三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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一章最終話 零階の落伍者

 パァンッ! と何かが弾けて割れるような甲高い音が反響した。

 

 同時に、力なく地に伏せピクリともせぬ黒竜の姿が、夕闇に溶けるかのように徐々に薄くなっていき。数秒後にはまるで幻であったかの如く、世界から消え去る。

 一陣の風が吹き抜けていき、静まった後。佇む播凰の後ろ姿だけが、そこに残った。

 

『さて、いかがであったか、余の軍団の客将の実力は? 者共、精々遅れをとらぬよう励むことだ。――それでは、緊急会合は以上とする、ではなっ!!』

 

 決着を見届けて、万音もまた終幕を宣言し。終ぞ詳細を語らぬまま、配信を停止した。

 漆黒の嵐は去り、山中に戻った平穏。

 各々が次なる時へと動き出そうとする、その中で。

 

「…………」

 

 毅は、見ている。

 一人、時間が止まっているように、少し先にあるその背を見ている。

 闘いが終わってなお、その最中と同じく。

 

 唯、今までと異なる点があるとすれば、それは。

 その顔は茫然自失と呆けておらず、面差しに意思があること。

 

 ……行かないと。

 

 そう。意思は、ある。

 

 ……行かないと。

 

 意思はある、が――動かない。

 毅は、目線を下げて自身を見下ろす。

 押さえつけられているわけでも、縛られているわけでもない。普段と変わらぬものが、変わらぬ様子でそこにある。だのに、その両足は。

 根を張ったように、前へと進まない。

 

「ぐっ……」

 

 焦りだけが、募る。焦る余裕はあるくせに、声をも出せることができるくせに。

 動け、動けと発破をかけようとも。己の一部であるはずのそれは言うことを聞かず、黙したまま。

 

 いや、薄々理解してるのだ。動かそうとする意思がある一方でまた、そればかりではないことを。

 だから、動かない。

 せめぎあい、動くことをできない。まるで彫像のように。

 

 動かぬ、その背を。

 優しく、しかし力に溢れた誰かの手が、そっと温かく押した。

 

 びっくりして、思わず毅は振り返る。

 柔和な笑みのジュクーシャと視線が合った。

 彼女は何も喋らず、語らない。けれども、大きく頷いて。

 

 そこでようやく、自身が一歩踏み出していることに気付いた。

 動いたと、そう頭が、身体が理解した時。

 前に進んでいた。あれだけ動かなかったのが嘘のように、その先にて佇む背中を目指していた。

 

 そうして、辿り着く。距離にしてさほどではなく、にも関わらずそこに至るまでは長く感じられ。

 だが、あの時遠ざかっていった背中に、確かに辿り着いた。

 

「――播凰さん」

 

 呼びかけに、ゆっくりとその顔がこちらを向く。

 

「……その」

 

 自分から声をかけたくせに、少し迷った。

 何をするべきなのか、何と言うべきなのか。

 ゴクリ、と唾を飲み込み。

 

「すみませんでしたっ!!」

 

 勢いよく頭を下げる。

 恥も外聞もなく、同時に謝罪の言葉を口にする。

 

「……ふむ、何を謝る?」

「恐い、と思って避けたことっす! ……いや、正直言うと、今でも恐いことは恐いっす」

 

 播凰の問いかけに、頭を下げたまま内心を馬鹿正直に吐露する。

 そう、恐いと思った。それは決して過去形ではない。

 発端は矢尾との戦いだが、その比ではないものを今まさに、より近くでまざまざと見せつけられた。

 

 だが――。

 

「けど、俺は知ってるっす。播凰さんが、意味もなくそれを振るう人じゃないって」

 

 そうだ、知っている。晩石毅は知っている。

 毅は見てきた。短くはあるが、三狭間播凰という人物の人となりを。

 

 だから、知っている。

 入学前、膨大な勉強にげんなりしながらも管理人に反抗することなく机に向かったことを。

 ありふれたことにすら目を輝かせ、子供のように興味を示すことを。

 共に過ごす日々の中で、暴力的な振る舞いは一度として無かったことを。

 散々馬鹿にされた矢尾にすら、圧倒はしたものの無駄に痛めつけるような真似はしなかったことを。

 そしてついさっき、逃げたのは毅の方なのに、矢尾の最後の一撃から守ったことを。

 

 脳裏に思い起こしながら、毅は目をギュッと瞑って。

 

「だから――すみませんでしたっ!」

 

 再度、謝りの言葉を紡ぐ。

 彼女の、ジュクーシャの言葉が。その、無言ながらも想いの籠った後押しが。

 毅に勇気を、踏み出す力を与えていた。

 

 それから、いくばくの時が流れたか。少なくとも、数十秒が経ったのは間違いない。

 

「……毅よ、取り敢えず顔を上げよ」

 

 やおら、播凰が毅に頭を上げるよう促す。

 おずおずとその通りにしてみると、播凰は、彼にしては珍しく悩むような、困惑したような顔をしていて。

 

「恐れられたことは、まあ幾度とある。だが……うむ、面と向かってそのように言う者は今までいなかったのでな」

「それは……」

 

 言いかけて、毅はふと思い出した。

 あの朝、矢尾との戦いの後の朝、学園への道にて播凰はそういえば言っていた。

 

 ――私には今まで、身内以外で年が近く気軽に話すような者はいなかった故……。

 

 考えたことはあった。

 自分と播凰を表す言葉は、なんであろうかと。

 

 始まりは、最強荘への入居というタイミングで居合わせ、管理人からの依頼で色々と世話を焼いたことであった。

 新しい土地での生活のサポート。

 それだけでは多分、よくて知人程度の関係で終わっていたことだろう。

 

 だが、何の因果か。同じ年代で、更にはどちらも同じ学園の同じ学科に入学を希望していた。

 

 何度か、脱力させられたことや驚かされたこともあったが。

 部屋は違えど同じ場所に住んでいることから、自然と登校時に学園へと同道し。

 学園内でも、事が起きるまではなんだかんだ、同じクラスだったこともあり一緒にいた。

 

 そんな関係は何というのか。

 そう自問し、すぐさま苦笑と共に軽く頭を振った。

 

「その、播凰さん……俺と、友達になってくれないっすか?」

 

 我ながら、都合のいいことだとは思う。言う資格もないのかもしれない。

 

 ――でも、きっとそうだと思った。

 

「友……?」

 

 不思議そうに、播凰が聞き返した。

 それこそ、聞きなれない単語を耳にしたような。まるで思いもしなかった、といったような反応であった。

 断られるだろうか、だがそれも仕方ないと覚悟する毅を前に。

 

「そうか、友……友、か」

 

 しかし播凰は、その単語を幾度か口の中で転がすと。

 

「うむ、では晩石毅よっ! 其方は、我が初めての友であるっ!!」

 

 鷹揚に頷き、朗らかな笑みと共に言い放つ。

 それは山中にあって木霊となり、彼方まで響いていった。

 

 そんな時である。

 

「――おう、空気を読めないようで悪いが、あの杖はどうなった?」

 

 二人に近づき、声をかけてきたのは厳蔵。

 はっ、として毅が慌てて周囲を見渡す。

 そうだ、杖だ。矢尾が奪った、あの黒杖。

 

「……あぁっ!?」

 

 果たして、それは地面に転がっていた。丁度真ん中あたりで、真っ二つに折れながら。

 もはや杖の体を為しておらず、ただの黒い塊。

 それが目に入り、反射的に毅は悲痛の声を上げる。

 

「うむ、折れているな」

「ああ、折れてんな」

 

 だが、そんな毅に対し、残りの二人の態度は淡泊であった。

 冷静にその状況を捉え、声に出している。

 それに納得いかないのは、三人の中で一番無関係であるはずの毅であった。

 

「な、何でそんなあっさりしてるんすかっ!? だって、あれは播凰さんの――」

「ふむ、先程から気になっていたが、私の天能武装というのはどういうことだ?」

 

 驚愕の声は、しかし当の本人からの疑問により止められる。

 

「さっきも言ったが、ありゃあ拾いものを気まぐれで鍛えただけだ。あんなことになるとは思わなかったがな」

 

 厳蔵の追撃により、いよいよ毅はポカンと口を開けた。

 

「え、えぇ……? じゃ、じゃあ、播凰さんの天能武装っていうのは……」

「うむ、まだ造ってもらうどころか、了承すらもらえておらぬからな!」

 

 恐る恐る尋ねる毅とは全く真逆の様子で、播凰が高々に笑い飛ばす。

 脱力し、座り込む毅。

 仕方ないといえば仕方ない。ここまで来た原因が、そもそもの勘違いだと発覚したのだからそうなりもするものである。

 

「いや、いいぜ。引き受けてやるよ。見るもんは見たからな」

 

 と、そんな中、厳蔵が唐突にそう言い出したことで、播凰と毅は揃って彼を見た。

 

「しかし、聞いてはいたがつくづくとんでもねえな。最強荘(あそこ)の住人――異世界からの来訪者とやらは」

「……?」

「三狭間の小僧もそうだが、あの後ろの二人。あっちもとんでもねえものを持ってるってのは、何となく分かるぜ」

 

 だが、続いたその言葉に、毅は意味が分からないといったように疑問符を浮かべる。

 そんな彼の様子を微塵も気にすることなく、老人は振り返らずに背後を指差して。

 

「……へ? 今、なんて?」

「なんだ、そっちの小僧は知らねえのか? 力を隠してるようには感じねえが、元々この世界の人間か?」

「え、ええ? ……えぇーーっ!?」

 

 最後に毅の絶叫が、響くのであった。

 

 

「――なんとか、上手く収まったようですね。よかった」

 

 そんな、彼らから少し離れた、後方で。

 ジュクーシャは、ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。

 

「フン、誠お節介な存在なことだ――貴様ら、勇者(・・)というのは」

 

 彼女とは異なり、何の感慨もないような瞳で見据えるのは、万音。

 

「……その呼び名は、今の私には相応しくありません。私はその立場を、役目を投げ捨ててここに立っているのですから」

 

 ジュクーシャはそちらを見ずに、しかし苦笑を確かに滲ませてそれに答える。

 卑下するように、自嘲するように。謙遜ではなく、心から痛感し、自分を戒めるかのように。

 

「しかし、播凰くんはあの若さで凄いですね。身体能力だけで竜と戦い、圧倒する。素手というのを考えれば、あれ程の実力者は私の世界ではそういなかった」

「その寸評には一部間違いがあるな。あやつは身体能力だけで戦っていたわけではない。それに、加えるならあれは若い竜で大きさも力も未熟だった」

 

 しみじみと口にするジュクーシャであったが、しかしそれを否定する声が飛ぶ。

 眉を顰めて振り返る彼女に、万音はニヤリと笑い。

 

「初めからではないが、特に最後の方だな。無意識であろうが、あやつは天能術を使っている。――いや、正確に言うならば、その力の片鱗が漏れ出していた」

「なっ!? 貴方、知らないと答えたのでは……」

「教えてこちらに何の得がある? よもや、大魔王たるこの余が、無償の世話を焼くとでも?」

「くっ……」

「フハハハッ、無様だな! それすらも分からぬとは、程度が知れるというものよ。なあ、ジュクジュクよ?」

 

 歯噛みして睨むジュクーシャに対して、万音は小馬鹿にしたように嘲る。

 それが、決定打。元より仲がいいとはいえない両者だ。火を着かせるには充分だった。

 

 ……しかしあの黒竜、そしてあの杖の元となった物質は、間違いなく余の世界のもの。

 

 なおも言い募る彼女の怒声を聞き流し。

 

 ……さて、似たような物が他の世界にも存在するという可能性がないわけではないが。

 

 その視線は真っ二つになった黒杖を見て。

 

「――やはりこの世界。何かある、か」

 

 万音は――大魔王は、小さく呟く。

 その声は、誰の耳に届くことなく、暗い空へと消えた。




ということで1章終了です。
次の章は動画やVTuber(配信者)要素の頻度が高くなる予定です。
最強荘の新しい住人も登場します。

それでは、「2章 1階の大魔王 ~覇王配信出演編」
よろしくお願いします。
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