の時間だ! 大魔王ディルニーンであるっ!』

 

 ・コメント:なんだなんだ?

 ・コメント:何が始まるんです……?

 

『突然だが、余の軍団にて新たに客将として一人の者を迎え入れることとなった! 此度は、そのお披露目だっ!!』

 

 ・コメント:なるほどなー……分からん

 ・コメント:客将???

 

 唐突な配信であったためか、視聴している人数も、流れるコメントもまだあまり多くはない。

 だが、夕暮れ時というのは、時間としては悪くはなかった。学生であれば学校の時間は終わっているし、社会人であっても定時を迎えている会社も少なくはないだろう。

 

「……ちょ、ちょっと待ちなさい! 何を勝手なことをっ!?」

 

 その光景を見て、ようやく状況を理解したのか。

 ジュクーシャが、配信に声が載らぬほどの小声で、万音の耳に口を寄せて咎める。

 なにせ、勝手に配信を始めたこともさることながら、後ろ姿ではあるものの播凰の姿を映して客将などと言い始めたのだ。彼女にとって見過ごせるものではなかった。

 

「フン、勝手ではない。許可はとってある」

「なっ、でたらめをっ!!」

「貴様が聞いていないだけであろう。なあ、余よりここに来るのが遅かった、ジュクジュクよ」

「……っ!」

 

 だが、万音の反論にジュクーシャは歯噛みする。少なくとも片方は事実であり、それを指摘されてしまえば何も言えなかったからだ。

 

 無論、これは万音の嘘である。ジュクーシャより先に来ていたのは確かだが、播凰に許可などとっていない。

 それを嘘だと見破れるのは、元よりこの場にいた毅と厳蔵、そして当の播凰本人ぐらいのものであるが。

 毅は未だ、腰を抜かして絶句し。

 厳蔵はといえば、播凰から受け取った買い物袋を置きに一旦家に戻っている。その時はさしもの老人も、ドラゴンを前に飄々と荷物を渡してきたことに何とも言えないような反応をしていたのはご愛敬。

 最後、当事者ともいえる播凰は播凰で一人前に出て目を輝かせ、こちらには目もくれない。

 

 つまり、嘘であると指摘する声はなく、許可をとってあると言われればジュクーシャは引き下がるしかなかったのである。

 

 ・コメント:ていうか、誰も突っ込まないけど、ナニコレ

 ・コメント:ドラゴン、だよな???

 ・コメント:はえー、すっごいリアルなゲームだなぁ……

 ・コメント:見たことないけど、何のゲームだ?

 ・コメント:え、これゲームなん? 現実にしか見えないけど

 

 配信から少し時間が経ち、徐々に視聴者もコメントも増え始めた。

 映し出されているのが現実なのか、ゲームなのか。俄かにコメントで沸き起こる論争。

 とはいえ、ゲームではないとするコメントも、CGや撮影云々あるので、完全な造りもののない現実であるとは思っていないようだ。

 

 まあ、無理もない。

 注視せずとも分かる、圧倒的な存在は現実では有り得ないもの。

 宵闇にあって漆黒に輝く巨体は、一種の幻想的ささえ醸し出していた。

 

『フハハハハッ、それでは説明してやろう。あれなる黒竜は余の世界にいたもの。だが、純粋な種としての竜とは違う。あれは、魔族や人間、その他あらゆる生物の恨みや憎しみといった負の感情を糧とし、成長する。そういった存在だ』

 

 ・コメント:なるほど

 ・コメント:ありそうな設定ですな

 ・コメント:で、結局何のゲーム??

 ・コメント:大魔王様、タイトルを教えてくださいませ!

 ・コメント:いや、だからCGかなんかでしょ

 

 と、ここで黒竜の両眼が、一人突出する播凰の姿を捉え。

 

 ――グルルオオァアーーーッッ!!

 

 ・コメント:ギャーーーッッ!!

 ・コメント:あれ、何も聞こえなくなったぞ?

 ・コメント:鼓膜がお亡くなりになった

 ・コメント:小音ワイ、大勝利(瀕死)

 ・コメント:迫力あるなぁ

 

 ビリビリと空気が震えるような、咆哮。

 コメントは悠長であったが、その場にいた面々は黒竜が発する雰囲気に確かな変化を感じ。

 まず動き出そうとしたのは、ジュクーシャ。

 

「……いけませんっ!!」

 

 前に出ている播凰の身を案じて、自らもまた前に出ようとする。

 

 だが。

 スッと、それを制するように、彼女の進もうとした先に片腕が伸ばされた。

 行く手を阻むその腕の主は、万音。

 何を、と視線で問いかけるジュクーシャを一瞥ともせず、万音はただ一言。

 

『助太刀は必要か?』

 

 問うた。

 軽い調子で。されど、短きながらもどこか厳かであり、同時に答えを確信しきった含みをもたせて。

 誰を示す言葉もなく、何者に向けられたのか分からぬ、その問いに。

 

「――不要ッ!!」

 

 答えは、返る。

 ただの一度も振り返ることなく、だが己に投げられたことを疑いもせず。

 掌と拳を突き合わせ、獰猛な笑みにて三狭間播凰は答える。

 

 ・コメント:あらカッコイイ

 ・コメント:あれが主役……てか客将か

 ・コメント:顔は流石に見えないか。声も変えてるっぽい?

 ・コメント:取り敢えず男なのは分かった

 ・コメント:よく分かんないけどちょっとワクワクしてる

 

 その行為に、或いはその覇気に、明確に敵と認識したのか。

 黒竜は少しのけぞるような予備動作をした後。その凶悪な牙の覗く、人一人など容易に丸呑みにできそうな大口を開いた。

 刹那、放たれたのはブレス。その鱗と同じく禍々しい漆黒のエネルギーが播凰の立つ地面の一帯に襲い掛かり、凄まじい破壊音と土煙を巻き上げる。

 

 ・コメント:あらカッコワルイ

 ・コメント:え、普通に喰らった??

 ・コメント:臭そう

 ・コメント:終わったwww

 

『フハハハハッ、当然まだだ! この程度で終わるようならば、客将として迎え入れるなど百年早いっ!』

 

 なんだかんだで現実かゲームか論争のコメントは一旦落ち着き。

 よく分からぬままに楽しみはじめる視聴者と、万音――もとい大魔王ディルニーン。

 

 実際、その言葉を証明するように、次第に晴れゆく土煙の中に立つ影が一つ。

 そしてその影は、一足のままに地を蹴って黒竜の目前、文字通り目と鼻の先にまで跳び上がり。

 

 横に薙ぐ右足を一閃。

 何の変哲もない、蹴りだった。武具を纏っているわけでもなく、肉体を天能術で強化しているわけでもない。正真正銘、ただの蹴り。

 しかし、しかしだ。

 遥かに矮小なはずの存在から繰り出されたその一撃だけで、その何倍をも誇る漆黒の巨体はぐらりと傾き。

 

 ドシンッ、と地響きのような音と共に横倒しとなる。

 その巻き添えで、いくつもの木々が根本から折れ、或いは吹き飛んだ。

 

 その光景は非現実的であり、同時に大層迫力があったことだろう。

 わっ、と盛り上がるコメント欄。万音もご満悦に眺め、高笑いを響かせながら頷いている。

 

 が、勝敗が決したわけではない。黒竜は程なくしてのそりと上体を起こし、怒りの咆哮を上げる。ギロリ、と確かにその黄赤入り混じった双眸が播凰を、播凰だけを睨みつける。

 その様子を播凰は、歯牙にもかけず見ていた。不敵に笑い、両腕を組み。まるで、黒竜が起き上がるのを待っていたかのように。

 それが気に障ったのか、或いは竜種としての誇りを傷つけられたのか。

 

 巨体が地を駆け、突っ込んでくる。

 空気すらも切り裂かんと。ギラリと鈍く光る爪が、強固な鱗に覆われたその腕が、播凰へと一直線に迫る。

 

 押し潰してやろうという算段であろうか。

 背筋が凍るような景色にあって、しかしブレスの時と変わらず、播凰はその攻撃の到達を受け入れようとしていて。

 いや、避けようとしていないのは同じだが、構えをとっていた。足を僅かに開き、左手を前に出して右腕を引き絞り。

 

 激突する。

 大地が悲鳴を上げ、大気は四方を震わす。

 揺るがないのは、中心たる両者。

 

 まるで信じられない一齣であった。これが映画や演劇などであったら、やりすぎだろうと内心笑うぐらいには。

 さながらそれは、蟷螂が前脚を振り上げ猛獣に挑むかの如く。結末は、その蛮勇の果ては見るまでもなく簡単に予測できる類のもののはずであった。

 それほどまでの、体格の差。

 

 だが、真実。振り下ろされた勢いが突如消失したかのように、黒竜の一撃はただ一人の人間の細腕に受け止められていて。

 

「…………」

 

 それに伴って生じた風圧を、もろに受けつつも。

 晩石毅は、その場に縫い付けられたかのように動かず、顔すらも固定されたかのように。ただただ、見ていた。

 

「――恐ろしいですか?」

 

 そんな彼にかけられる、この場には間違いなく不釣り合いな優し気な声。

 はっとして振り返れば、そこには真っすぐ毅に顔を向けているジュクーシャがいた。

 すぐ先で激しい戦いが繰り広げられているというのに、その顔は声色と同じく穏やかで。そして見る者を安心させるような微笑が浮かんでいる。

 

 長く呆然とはしていたものの、流石にここまで時間を与えられれば、少なからず自分を取り戻しているわけで。

 

「…………」

 

 それでも尚、その質問には答えられず。

 

「ええ、貴方はきっと恐ろしいのでしょうね。彼が――播凰くんが」

 

 だが、その胸の内を当てるように。ジュクーシャがゆっくりと、しかし核心に迫るように告げ。

 ビクリ、と毅は身体を震わせた。

 

「本来であれば。あの巨体は容易く沈みはしない。生半可な武具では傷一つつけることすら叶わず、よほどの使い手でなければ魔法(・・)すらも寄せ付けず。ダメージを与えるというだけでも困難。ただの人の生身の一撃など、言うに及ばず」

 

 つらつらと、述べられる。

 毅の返答を待たずして、ドラゴンの強堅さが、その異常性が語られる。

 

「――しかし、彼は崩してしまう」

 

 直後、再び地鳴りのような轟音。

 漆黒の巨体が、地に伏せている。今度は倒れたのではない。叩きつけられた。

 豪腕を躱した播凰がその巨体を駆け上り、首筋あたりを殴りつけたのだ。

 

 そう、一度ならず二度までも、それぞれ拳で一発、脚の一撃をもってして。

 

 あれは断じてハリボテなどではない。見掛け倒しのデカブツというわけでもない。

 いかに架空の生物だろうと、正気を疑わざるをえない現実だろうと。

 あれが発する空気が、身に纏う威圧感が。嫌でもそれを否定する。嫌でも理解させられる。

 

 人が徒手空拳にて、本気の、じゃれあいではない野生の猛獣に対抗できうるか。

 いや、もしかすると、できる者はいるかもしれない。人類の数パーセントは、いるかもしれない。

 だが、あれは。あれは、次元が違う。

 

「ですが――それを恥じることはありません。己を偽る必要も、責める必要もありません」

「……え?」

「貴方のそれは、きっと正しい。恐れとは、生きとし生けるものが持つ、本能。いくら言葉で否定したとしても、それは消すことはできない」

 

 思いがけない言葉に、毅はジュクーシャの顔を凝視する。

 哀愁を帯びた横顔が、そこにはあった。その瞳は、播凰の戦いを映しながらも、同時に別の何かを見ているようで。

 

「差し出がましいようですが、私からは最後に一言だけ」

 

 そう思ったのも束の間、彼女は再び毅を振り返った。

 そして、言うのだ。その美貌に柔らかい微笑を湛えて。けれども、願うように、届くようにと。

 

「彼は、三狭間播凰という人間は――その力を貴方に、罪も敵意もない誰かに、理由もなく無闇矢鱈と振るい害するような人でしたか?」

 

 言葉通り、それを最後にジュクーシャは。その口から何も紡ぐことをしなかった。

 

「……フンッ」

 

 ただ、つまらなさそうに。くだらないものを聞いたと言わんばかりに、万音が鼻を鳴らしていた。

 

 

 それからの戦いは、一方的ともいえる展開であった。いや、その現状からすれば戦いと呼べるものであったかどうか。

 

「さて、それなりに楽しめたが、ぼちぼち終幕といこう!」

 

 東方第一の制服は土煙などで少々汚れているが、それでも青緑色の明るさは健在。

 目立った外傷も特に負っておらず、播凰は高らかに宣言する。

 

 対して、黒竜は。

 漆黒の鱗はその所々が剥げ、或いは砕け。凶悪な牙さえも数本が無残に折れ、或いは欠けている。

 だがそんな有り様であっても、彼の者は未だ眼光鋭く播凰を見据え、まるで戦意は衰えず。

 

 そんな、両者の様子に。

 

 ・コメント:客将パネェwww

 ・コメント:いやー凄いもんを見た…

 ・コメント:コメントするの忘れてたわ

 

 ある者は、魅入り。

 

 ・コメント:一方的すぎてつまんな

 ・コメント:俺つえー系ってやつ?

 ・コメント:動きとかは凄いけどパターンが安直

 

 ある者は、こきおろし。

 

 ・コメント:つーか、結局これなんなんだ

 ・コメント:そういや、あの服装見覚えがあるような気が。。

 ・コメント:学生だとしたら、どこかの制服とか?

 

 またある者は、知ろうとする。

 

 場外から好き勝手言われているなど、露程も知らず。

 

「うむ、その戦意に応じ、次の一撃を以て幕引きとする。制約のため技は使えぬが、今の私の本気の一撃だ」

 

 ここにきて初めて、播凰から動き出す。

 今までは黒竜が仕掛けてきたのに合わせていただけの彼が、ダンッと地を蹴り自ら黒竜に肉薄していく。

 

 両者の視線が、空中にて合わさる。互いが互いを、間違いなく認識する。

 

 攻撃のリーチ、という点ではやはり体格で勝る黒竜に軍配が上がる。

 故に、その出だしも早く。

 鞭のようにしなるその尾が、夕闇に紛れ、空中にて自在に動けぬ播凰目掛け叩きつけられようとしている。

 

 ――ギュッと。

 言葉なく、播凰の拳が握られた。

 

 その、瞬間だけは。

 世界から音が消えたかのように、不思議とした静寂が一帯を満たした。

 まるで示し合わせたかのように、賛否が巻き起こっていたコメントすらパタリと止んだ。

 

 最後の、最後。

 黒竜の瞳には確かに、とある感情が宿っていた。

 

 偶然か、はたまた必定か。種族を、世界をすら越え、その想念は心底に根付く。

 それは、彼が嘗て敵対した者から、そして味方であった者からも向けられたもの。

 それこそは、彼がこの世界へと(いざな)われ、招かれた理由。

 

 即ち、彼こそは――。

 

 天地すら鳴動させる一撃が、漆黒の巨体を撃ち抜いた。

 

 ――三海を統べし覇者である。

 

 洞窟の主よ、何するものぞ。

 それでは彼の者の障害足り得ない。故にこそ男は、若い時分にして多大なる畏怖の元にそう呼ばれたのだから。

 従って、たかだか体格の差程度の優位性しか持たぬのならば。

 土台、いかに竜といえど敵うはずもなかったのである。

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