三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
そして迎えた、週末である。
時刻は昼前。学園が休みであるこの日、最強荘二階の住人である二津辺莉と出かける約束をした播凰は、待ち合わせの時間となったことを確認して三階から降りた。
「遅っそーい! 播凰にい遅い、もう約束の時間だよっ!!」
「……ふむ? それの何が問題なのだ?」
すると開口一番、既に最強荘の門のところで待っていた辺莉が播凰の姿を見るや否や、口をへの字に曲げてのブーイング。
だが、遅れたわけでもなく時間通りだ。ゆえに、播凰が首を傾げて純粋な疑問を口にすれば。
「分かってないなぁ。女の子とのお出かけなんだから、もうちょっと早く待ってないと」
「ほう」
ちっちっち、と指を振り、あたかも播凰が悪いかの如く辺莉が窘める。
それを聞いた播凰が、そういうものなのかと視線を巡らせてみると。
同じく先に待っていた毅が苦笑と共に頬を掻き。我関せずといった様子の二津慎次が、腕組みしながら壁に身を預けて目を瞑っている。
「二津――慎次、だったか。今日はお主もいるのだな」
「……ただの気まぐれ。後、気安く僕の名前を呼ぶな」
そんな彼に声をかければ。慎次は睨みつけるように播凰を見てから、囁くように言い放った。
「んもー、本っ当にシンってば無愛想なんだから」
呆れたように姉の辺莉がそう言うが、慎次はまるで気にした様子もなくそっぽを向いている。
そして播凰は播凰で冷たくあしらわれたわけであるが、こちらも気にした風ではなく少し悩むように。
「しかし、二津だとどちらに声をかけているか判断できぬであろう。……うむ、であれば二津弟と。これでよいか?」
「いい、それで」
なんと呼ぶべきか。人によっては小事でもあり、大事ともとれる内容であるが。
悩んだ結果、播凰が安直な提案をすれば、面倒くさそうに慎次が端的に答える。
「よし。それでは二津姉、出発と――」
「ちょっと、播凰にい! アタシはそんな味気ない呼び方嫌だよ、普通に辺莉でいいからっ!!」
そうして、振り返った播凰が同じ調子で辺莉へと声をかければ。
今度はその姉から、全力でストップがかかる。
相も変わらず外見以外は似ていない姉弟。
そのままの勢いで辺莉は続けざまに慎次にビシッと指を突き付け。
「シンも、もうちょっと素直になりなさいよねっ! 今日は播凰にい達とお喋りするのが目的なんだから、嫌なら無理して着いて来なくたっていいんだから!」
「別に。言っただろ、ただの気まぐれって」
「そんなこと言って、ジュク姉が目当てなだけでしょ。うんうん分かるよ、ジュク姉は美人でスタイルもいいし、優しいもんねー」
「……っ、別にそんなんじゃっ」
そして始まる、姉弟間での言葉の応酬。
こうなると、誘いを受けた播凰と、その時偶々場に居合わせたことにより誘われた毅の、元々行く予定のメンバーであった二人は置いてきぼりだ。
「どうせ一人じゃ行けないんでしょ、意気地なし」
「だから違うって――」
やいのやいの、と尚も言い合う二津姉弟。
どうやら口に関しては姉の辺莉が上手のようで、揶揄うような彼女に対し、弟の慎次は徐々に感情的になりつつある。
良く言えばクール、悪く言えば無愛想。その仮面が剝がれつつある慎次の様はそれはそれで外野は見ていて――当人にはたまったものでないだろうが――面白いものはあるが。
とはいえ、いつまでもそうしているわけにもいかず、パンッ、と播凰が両の掌を打つ。
「そら、そろそろ止めにしたらどうだ。お腹も減っていることだしな」
「……先に行く」
すると、その音に気を取られた二人は弾かれたように言い合いを止め。
慎次がボソリと呟き、少し早足気味に歩いていく。それはきまりが悪かったのか、或いは播凰や毅と一緒に歩きたくないがゆえなのか。
それはともかく残された三人、特に辺莉はそんな慎次を見て肩を竦めると。
誰ともなしに、播凰達もまた歩き出すのであった。
「して、ジュクーシャ殿の働くお店とは、どういうところなのだ?」
「あれ、播凰にい知らないんだ」
最強荘を出て、数分。
数歩程先行して一人歩く慎次と、その背中を追う形で辺莉、そして彼女のすぐ後ろを着いていく播凰に毅という形で、三人で軽い雑談を交わしながら目的の場所へ向かっている道中で。
ふと気になった播凰が、辺莉へと問いを投げる。
するとそれに意外そうな顔をして、辺莉が振り返った。
「うむ。食事ができるというのは分かっているが、何処にあるのかなどは知らぬ」
ジュクーシャが働いていることは本人から聞いている。
だが、それだけだ。食事ができる場所ということは、先日辺莉から誘われた時に知った。
無論、それがどういう形式の店だとか、どこらへんにあるのかという情報までは持っていない。
「まぁ、お店としてはよくある喫茶店かな? でもでも、お料理もそうだけど、ケーキとかすっごく美味しいんだ」
「ほぅ、それは楽しみだな!」
脳裏に想像してか、ニヨニヨと頬を緩める辺莉。
こっちはこっちで美味と聞き、力強く頷く播凰であったが。ふと何者かの視線が向けられていることに気付き、そちらを見やる。
「…………」
視線の主は、先を歩いている慎次であった。
雑談をしていた時は、こちらを一顧だにせず気にする様子もなかったというのに、何故だか今は首だけを振り返ってこちらを見ている。
その表情はなんといえばよいか。
どこか勝ち誇ったというか、優位に立ったとでも言いたげな、そんな色が出ている顔だった。
が、播凰にはその意味も意図も分からず、ただただ見返すしかできない。
「全く、シンの奴……播凰にいが知らなかったからっていい気になっちゃって」
そんな播凰の目線に気付いた辺莉もそちらに顔を向けると、彼女はじとっとした視線を自らの弟に送りながらそう呟く。
どうにも敵意、というかなんというかそれに近いモノを抱かれている気がするが。別段、播凰は彼に何かした記憶もないし、変な噂や評判が伝わっているとも思えない。
そもそもまだ数回とも会っていない間柄。
はて、と内心首を傾げはするものの、しかしそれならそれでよいとあまり深く考えず捨て置く播凰なのであった。
そうこうしている内に一行は、とある商店街へと足を踏み入れていた。
この辺りに来たことがなかった播凰は、好奇心からきょろきょろと頭を振って周囲を見回す。
簡潔にいえば、そこは非常に閑散としていた。
商店街とはいえど、どういうわけかほとんどの店は営業しておらず、閉められた多くの無機質なシャッターばかりが目に映る。
休日の昼間のため、大抵のお店は営業していてもいいであろうに、だ。
そんな状況であるからか、当然客というのもいるわけがなく、人通りは播凰達を除けば数える程度でほぼ無いに等しい。
開いていないから人がいないのか、はたまた人がいないから開いていないのか。
もっとも、営業している店もゼロではないようで。
少々古くなっている『玩具』の看板が掲げられた店の中――客はいないようであったが――を播凰は覗きつつ、その前を通り過ぎる。
「ほら、ここがジュク姉の働いてるところだよ」
はたして、そんな寂れた商店街の一角に、そのお店はあった。
――喫茶『リュミリエーラ』。
店先に吊り下げられた緑色に白字の看板には、そう記されている。
ピカピカに新しくはないものの、レンガ調の小洒落た外観。周囲がシャッターばかりなために少々浮いていないでもないが、さりとて奇抜というわけでもない。
慣れた様子の辺莉を先頭に、四人が店のドアを潜れば、カランカランと入店を告げるベルが鳴った。
まず目に入ったのは、ケーキやらシュークリームといった複数のデザートが陳列されたショーケース。店内はゆったりとした空間が広がっていて、それに合うような落ち着いた曲調の音楽が流れている。
「――いらっしゃいま……せ?」
そんな一行を出迎えたのは、名前だけは先程から出ていたジュクーシャその人。
彼女は来客である播凰達に笑顔を向けていたが、それが己の知人であることに気付くと、驚きに顔を変える。
「やっほー、ジュク姉。えへへ、播凰にい達と来ちゃった」
「二人共……それに、播凰くんと晩石くんまで」
悪戯が成功したような笑みを見せる辺莉と、播凰達を見て目を瞬かせているジュクーシャ。
そんな中、更に店の奥の方から。
「あらー、辺莉ちゃんと弟くん、いらっしゃい。そちらは、学校のお友達?」
しずしずと姿を見せたのは、長い黒髪を三つ編みで垂らした女性。
彼女はカウンターを抜けてくると、辺莉、慎次、そして播凰に毅と四人へ順々に微笑みかける。
友好的であるが、破顔するようなそれではなく優艶さを含んだもの。
余裕のある微笑は上品さを伺わせ、大人の女性といった様相を醸し出していた。
「ゆりさん、こんにちはっ! えっと、学校の先輩で、二人もジュク姉の知り合いなんです」
「……こんにちは」
そんな彼女とは対極の元気溌剌とした――言うなれば子供っぽい――満面の笑みで、辺莉が挨拶をすれば。続くように、しかしその半分にも届かない声量で慎次が言う。
「はじめまして、だ! 食事が美味と聞いているのでな、とても期待しているぞ!」
「ど、どうもっす……」
そして播凰は言葉通り期待に胸を膨らませてそんな第一声を言い放ち、毅は僅かに赤面しつつ遠慮がちに当たり障りのない言葉と、順々に返してゆく。
特に、というより確実に播凰の発言を受けて、
「まぁまぁ、それは腕によりをかけないといけないわね」
ゆりと呼ばれた女性は少しばかりお茶目な風に笑って言った後に。
率直とも言える播凰の態度に狼狽えることなく、未だ自然とは言い難い顔のジュクーシャへと顔を向ける。
「ほら、ジュクーシャちゃん。お友達――お客様をご案内しないと」
「……あ、え、ええ、すみません、ゆりさん。そ、それではこちらへどうぞ」
促されたジュクーシャは、その一言で思い出したように咳払いをすると。
四人を窓際のテーブル席へと誘導し、冷水の入ったコップとメニューを準備し、置いていく。
そうして最後に「ご注文が決まりましたらお呼びください」と少し早口に残して四人の元を離れていった。
顔見知りへの対応の気恥ずかしさゆえか。その頬には朱がさしていたもので、事前に一報入れておけばよかったかと播凰は思いつつも。
さて、どんな料理があるのかと、待ってましたといわんばかりの勢いでメニューを開く。
色彩豊かな具材のサンドイッチに、卵のふわふわさを想起させるオムライス、ケチャップ色が食欲をそそるスパゲティナポリタンなどなど。
いずれも写真でしかないが、なるほどどれも美味しそうである。
「おすすめは、ランチとデザートのセットだよっ!」
そう言って辺莉がメニューの一部を指で示す。
ランチの中から一品、ドリンクメニューの中から一つ。デザートの中から一品と同じく選べるドリンクがセットでお得となったメニューのようだ。
結局、全員がそのセット――金欠の毅が若干悩みはしたものの――を選び、店員であるジュクーシャに注文。
料理を待つ間、待ってましたと言わんばかりに、辺莉がキラリと瞳を輝かせ、話始めるのだった。
本日はもう一話か二話投稿予定です。よろしくお願いします。