三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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第二章、開始です。
この章は配信やVtuberがメイン(になるはず)の章です。勿論学園パートもありますが。
よろしくお願いします。


2章 1階の大魔王 ~覇王、配信に出る
一話 噂を上書くものは


 朝の陽ざしが、カーテンの隙間から差し込んでいた。

 春も中頃から終盤へ差し掛かろうかという季節。それはそれで心地よくはあるものの、しかしぬくぬくとそれに浸っているわけにもいかない。

 ピピピピッ、と設定していたアラームが無機質に、学園へと向かう時を告げる。

 

 パチリ、と播凰は目を開くと、ベッドに横たえていた身を起こし、登校の準備を始めた。

 

 洗面所で顔を洗い、バターを塗った食パンをトースタで焼く。

 できあがりの間、冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注ぎ。

 チンッと小気味良い音を立てたトースターから焼き上がったパンを取り出すと、用意していた牛乳と共に流し込む。

 制服への着替えや持ち物の確認等、出かける準備を手早く終え、播凰は扉を開いて外へ出る。

 

 最初の頃こそは手間取っていたものだが、何回も朝を迎えれば慣れるというもの。

 トースターの中でジリジリとパンがきつね色に変化していくのをじっと眺めることも、制服のネクタイが上手く結べず何度もやり直すことも無くなってきていた。

 ……いや、ネクタイに関しては一発成功することもあれば、二度三度やり直すこともあったが。

 

「おはようっす、播凰さん!」

 

 そんなことはさておき、いつもの時間に播凰が三階から降りれば。

 既に待っていた毅が挨拶をしてきた。

 

「うむ、おはようだ」

 

 それに播凰が返事をして、二人は並んで歩いていく。

 彼らが住む最強荘は、閑静な住宅地の、その更に奥まった場所に位置している。

 そのため人影は疎らで、鳥の鳴き声や靴の足音すらも鮮明に響く。

 

 以前と同じで、しかし少し前まではなかったことだ。

 元通り、といえばそうなのだろう。

 別々に登校するのでもなく、両者の間に不自然な距離があるわけでもない。

 

 あの日。矢尾と播凰が学園にて戦ったあの日までと、変わらぬ光景だ。

 そう、その光景だけであれば。

 

「しかし、本当驚いたっす。まさか、播凰さんが別の世界から来たなんて」

 

 すぐ近くに人がいないことを確認しつつ、毅は夢現のように、しかし確かな驚嘆を含んで言った。

 矢尾との騒動、そしてまさかのドラゴンが登場した夕刻。厳蔵から聞き、そしてその後いつの間にかいた管理人から聞かされた、その話。

 

 つまり、最強荘には別の世界――即ち異世界から来たという人々が住んでおり。住人の中で元々この世界で生活していたのは、自分()だけであると。

 

 まるで荒唐無稽な内容。まかり間違っても、そうだったのかと一息に受け入れられるものではない話だ。

 

 もっとも、言われてみればというわけでもないが。その事実を示す片鱗というべきか、痕跡がなかったかと問われれば、そんなこともない。

 浮世離れしているとでも言えばいいのか、三狭間播凰という人物に明らかに違和感を感じていたのは確か。それこそ、滅多に人の立ち入らない山奥にでも住んでいたのかとでも思っていたが。

 だが、まさか思うまい。地域どころか、国どころか。世界すら違うところから来たなどと。

 

「うむ、私も驚いたぞ。毅も同じなのかと思っていたからな!」

 

 そして播凰は播凰で勘違いをしていた。

 毅も己と似たような境遇であると。要するに、同じく別の世界からこの世界に来た者であると思っていたのだ。

 初日に管理人からやんわり釘を刺されたのもあるが、無理にお互いの世界のことを話すこともないと、ただ話題に出さなかっただけである。

 

 笑う播凰に、毅は苦笑で応じる。

 

 正直言えば。信じ難いという気持ちはある。

 だが、嘘だと断じるつもりもなかった。

 実際のところ、それがどちらであっても、毅はどうこうするつもりもなければできることもない。

 

 ただし、やらなければならないことというものはあって。

 それが、この事実を他言無用とし、余計な詮索をしないこと。

 入居時の契約における、三つ目と四つ目の約束事。

 

 それが、最強荘における住人にして唯一の一般人――晩石毅の守るべきルールなのであった。

 

 

 

 学園に到着した二人は、所属するクラスであるH組に入ろうとする。

 その、寸前。

 

「…………」

 

 毅は扉へと手を伸ばした状態で、しかしそれが到達する前に無言のまま停止した。

 思い出したのだ。播凰に言おうとしていて、しかし言い忘れていたことを。

 

「どうしたのだ?」

 

 当然、そんな毅の行動を播凰が不思議そうに見てくる。

 毅は腕を戻し、扉から少し離れると。

 

「播凰さんも、あの人――矢尾が言ってたのを聞いてたと思うんすけど。実は少し前から、クラス内にある噂が流れてるんす」

「噂とな?」

「はいっす。その……天戦科に、天能術を使えない新入生がいるっていう噂なんすけど」

 

 周囲の様子を伺いながら、こそこそと話し出す。

 そう、噂だ。どこから流れたのか、少なくともクラスの半分程度には回っていたあの噂。

 矢尾の発言から、彼が出元というのが確定したが、それを事前に言うのを忘れていたのだ。

 

「ん? 噂も何も……事実ではないか」

 

 だが、それを聞いた播凰の反応はといえば、きょとんとしたものだった。きょとんとした顔で、とんでもないことを言っている。噂の対象が自分であることを微塵も疑っていない。

 とはいえ、その通りなのはその通りである。

 もし噂の対象が播凰以外なのだとしたら、一体どこにいるという話だ。

 

「うーむ、そういえば紫藤先生には、あまり誰かに喋るなと言われていたな。……むっ、それは性質の話だったか?」

「性質? そういえば、播凰さんの性質って聞いたことなかったっすね?」

 

 しかし、何かを思い出そうとしているのか、首を捻りながら腕を組み始めた。

 そして毅も、その呟きからそういえば、と播凰に訊ねる。

 天能術が使えないことと、性質がないことはイコールではない。いや、異なる世界の人間が性質を持っているのかという疑問は生じたが、少なくとも口振りからそういう問題ではなさそうなのは伺える。

 

「おお、そうだったか……うむ、性質については後で話す」

 

 その問いを受けた播凰は、首を傾げるのを止め、しばし毅を見たが。

 

「取り敢えず、入るとしよう。なに、見てくるだけならば何も問題はない」

 

 視線だけであれば、以前から感じていた播凰である。

 毅の心配も何のその、扉を開け放って、ズカズカと教室へと入っていった。

 

「……流石、播凰さんっすね」

 

 自分だったら、居心地の悪さだけで胃が痛くなってしまいそうなものだが、と考えつつ。

 遅れること数秒、毅も教室へと歩を進めていく。

 

「――これって、東方第一(ウチ)の演劇部なのかなぁ?」

 

 入って間もなく、そんな誰かの言葉が毅の耳朶を打った。

 

 ……演劇部?

 

 思わず足を止めて振り向けば、声の出所と思われる、教室の出入り口付近の席に固まっている女子生徒のグループがいた。

 彼女達は各々、何やら端末の画面を熱心に見ているが。

 

「いや、これ演劇じゃないでしょ。映像制作とかCGとか? よく分かんないけど、そっち系じゃない?」

「あー、なんかそんな感じの部活もあったような……?」

 

 と、今度は同じ集団から別の声。

 何の話をしているのかよく分からないものの、取り敢えずは例の噂ではなさそうなので、播凰に合流しようと毅は歩みを再開する。

 

「へぇー、こんなことやってる生徒もいるのかー。いいなぁ部活、俺も何処か探してみようかな」

「H組の俺らにそんな余裕ねーし、そもそもどうせ入れないだろ。仮に入部できたって、馬鹿にされるだけだ」

 

 別のところでは、男子生徒達がこれまた端末を見ながら部活の話をしており。

 

「これ、Vtuberの配信の動画だろ」

「てかそもそもこれ、ここの生徒なの? 服が似てるってだけじゃなくて?」

 

 更にはある所からは、そんな言葉も飛び交っていて。

 もはや疑問符が乱舞する毅であった。

 

「何かに夢中のようだな」 

 

 そんな毅に、先に教室へ入っていた播凰が周囲を見回しながらそっと言う。

 一人の例外なく、というわけではなさそうだが、端末の画面を見ながら集まっている人影は多数。

 毅が予期していた、播凰への空気や視線は、ほとんど無い。

 

「何か、学園からのお知らせでもあったんすかね? 播凰さん、端末確認しました?」

「いや、まだだ。見てみるとしよう」

 

 二人して、学園貸与の端末を起動し、確認する。

 学園からのお知らせにメール、関連していそうなものに目を通していく。

 だが、何も分からぬままに授業開始の時間を迎えるのだった。

 

 

 そうして、昼休みである。

 結局はそれらしき連絡や通達はなかった。ともすれば、ただ単に仲間内で楽しんでいただけなのか。そもそも、端末で全員が全員同じものを見ていたとも限らない。

 

 毅はそう結論付け、播凰の席へと向かう。

 目に入るのは、ぐちゃあ、と机に突っ伏した背中。

 

「播凰さん、播凰さん。お昼食べに行きましょう」

 

 相変わらず、勉強が苦手なんだなあと思いつつ、声をかけてその背を揺する。

 

「……うむ、待たせた」

 

 しばらくして、のそりと播凰が起き上がった。

 ぐーっと背中を伸ばし、息を吐くのを見届け。

 二人して、教室の出入り口へと歩いていく。

 

 毅が手を伸ばし、それが扉に掛けられようとしたところで。

 外側から開かれる。

 それだけであれば、別段特筆することはない。

 今は休み時間、それも昼休みだ。出ていく生徒もいれば、入ってくる生徒もいるもの。

 

 だから、毅は横にずれようとし。しかしその直前に無意識に顔を上げ、そして硬直した。

 そして、それは相手も同様だった。瞠目して、開いたというのにその手は未だ扉に掛かっている。

 一歩引いていた播凰だけは、面白そうに相対する相手を見ていた。

 

「……あー、悪いな。ちょっと、顔貸してくれるか? 二人共だ」

 

 刹那の沈黙の後、一番に口を開いたのは。

 気まずそうに頭を掻く、男子生徒。

 播凰に明確な敵意を、憎しみをぶつけてきたはずの、矢尾(やお)直孝(なおたか)その人であった。

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