三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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6話 突撃、突撃

「――三ィ狭間(みぃさくま)ァァッーー!!」

 

 その日。播凰の学園での日常は、そんな怒声から始まった。

 騒がしいとまではいかないが、仲の良い者同士で集まり話し声が聞こえる、朝の予鈴が鳴る前の1年H組。

 播凰と毅も例に漏れず二人で軽い雑談をしていた、そんな中での怒声だった。

 

 シン、と静まり返るH組。

 次いで、クラス中の視線がその元凶――即ち、怒声と共に勢いよく教室の扉を開いたとある生徒へと向かうが。

 瞬間、その半分近くが無言、或いは小さく息を呑んで慌てて視線を逸らしていく。

 

「おお、矢尾ではないか。どうしたのだ、そんなに慌てて?」

 

 そんな緊迫ともいえる空気の中。

 呑気な声を上げて彼に近づいていくのは、呼ばれた当の本人である播凰だ。

 

「どうしたもこうしたもあるかっ! ちょっとこっちに来い!!」

 

 怒髪天、とまではいかないが、鼻息荒く肩を上下させる矢尾は、播凰の反応を待たずにその肩を掴んでH組の教室の外へと引っ張り出していく。

 変に抵抗することもなくされるがままとなっていた播凰。

 

「お前、何やってんだ!?」

「ふむ。何、とは?」

 

 H組からそこまで離れてはいないが、取り敢えず人気のない場所まで播凰を引っ張った矢尾は、小声ながらも詰問するように播凰に向き直る。

 だが、その問いに心当たりのない播凰が不思議そうに返せば、彼は頭を掻きむしるようにして。

 

「んなもん一つしかねぇだろうが! 何でお前は、普通にあのVTuberの配信に出てんだよ!?」

「ああ、そのことか」

 

 そこでようやく、合点がいったというように、播凰がポンと手を打ち納得の表情を見せる。

 

 いや、播凰とて最初は話を聞こうと思っただけなのだ。

 しかし、あれよあれよと流されてああなった。配信に出るよう促され、興味本位でそれを了承した。

 ――結果。当初の目的を忘れ、普通に楽しんだだけである。

 

「うむ、中々に面白かったぞ」

「そういうことを聞いてるんじゃねぇよ!?」

 

 惚けたような回答に、たまらず矢尾のツッコミが入った。

 だが、播凰としては真面目も大真面目。自分が何をやったのかを完全に理解はしていないが、面白かったので細かいことはいいの精神だ。

 

「そもそも、あのVTuber――つまり大魔王ディルニーンは、それなりに登録者数の多い配信者だった。というか、正直俺も知っていたし、前に配信や切り抜きを見たことがある」

「ほぅ、そうなのか」

「……お前のことだから、あの配信がリアルタイムで、その後のアーカイブでどれだけ見られているか知らねえ――いや、気にしちゃいねえんだろうな?」

「ふむ、そうさな。面白かっただけで私は満足だ」

「…………」

 

 あからさまな皮肉というか、なんというか。

 ちくり、と刺すように矢尾が告げるが、播凰はどこ吹く風。むしろ普通に矢尾の発言を肯定する始末。

 もはや怒る気力もなくなったのか、はたまた諦めたのか。矢尾は、これみよがしに溜息を吐くと。

 

「ともかく、その上例のドラゴン騒ぎの配信の後だ。話題性も注目度も抜群。しかも、ジャンナが――」

 

 そこまで言って、矢尾は言い淀んだ。というより、うっかり口に出してしまったというような、表情を浮かべている。

 

「ジャンナ?」

 

 思わず問い返した播凰であったが、しかし矢尾は口を結んだまま反応しない。

 いや、目が泳いでいる。明らかな動揺だった。

 

「ジャンナ、ジャンナ……聞いたことがないが、物の名称か何かか?」

「……ちげーよ」

 

 観念したのか、ムスッと不機嫌になりながら矢尾が口を開く。

 

「ジャンナ・アリアンデ。ディルニーンと同じ、VTuberだ。こっちは女の、がつくがな」

「なるほど。それで、そのジャンナ……あー、そのジャンナとやらがどうしたのだ?」

「アリアンデ、だ。ディルニーンの、というかお前が出た2本の動画について話題に出しててな、それもまた注目の要因になってる」

 

 ふむ、と返事をしてみたものの、播凰はいまいちよく分かっていない。

 それをどう受け取ったのか。ボソリ、と矢尾が呟くように言う。

 

「言っとくが、ディルニーンよりもジャンナの方がチャンネル登録者数は段違いに多いからな」

 

 それがどういう意図の元に放たれた言葉であるか、播凰には分からない。

 だが、それが意味する内容はなんとなく理解できた。とはいえ、それは自身には関係のない話。

 そのため、特にこれといった反応はなく、ふと思ったことを播凰は言ってみた。

 

「それはそうとお主、妙にこういう話題に詳しいのだな。――ああ、もしかすると、そのジャンナとやらのふぁん(・・・)なのか?」

「はぁっ!? か、勘違いすんじゃねえ、偶々だ、偶々」

 

 播凰の指摘に対し、顔をほんの少し紅潮させて偶然を強調した矢尾は、ごまかすようにゴホンと咳払いをすると。

 

「と、とにかくだ。別にどう動こうが勝手だが、少しは自分の置かれている状況を理解して発言しろ。まったく、見ててあんなにヒヤヒヤした配信は初めてだったぜ」

「む、もしやお主見ていたのか?」

「……暇潰しにな。取り敢えず、俺が言いたかったのはそれだけだ」

 

 じゃあな、と背を向けて矢尾は去っていく。

 残された播凰は、しばし考えるようにしていたが、ふと思いついたように端末を取り出すと。

 

「ジャ、ン、ナ、アリ……おお、そうそう、アリアンデだったな!」

 

 矢尾が出した件のVTuberについて調べてみる。

 検索でヒットしたのは、異国の装いをした金髪で勝気そうな少女、のイラスト。

 ふむぅ、と少しの間それを眺めていた播凰であったが。

 

「ぬっ、そういえばついでに言えばよかったが……まあいい、予定通り放課後にでもあちらの教室に行くとしよう」

 

 一つ、忘れていたこと――正確には矢尾に用事があったことを思い出す。

 だが、端末から顔を上げたものの、矢尾の姿は既にない。

 それを仕方ないと割り切り、元々考えていたように(・・・・・・・・・・)放課後に矢尾のいるE組へと訪れることを決め、自身のH組へと戻る播凰なのであった。

 

 

 そして、来たる放課後である。

 

「……播凰さん、本当にあの教室に行くんですか? 出てきて少ししたら話しかけるとかでも――」

「別にどちらでも違いはないであろう。なんなら、毅は待っていても構わぬが?」

 

 別に変な話ではない。学園内のとある場所に行こうという話である。

 まあ、もっとも。

 

「流石、播凰さん。……申し訳ないっすが、E組に行く度胸は俺にはないっす」

 

 そのとある場所というのは、1年E組という新入生の最上位に位置するクラスなのであるが。

 胸を押さえて呻くようにする毅を、大袈裟だと笑い。

 

 播凰は一人、1年E組の教室の扉に立つ。

 心なしか、いや確実にH組よりも上質な扉だった。ついでにいえば、教室の位置に関しても、校舎の隅の方にあるH組とは異なり、E組は利便性に優れた箇所に位置している。

 

 普通のH組の生徒であれば勿論のこと、残る天戦科のF組、G組の生徒でも気後れしそうなその扉。

 だがしかし播凰は、それに躊躇なく手をかけ、開け放つ。

 

 今正に教室を出ようとしていたであろうE組の女生徒二人が、目を丸くして扉一枚を隔てた少し向こう側に立っていた。

 それは向かいに播凰がいたことというよりは、いきなり開いた扉の勢いの良さに驚いて、といった具合だ。

 

 彼女達だけでなく、扉付近の机に座っていた男女のグループも、びっくりしたように播凰を見上げている。

 

「おほん、矢尾はいるだろうか?」

 

 その力強い呼びかけは、教室中にまで届いたようで。

 播凰の登場――正確には扉の動きに驚いた出入口付近のE組の生徒だけでなく、中程や奥の窓際で屯していた生徒達もなんだなんだと振り返っていた。

 

 そしてその中には、一人、鞄を肩にかけてポカンとこちらを見る矢尾も含まれており。

 口をパクパクとさせた後、だだだっ、と猛然と走ってきて。

 

「んなっ、おまっ、なん――」

 

 言葉にならない言葉で、播凰に詰め寄る。

 

「ああ、朝に言えればよかったのだが、実は私もお主に用があってな」

 

 それに動じず、悠然と笑う播凰であったが。

 

「――あんれー、君って確か、H組の生徒だよねー? そこの矢尾と戦った、さ」

 

 教室の中から、二人の元に届く声。

 播凰が視線だけを動かせば、三人組の男子の一人がニヤニヤとこちらを見ていた。

 笑顔ではあるが、小馬鹿にした笑みだ。その声色からも、意地の悪さが滲み出ている。

 

 見覚えのある顔であったような気がする。

 播凰は数瞬、学園での記憶を辿り。そして思い出した。

 

「ああ、あの時観覧席にいた者達か」

「そうそう。いやー、まさかあの時は予想外だったよ。まさか矢尾が、H組のゴミに負けるなんてねー」

 

 その言葉に、残りの二人が同調するように笑う。

 

「しかも、そのH組の奴なんかと仲良くするとは――矢尾がそこまで墜ちていたなんてね。E組の面汚しが」

「……っ!」

 

 言葉をかけられる対象が、播凰から矢尾へと移る。

 ぐっと矢尾が顔を伏せ、しかし歯を喰いしばった気配がした。

 

「…………」

 

 播凰は無言のまま、それを横目で見やる。

 擁護も非難もしない。我関せず、といえばそうだが、そこに踏み入れるのは違うと播凰は理解していた。例えその原因が己にあるのだとしても、だ。

 

 とはいえ、そんな矢尾の態度で、あちらも一応は満足したのか。

 再び、その視線が、言葉の矛先が、播凰へと戻る。

 

「っていうか、君もさ。H組なんかが、易々とE組に入ってくるなよ。自分の立場分かってる?」

「ふむ。別の組に入っていけない決まりはないと記憶しているが」

「はっ、決まりだとか、そういう問題じゃないことも分かんないのかい? 矢尾にまぐれ勝ちしたからって、調子に乗るなよ」

 

 いまやクラス中が沈黙を守り、彼等のやりとりに注意を傾けている。

 そのことに気をよくしたのか、彼は、その三人組は悦に浸ったように口を回す。

 

 相手は所詮H組、天戦科において実力最底辺に所属する生徒。そして、同じ最上位たるE組とはいえ、それに負けた生徒。かつてはつるんでいたが、それも少し前までの話。

 そんな二人が相手であれば恐いものはなく、オーディエンスたるE組のクラスメートも、こちらの味方になるだろうと、そう考えて。

 

「……まぐれ勝ち、か。なるほど、お主達にはそう見えたわけか」

「見えたもなにも、それ以外ないだろう? 大体なんなのさ、あんなの戦いでもなんでも――」

 

 ――ない、と。

 そう、言おうとした。言おうとしたのだ。

 

「――手を抜いたのは、認めよう。天戦科の正道たる戦いではなかったであろうことも、だ」

 

 だが、言えなかった。

 何故か。

 

「しかし、戦いを――」

 

 端的に言えば、呑まれた。

 自身へと向かってきているわけではない。何をされているわけでもない。

 その男(播凰)は、変わらずそこに立っているだけだというのに。

 

 激怒もなく、激情もない。

 だのに、寒気を感じている。ヒリヒリと肌を刺すような空気を感じている。

 何に対してかは分からない。だが、確実に己の警鐘が何かを告げている。

 

「一騎討ちを貶めることは、許さん」

 

 戦いがある以上、そこに決着は存在する。

 引き分けということもあるにはあるが、勝者が誕生するのであれば、敗者もまた誕生する。

 敗者が貶められるというのは、珍しいものではない。むしろそれが常。敗者が諸手を挙げて讃えられることこそ稀有だ。

 別段、敗者を貶めるのは勝者の特権ではない。戦いに密接な関わりのない第三者をして敗者が貶められることも、往々にしてある。

 

 三狭間播凰が勝者であり、矢尾(やお)直孝(なおたか)は敗者である。

 

 事ここに至って、その事実が揺らぐことはない。

 だから、例え己が原因であろうと、矢尾が謗られること(・・・・・・・・・)自体に播凰が介入するつもりはない。

 なぜならばそれもまた、戦いの延長であるからだ。

 

 だが、その戦い自体(・・・・)を、戦いが起きたことを貶めること。

 それは誰であろうと許されない。少なくとも、三狭間播凰にとって――かつての世界における己にとっては。

 

 沈黙が訪れる。

 だが、次の瞬間に、播凰はフッと表情を和らげ。

 

「そこまで言うのであれば、お主達も私に挑んでみるか?」

 

 ひりついた空気が、霧散した。

 初夏にあって、粘つくような汗が、一粒。三人の額からそれぞれ滴り落ちた。

 

「……お、お前なんか……H組なんか、E組の僕達が相手にするわけ、ないだろう」

 

 なんとか一人が声を絞り出す。

 それは最上位クラスたるプライド、せめてもの矜持からか。

 

「であれば、私に挑んだ矢尾の方が気概がある」

 

 だが、それにさしたる反応もせず。

 むしろ興味を失くした、というように播凰は踵を返してE組を去っていき。

 一拍の間を開けて、複雑な表情を浮かべながら矢尾もまたそれを追って出ていった。

 

 何とも言えない雰囲気が、1年E組を包んだが。

 暫くして、彼等は動き出す。

 

「……あの二人、いつの間に仲良くなったのかしら?」

 

 二人が去った扉の方を見て、不思議そうに、星像院(せいしょういん)麗火(れいか)が呟いた。

 

 

 さて、E組から離れ、毅と合流した播凰と矢尾であるが。

 

「……おい、ところで用ってなんなんだよ?」

「ああなに、厳蔵(げんぞう)殿の所へ行こうと思ってな」

「あ? 厳蔵って誰だよ?」

「あの山にいた、天能武装の職人だ。……お主、あの後顔を出してないだろう?」

「うぐっ」

 

 苦い顔をする矢尾を連れ立ち、厳蔵の住まいを目指すのだった。

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