三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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二話 それは世に放たれた

「――悪かったっ!!」

 

 日陰となっており、ベンチや芝生といった休憩スペースもない、とある校舎の影。

 二人を連れてくるまで終始無言であった矢尾は、この場に着き足を止めて振り返るや否や。

 息を吸い込み、突然頭を下げたのだ。

 

 これには、どこか面白がるような調子であった播凰は、表情そのままに。

 大きな警戒と少しの不安を浮かべていた毅は、目を丸くさせる。

 

 刹那の沈黙。

 周囲に人の姿はないため、物音らしい物音も生じない。

 精々が、建物の向こうから昼休み中の生徒達の声が微かにこちらまで届いているくらいのものだ。

 

 正直に言えば。毅にとって、(矢尾)についてはうっかりしていたというか忘れていたというか。とにかく意識の外にあった。

 それは取るに足らないとか勿論そんな話ではなく、播凰のこと(異世界の話)があまりにも衝撃的すぎて、そちらに意識が割かれていたためだ。

 

 思い返してみれば、いつからかあの場所から矢尾の姿は消えていた。それがドラゴンが出現してすぐなのか、途中なのかは不明だ。ただ、全てが終わった後にはいなかったことは間違いない。

 ゆえに、目的も含めて道中に諸々考えていたのだが。

 

 ――狂気は、消えていた。

 

 唯一つ、それは分かった。

 気乗りしない誘いではあったが、確かにそう感じた。だからこうして、ここまで着いてきた。

 逆に言えば、それ以外は分からない。報復なのか、そうでないのか。

 流石に昼間から、それも学園内で大事となるようなことはしないだろうと思い、余計な口は挟まなかったが。

 

「……あー、まあいきなりこう言われても困るよな」

 

 毅が何の反応も返せずにいると、矢尾は顔を上げてガシガシと頭を掻く。

 なんというか、自然体だった。今のが何かの合図というわけでもないらしい。

 少なくとも数を恃んだ待ち伏せとか、そういう罠の類ではなさそうではあった。

 

「ふむ、何を謝る?」

「……お前らにしたことだよ。ムカついたのは確かだが、あそこまでやるつもりは――暴走するつもりは、なかったんだ。つっても、信じられねえと思うだろうがな」

 

 播凰が問えば、矢尾は自嘲と共にそう返す。

 

「底辺のはずのH組の生徒に一対一で負けて、中等部から(つる)んできた同じクラスの奴らにも馬鹿にされて……んで、気付いたらあの様だ。別に許してもらおうなんざ思っちゃいないが、なんつーか迷惑かけたからな」

「…………」

 

 何を今更、という思いは毅の中にあった。

 だが、あの狂気は尋常ではなかったのも事実。あの時の嫌な気配、危険な光は、確かに今の矢尾からは感じない。

 毅は、そっと播凰の顔を窺う。

 被害者、といっていいのか微妙だが、メインが播凰であるのは明らか。さて、どうするのだろうと見守っていると。

 

「うむ、許そう。実害という実害もなかったのでな」

 

 軽い調子で、播凰が言った。

 本当に軽い響きだ。それこそ、事も無げに挨拶でも返すのような。

 意を決して告げたであろう矢尾は、パチパチと目を瞬きつつ播凰のことを凝視している。

 

 ……もしかしたら、とは思ったっすけど。

 

 そして毅は驚き半分、納得半分を以てそれを迎え入れた。

 完全にではないが、ストンと胸に落ちたのは間違いない。そしてそれは播凰の本心であろうことも理解していた。

 

「……はぁっ!? いや、だってお前――」

 

 だが矢尾は信じられないのか、食って掛かるように言い募ろうとするが。

 

「気持ちは分かる。そして、見下すことが悪いとは言わん。お主は天能術の才があり、努力もしてきたのだろう。対して私は、天能術の才はなく、努力もこれといってしておらん。加えて、性質が不明というよく分からぬ状況だ。お主が怒るのも尤もと言えよう」

「……ん?」

 

 播凰がゆったりと、しかし真面目な表情となって口を開く。

 その中にとんでもない発言があった気がして疑問の声を上げる毅であったが、播凰の語りは続いた。

 

「――故にこそ、許す。そして、また挑みたいのであれば挑むがよい」

 

 つい先ほどのような、軽い響きではない。

 言葉の節々に溢れる重厚さ、覇気。静かであれど、まるで空間を支配するかの如く、一切の雑音が世界から消える。

 

「それでも納得がいかないというのであれば、そうさな――」

 

 ――相手が悪かったと、そう思うがいい。

 

 不敵な笑みを湛えて、播凰はそう締め括った。

 再び、場に沈黙が訪れる。

 世界に音が戻り、風がそよいだ。

 

「は、ははっ、そうか、相手が悪かった、か。――そりゃあ、敵わねえなぁ……」

 

 乾いたように、諦めたように、認めたように。

 矢尾は笑い、そして目を細めるようにして播凰を見た。

 

「そっちのお前も、悪かったな」

 

 しかし暫くして、思い出したように毅に視線をやる。

 

「俺も……まあ、大事には――なってなくはないっすけど、最終的にはなんともなかったですし」

 

 ……播凰さんとの会話の切っ掛けにもなりましたし。

 

 心の中でそう付け加え、毅は苦笑してそれに答える。

 播凰が許しているのに、関係者とはいえ第三者寄りの毅が許さないというのも変な話だ。

 後は彼が零した言葉に、播凰が語った言葉に共感――というか心情を想像できた部分があるというのも事実。

 

 そんな毅に矢尾は、そうか、と短く首肯して。

 だがすぐさま思い出したかのように。

 

「お前は、天能術はヘボだったが……その、なんだ。動きや使い方は悪くなかったぜ」

「……え? あ、えと、どうもっす」

 

 照れ隠しなのか、鼻元を手で擦りながらそう小さく評した。

 毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばする、とでも言うべきか。天能術については駄目出しをしたが、それ以外の部分は少なからず認めるような評価だった。

 毅は意外に思いつつ、だからこそ戸惑いながら礼を述べる。

 言われずとも自身の天能術については理解しているため、不満はない。しかし、まさかそう思われていたとは。それも、E組(最上位)の生徒から。

 

「ふむ、そういえばこちらにも聞きたいことがあった。お主、あの時どうしていた?」

 

 どうも我ながら単純なようで。

 それだけでじわじわと喜びが胸を満たしていったが、播凰の声でハッと意識を戻す。

 あの時、とは勿論ドラゴンが出現した時のことだろう。

 

「ああ……俺も、覚えてねえわけじゃないんだが、なんか色々とボンヤリしてんだよな。そもそもあの場所も、行ったことがなかったし」

「そういえば、正確な場所を知ってたみたいだったっすね」

 

 矢尾が眉根を寄せつつ思い出すようにしながら話せば。毅もまた思い出したように口を挟む。

 そう、矢尾に脅されたあの時。山、とだけ聞いた矢尾の反応は、まるで知っていたかのような口振りであった。

 

「そうなんだよな。確か、男……いや女か? ともかく、知らねえ奴に話を聞いたんだ。んで、あそこであの黒い杖を持って――気が付いたら、三狭間と戦ってた」

「……戦ってたっすか? それも播凰さんと?」

「ああいや、正確には見てたなのか? 視点は高いし、黒い鱗みたいなのはちょくちょく目に入るし、なんだこりゃと思ってたら、三狭間に吹っ飛ばされたんだ」

「…………」

「ただ、痛みはなかったな。そんで、俺が動かしてたってわけでもなかった。で、途中でボーっとなってきて暫くしたら、今度はいつの間にか山の麓で寝転んでたんだ。そん時はちゃんとした俺の身体でな。未だに訳分かんねえぜ」

 

 要領を得ない話であった。

 矢尾自身も分かっていないのか、混乱している部分も見受けられる。

 だが、こちら馬鹿にしているようでもなければ、演じているようにも思えなかった。

 

「ふむ。つまり、お主は部分的にドラゴンと一体化していたということか?」

 

 有り得ないようで、しかしそうとしか考えられない可能性を、播凰が口に出した。

 そう、今の話は確実にドラゴン側の視点だ。視界を共有していたのか、矢尾自身がドラゴンの一部となっていたのか。

 いずれにせよ、俄かには信じ難い話である。だがよくよく考えれば、そもそもドラゴンが現れたということを今でこそ受け入れているが、そちらも同レベルの話ではあった。

 

「……何が起こったか分からねーけど、多分そういうことなんだろうな。つっても、ドラゴンって分かったのは後なんだが。――ってそうだ、要件はもう一つあったんだ! お前ら、アレ(・・)はもう見たかっ!?」

 

 推測も含んでいたが矢尾はそれを肯定する。そう思ったのも束の間、次の瞬間、彼はなにやら勢い込んで二人にそう尋ねてきた。

 

「「…………?」」

 

 ただし、いきなりアレと言われても心当たりはなく、播凰と毅は顔を見合わせる。

 だが二人の様子に矢尾は、ああもうと言わんばかりに急いで端末を取り出して操作すると。

 

「ほらこれ、この動画だ! あん時の戦いがアップされて、凄え勢いで見られてんだよっ!!」

 

 画面を突き付けてきた。

 最初こそ、目を白黒させていた毅と播凰であったが。

 次第に、その内容を理解していき。

 

「こ、これって……」

 

 口元を引き攣らせて、毅が。

 

「うむ、私がドラゴンと戦った時のものだな」

 

 その後ろを引き継ぎ、瞳に好奇を宿した播凰が。

 確信をもってそれぞれ漏らす。

 

 毅にとっては一度、それも直接見て未だ焼き付き。

 播凰にとっては視点こそ異なるが、経験した当人。

 間違えることはない。

 

「だろ!? やっぱそうだろ!? これが学園の外でもだが、中でも結構な噂になってんだ!」

「あはは……なるほど、朝のはこれっすか……」

「ふむ、しかし何故これを知っているのか。お主もそうだが」

 

 興奮したような矢尾が念押しして、寄ってくる。

 納得しつつ毅が空笑いを浮かべれば、播凰は情報の伝達について疑問を抱く。

 

「むしろ、何で知らねえんだ!? こんなの、学内コミュニティ覗いてれば一発で……ん? そういえば、そっちは二人共外部組だったな。もしかして知らねえのか?」

「知らぬ。なんだ、そのこみゅにてぃーとやらは?」

「東方第一の生徒が使える、インターネット上の交流サイトみてえなもんだ。所属学科は表示されるが、匿名で使える。とはいえ、監視されてる上に調べれば誰が書いたかは学園側から把握できるから、好き勝手には書けねえけどな」

 

 矢尾の説明はあったものの、なお分からずに首を傾げる播凰。

 毅も、そんなものがあったのかと、初耳で。

 とかく両者共、ぼけっとしたような鈍い反応であることは間違いない。

 するとじれったそうに、矢尾がなにやら端末を操作して、再び画面を突き付けてくるのだった。

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