三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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8話 お出かけの誘い

 天能武装。それは、天能術を扱う者にとっては最も馴染みがある特殊な武装である。

 武装という名の通り、その形、機能というのは多岐に渡り、定型ではない。

 であるからして。己の武器――天能武装を何とするかは、本人の資質、考え、戦闘スタイルその他諸々によって定まり、非常に重要なものとなる。

 

 例えば、接近戦が得意な者に遠距離系の天能武装を持たせること。

 例えば、槍術に才覚を示す者に剣の天能武装を持たせること。

 言うまでもなくそれらは最優の選択ではなく、天能武装と一口に言えど、何でもいいというわけではない。

 

「天戦科――つまり武器や体術を用いた直接的な戦闘ではなく、天能術をメインとして使うから杖の天能武装。もしそれだけの理由ならば、そいつはただの考え無し。つまり阿呆だ」

「……えっ」

 

 朗々と紡がれるは、厳蔵の声。その目は未だ閉じられており、播凰を見ることはない。

 そして、その言葉を聞いて明らかに反応した者がいた。

 

 播凰ではない。播凰は、彼にしては珍しく黙って静かに耳を傾けている。

 そして矢尾も矢尾で表情を僅かに変えはしたものの、まあそれだけ。

 となれば、残りは限られる。

 思わず、といったような声を出したのは、毅。彼は、小声ではあるものの驚いたように身動ぎをすると。その後で、己が無意識にそうしたのを自覚したのか、慌てて誤魔化すように佇まいを直す。

 

 だが、そんなものはまるで意味がなく。

 厳蔵の両眼が開かれ、ギロリと揃って毅を睨み。

 ひぃっ、と小さく毅が息を呑んだ。

 

「……そういえば、小僧。あの時、杖の天能武装を持っていたな。見せてみろ」

「は、はいっす」

 

 あの時、というのはつまりドラゴン騒ぎの直前。矢尾と対峙していた毅の天能武装が杖であることを厳蔵は知っている。

 唐突な要求であったが、従わないという選択肢、度胸は今の毅にはない。故に、身を縮こめながらも大人しく毅は自身の天能武装を顕現させ、そろそろと差し出す。

 それを両手で持ち、観察するように眺める厳蔵。その間、しばらく無言であったが。

 

「古い」

「…………」

 

 ポツリと呟かれる、評価。

 確かに、毅の天能武装はなんというか、くすんだような色をしている。くたびれた黄色のような、茶色のようなそんな色だ。元々そのようなデザインだったのかもしれないが、天能武装に関しては素人目である播凰から見ても新しそうには見えない。

 

「手入れもなってない」

「ぐぅっ……」

 

 続けざまに、第二射。

 前者はどうしようもないが、後者は所有者としての管理不足の指摘。

 捧手という、その道の最高峰の専門家からの直球の物言いに、毅が微かに呻く。

 

「――だが、物は悪くねえ」

 

 しかし、間を置いた三言目。最後の評価は意外にもよいものであった。

 見るからに、厳蔵はお世辞を言うようなタイプではなく、駄目な物は駄目とキッパリ言う人間。恐らく彼の経験、審美眼からそう判断したのなら、憚ることなく散々こきおろすであろうことは目に見えている。

 それぐらいは播凰だけでなく、今日初めてまともに会話した矢尾も、毅もなんとなく理解していることだろう。

 だが、現実はそうはならず。厳蔵は目線を上げると、確信を持って毅に問いかける。

 

「小僧、こいつは量産品じゃねえな? 何処で手に入れた?」

「あえっ……あ、そ、それはじいちゃん――ええと、祖父の家の蔵にあったのを貰ったっす、はい」

 

 厳しい言葉が来ると思っていたのか。毅は予想に反した評価に目を丸くしながらも、狼狽えつつ自身の天能武装の来歴を告げる。

 それを聞いた厳蔵は、ふぅんと少々面白がるように口の端を歪めると、もう少しばかり改めてそれをじろりと眺め。

 

「折角のいいモンも、管理が適当だと勿体ねえ。その気があるなら、時々持ってこい。片手間でよけりゃあ診てやる」

「え……い、いいんすかっ?」

「なに、一応あの時そっちの小僧から庇ってもらったらしいからな。その礼だ」

 

 言いつつ、毅へと返す。

 おっかなびっくりと毅がそれを受け取りながら聞き返せば、厳蔵は矢尾に目をやった。

 視線を送られた矢尾が、気まずそうに視線を逸らす。

 あの時、矢尾は問答無用で厳蔵に攻撃を仕掛けたのだ。そういう反応となっても無理はないだろう。

 

 とはいえ、そこまで気にしてはいないのか。

 一瞬微妙な雰囲気になりかけたものの、厳蔵が話を元に戻すように続ける。

 

「んで、だ。天能術には天能武装が必要。ああ、そいつは間違っちゃいねえ」

 

 天能武装には、純粋な武器としての機能以外に、天能術の発動を補佐する役目もある。

 それは周知の事実であり、厳蔵もそれは自ら肯定した。

 

「が、天戦科ならば、取り敢えず杖。そんな馬鹿げた風潮が、まるで当然のように平然と罷り通ってやがる。はんっ、どこの誰が一体いつそんなことを決めた?」

 

 理外の力には、杖。その組み合わせは連想されることが多いだろう。

 それは天能術というよりは、創作物、ゲームといった類にも共通しており、そういうものとしてイメージとして定着している。

 実際問題、学園の授業で見学していた際、播凰のクラスメート、つまりH組の天戦科の生徒達は皆、杖型の天能武装を所有していたのは記憶に新しい。

 

「無論、杖型のメリットってのはある。それは否定しねえが、何も考えずに杖を造ってくれ、杖を造ってくれってのにはうんざりさせられる」

 

 けれども、実際のところ本当に杖である必要があるのかというと、別にそんなことはないのだろう。

 武戦科の生徒、例えば剣や槍といった接近戦型の天能武装の所有者も、天能術の行使は可能。

 ただ、天能術といえば杖。そういうイメージが世に蔓延っている。それが違和感なく、当然のものとして認識されている。

 播凰が以前に天能武装について調べた時も、そう解説されていた。つまり、天能術を重視するのであれば、杖の天能武装が適切であると。

 

 しかしそれに異を唱える、厳蔵の言。

 それを矢尾は微妙というか複雑そうな面持ちで聞き、毅はほえーと感心するような間抜け面を晒している。

 名家の異端児。そう呼ばれる一端を垣間見た思いであった。

 

「しかも、あのデカブツ(ドラゴン)との闘いを見るに、もろに近接タイプ。なんだって、武戦科じゃなく天戦科なのかは知らんが」

 

 途端、先程までの表情はどこへやら。うんうん、と同意するように頷く左右の二人。

 無言ではあるが、猛烈な勢いで頭を上下に振っている。

 とまあ、そんな両者の様子はさておき。

 

「――んで、それを踏まえた上で改めて聞くが」

 

 ここで漸く、厳蔵の視線が播凰を捉えた。

 老いを感じさせぬほどに鋭く、細められた眼差しが瞬き一つなく向けられる。

 

「何を天能武装とする?」

 

 同じ問いだ。一言一句同じではないが、先程と同じ問い。

 だが、発せられた状況がまるで違う。

 乱暴な物言い、かつ直接的でもあり同時に迂遠的でもあったが、牽制するような指摘。

 それは受け手によっては、選択を悩むことにもなれば、通説を真として彼を見限ることにもなったかもしれない。

 とどのつまり、内容こそ同じであって、しかしそれ以外の面では全く同じではない。

 

 その、問いに。

 播凰は、うむと鷹揚に頷き。

 

「先程も言ったが、杖を所望する!」

 

 同じように、迷いなく答えた。

 

 天戦科であるから。

 それが要素に全くないわけではないが、少なくとも播凰はそれだけで己の天能武装を決めたわけではない。

 天能について教えを請うているジュクーシャ。彼女にも天能武装について相談した上で、杖がよいと判断している。

 

 その際、実はジュクーシャも厳蔵と同じようなことを言っていた。

 

 ――別に、杖に拘る必要はないと思います。実際、私の得意とするものも杖ではありませんしね。

 

 それを認識し、熟慮をした上で。播凰は選んだ。己の天能武装を杖であるとすることを。

 何故かと聞かれれば、播凰は躊躇いなく教えることだろう。そして聞いた側は、仮に十人いたとして八、九人は呆れることだろう。

 

「何故なら――明らかに戦闘を想定した見た目であると、思わずそのまま武器として使ってしまいそう故な!」

 

 つまり剣や槍に始まり、手甲やその他諸々明らかに武器の形状をした天能武装を持っていたら。恐らくそれで打ちかかり挑んでしまいそうなのだ……接近戦を。

 もはや本能と言ってもいいかもしれず、気付けば戦いが終わっていたなんてことにもなりかねない。

 しかし播凰が望むのは、天能術だ。戦うこと自体、加えて言えば武器や拳の打ち合いはむしろ好きな部類ではあるのだが、やりたい事の第一は天能術。

 

 翻って、杖であれば――杖も武器といえば打撃武器になるのだが――まだ見た目が武器武器しているわけではない。

 

 つまるところ、それが播凰が杖型を選んだ理由である。

 それを聞いていた矢尾と毅は、隠そうともせず呆れたような顔をして。

 

「――はっはっはっ!! そうか、よりにもよってそんな理由でオレに杖の天能武装を造れと来たか!」

 

 そして最重要である、厳蔵は。そんなに可笑しいのか、膝を叩いて笑っている。

 何がそれほどまでに彼の感情にふれたのかは分からない。

 ただ、厳蔵は一頻り豪快に笑った後。

 

「二言三言、オレの言葉でコロッと意見を変えるようであれば考え直したところだが、いいだろう。杖での依頼、受けてやる」

 

 臆することなく宣言した播凰に、了承の意が告げられる。

 そして。

 

「それで、三狭間の小僧。お前の天能の性質は何だ?」

 

 

 ――――

 

 

 放課後となってすぐに厳蔵の家へと来たものの、そもそもの時間が遅めであったからか、山は早くも日が落ちかけ、夜の姿へと移りつつあった。

 

「……ったく、とんだ一日だったぜ」

 

 横並びとなって、帰宅の途につく三人。

 山道を下り、薄暗くなった空を見上げながら、矢尾がぼやく。

 

「お前はうちのクラスに来る、拳骨はもらう、あの時の相手が実は捧手の人間。……んで、終いにはあれだ、天能の性質が不明だって? はっ、言ってるのがお前じゃなかったら、鼻で笑う内容だぜ」

 

 ……ああ、やっぱり播凰さんは何かやったんすね。

 

 それを黙って聞いている毅は、一部の同情を、そして一部の同意を内心で矢尾に向ける。

 普通に考えれば、生徒が他のクラスを訪ねるというだけの構図。ただそれだけで何かが起こるとは思えないが、そこはエリート揃いのE組に、播凰という組み合わせ。

 矢尾の言葉から、何かあったんだろうとは推察しつつも、その先はとてもではないが恐くて聞けない。

 

 二番目は、矢尾の自業自得とはいえ、確かに痛そうではあった。そして三番目は、事前に毅も情報として知っていた。もっとも、捧手について詳しく聞いた時は魂消たものだが。

 

 そして――四番目。

 

「うむ、私も早く知りたいのだがなぁ」

 

 呑気にもそんなことを言っている播凰には悪いが、毅がそれを耳にした時は驚きよりも疑いが勝った。

 

 つまり、天能の性質が不明。

 え、そんなことってあるの、と思ったのは毅だけではなかったらしく。

 あの後、厳蔵の質問に播凰が答えた時、間違いなく場が凍った。

 

 三狭間ァッ! と播凰の胸倉を掴みかからんばかりの勢いで最初に起動したのは、矢尾。

 そしてそれが嘘でも冗談でもないことと、学園の教師の伝手で調べられそうな人に連絡を取っていることが播凰の口から語られた。

 

 そして最終的には。

 

『……あそこの住人ならありえなくはねぇか?』

 

 考え込むような、厳蔵の呟きに毅はハッと――播凰に詰め寄っていた矢尾には聞こえていなかったようだが――させられ。

 性質が不明、上等じゃねえか、と厳蔵が発奮して有耶無耶となったのである。

 

「……お前と関わると、本当に疲れる」

 

 大仰に溜息を吐いた矢尾は、足を止めてキッと播凰を睨むようにすると。

 釣られて止まった播凰に、毅に向け、淡々と言い放つ。

 

「いいか、こっちはお前達と馴れ合うつもりはない。今回は仕方のないことと割り切っちゃいるが、ただの同じ学園、同じ学年の生徒なだけで別の組。今後は関わることもそうそうない……はずだ」

 

 最後は少しばかり語尾が自信無さげであったが、威勢を取り戻すかのようにピッと指をさしての宣言。

 

「だから、こういうのはここで終いだ。別に仲良くしちゃいけねえなんてのはないが、そもそも俺達生徒同士は競争相手でもある。……もっとも、E組の俺とH組のお前達とでこんな話をしてるのがおかしいんだがな」

 

 E組とH組には隔絶した差がある。

 その事実を十分に理解をしているため、毅はその矢尾の驕りとでもいうべき物言いを正論と受け止めた。

 そして言い分も尤も。本来はH組(最底辺)E組(最上位)に気軽に話すなんてことはできないのだ。

 

 交わらないはずの線が一瞬でも交わった。

 今回の出来事は、それに尽きる。

 

「お前に負けたのは事実だ。まあ完全に納得してるかってなるとあれだが、もう吹っ切れた。得られるモノもあったしな。……そして――俺は俺で、アイツらを見返してやらないと気が済まない」

 

 矢尾が前を向く。その瞳にはギラギラとした力が宿っている、そんな風に毅には見えた。

 同じように感じ取ったのか、播凰がゆったりと笑う。

 

「ふむ。いい顔になったではないか」

「ちっ、ムカつく言い方しやがって」

 

 舌打ち一つして、播凰と毅を一瞥することなく矢尾が走り出した。

 そして、そのまま走り去っていく、と思いきや。

 

「一々説明する気はないが、嫌な予感がしたからこれだけは言っておく。白い髪の生徒を見たら、変な真似はすんな」

 

 ――それが、東方第一(ここ)の四家だ。

 

 そう言い残し、今度こそ矢尾は振り返ることなく二人の前から去っていった。

 

 ……白い髪?

 

 学園内で見かけたような記憶がないでもない。だが、何処で見たのかは、この時播凰は思い出すことはなかった。

 

 その後、特に何事もなく最強荘へと帰ってゆく二人であったが。

 

「あ、播凰にいだっ! おーいっ!」

 

 最強荘まで、後僅か。道を歩いていたところで、後方から大声。

 その特徴的な呼び方で播凰を呼ぶのは、ただ一人。

 

 振り向けば、先日知り合った最強荘二階の住人の双子の片割れ、姉の二津(にず)辺莉(へんり)が大きく手を振って駆け寄ってくる。

 弟の慎次はいないらしく、一人のようだ。

 

「今帰りっ? 随分遅かったけど、学園で自主練してた感じっ!?」

「いや、違う。厳蔵殿――天能武装の職人のところに寄っていたところだ」

「あ、厳爺ちゃんのところね!」

 

 元気いっぱいなのは変わらず、辺莉は近くまで寄ってくると息つく間もなくニコニコと笑顔で話しかけてきた。

 

「ふむ、厳蔵殿を知っているのか?」

「もっちろん! だって、アタシの天能武装を造ってくれたの、厳爺ちゃんだもんっ!」

「ほぅ、そうなのか」

 

 そうして二人が言葉を交わす中。

 一人、蚊帳の外にいて目を白黒させていた毅が、おずおずと播凰に訊ねる。

 

「あ、あの、播凰さん……この子は?」

「ん? ああ、毅は知らぬのか。二階の住人だ」

 

 播凰が簡潔に言えば、辺莉が毅に向き直ってニッコリと微笑み。

 

「播凰にいのお友達ですか? アタシ、最強荘の二階に住んでる、二津辺莉です!」

「あ、ど、どうもっす。自分は、零階の晩石毅っす」

 

 お互いに挨拶を交わす。が、次の瞬間。

 

「ん? 零階?」

「って、播凰にい?」

 

 互いが互いの言葉の中にある単語に疑問符が浮かんだようで、首を傾げる。

 むむむ、と眉根を寄せている二人。

 さて、なんと説明するか、と思いつつ播凰が黙ってそれを見守っていると。

 いち早く復帰した辺莉が、くるりと播凰を見てこう言うのだった。

 

「そうそう、この前はジュク姉が暴走しちゃったし、播凰にいと色々お話してみたいなーって思ってたんだ! もしよかったら、今週末にでもお茶しに行かない? ――ジュク姉の働いてるお店でっ!」

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