三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「――まったく。大魔王たるこの余が、直々に足を運ばねばならんとは。その店とやらが管理人たんのお気に入りである幸運に感謝するのだぞ、播凰よ」
隣を歩く長身の男――最強荘一階の住人である
「うむ。礼を言おうぞ!」
それに怒ることもせず。むしろ破顔して聞き入れた播凰は、真っすぐに感謝の言葉を述べた。
今、彼らは二人だけで外出し、並んで歩を進めている。その目的地は、ゆりが店主を務める喫茶店、リュミリエーラ。
さて、ではどうしてそんなことになっているかと言えば。事の発端は昨日に遡る。
――大魔王よ、頼みがある! お主の動画で、ゆり殿の店に協力してほしいのだ!
播凰の天能の性質が『覇』であると判明したあの後。
小貫が例の動画を見てやってきたことから着想を得て、リュミリエーラを紹介すればいいのではと思い至った播凰は、最強荘に戻ってそのまま一階に突撃した。
一階への移動許可は、以前に播凰が動画配信に登場した際にもらっており。そこの住人、万音こそが、VTuber大魔王ディルニーンその人。
だが、突然やってきた播凰に、万音の反応はいまいちであった。
用件を聞くや否や、くだらん、と一蹴。交渉のテーブルに着くことなく、扉を閉めかけられたのである。
――ふむぅ、よい考えだと思ったのだが……管理人殿も悲しむであろうな。
――何、管理人たんが? 気が変わった、詳しく話すことを許す。
が、播凰のファインプレーが光った。もっとも、播凰としてはその考えに至った経緯として管理人が浮かんだだけで、特に深い意味も意図もなかったのだが。
ともあれ、ロリコンの
結果、こうして翌日の昼にゆりの店へと向かうに至っているわけだ。ちなみに、万音をヤバイ認定している毅は引き攣った顔で同道を断っていたりする。
「しかし何だこの粗末な場所は。幼女の一人もおらぬではないか」
件の商店街は、最強荘から少し距離がある。バスや電車を用いるまでではないが、歩きだと数分では厳しい。
そんなところに連れ出されたこともあり、万音は大層不満の様子。商店街を歩いているのはいいが、相変わらず――幼女はともかくとして――ほぼほぼ人気がなく。お店の殆どは昼間にも関わらずそのシャッターは下りていた。
「うむ、着いたぞ!」
レンガ調の建物に、『リュミリエーラ』の吊り看板。
その外観が詳細になるまでに近づくと、播凰は万音に手で指し示す。
辺莉に連れられて初めて訪れた後、特にデザートを求めて何度か播凰はリュミリエーラに来ている。
地図を頼りに目的地を目指すというのは苦手だが、行ったことのある場所に関しては数を重ねれば一人で来れないことはなかった。
リュミリエーラを一瞥した万音は、フン、と鼻を鳴らし。
特に感想もなく、ずかずかと入り口のガラス扉を開いて、中へ入っていく。
それに続き、同じく店内へと足を踏み入れた播凰を待っていたのは。
「……な、な、な」
「フハハハハッ! どうした、ジュクジュクよ、みすぼらしく給仕の恰好などして間抜け面を晒しおって!」
店のエプロンを着用し、信じられないものを見るかのように口をパクパクとさせたジュクーシャと。
そんな彼女を指さし、高笑いを響かせる万音の姿であった。
「ジュクーシャ殿、また食べに来たぞ!」
「は、播凰くん? ……あ、い、いらっしゃい」
店員と客のやり取りとは思えない光景であったが、気にすることなく挨拶をする播凰。彼に反応してか、ジュクーシャが顔をスライドさせて戸惑いつつも接客の言葉を口にする。
「ではなく、どうしてこの者がここにっ!?」
が、それもそこまで。
すぐさま顔を険しくさせて、万音を睨むジュクーシャであったが。
「――ジュクーシャちゃん、どうしたの? もしかして……」
その後ろから、厨房に繋がる扉が開き、店主のゆりがカウンターから出てこちらへやってきた。
彼女の近くには、びくびくと怯えた様子の若い女性が一人。顔馴染みというほどではないが、リュミリエーラのアルバイトということは知っている。
二人は、顔を固くして近くまで来たが。そこにあった顔が予想していたもの――つまりは厄介客ではなく、播凰であったことにきょとんとした表情となった。
「あら、播凰君じゃない。いらっしゃい、来てくれてありがとうね」
「うむ、ゆり殿。今日も美味しいものを期待しているぞ!」
「うふふ、任せて頂戴。それで、あの……こちらの方は、播凰君のお知り合いかしら?」
ゆり達からすれば、騒がしくなったのを気にしてやって来たわけだが、それを正直に言えるはずもない。
遠慮がちに、未だ高笑いを響かせる万音の方を見やり、播凰にそう尋ねてくる。
「うむ、そうだ! そして、ゆり殿に話が――」
「まあ待て、播凰よ。それは、余が認めた場合の話だ。よもや、忘れたわけではあるまいな?」
「おお、そうだった! しかし、私は問題無いと確信しておるぞ。ゆり殿の料理は美味だからな!!」
そう会話する播凰と万音であるが、事情を知らない者からすればちんぷんかんぷんである。
そんなわけで、ゆりとアルバイトの女性は勿論、ジュクーシャすらも疑問符を頭に浮かべて成り行きを見守っていたわけだが。
「早い話、余は客である。であればそら、余に向けて言うべき言葉があるだろう?」
「んなっ!? ……っ!」
「んん、聞こえぬなあ? 給仕ならば給仕らしく務めを果たすがよい。なあ、ジュクジュクよ?」
ニヤリ、と小馬鹿にする笑みにて万音がジュクーシャに告げるは、端的にして純然たる事実。
それを受けたジュクーシャは、ぷるぷる、と身を震わせるが。更なる追い打ちをかけるように、態とらしく耳に手を添えた万音がにじり寄った。
「……い、いらっしゃいませ! に、二名様、こちらのお席へどうぞ!!」
「フハハハハッ、やればできるではないか! この店はまともな給仕もできぬ者を雇っているのかと思うところであったぞ!」
顔を真っ赤にして、半ばやぶれかぶれになったかのように叫ぶようにしてジュクーシャが先導し、その後を高笑いと共に万音が着いていく。
幸い、というわけでもないが件の問題の影響か、店内に他の客の姿はないため、騒ぎはこの場のみで収束した。
播凰も彼らの後に続こうとしたが、ゆり達が呆気にとられたようにその後ろ姿を眺めているのに気付き。
「うむ、ちと変わった者ではあるが、悪い者ではない。それは私が保証しよう」
「……え、ええ、分かったわ」
万音を連れてきた者としてフォローを入れて、席に向かう。
ゆりからすれば、播凰も少し変わった子――いい子であるとも思っているが――にあたるのだが。まあ、それは言うだけ野暮というものだ。
「播凰くんっ! ……い、いえ、責めるわけではないのですが、どうしてこの者をここに?」
窓際のテーブル席。
既にソファーにふんぞり返っている万音の対面に播凰が腰掛ければ、ジュクーシャが勢い込んでそう尋ねてきた。
「ほう、随分な言い種よなあ、ジュクジュクよ。折角、余がこのような場所まで足を運び、協力してやらんでもないというのに」
「……協力? 貴様は一体何を――」
ニヤニヤとする万音に、ジュクーシャが鋭い声を発する。
その視線、声色ともに冷たく。怪しみ、疑いを多分に孕んでいる。
「余に提案してきたのは、其奴だ。そっちに聞け」
そんな殺気立った威圧を意に介することなく、万音は播凰の方を顎でしゃくった。
敵意こそ向けられていないものの、けれども真剣な目で真意を問うジュクーシャに、播凰もまた気圧されることなく応じる。
「私はこの店の料理を気に入っている。故に、是非とも店は続けてもらいたい。……しかし、客足が遠のき、それが原因で食べられぬことになるかもしれない。であれば、動画にてこの店を知らせ、客を呼び込めないかと考えたのだ」
「……動画、ですか? ……っ、まさかっ!」
「そう、その者の――大魔王ディルニーンの動画で、だ」
一瞬、何のことかと首を傾げたジュクーシャであったが。
すぐさまそれが意味することを理解し、播凰の返答によって確信となったことで驚きに目を見開く。
「な、成る程。確かに、この者の動画のチャンネル登録者数は……認めたくはありませんが、かなりの数。それが実現するとなれば、もしかしたら――」
「勘違いするな、ジュクジュクよ。決定事項ではない。余にも大魔王として、動画配信者としての矜持がある。管理人たんのお気に入りというから機会をくれてやるが、余の審美眼に叶わぬ場合、この話は無いと知れ」
声に僅かな明るさが宿ったジュクーシャであったが、それに冷や水を浴びせるように万音がテーブルに頬杖をつく。
つまらなそうな表情で紡がれたそれは、単なる脅しではない。播凰がこの話を持ち出した際に万音が提示した、たった一つの、しかし絶対の条件であった。
「……ですが」
それで幾分か頭が落ち着いたのか。
冷静な面持ちとなったジュクーシャが遠慮がちに、播凰の顔色を伺うように見た。
その視線の意味を、播凰はよく分からずにジュクーシャを見つめ返したが。
「誠、実に分かりやすいな、
「……っ」
「図に乗るなよ? これは貴様は勿論、店主とやらのためではない。他ならぬ、管理人たんのため。それを履き違えるでないわ」
横からの声が、ジュクーシャの内面を詳らかにする。
彼女の反応的に、その読みは正解だったのだろう。
故にこそ、万音はそれを汲み取った上で辛辣に間違いを正した。
「…………」
「そら、おしぼりに水、メニューはどうした? この店の給仕は客に一々言われないと何もできんのか?」
「……くっ!」
「ほぅ、客に対する態度もよくなさそうだ。その程度の店ならば、料理もたかがしれるというものよな?」
「……た、只今お持ちしますっ!」
再び楽し気な表情に戻った万音が、ここぞとばかり煽りに煽る。
最初こそ反抗的というか、迷いを残していたジュクーシャであったが。
少なくとも、客と店員という立場。相手が相手とはいえ、自身の振る舞いで店を軽んじられてはならないと、奮起したようだ。
早歩きで動き、それぞれ二人分を手に、席へ戻ってくる。
「……ふん、品揃えはどこにでもありがちなものだな。特に真新しさも無い」
第一声は、それであった。
メニューをパラパラと捲った万音は、一通り流し見て、退屈そうに欠伸をする。
ジュクーシャのこめかみに青筋が立つが、やはりというべきか気にも留めない。
「私は、カレーライスにコーラ、デザートにチョコレートケーキを頼む!」
「はい、承知しました、播凰くん」
メニューを見つつ、播凰が元気よく写真のカレーを指させば、ふんわりと柔らかな笑顔でジュクーシャは注文を受け取る。
が、そこでコホンと咳払いをし、ぎこちない動作で万音の方を振り向くと。
「……お、お客様は、お決まりでしょうか?」
これまたぎこちない笑みでつっかえつっかえ注文を伺う。
すると、万音はメニューをパタン、と閉じて。
「店主に伝えよ。おすすめの料理にドリンク、デザートを持ってこいと。金はいくらかかっても構わん」
ついでに目も閉じ、腕を組んでソファーの背に寄りかかる。
注文と言えるのか言えないのか、微妙な注文の仕方に目を剥くジュクーシャであったが。何を言っても無駄であると悟ったのか、厨房へと注文を伝えに行く。
そんな注文の仕方もあるのか、と感心した播凰は今度自分もやってみようと心に決めるのであった。
――――
「覇の性質、ですか?」
料理を待つ間、これ幸いと播凰は早速、判明した自身の天能の性質をジュクーシャに伝えた。
ちなみにジュクーシャはまだ勤務中ではあるが、他に客もおらず、知り合いなのであればということでゆりから休憩という名目の許可が出て播凰の隣に座っている。
対面の万音は、興味もないのか目を瞑ったままだ。
「うむ。だが、使える術がまだ無いみたいでな。まずは、己にとって覇が何たるかを理解せねばならぬらしいのだが……正直、全くよく分からぬのだ」
小貫からの助言。
覇を意識し、理解する。それができれば新しい術が使えるようになるらしいのだが。
しかし何のことやら、と播凰は未だ一歩も踏み出せずにいた。
「……成る程。『覇』の術というのは、申し訳ありませんが私もよく知らず――というより、初めて聞きました」
「そうか……ジュクーシャ殿でも、そうなのか。……であれば仕方ない、使えるようになるまで待つしかないか」
ジュクーシャでも知らない。
この世界ではなく、異界の住人であれば或いは、と思ったものの。その当てが外れ、播凰はズーンと落ち込む。
「ですが、その方が何を伝えようとしたのかは、漠然とですが分かります」
「ぬ?」
だが、ジュクーシャが一定の理解を示したことにより、顔を上げる。
彼女は、播凰の目をしっかりと見て、懇懇と言葉を紡いだ。
「そうですね……分かりやすいところからいきましょう。例えば、播凰くんは火と聞いた時、何をイメージしますか?」
「火か……そうさな、あらゆる物を焼き尽くし、燃え広がる大火だな」
「そう捉える人もいるでしょう。ですが一方で、火とは太古より人類を獣から守り、今なお人々の生活に寄り添い、欠かすことのできない存在です」
「ふむ」
播凰が想像したのは、人すらも焼き殺す文字通り圧倒的な火力、攻撃力であったが。反面、ジュクーシャが説いたのは援けとしての火。
なるほど、異論はない。すんなりと播凰は首肯する。
「ではもう一つ、この水もそうです。今、播凰くんは水を飲むことによって回復――もとい人間の体にとって必要な水分を補給しているわけですが。水とて、大量に集まれば洪水や津波となって、生物に牙を向きます」
「確かに、そうだな」
「このように、魔――いえ、天能の性質となるものはあらゆる見方ができ、その中で何を最も強くイメージするのかは、人によって異なります。風然り、雷然り。……大抵はそうでないことと思いますが、中には光を疎んじ、闇を心地よいと宣う者もいることでしょう、ねっ!」
ここでギロリ、とジュクーシャが万音を睨むように見た。
しかし、それもどこ吹く風。目を閉じているとはいえ、まさか眠っているわけではないだろうが。
だが、元よりただの当てつけであったのか。気にした様子もなく、ジュクーシャは播凰に視線を戻す。
「人には得手不得手があり、その才能、適正にも向き不向きが存在します。個人の価値観や意識、考えというのも同様です」
難しい話になってきた、と播凰は思った。
深く頭を使うこと――特に勉強はその筆頭であるが――は苦手だ。
しかし、よく聞き、よく理解すべきだとも思った。であるから、播凰もまたジュクーシャの目を見て、真剣に聞き入った。
「覇、という性質に何を思い浮かべるか、何を見るか。それは誰に聞いたところで得ることのできるものではありません。参考程度にはなるでしょう。ですがそれでは、真にその者が理解できたとは言えない」
――他でもない、自分が。自分だけが、それを決められるのです。
そう、ジュクーシャは結んだ。
播凰は沈黙で応じる。それは、頭が追い付いていなかったからではなく、ましてや聞いていなかったからでもなく。
答えを持たなくとも、その重要性を直感的に理解し、心に刻みつけんがため。
「――ククッ」
代わりに、というわけでもないが、笑い声が一つ。
「……何ですか、何か文句でも?」
馬鹿にされていると感じたのか、ジュクーシャが咎めるように、声の主――対面に座る万音に向けて声を飛ばす。
しかし、万音はジュクーシャを見ることなく。目を開き、ガラス張りの窓向こうの空を見上げ。
「いや、なに――」
その晴天の中にある太陽に目を細めて。
「少し、昔を思い出してな。随分、青臭い話をしていると思っただけだ」
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今後も読んでいただけると幸いです。
ちなみに引っ張ってますが、最初の術が使えるようになるのは本章の最後のバトルです。