三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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21話 目標設定

「――大事なのは、何を目標として自身を、そして天能術の技量を高めるか。それを明確にしていくことです」

 

 放課後、学園の第三視聴覚室。

 教室前方、天井から吊り下げられたスクリーンの傍らに立つ、学園教師の紫藤による淡々とした語りだけが、室内に響いている。

 

「考えも無しにただ漠然と磨いている気になっているだけでは、あまり意味がありません。日々の中で何を得て、どう成長していきたいのか。最終的な到達点というのも重要ですが、そこに至るまでの通過点というのも軽視してよいものではない」

 

 彼女の視線の先にあるのは、着席する二人の人物。

 一人はむむっと眉間に皺を寄せ、もう一人は背筋をピンと伸ばして緊張で顔を強張らせている。

 言うまでもなく播凰と毅の両名であり、それ以外の人影は室内にない。

 補講、というより紫藤による問題児二人への特別指導。その第一回目であった。

 

「さて、そこで聞きましょう。君達が今、何を目標として設定し、それを達成するためにどうしているのか。現在取り組んでいることで構いません」

 

 紫藤の目が、二人の顔をそれぞれ射抜く。

 

「私は勿論、覇の術を使えるようになることだな! そのために、覇という性質について色々考えているが、さっぱり分からぬ!」

「じ、自分は……ええっと、もっと天能術の成績がよくなるように――放課後に自主練習で術を使ってるっす」

 

 即答する播凰の目標は当然、天能術が使えるようになることだ。小貫とジュクーシャの助言を受けて頭を悩ませているが、けれども分からぬものは分からぬと隠さずに堂々と告げ。

 対して目が泳ぎまくりの毅は思考の末、しかし何とも曖昧で自信無さげな答え。

 

「……成る程。一年生とはいえ、東方第一の高等部に通う生徒の言葉とはまるで思えませんが――まずは、三狭間」

 

 なんとなく回答レベルは予想の範囲内ではあったのだろう。

 顔色一つ変えることなく、嘆息一つ吐くこともなく。さりとて無条件では受け入れ難かったのか、紫藤は平淡な声色ながらもチクリと咎めつつ。

 

「新しい術を使えるようになる。それ自体は、何らおかしい目標ではありません。学年、クラスを問わず、君以外にも同じ目標を掲げる生徒は多いことでしょう」

 

 それでも嘲りはそこになく、真面目に向き合い、彼女は不出来な生徒達に言葉を紡ぐ。

 

「君の場合は少し、いえ、かなり特殊なケースであることは認めます。ですがその上で、術と一口に言えど、その種類は多岐に渡ります。属性にすれば、天放に天溜、天介が。役割にしても、攻撃や防御に、補助といったその他系統。……必ずしも望んだ術が発現するわけではないにせよ、どのような術を会得したいか。それは君の頭にありますか?」

「うむ――ないな!」

 

 考える素振りすらなく、きっぱりと断言する播凰。

 聞く側からすると、いっそふざけているとすら感じられると思う者もいるであろう返答だ。

 少なくとも紫藤からすれば、ここ数年で自身にそのような態度をとった生徒はパッと思いつかない程度には。

 とはいえ、播凰は冗談でもなんでもなく、取り敢えずとにかく術を使いたいの精神。よって、知識が無いわけではなかったが、紫藤の挙げたことまでは考えが及んでいなかったというのは事実であり。

 それを理解してか、或いは流してか。

 

「そして、晩石。天能術の成績をよくしたい、その気持ちは結構です。では、何を以てしてよくしたいのか、それを意識した自主練習を君はしていますか?」

「うぇっ、えっと、それは……」

 

 次いで、矛先は毅に向かう。

 鋭い舌鋒に、毅はあたふたするばかり。なにせ自主練習とはいえ、とにかくがむしゃらに術を発動していただけだ。故に、意味のある言葉が口から出るわけがなく。

 

「天能全般でいえば、術の発動速度や制御力、天能力を上げる。一つの術に目を向ける場合、攻撃であれば威力、防御であれば強度を上げる。戦術の幅を広げたいという意味であれば、術への理解を深めたり、新しい術の会得。成績をよくする――つまり天能術の技量を向上させるというのは、大雑把に挙げただけでもこれだけの方向性が存在します」

「…………」

「無論、複数の要素を並行して鍛えるということも往々にしてありますが。それをできる力量があるなら、君はH組にはいないでしょう」

 

 遂には、沈黙。つらつらと指を折る紫藤を前に、毅は口を噤むしかなかった。

 ぐうの音も出ないとは正にこのこと。事実、毅自身今のやり方が最適であるとは思っておらず、その証拠に成果らしき成果も感じていなかったのだから。

 紫藤は二人の考えを聞いた上で、その浅慮を指摘すると。教室前方横にある机へと移動し、何やら端末を操作しはじめる。

 

視聴覚室(この場所)を指定したのは念のためでしたが、準備をしていたことを喜ぶべきなのか……ともかく、君達には、今からとある動画を見ていただきます」

 

 すると電気が消え、スクリーンに浮かび上がったのは静止状態の映像。

 

「これは天能術の種類についてを簡潔にまとめた動画であり、主に我が校の新一年生用の授業に用いられるものです」

「ほう……む? しかしそのようなもの、見た記憶がないが。予習ということだろうか?」

 

 新一年生といえば今の播凰達のことだが、しかし授業の中でそのようなものを視聴したことはない。

 そもそも、一般科目とは異なり、天能術に関する授業は基本的に座学ではなく実習タイプ。

 故に、授業内容の先取りかと播凰が指摘したのだが。

 

「いいえ、復習です。――なぜなら新一年生は新一年生でも、中等部(・・・)の新入生向けの教材ですから」

 

 真逆。それも三学年下の中等部一年生という、似たようで全く異なる立場にて習うべきことだというではないか。

 冷酷な事実を突き付ける紫藤の言葉と共に、有無を言わさず映像が再生される。

 

 これがプライドの高い生徒であれば、反発の一つもあっただろう。

 だがその点、播凰も毅も実に単純であった。元より両者共に、天能術に関してはプライドもへったくれもなく、一度映像が始まってしまえばたちまちそれに見入ったのだから。

 

「攻撃の術にも色々あります。まずは、代表的ともいえる単体攻撃。言葉通り単体に対して攻撃することに特化した術で、初級から上級まで幅広く存在します」

 

 映像の内容にあわせて、紫藤が口を開く。

 火炎が、雷撃が、旋風が。それぞれ術者から、対峙する相手役と思しき人間に放たれ、直撃するシーンが次々と映し出されていく。

 

「続いて、範囲攻撃。ランクとしては中級以降に分類される術が殆どであり、主に複数の相手との戦いで最大限の効果を発揮しますが、単数の相手に対しても避けさせにくいメリットはあります」

 

 爆発が地面を広く吹き飛ばし、光線が前方の空間を丸ごとを薙ぎ払い。それだけでなく、術者を中心として周囲に黒い何かが噴き出し、範囲内の二人の人間に膝を突かせる光景が流れる。

 それまでは感心するように無言で眺めていた播凰だったが。

 

 ……ん? 敵が二人?

 

「ぬっ、紫藤先生!」

「質問があれば後で受け付けます。黙って最後まで見るように」

「分かったぞ!」

 

 疑問を抱くや否や、バッと勢い込んで声を上げたはいいものの、すげなくあしらわれて映像に視線を戻す。

 

「――続けます。己の身体、または天能武装に術をかけて行う攻撃は武戦科の戦いでは基本です」

 

 火を纏った拳が振るわれ、尋常ではない速度で槍と薙刀が交差し合い。

 雷を帯電した剣により斬撃が飛び、番えた弓から放たれた矢は光となって空を切り裂く。

 

「防御に関しても、守り方は一つではありません。盾を防具として装着するのか、壁として造り出すか。技量は必要ですが、一面だけでなく周囲全体から身を守る術を操ることも可能です」

 

 披露されるのは様々な性質による盾――即ち防御の術。

 例えば、それは術者の腕に展開されて相手の天能武装による攻撃を受け止め。術者の正面に展開されて前方から飛来する岩石を弾き。かと思えば、術者ともう一人を囲うよう全方位に展開されて四方より押し寄せる水を遮る。

 

「攻撃と防御以外では、相手の行動制限するものや自身の能力を強化するもの、体力回復効果を与えるものなど――この動画には収録されていませんが、その他にも数多の補助的な効果を発揮する術が存在します」

 

 地面を一瞬で凍らせ、相手の足を止める氷。鋼による、屈強な人型物体の生成。

 時間にして数分。様々な天能術の発動を次々と映し出し、やがてその動画は終わった。

 

 部屋の電気が点き、紫藤のいつも通り堅い表情が見えるようになる。

 

「さて、何かあれば、挙手をしてから発言して――」

「はいっ! 一騎討ちだけではないのかっ!?」

 

 瞬間、待ってました、と言わんばかりに播凰が勢いよく挙手。

 問うは、戦いは一騎討ち――つまり一対一だけではないのか、ということ。

 映像では、複数の相手を攻撃したり、また自分以外の誰かも守っているようなシーンがあった。

 つまり、戦いの場にいるのは自分と相手の二人だけではない。てっきり、天能術を用いた戦いは一対一だけと勝手に思い込んでいた播凰は、それに疑問を抱いたのだ。

 

「……一騎討ち?」

 

 にしても、言葉足らずにもほどがある。

 何より、動画の主題は天能術の種類について。であれば出てくるのは天能術についての質問かと思いきや、飛び出したのは予期せぬワード。疑問に至った経緯は不自然でこそないものの、播凰の内心を知る由もない紫藤からすれば、すぐさまその意味を理解できるわけもなかった。

 実際、播凰の隣に座る毅もまた首を捻っている。

 とはいえ、少し時間があれば言いたいことは伝わったのだろう。

 

「……ああ、いきなり何かと思いましたが、戦闘形式のことですか。勿論、一対一だけではありません。チーム戦――つまり天戦科同士の生徒で組んだり、天戦科と武戦科の生徒で協力したりといった多対多の戦闘形式も当然あります」

「ほう!」

「もっとも、一年生では戦闘の基礎や一対一での戦いを教えることとなるので、そういった内容を授業で行うのは二年生以降になってからですが」

「おおっ、それは楽しそうだな!」

「…………」

 

 戦い自体は好きで、一騎討ちも好きだ。けれど説明を聞いてチーム戦という形式にも興味を持った播凰は朗らかに笑う。

 だが、そんな彼の顔を、紫藤はじっと見つめており。

 

「一つ、こちらから聞きますが――四方校(しほうこう)天奉祭(てんぶさい)については?」

「四方……? すまぬ、もう一度頼むぞ」

「……いえ、結構です。その反応で分かりました」

 

 くい、と眼鏡を持ち上げた後、紫藤は両腕を組む。

 

「四方校天奉祭。毎年秋に開催される、四校――つまりは西方第二、南方第三、北方第四、そして我が東方第一の学園の生徒が力や技術を競う場です。一般の方の見学も受け入れてることから、学校関係者以外にも広く知られています」

「ふむふむ」

 

 言外に、一般の人間が知っていることすら何故知らないと告げられているわけだが。

 初めて聞いた、と大真面目に頷く播凰にその皮肉が届くことはない。

 

「中等部は、生徒による団体演技だけですが。高等部からは団体演技に加えて、天戦科、武戦科それぞれの学年別生徒での個人戦にチーム戦、科を問わないメンバーによる団体戦といった戦闘形式でも他校と競い合います。あとは、造戦科生徒の作製物を品評して順位をつけるといったものもあり、各競技の総合点でその年の優勝校が決定します」

「ほう、そのようなものが!」

 

 各校との勝負の場。

 それを聞いた播凰は膝を打ち、目を輝かせる。

 

「予め言っておきますが、生徒全員が好きに参加できるわけではありません。見学は可能ですが、出場権が与えられるのは、各学年から選出されたそれぞれの科の代表生徒のみです」

「それはどうやって決められるのだろうか?」

「成績は勿論、戦闘系の部活に所属していれば、そちらも加味されます。敢えて言うなら、部活動は異なる科の生徒が、組む相手を探す絶好の場ともなりますので。多対多ともなれば、単に成績優秀者を集めた即興のメンバーより、慣れている者同士の連携が勝ることも充分にありますから」

「部活、か。そういえば、辺莉も入っていると言っていたな」

 

 最強荘二階、播凰の後輩にもあたる中等部の二津辺莉も、詳しくは聞いていないが部活に所属していると言っていた。

 今はともかく術を使えるようになるのが優先だが、それが叶ったら部活とやらに入ってみるのもいいかもしれない。

 それに、その四方校天奉祭とやらも面白そうだ。

 興味の対象が増え、わくわくと。自然、顔が綻ぶ播凰。

 そんな彼の顔を眺めていた紫藤であったが。

 

「……話は脱線しましたが。今、君は他のことに意識を割いている余裕はないはずです。そもそも、天能武装は自由に扱えるようになったのですか?」

 

 それ以上は踏み込まずに、本来の話題に戻した。

 

「ぬっ、まだだ! どうも上手くいかなくてな」

「でしたら、新しい術よりもそちらが先でしょうに。或いは、それが出来た時に術も発現するかもしれません」

「はっはっは、それもそうだな!」

 

 小言を笑って受け流す播凰にそれ以上追及せず、紫藤は毅に向き直る。

 

「晩石。君は確か、行使可能な術は二つでしたね?」

「え、は、はいっす!」

「はっきり言って、天戦科の高等部一年としては少ない。そのため、こちらとしては新しい術の会得を目標とすることを推奨します。新しい術を会得し、それを制御できるようになれば、多少地力は向上するでしょう」

「あ、新しい術っすか……」

 

 簡単に言う紫藤であるが、毅にとっては難問を突き付けられたに等しい。

 それがすぐできるのならとっくにやっているからだ。好き好んで術が少ないわけでは当然無い。

 

「君の知識は、三狭間よりはまだ良い、という程度なのがよく分かりました。つまり、実力だけでなく知識も周りより劣っている。知識が劣っているために実力もついていない」

「うぐっ……」

 

 追撃するような辛辣な言葉に、毅は呻いた。

 別に播凰を見下しているわけではないが、その知識に関しては苦笑いすることがある。それと比較されてまだマシと言われるレベル。地味に傷つく評価であるのは言うまでもない。

 

「まずは、君の性質である岩に、どのような術が存在するのかを知りなさい。学園貸与の端末から、我が校の生徒向けの学習動画が展開されているページにアクセスできるのは知っていますね? 用意された中に、各性質の術をそれぞれ映像化したものがあります」

 

 そんなものがあっただろうか、と播凰は首を傾げた。

 そんなものがあった気がする、と毅は冷や汗をかいた。

 

「岩の性質の術を知った上で、まずは自分がどの術を会得したいかを考えなさい。当然、いきなり中級、上級ランクを行使するのは今の君には無理です。術を決めたら、それを正確にイメージして鍛錬する。何を契機として新しい術に目覚めるかは未知数ですが、偶然に身を委ねず努力で会得しようとするなら、これが一般的なやり方です」

「わ、分かりましたっす!」

 

 必死に脳裏に刻みつけ、毅は声を張り上げる。

 その横で、首を傾げたままの播凰が手を上げた。

 

「それはもしかすると、私の覇の性質の術も――」

「――覇の術が記録されているわけないでしょう」

 

 ピシャリ、と無慈悲に一蹴。

 いいですか、と紫藤は前置きして着席する播凰に近づき、声のトーンを落とす。

 

「覇という性質の希少性について、君は正確に理解すべきです。現代では日本のみならず、世界を見てもその性質()の保持者の存在は報告されていません。今はまだ、夏美が君の性質を確認しただけなので、このことを知るのはあの場にいた者、そして私の方でお知らせした学園長のみですが」

 

 ……あの二人に言ってしまったぞ。

 喫茶リュミリエーラにて、ジュクーシャに相談を持ちかけ、その場にいた万音も聞いていたであろうことを思い出す。

 播凰の表情が動いたのを、目敏く見つけたのか。

 

「信頼できる方であれば仕方ないですが、無闇矢鱈と言いふらす真似だけはしないように。事実であろうと、今の君にそれを証明できる(すべ)はないのですから」

 

 今まで我慢してきたであろう溜息が、ようやくここで一つ紫藤の口から漏れ出る。

 

「とはいえ、君が術を使えるようになった場合、その時は学園として(・・・・・)対応を考える必要があります。極稀な事例なので、決まった流れというのはないものの……大々的にとはならないでしょうが、然るべき場所、機関への公表の必要も出てくるでしょう」

 

 ――故に、一つでも術が使えるようになったその時は、必ず私に報告してください。

 

 最後にそう結んで、パン、と紫藤は手を打った。

 

「何をすべきかは、これで明確になったはずです。こちらも毎日時間がとれるわけではありませんから、まずは各々それを取り組んでください。ある程度過ぎたら状況を確認する場を設けますので、その際はこちらから連絡しますが、どうしても困った場合は個別に連絡をしていただいて構いません」

 

 そうして、初回の紫藤の指導は終わった。

 播凰は天能武装を自由に扱えるよう、毅は自身の性質の術を知って会得を目指し、日々努力する。

 だが、両者共に、そう簡単に目標を達成できるわけはなく。

 

 とうとう、その日はやってくる。

 そう、播凰発案の、喫茶リュミリエーラ宣伝放送計画。

 その配信のタイトルは――『大魔王と客将が行く廃商店街 with 従者』である。

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