三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
シン、と店内が静まり返る。
まるで計ったようなタイミングで曲が切り替わり、物静かなBGMだけがただ機械的に流れる中。離れたテーブルにて注文しながら密かに様子を伺っていた辺莉達も、播凰の食べっぷりや会話をふんわりとした笑みで見守っていた店主のゆりも。
当然、同じ卓を囲んでいた播凰と万音も、怒声と共にダンッと握り拳をソファーに叩きつけたジュクーシャを見ていた。
「――フン、余の用意した役に徹するのは結構なことだがな。しかし、
「なにをっ……!」
誰よりも最初に口火を切ったのは、怒りの矛先たる当人。
横溢する敵意に晒され、しかし眉一つ動かさず
咄嗟に反発をしかけたジュクーシャであったが、しかしスプーンに乗せられたそれを見て今の状況を思い出したのか。彼女は我に返ったように、はっとした顔つきとなり。
「も、申し訳ありません……」
「フハハハハッ、これだから元とはいえ、勇者などという輩は困ったものだ!」
蚊の鳴くような声で謝罪する
・コメント:ビビった
・コメント:飲み物溢しちゃった
・コメント:よく分かんないけど、高度なロールプレイだぁ……
・コメント:従者おこ? 激おこなの?
・コメント:成り切ってるのは凄いと思う
・コメント:やりすぎた感はちょいあるけどね
・コメント:まあ配信出るの初めてぽいし、素人ならしゃーない
リスナーの方も、どうやら配信の設定的に
「さて、未熟者のことはよい。どうやらここはデザートに関してはテイクアウトもできるようでな、つまるところそちらに力を入れているとも言えなくもない。店主よ、食後のデザートの用意を」
直にそれぞれの皿から料理がなくなることを見越してか、はたまた妙な雰囲気となった空気を切り替えるためか。万音はこちらを見ていたゆりに、次の品を準備するよう声をかける。
ひたすら食べに徹していた播凰はサンドイッチが残り一切れ――今まさにそれが口に放り込まれたが――で、万音もなんだかんだ後数回手を動かせば完食する程度には会話の合間合間で食べ進めており。ジュクーシャに関しても、既に半分は播凰が食べていたためそれほど多くは残っていない。
万音の言葉に反応し、弾かれたようにゆりを振り返るジュクーシャ。そんな彼女にゆりは柔らかく微笑むと、無言で頷き厨房に戻っていった。
力なく項垂れ、それでもせめてビーフシチューを食べ切ろうとスプーンに手を伸ばすジュクーシャであったが。
「……よろしければ、ビーフシチュー、いかがですか」
「む、もうお腹いっぱいか?」
「……ええ。そうですね、ちょっと……」
その手すらも力を失くし、播凰へと弱々しく声をかける。
播凰が空となったサンドイッチの皿を隅へどけると、無理に貼り付けたような笑みでジュクーシャが彼の前にビーフシチューを移動させた。
とはいえ、すぐさまそれも播凰の大口によって早々に平らげられ、空となった食器が女性店員によって下げられていく。
「うむ、今日も美味であった! そして、この後はチョコレートケーキだ!」
「フン、ただのケーキの一つや二つで、よくもまあそこまではしゃげるものよ」
ビーフシチューとサンドイッチを食べたばかりだというのに、早くもデザートのチョコレートケーキに心が急く播凰。その瞳の輝かせよういったら、まるで落ち着きない子供のよう。
そんな播凰を見て、万音は小馬鹿にしたように鼻を鳴らすものの。
「当然であろう! チョコレートというのは、実に甘くて美味しい。これほどまでに甘いものは、今まで口にしたことがなかったのだから!」
全く意に介さず、チョコレートケーキ――チョコレートそのものともいえるが――について播凰は語る。一応、コンビニ等で購入したチョコレートを食べたこともあり、それはそれで悪くはなかったものの。やはり播凰の中ではリュミリエーラのチョコレートケーキは格別。
流石にもう初めてほどの衝撃を受けることはないが、お気に入りであることに変わりはない。
・コメント:客将ウキウキで草
・コメント:可愛い
・コメント:それよか、凄いこと言わなかった?
・コメント:今までチョコ食べたことないってマジか
・コメント:この前のゲームしたことないといい、なんなんだ
・コメント:ガチなのかそうじゃないのか。。
・コメント:いや、親の躾が厳しかったんなら有り得んじゃね
・コメント:客将きゅん可哀そう
普通に生きていれば、チョコレートを、そして先日の配信におけるゲームも、全く経験がないということはそうそうない。これが明らかなキャラ設定と分かるならリスナー側は単に乗っかるだけで済む話だが、しかし環境によっては可能性が無いとも言い切れない微妙なライン。
何気ない発言でリスナー達を混乱させる播凰であったが、勿論当人にその自覚などありはしない。
「お待たせいたしました」
間もなくゆりがやってきて、それぞれの前にデザートと、
「よし、食べる前に一言だったか。うむ、料理もそうだが、ここのデザートはどれも美味でな。しかしどれか一つとなれば、チョコレートケーキが私の一番のお勧めである! もしここに来た時は、是非食べてもらいたい、以上だ!」
流石につい数分前のことは覚えていたのか、今度はちゃんと食べ始める前に一言を述べる播凰。しかしそれは褒め言葉と言えなくもないが、もはやただの宣伝である。
とはいえ、端から期待などしていないのか、やれやれと頭を振っただけで特に咎めることなく、万音はテーブルの上を映す。
湯気の立つコーヒーとアップルティーに、チーズケーキとショートケーキ。
「うむ、やはり美味いな!!」
そしてパクパクというほど勢いはないが、ゆっくりと着々に消えていくチョコレートケーキ。
・コメント:おー
・コメント:てか、さっきからそれしか言ってないが
・コメント:まあ確かに美味そうではあるけども
・コメント:つっても、ただ食べてるのだけを見せられてもねぇ……
万音もまた自身の前にあるコーヒーカップを傾け、チーズケーキの先端を一口。
そうしてから、対面の様子をじろりと見やる。
「…………」
先程の失態が未だに尾を引いているのか、沈黙して顔を伏せる
その隣には、ひたすら美味いを連呼するだけの物体と化した
……さて、どうするか。
一瞬、従者を弄ろうかと考えるが、あの様だ。魔王としての見立てでいくと、あれは早々に復帰はできない。
となれば、残るは客将だが。そちらからまともな感想を引き出すのはほぼ無理。
しかしコメントでもあったようにただ食べているだけの映像など直にだれるのは明白。その上、顔にモザイクがかかっていて表情も見えないのだから尚更だ。
そんなことを、流れるコメントを見ながら彼が考えていた時であった。
・ジャンナ・アリアンデ:美味しそうなのは認めるけど、別の意見も聞きたいわね
そんな数ある内の一つが、ふと目に止まる。
ただ、それは万音だけではなかったようで。
・コメント:んん!?
・コメント:え、嘘
・コメント:ジャンナだ!
・コメント:あれ、本物?
・コメント:本物じゃん
・コメント:マジだ
・コメント:絡みあったっけ?
・コメント:大魔王は誰ともコラボしたことないぞ
・コメント:そういえば、客将回見たって言ってた気が
――ジャンナ・アリアンデ。
百万人以上の登録者をほこる大人気VTuberにして、個人で活動する大魔王ディルニーンとは異なり、所謂企業勢という企業に所属して活動する女性のVTuber。そのような存在が、突如コメント欄に現れたのである。
基本的には幼い少女にしか興味を持たない万音だが、同業者は別であり時折他配信者もチェックしていた。故に、人気であり有名であり、その活動歴も大魔王ディルニーンより先輩にあたるため、当然のように彼女のことを知っていたのだ。そしていつだったかの配信で、彼女が大魔王ディルニーンの動画――客将出演回に言及していたことも。
「……フハハハハッ、いいだろう、折角の余の配下からのリクエストだ。客将よ、これより突発インタビューを行い、他の客の意見を聞いてくるのだ!」
「む? しかし、まだケーキが残って――」
「後で食べればよかろう、溶けるでも冷めるわけでもあるまいに!」
「うーむ……分かった」
予想外の大物登場に盛り上がるコメント欄。一言だけを残して以降動きはないが、しばしその人物についてのコメントだけが流れていく。
彼女がどのような意図でコメントを残したのかは不明だ。なにせ大魔王ディルニーンと仲が良いどころか、そもそも面識すらない。
加えて業界歴も長く、知名度も登録者数もあちらが上。つまりこの分野においては格上の相手となるわけだが、そんな程度で気後れする大魔王ディルニーンではなかった。
むしろそれを活かし、あまつさえ配下呼び――つまり1リスナー扱いをして提案を受け入れ、客将を伴って席を立つ。ちなみに、それに頼らずとも場を回す腕に自信はあったのは言うまでもない。
さて、それはともかくリクエストにあった別の意見だ。聞き手にとっていくつか解釈はでき、当人にとっては単に美味い以外の言葉を客将から聞きたかったのかもしれない。だが、それが出てくるのかは非常に怪しいと言わざるを得なかった。
そのため万音は別の人間の意見、即ち他者へのインタビューととった。他者、つまりお店という環境を考えると、それは他の客ということだが。
「……ど、どど、どうするんすかっ!? なんかこっち来てるんすけど!?」
「ファ、ファイトだよ先輩っ! 大丈夫、思っていることを言えばいいんだから……っ!」
要するにそれは、偶然という体で来店した彼及び彼女達に他ならない。何故なら、そこ以外に店内で食事をしている客の姿はないのだから。
端末片手に席に近寄って来る二人の姿。その流れに毅は思い切り動揺し、辺莉はそれを宥めつつピンと背筋を伸ばす。
「うむ、お主達も来ていたとは偶然だな! しかし丁度よかった、私はどうもそういうのが苦手でな。色々と感想を聞かせてくれ!」
いるのは分かっていたために、一直線にそこに向かい率直に尋ねる。
テーブルにあるのは、四人分のデザートとティーカップ。
「え、えっと……お店は落ち着いてて清潔感があるし、お料理もデザートも最高でーすっ! 店長さんも店員さんも優しくて綺麗な人達だし、空気も味もホッとするような感じっていうか!」
誰、ともないその問いかけに、最初に声を上げたのは辺莉であった。
「ね、値段は結構お手頃っすね! こ、このシュークリームとか、甘くてクリームもたっぷりで生地もふわふわで……地元じゃこういうの食べたことなかったんで、初めて食べた時は衝撃だったっす!」
一拍遅れて、どもりながらも毅が。
「……まあ、そこらのファミレスに行く位ならここで食べる方がいい」
渋々といったようではあるものの、淡々と慎次が続く。
残るは、何故この三人と一緒にいるのか不明である
「――貴方は、一体何をしているのです?」
彼女は、しかし問いに答えることはせず。不思議そうで、それでいて妙な物を見るかのようなそんな視線を播凰達に返してきた。
「うむ、配信だ!」
「配信、ですか……あまりよく分かっていませんが、要するにそちらの方は撮影をしているのでしょう? そういったことは通常、カメラを向けられる側に許可をとるものでは?」
「大丈夫だ、顔は映らぬし声も変わって聞こえるらしい!」
「例えその通りだとしても事前に了承を得てからと思いますが。正直、あまりいい気分ではないので」
「そうなのか? 私だったら、別に構わぬのだが」
「……貴方と一緒にしないで欲しいものですね」
・コメント:まさかの知り合い
・コメント:女性だ
・コメント:そんな都合よくいるもんかね
・コメント:全く隠そうとしてないの草
・コメント:でも最後の人の反応的にどうなんだ
・コメント:逆に隠そうともしてないのも本当に偶然っぽい気もするけども
ジャンナ登場の空気は一旦落ち着いたものの。
播凰と他の客――もとい辺莉達のやり取りに、コメントが邪推派と偶然派で割れる。
「むぅ、そういうものか。……すまぬ、嫌であれば止めさせよう」
麗火の面と向かっての非難に、それを聞き入れた播凰は頭を掻いて謝罪を口にする。
あまりに素直だったことが意外だったのか、彼女は少し目を見開いた後。やおら、息を一つ吐きだし。
「……まあ顔も声も分からないのでしたらいいでしょう。それで、感想でしたか。紅茶に関しては普段から嗜む程度には飲んでおりますが、味わい深くよい香りで満足しています」
それが功を奏したのかは定かではないが。
カメラ目線でこそないものの、麗火はティーカップとデザート皿をそれぞれ見ながら口を開いた。
「そしてこちらのチョコレートケーキですが、チョコレートと生クリーム、そして生地のバランスが絶妙ですね。くどくもなく、一口食べた瞬間に濃厚な甘みが広がって――正直、これほどのものが出てきたことに驚いています」
「そうだろうそうだろう! このチョコレートケーキは、私もお気に入りでな!」
「ちょ、ちょっと、肩を叩かないでくれますっ!?」
偶然にも、麗火が注文していたのはチョコレートケーキ。
お気に入りが褒められた播凰は、つい嬉しくなって麗火の肩をバシバシと叩くも、彼女は抗議の声と共に身を捩ってそれを避けようとする。
「うむ、協力感謝するぞ!」
しかしそれを全く意に介さず、最後にそう結び。播凰が彼らの席を後にしようとした、その時であった。
――ダァンッ!!
店の扉が勢いよく蹴り開けられ、括りつけられたベルが激しい音を響かせたのは。