三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「「…………」」
毅は勿論、そして意外も以外、播凰すらも思わず押し黙る。
「これは……何ですか?」
唯一人、紫藤だけが見慣れないものを見るかのように、率直に聞き返した。
「これはな、いわゆる動画配信者――その中でもVTuberって呼ばれるジャンルの動画や」
「ぶいちゅーばー、ですか。それで、この動画が何か? 竜に迫力があることは認めますが、ただの造り物の映像でしょう?」
「いんや――早い話、ウチら天対は、この映像を要調査の案件と判断したんや」
真剣実のある小貫の物言いに冗談ではないと悟ったのか、紫藤ははっきりと眉根を寄せ。
再度、端末に流れる映像に視線を落とす。
「っちゅーか、むしろ綾ちんは見たことないんか。言っとくけど、めちゃめちゃこれバズって再生数も偉い勢いで……ああいや、綾ちんはそういうのに疎いもんなぁ」
「余計なお世話です。……そして、これを何故私達に? というより、先程の口振りからして本題というのもここが目的のようでしたが」
「この映像――特に、竜と戦ってる奴の方を見てみ。綾ちんなら、すぐ分かると思うんやけどな」
「人の方、ですか。確かに、ただの一般人の動きには思えま、せん、が……」
瞬間、目を凝らして映像を見ていた紫藤が、播凰達の方を振り返った。正確には、その纏っている制服を、であるが。
話の流れに、毅は冷や汗を額に浮かべるしかない。
「まさか、この服装……」
「せや、東方第一の制服の可能性がある」
呻くような紫藤の指摘に、小貫がすぐさま頷く。
鮮明に映っている、というわけではないが、東方第一の鮮やかな青緑色の制服というのは中々特徴的だ。
となれば、教師として普段から見慣れている紫藤からすればその指摘が出るのは必至。
もっとも既に動画の存在を知っていた毅と播凰は、コメントでも同様の疑念が出ていたのを知っている。紫藤が言ったように、傍目からも分かる程一般人離れした動きを天能術に結び付けるのはなんら不思議ではないのだ。
「しかし、単に似ている服ということもあるのでは?」
「まあそう言われればそうや。けど、加えて言えば――いやまあ、こういうのはあんま言っちゃいかんのやけど、これの元になった配信の時刻の前後で、不自然な
「……
「そうは言っとらん。あくまで、要調査や」
紫藤はじっと小貫の顔を見た後。考えを整理するかのように、両腕を組んだ。
「つまり、天対の任務も兼ねて――いえ、任務のついでに三狭間の性質を調べにここへ来たわけですか。道理で、忙しい貴女にしては早く連絡が着いたと思いましたが」
「悪う思わんでな。別に、綾ちんを無碍にしたわけやないねん。言い訳やないけど、綾ちんの手紙があったから、ウチがこの件の調査に手挙げたわけやしな」
「いえ、事情は分かりました。元よりこちらはお願いした身ですので」
互いに気心の知れた仲であるからか、険悪になるということはなく。
短く言葉を交わし合い、話が一旦途切れる。
このまま有耶無耶になってくれないかな、と毅が思ったのも束の間。
ぐわっ、と言わんばかりの勢いで小貫が顔を回し。
「んで――さっきから黙っとるそっちの二人はどうや?」
ギラリ、と眼光鋭く飛んでくる。
ひぃ、と毅は悲鳴が上がりそうになるのをなんとか呑み込んだ。
知ってるも何も、毅は映像越しどころか現場に居合わせていた人間であり。隣にいる播凰に至っては、動画内にて躍動する人物その人である。
……ど、どうするっすか、播凰さん。
本音を言えば、名乗り出た方がいいのだとは思う。何せ相手はあの天対、協力するのを渋る理由は無く、むしろ積極的に協力すべきだ。すべきなのだが――問題は、毅も播凰も事態をさっぱり把握していないということである。
名乗り出たところで、あのドラゴンが何だったのかと問われれば、知らないと言わざるを得ない。
「うむ、その動画は教えられて見たぞ! しかし、何なのだろうな? こちらが知りたいぐらいだ!」
と、毅がまごついている内に、播凰がすっぱりと言い放った。
何を考えているのか、いないのか。それは己だと名乗り出ることなく、煙に巻くような返答。
ホッとできたような、できないような。複雑な心境に毅は陥る。
「ほほー、やっぱ最近の子やな。綾ちんと違って知っとったか。そんで、教えられてっちゅーのは、誰にや?」
「うむ、学園の端末で見られる、学内こみゅ……こむ? ……毅よ、あれは何といったか?」
「へっ? ……あ、ああ、学内コミュニティっすね。生徒同士でインターネット上で交流できるっていう」
「おお、そうだ、学内こみゅにてぃとやらで話題になっているようだぞ!」
どちらかといえば、動画の存在を彼らに教えたのは矢尾であるが。しかし、彼が情報を拾ったらしいのは学内コミュニティ。
つまり、情報源は学内コミュニティと言えなくもない。
すると小貫は何やら懐かしむような顔になり。
「成る程、学内コミュニティか。そんなんもあったなー……せやったら、何で綾ちんは知らんねん?」
「……あそこはあくまで生徒間交流を主としたもの。教師が利用してはいけないわけではありませんが、あまり見るものでもないでしょう」
「そんなこと言うて、生徒の時も綾ちんはあんま使ってなかったやんけ」
茶化すように紫藤に話を振り、学生時代を回顧する。
そんな二人をよそに、毅はチラッと播凰の顔を盗み見た。
毅のような変な緊張は見られず、自然体。しかし少々以外だった。だって、彼はあまり腹芸ができるよう印象がなかったからだ。
――この動画について、何か知ってることはあらへんか?
そこまで考えて、先程小貫がかけた言葉にハッとなる。
……まさか、ただの本音っすか?
動画について。確かにその
知ってること。情報はなく、何が起こっていたかのはむしろこっちが知りたい。これも、嘘は言っていない。
結局のところ、一緒なのだ。
そこに映っているのは播凰であるが。何故、どうやって、竜が現れたのかは不明。つまり偶々その場にいただけで、知っていることというのはない。
だって、そこに映っているのが誰かを問われたわけではないのだから。
詭弁ではある。しかし虚偽でもない。
なんのことはない、小貫の問いに対して播凰はただ正直に答えていただけなのだと毅は推測した。そしてそれは正解である。質問が違っていたら、また違った答えを播凰は返していただろう。
それを理解し、脱力しかかったのを慌てて身体に力を入れて踏み止まる。
「まあ、分かったわ。いきなり当たりを引くとも思ってなかったしな。そっちの自分も、同じでええか?」
「は、はいっす!」
そこに小貫の言葉来たものだから、毅は慌てて首を縦に振った。
「しかし、その動画はそんなに知られているのか?」
「うん? ああ、なんたって今の時点で数百万、まだまだ伸びることを考えると数千万にも届きそうな視聴回数やしな」
「ほう数千万とな!? それは凄い!」
「ははっ、その割に綾ちんは知らなかったらしいけど……とまあ冗談はさておき。そういうわけやからしばらくはこっちにいるさかい、もしも何か情報があったら教えてなー」
視聴回数の多さに純粋に驚く播凰と、それをネタに紫藤を茶化す小貫であったが。
こほん、と仕切りなおすように咳払いを置いた彼女はニコニコとして。
「とはいえ、ウチも仕事仕事っちゅーわけでもないから、どうや綾ちん。今度飲みにでもいかん? 何なら、教え子も一緒にどうやー?」
「……彼らはまだ未成年です、その話は後でしましょう。三狭間に晩石、特に何もなければもう帰宅して――」
クイクイ、と口元で何かを呷るような仕草で紫藤に絡み始める。
疲れたようにその戯言を一蹴し、一旦場を解散させようとした紫藤であったが。しかし言い切る前に播凰の手中にある杖にその視線が注がれ。
「――最後に、するべきことが残っていましたね」
本日何度目かの溜息。
しかしさっさと終わらせてしまった方が建設的だと考えたのか。紫藤は徐に播凰に近づくと、その肩に手を置いた。
不思議そうに伸ばされた腕を見る播凰に、彼女は淡々と告げる。
「天能武装を自身の物とするやり方です。私の天能力を君に流すので、まずはそれを感じ取ってください」
刹那、ぼんやりとではあるが冷たい感覚が体の中に流れ込んできたような気がして、播凰は身動ぎする。
「少ないとはいえ、同様の力が君の中にあるはずです。それを杖に流すようにした後、迎え入れるようにイメージしてください」
「む、むうぅ?」
言われるがまま、目を閉じ。
集中に集中を重ね、イメージする。己の内にある何かを杖へと伝え、引き込もうとする。
奮闘すること、数秒。しかし、手の中にある杖の感覚は変わらず、そこにあり。
この場に、播凰を嗤う者がいなかったのは幸いであっただろう。
毅も、小貫も。今この時ばかりは何も言わずに静かに見守る紫藤も、誰一人として声はあげず。
静寂が続き、遂には時計の長針が動こうとした頃。
さしもの播凰も痺れを切らし。
――ええい、さっさと私の物となるがよい!!
内心で咆えた。
すると、どうだろう。手にあった硬い感触が消失したではないか。試しに目を開けてみれば、銀色の杖は姿形もなかった。
「おお、成功したぞ! どれ、早速出してみるとしよう!」
その現象に歓喜し、今度はその逆――つまり、杖を取り出すイメージをする。
しかしうんうんと唸っても、一向に変化はなく。
「これは困った。紫藤先生、出てこなくなったぞ!」
要するに、天能武装を消せたはいいが、出せなくなった。その事実に、播凰は途方に暮れる。
それを受けた反応は、三者三様。
「あー……」
「プフッ、アハハハハッ! 三狭間、アンタおもろすぎるやろ!」
「はぁ、君は本当に……」
苦笑に大爆笑、そして呆れ。
誰が誰とはもはや言うまでもない。
「先程晩石には伝えましたが。君達二人共、放課後に私の指導を受けてもらいます。詳細は追って連絡、拒否は認めません」
「おおー、流石綾ちん、教師の鑑やでぇ!」
「当然です。三狭間は問題児筆頭、晩石はその二番手。それを野放しにするなど、教師としての沽券に関わります」
「ふむ、筆頭とな? 照れるではないか!」
「……褒めていません」
もはや怒る気力もないのか、紫藤は播凰のとんちんかんな反応にも目くじらを立てず。
「天能武装が出ないのであれば丁度いいです。ええ、そのまま暫く大人しくしていてください」
そう告げるので精一杯であったようだった。
――――
「――いやあ、それにしても今日は色々驚きっぱなしだったっす。播凰さんの性質もそうでしたが、まさか天対の人が、あの動画に注目してるだなんて」
紫藤達と別れ、学園からの帰り道。
まだ日が落ちるには早く、しかし直に空を茜色が染め始めるだろうという時間帯。
最強荘に向かって歩く毅は、まだ今日という日が終わっていないにも関わらず、その濃すぎた一日を思い返してしみじみと言った。
「うむ、数百、数千万人がどうのと言っていたが、それ程多くの人間に見られたということなのだろう? いまいち想像できんな」
「そうっすねー、それだけの人が知ってるってことっすから……今更ながら、俺が映ってるわけでもないのに、滅茶苦茶緊張してきたっす」
存在こそ知っていたが、改めて小貫に突き付けられた動画。
その反響の度合いの大きさに単純に感心する播凰を横目に、毅は毅でぶるりと身震いする。
「しかも、小貫殿はそれを見てここへ来たのだろう? 便利なものだな、離れていようと、その場にいなかろうと、直接目で色々と知る事ができるというのは」
数の多さもそうだが、播凰が関心を持ったのはもう一点。
動画という手段で、どこにいても知る、或いは知らせることができる。しかも、紙や人を通じてではなく、映像という視覚的に詳細なもので。
そのようなものは、当然元の世界にはなく。
「……ん? 大人数が知る事ができるとな?」
そしてふと、播凰は自分で口にしていて、何かが引っかかった。
考えること数秒、脳裏をとある光景が蘇る。
――「……しかし、どうも客足が悪いらしくてな。このままでは店を続けていくのが難しくなるようなのだ」
――「お味は間違いないのですがねー。とはいえどれだけ良い物でも、知られないことには新しいお客さんも来ないですからー」
それは今朝、天能武装を受け取りに行く前に、最強荘の管理人と交わした会話。ゆりの経営する喫茶店にして、ジュクーシャの働く店でもある、リュミリエーラの話。
何故それを思い出したのだろう、とそう考えた、その時。
播凰の頭に、降って湧いた天啓の如く、閃きが奔った。
「おおっ! 毅よ、良いことを思いついたぞ!」
「な、なんすか!? いきなりどうしたんすか、播凰さん?」
突然立ち止まった播凰とその大きな声に、毅もまた足を止めて振り向く。
驚きに目を丸くする毅であったが、播凰の提案によりその両眼は更に見開かれることとなる。
その、内容とは。
「動画だ! あの者の動画で、ゆり殿の店を知らせればよいのだ!」
喫茶リュミリエーラの宣伝。
興奮と共に自信満々と胸を張って、播凰は目を輝かせるのだった。
――――
夜の帳も下りきった、深夜。
街中であるならばいざしらず、ひとたび住宅街にでも入れば、そこはもうポツポツと佇む街灯が闇夜を照らすのみ。
そんな、静まり返った中を。
「綾ちんの教え子――それも、気にかけてそうな子達を探るっちゅーのも、あんま気乗りせんとはいえ。……せやけど、ウチも気になることがあるからなぁ」
その女――小貫夏美は、歩いていた。
彼女の脳裏にあるのは、今日初めて出会った一人の男子の顔。
母校である東方第一の高等部一年生にして、
文献でしか確認されていない、超希少な性質。
高い身体能力に、底の見えない戦闘力。
かと思えば、
何せ、あの『覇』の性質である。伝説にして、謎多き性質の一つ。
もしも覇の性質を持っていると言い始めた誰かがいたとして。大抵の人間であれば、与太話や法螺話として決めつけて気にも留めないか、一笑に付されて終わるだろう。或いは、嘘つき呼ばわりされて後ろ指を指されることとなる可能性すらある。
それぐらいの、荒唐無稽な話。
が、自分が――探の性質を持つ者がそれを言ったとしたら、その限りではなく。
「まあ、本人がまだ術を使えないわけやから、今は大丈夫やろうけど……もしも世に知られた場合、
それが分からぬ旧友ではない。
実際、一旦の口止めを頼まれた。
故に下手は打たないだろうが、暫く頭痛の種にはなるだろうと、その渋面を想像して苦笑する。
とはいえ、もしも術を使えるようになった場合、隠しきれるものでもないからいずれは公表することになるのは間違いなく。
それに、気になることは他にも――。
そこまで考えたところで、ふとすぐ目の前に人の姿があったことに気付き、小貫は慌てて半身となって避ける。
すれ違う両者。そのまま二人は離れて行く、ことはなく。
ピタリ、と小貫が足を止めて後ろを振り返った。
「――何者や? ウチに気付かせずここまで近づけるなんて、まともな人間ちゃうで」
探の性質の本分、それは読んで字のごとく探ること。
殊、周囲の探知には鋭く、術を発動せずとも人の気配すら無意識に察知してしまう。
如何に考え事に集中していようと、並みの相手ならば、ある程度接近されれば気付かぬ道理はない。
にも関わらず、ぶつかりかけた。その事実だけで、小貫が警戒心を抱くには充分だった。
「ワタシは、大家。住人の方々へ、癒しの場を提供する存在」
「……大家、やとぉ?」
その人物は、フード付きの白いコートで全身を覆っていた。
男性とも女性とも通用するような中性的な声。顔は見ることが出来ず、小貫に背を向けたまま立ち止まっている。
「――何もするな、とは申しませんが」
「あん?」
「過ぎた詮索は、その身を滅ぼします。くれぐれも、ご留意くださるよう……」
警告、ともとれる言葉を残して、去ろうとする。
「ちょっ、待てや!」
慌てて制止の声を上げる小貫であったが、しかし白いコートは、すっと夜の闇に溶けるように消えるのだった。