三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
小柄な女性ながら、その佇まい、発せられる空気は並のものではなかった。明確な敵意ではない。けれどもそれに近しいものではあり、凡そただのそこらの人間では出すことのできない、威圧感。
しかし何も不思議なことはない。何故なら、彼女は先程こう名乗ったのだ。
つまり、東方第一の卒業生――即ち、播凰達の先輩にあたり、世に言われるエリートであると。そしてそれはただの一般人でないことを意味する。
実際、毅はといえばまるで別人のように雰囲気の変わった彼女を前に、大きく身体をびくつかせて額には冷や汗を浮かばせている始末。
とはいえ。
「うむ、私が三狭間播凰だ! 今日はよろしく頼むぞ!!」
その程度で呑まれる播凰ではない。
相手の態度もなんのその、遂に念願の天能術が使えると、機嫌よく元気いっぱいに挨拶を返す。
空気が読めない、というのはある。まあ、毅が色々と過敏すぎるので二人まとめてみればその分釣り合いはとれているともいえるが。
が、それを抜きにしても、威圧だけで彼を止めることができる者は果たしてこの世界に――。
空気を一変させたのは、確実に意図的ではあったのだろう。小貫は、暫し無言で播凰を見つめていたが、やがてその口元はニィっと弧を描き。
「……ほんま、オモロイやっちゃな。ええで、いけすかない奴なら気乗りせんかったけど、アンタみたいのなら喜んで協力したる! ウチに任しときぃ!!」
「おお、頼もしいな!」
「そうやでー、なんや、アンタよう分かっとるやないの!!」
「ふむ、そうか? はっはっはっ!!」
ドン、と胸を叩く小貫に、播凰は大喜び。その反応を受けて、更に胸を張る小貫に笑いだす播凰――と、紫藤と毅そっちのけで盛り上がる二人。
やれやれ、と頭を振る紫藤は、しかし止める気はないようで。
暫し時間を要したが、一頻り盛り上がった後、小貫と播凰の騒がしいコンビはようやく落ち着き。
「――んで、そっちのあんまオモロなさそうな方は付き添いやったか。……しっかし、なんちゅーか、パッとせんやっちゃなー。あんま実力があるようにも見えへんし」
今度は毅のみに、小貫の視線が向けられる。
彼女はまず毅の顔を少し眺め、それから下から上へと全身を見るように目線を滑らせる。
そうして小貫は、怪訝そうというか、腑に落ちないというか。とにかくそんな表情を僅かに浮かべ、ポツリと漏らした。
「一応確認やけど、自分――
「……っ」
まるで、心臓が浮き上がったかのような錯覚を毅は覚えた。息が詰まり、思わずゴクリと喉が鳴る。
それはどういう意味であったのだろう。真意を知るには尋ねるしかなく、怒りを覚えられても文句は言えない発言なのは当人も理解しているに違いない。
しかし、毅は言葉に詰まった。
痛いところを突かれたというのもある。なにせそれは、毅自身すらも今尚一部疑義を抱いている事実であり。
元より、侮っていたわけではない。いかに小柄な女性だろうと、無意識にみくびるほど毅は自分に自信を持っていない。
先刻よりも薄らいではいたが、しかし眼前の女性から放たれる威圧は収束し、毅一人を射抜く。
「…………」
見方によれば。無言で毅に目を合わせる小貫は、彼の返答を待っているように見えた。
だが毅は気圧され、口を噤んだ。ただ問われているだけだというのに、失礼なことを言われたというのに。名乗り、反論することはおろか――口を開くことが、できなかったのだ。
結果。毅は逃れるように目線を下げ、顔を俯かせた。
「そうあまり威圧しないでください、夏美。彼――晩石は、まだ高等部の新入生。
「これでも充分加減はしとるでー、綾ちん。それに、コッチのオモロイ方は余裕やったやないの」
「……三狭間は例外です」
そんな毅を見兼ねてか、助け舟を出す紫藤。
しかし小貫はそれを途中で遮り、播凰を引き合いに出して答える。もはや彼女は、毅を見ておらず。
頭に手を当て、悩ましいといったように目を瞑った後。紫藤は話を強引に切り替えるように、播凰に目を向ける。
「はあ、もういいでしょう。ところで、最初から気にはなっていたのですが――」
その視線が注がれるのは、
「――君は何故、天能武装を出しているのですか? いえ、やる気があるのは結構ですが」
「あー、それはウチも気になっとったわ。あれか、ツッコミ待ちやったか?」
疑問を呈す紫藤と、追従するように小貫がそれぞれ言う。
そう、実は播凰、ここに来る前に天能武装を厳蔵から受け取った後、今の今までそれをずっと手に持っていたのである。
さて、それはどうしてか?
「うむ。それはな――天能武装を受け取ったはいいものの、納め方が分からぬのだ!! いやあ、実に困った!!」
通常、天能武装の所持者というのは、己の武装を自由に取り出したり、また仕舞うことができる。大雑把な理屈としては、天能武装に自身の天能力を流すことで己の天能の一部として扱えるようになる、というものだ。
話は、播凰が天能武装を受け取った直後に戻る。新品の天能武装が自身の物であるという証――即ち、天能力を武装に流すように毅が播凰に告げたのだが。しかし当然、播凰にはそのやり方が分からない。毅も頑張ってなんとか伝えようとしたのだが、結局どうもできずに仕方なくそのまま持ってきた、というのが顛末であった。
ちなみに移動の道中、流石に街中で天能武装を手に歩いていることで周囲の視線を集めたのだが。天能武装の形状が杖であることと、二人が東方第一の制服を着ていたためにそこまで大事とはならなかったのは幸いと言えよう。
それを聞いた大人組のリアクションは、やはり対極であった。
「……そんな初歩的なことを堂々と言わないでください」
「うっはっはっはっ! やっぱアンタ、最高やわ! 綾ちん、この子めっちゃオモロイやんけ!!」
紫藤の言うように、これは初歩も初歩、天能術を使う云々以前の段階の話である。
よって、あからさまに深い溜息を零す紫藤の反応は正常であり――同時に、今にも涙を流しそうなほどに爆笑する小貫の反応も、正常とは言い難いが異常というほどではなかった。
「受け取ったっちゅーことは、新品か? ええな、手慣れたもんも悪くはないんやけど、新しいのは新しいのでまた心が躍るもんや!」
「本当に君は……取り敢えずはそのまま出しておいてください。後でなんとかしましょう。それでは夏美、お願いします」
違った意味でテンションが上がる小貫と違い、呆れを隠そうともしない紫藤は、もうどうにでもなれとでも言いたげだ。
「了解や! ほんなら、こっちに来てやー」
そんな投げやりともいえる紫藤に促され、夏美は播凰を連れ立って部屋の中央付近に移動する。
「よっし、そんじゃさらっと説明するでー。これから、ウチの天能術でアンタのことを調べる。アンタは、そこに突っ立っとるだけでええ。以上や!」
小貫から告げられたのは、非常にさっぱりとした内容であった。
「ふむ、何もしなくてよいのか?」
「そうやなー、まあ強いて言うなら、ウチの術を天能力で
天能力で抵抗。
また分からない言葉が出てきたが、播凰が口を開くよりも前に、その返答は別のところから発せられた。
「その心配は無用です。技術もそうですが、三狭間の少ない天能力では何もできないでしょう」
「うわ、綾ちんばっさりやなー。さては、さっきのことをまだ根に持っとるな?」
チクリ、と皮肉を含んだそれは、小貫の言うように先程の呼び名で播凰に焦らされたことへの意趣返しもあるのだろう。否、今まで播凰に頭を悩まされていた紫藤のことだ。これまでのことも含め、事実とはいえ、一言二言程度には言いたくもなったのか。
そんな紫藤の態度に、小貫はケラケラと笑っていたが。やがて、さてとその顔を引き締め、播凰に向き直った。
「ほな、いくで――」
その手に現れたのは、十中八九、小貫の天能武装であろう。
サイズとしてはかなり小振りで、形状は細長い。しかし、剣や斧といったような特徴的な見た目ではなく、大半の人は一瞬見ただけではそれが何なのかは判断がつかないに違いない。
が、播凰がその物体をよく観察する前に。
「――
小貫の鋭い声が――天能術が発動される。
呪文から天介属性の術だということは分かる。だが何をされたのかは、播凰には全く分からなかった。
これが例えば、先日相対した矢尾の雷の檻の術のように。目に見えて何かが発生したのであれば、如何な高速であろうと、播凰がそれを見落とすことはない。
しかし、可視化された何かが現れたわけではない。それは確信を持って言えた。
「…………」
けれども実際、小貫は瞬きもせずに真剣な面持ちで播凰を見据えている。
その視線は播凰に向いているようで、しかしそれ以外の何かを見ているのか。彼女はまるで時が止まったかのように微動だにしない。
離れて見ている毅は勿論のこと、紫藤も無言で成り行きを見守っている。
普段であれば、辛抱たまらず口が出そうな播凰であったが、自身の天能がかかっているというのが珍しく自制をもたらし。
後で聞こうと心に決め、ひたすら立ったままその時を待つ。
「……こいつは、驚きや」
ある意味、緊迫した静寂。それは小貫の、小さくもよく響く声によって終わりを迎える。
言葉にした通り、彼女は驚愕に目を見開き。術の行使が終わったであろう今も、播凰にじっと視線を注いでいた。
「ふむ、よく分からぬが、どうだったのだ? 私の天能の性質は!?」
待ち遠しい、といったように播凰がずいっと一歩踏み出し、勢い込んで口を開いた。
少し離れていた紫藤が状況を見て取って近づき、一歩遅れておずおずと毅もやって来る。
「……ああ、分かったで、アンタの性質。せやけど、少し落ち着きいや。言うてウチも、予想外すぎてビビっとるっちゅーか、実感が湧いてないんやけどな」
「不明という時点で、ある程度の覚悟はしていましたが。貴女がそう言うほどですか、夏美」
尋常ではない様子に、紫藤の顔もまた神妙な面持ちとなる。
場に走る緊張。小貫は、ゆっくりと時間をかけて振り返り。
「せやで、綾ちん。少なくともウチは、
紫藤が息を呑む。毅はその隣で、話の規模が大きすぎてついていけていないのか目を白黒させている。
小貫は、再度くるりと播凰へと首を回し。
「話す前に。アンタ、気分が悪うなったなら座ってもええで。ウチのこれを受けた奴、特に感覚が鋭い奴ほどそうなりやすいんやわ。せやけど、一時的なモンだから安心しい」
「む、気分か? いや、特に変わりないが」
「んん? 少しもか?」
「うむ」
そもそも何をされたかも分かっておらず、いつも通り。いや、むしろ早く性質を知りたいという気持ちが強く、期待と高揚に支配され絶好調ですらある。
「……アンタ、鈍いってよく言われんか? 色んな意味で」
「鈍い、か? いや、心当たりはないが」
微妙そうな顔で問いかける小貫に、播凰は首を傾げて返答する。
心当たりがあれば、それはもう鈍くはないのではなかろうか。
言葉にした後でさして意味のない問いであることに気付いたのか、まあええわ、と小貫は頭を振ると。
「アンタの性質、それはな――」
期待に目を輝かせる播凰、覚悟を決めたように目を細める紫藤、おどおどする毅を前に。
チラリ、と修練室の扉の方に目をやり、四人以外に誰もいないことを確認しつつ、声のボリュームを落として告げるのだった。
「――