三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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27話 身分と立場

「――星像院さーん! 放課後、グラウンドの予約が取れたからチーム戦とか色々やろうって話になってて、何人かに声かけてるんですけど……もしよかったら、一緒にやりませんか?」

 

 東方天能第一学園高等部天戦科1年E組、その教室。

 本日の授業は少し前に終わって放課後となっており。既に教室を去った生徒もいるが、まだ幾人かの生徒の姿が散見される。

 その内の一人である星像院麗火が自席で荷物をまとめていると、そんな声がかけられた。

 振り返れば、傍らに立っていたのは同じクラスの女子生徒。活発そうな印象を受ける少女で、その顔には人懐こい笑みが浮かんでいる。

 そこから少し離れ、教室後方の空いたスペースには、遠巻きながらこちらを窺う数人の男女の姿。察するに、彼らがチーム戦を行うメンバーだろうかと、そんなことを考えながら。

 

「声をかけてくれてありがとう。――けれど、ごめんなさい。この後は、部活の方で少し用事があるので」

「あー、それは残念……」

 

 軽く微笑みつつ、断りの言葉を述べる。

 放課後となっても教室に残っていたのは、それまでの時間潰しでしかない。成る程、人によっては予定がないと見えてしまってもおかしくはない状況であり、だからこそ彼女も麗火に声をかけてきたのだろう。

 さて、その麗火の返答を聞いた女子生徒は、あちゃー、と額に手を当てて嘆息をしたものの。

 

「噂で聞いたんですけど、星像院さんってあの部活(・・・・)に入ったんですよね? 流石だなぁー、あそこって選ばれた人しか所属できないのに、外部組でいきなり一年生から入部できるなんて」

「……そこまで多くはないようですが、一応、過去にも同様の事例は何度かあったそうですよ」

「それでも、流石は星像院家のご令嬢ってことですね!」

 

 あっさりと引き下がり。今度の機会にでも、と一言残して教室後方の集団に合流していった。

 その背中を見送って、麗火もまた席を立つ。

 鞄を手に、頭を軽く左右に振って緋色の長髪を揺らし。先程の少女を含めた教室後方の集団の近くを通り過ぎる際に軽く会釈をすれば、それに気付いた何人かは慌てたように頭を下げてきた。

 そうして、まだある程度の生徒が残っている教室を後にしようとしたところで。

 

「おお、いたいた! ようやく見つけたぞ!」

「…………」

 

 どういうわけか、見知った顔がズカズカと教室の中へと、麗火の視界へと入ってきた。

 彼女の記憶が正しければ。その人物は同じ学年であり、また同じ天戦科とはいえ、クラスとしては異なり最低評価のH組に所属しているはずである。クラス間での交流の機会があるなら話は別だが、実力順にクラスが振り分けられる東方第一では、別段そのような催しは無い。

 故に、本来であれば最高評価のE組に所属する麗火とは関わりがないはずの存在なのだが――。

 

「いやあ、そういえばお主がどこの組かを私は知らなくてな。天戦科であるのは分かっていたから、F組とG組の教室も探してしまったぞ!」

 

 何故だか、能天気に笑う彼を――三狭間(みさくま)播凰(はお)を、星像院(せいしょういん)麗火(れいか)は知っている。

 

「……一応、私は新入生総代を任されている身ですが」

「おお、そういえばそうだったな!」

 

 おおっぴらに誇示するわけではないが、麗火が単純な事実を告げれば、あっけらかんとそんなことを播凰が宣った。新入生総代は即ち新入生の天戦科におけるトップ。ともすれば、当然振り分けられるクラスは最上位であるE組以外あり得ない。推測の余地なく、至極当然の真っ当な思考だ。

 悪びれもせずに歯を見せて笑う彼は、気付いているのかいないのか。

 周囲の視線は、あからさまに侮蔑の色を帯びている。どちらかといえば呆れや困惑寄りの者もいるが、その殆どはまず間違いなく。

 声の大きさに、クラス外の生徒である事実。加えて会話の対象が麗火ともなれば、この場にいる者――E組に残っている生徒の興味が二人に集中するのは当然といえた。

 

「貴方という人は……それで、私に何か?」

「うむ! 少し、聞きたいことがあってな」

 

 接触の頻度こそ数回であれ、何となく播凰の人柄を把握しつつある麗火もまた、呆れこそしたものの。

 話を進めるために、取り敢えず先を促す。それを受けた播凰が気にした風もなく言葉を続けようとした、その時。

 

「――お前、ここが何処なのか、自分が声をかけてる相手が誰なのか分かってんのか?」

 

 第三者の声が、二人の会話に割って入ってきた。進み出てきたのは、二人の男子生徒。

 その片割れは、じろりと播凰を睨みながら喧嘩腰。

 

「確か、前にもウチのクラスに来てたよね? 上級生が来ることはあっても、同学年の――それもH組の生徒が来ることなんて無かったから、よく覚えてるよ」

 

 もう一方は口調こそ荒くはないが、瞳の奥には隠しきれない見下しの色が浮かび、播凰の顔を見ている。

 

「ここはな、最低(H)クラス()如きがそう何度も気安く来ていい場所じゃねーんだよ」

「その上、星像院家の人間に気軽に声をかけるなんて……身の程をわきまえたほうがいいよ。本来なら声をかけることはおろか、近づくことすら烏滸がましい立場なのに」

 

 口々に言う彼らだが、それを制止する声は上がらない。

 即ち、この場にいる者の総意とまでは断言できないが、少なくとも大半は同意しているものと見做せるだろう。

 明らかに好意的とはいえない空気は、それだけで並大抵の人間では萎縮してしまいそうなものだが。

 

「会話も許されぬ立場、か……」

 

 ポツリ、とそれだけを呟き。しかし、あくまで外野の彼らに言われた通りにするはずもなく。

 

「して、そうなのか?」

「……声をかけざるをえない理由があるのなら、そのようなことは。とはいえ、大した用件もないのであれば控えていただきたいのも事実ですが」

「であれば、問題ないな。用件ならちゃんとある!」

 

 当人からの返答で保証を得たと認識した播凰は、胸を張って宣言する。

 引き下がらないのは予想外だったのか、男子生徒達は一瞬ポカンと面食らった後。

 

「――そ、そういう問題じゃないだろう!」

「では、一体どういう問題だというのだ?」

 

 辛うじて反論の気炎を上げるが、率直な播凰の態度に再度言葉を失くす。

 そんな状況に、麗火は内心溜息を吐いた。単なる傍観者に過ぎないのであれば、まだいくつかの選択肢が存在するというもの。しかし実に厄介なことに、彼女はもろの当事者であり。

 

「用件があるというのなら仕方ありません。ですが、私はこの後に用事がありますので……歩きながらでもよろしければ、となりますが」

「うむ、それで構わん」

 

 それに行くべき場所もある。いつまでも足を止めてはいられないと妥協案を提示すれば、播凰もそれに同意した。

 そうして、教室を出ようとした間際。

 

「ありがとうございました。しかし流石に、大事な用件があるという直接の声を無視する程、私は(・・)狭量ではありませんので」

 

 意図はどうあれ、立ち位置的には麗火の側であった男子生徒達である。背中越しに彼らに言葉をかければ、コクコクと首を縦に振る姿がそこにあった。

 

 

 

「――随分と、息苦しそうであるな」

「…………」

「正直、お主のことはあまり知らぬ。ただ、その姓が……あー、なんだったか」

「……天能始祖四家、ですか?」

「うむ、それだ! それに名を連ねる名家だということは先日知ったが」

 

 教室を出た麗火の隣を、歩調を合わせた播凰が歩く。

 だが、その口から出たのは用件とやらではなかった。その上、彼女にとってはあまり愉快とは言い難い話題であり。

 微かに眉根を寄せた麗火が無言で、しかし非難するように目線を向けるも。

 

「分かるぞ。身分や立場、そのしがらみは私にとってあまり好ましいものでなかったからな」

 

 彼の口は止まることなく、ついにはそんな言葉が飛び出したではないか。

 あまりにも、あっさりと。平然と、さして重要なことではないかのように。

 

「……っ!」

 

 故に。

 それを耳にし、意味を理解した、瞬間。麗火の柳眉が逆立とうとその形を変えかけ。

 

 ――知ったふうな口をっ!

 

 咄嗟に出かかった怒りの声は、しかし実際に紡がれることはなく。柳眉の変化においても、それは些細なものに留まった。

 

 ――…………。

 

 これがもしも、能天気な笑みの一つでもあれば。そしてそれが麗火に向けられていたのであれば。彼女は恐らく、声を上げることも柳眉を逆立てることも厭わなかっただろう。

 しかし、彼の――三狭間播凰の、その横顔は。こちらをすら見ておらず、正面を向き。

 その細められた目はしかして、ここではないどこかに思いを馳せているような、そんな顔で。

 懐かしむような、それでいて一抹の寂しさを感じさせるような。今までは馬鹿馬鹿しく楽観的な表情の播凰しか近くで見てこなかった麗火は、初めて見る色にしばし目を奪われた。

 だからだろうか。

 

「まあ、それはよい。……さて、聞きたいことというのは他でもない、ついこの前のリュミリエーラ――喫茶店での出来事だ」

「…………」

「む、聞いておるか?」

「っ、え、ええ、聞いています。……やはり、先日の一件のことですか」

 

 反応の無さを訝しんだ播凰の顔が麗火の方を向き。その瞳が、すっと麗火を映した時。ドキリ、と微かに彼女の心臓が跳ねた。

 それを落ち着かせるように、一呼吸を置いて言葉を返す。

 

 聞きたいこととやらについては、麗火には凡そ予測がついていた。というより、むしろそれしかないとすら思っていた。流石にクラスまで来られたのは予想外だったが。

 

「うむ。いつの間にかお主達はいなくなっているし、毅に聞いても不明瞭な回答しか返ってこなくてな」

「……前者に関しては、貴方がいつまでも食べているからでしょう」

「むぅ、仕方ないではないか! ああでもしなければ、気が収まらなかったのだから。あのような不快な音を聞いたのは生まれて初めてだ」

 

 思い出したかのように、播凰の表情が不快気に歪む。

 つまり、やけ食いだ。あの事件の後、席に戻った播凰は瞬く間に残っていたチョコレートケーキを平らげ、追加で料理やらデザートやらを注文。その間に麗火達は解散したという、それだけの話だった。

 

「そして毅、というと……ああ、二津さん達と一緒に同席した方ですね」

「そうだ。私と同じように、毅もあの音のせいで状況を理解できていなかったようでな。その時に思い出したのだ。あの時、お主の声が聞こえたような気がしたのを」

「……そういえば確かに、彼も抵抗(レジスト)できていないようでしたね」

 

 ただ一人、テーブルを囲う中で耳を塞ぎ蹲っていた人影を思い出し、麗火は思わずといったように漏らす。

 その単語を、播凰は聞いたことがあった。自身の性質を調べる際、小貫の口から出た単語だ。そういえば、性質が発覚したことで結局有耶無耶となったが。

 

「お主は、その抵抗(レジスト)とやらをしたので無事だったのか。して、それはなんだ? どうやったらできるのだ?」

「……高等部の生徒で知らないのは、恐らく貴方だけかと思いますが――」

 

 刹那、チラリと。その毅という人も知らないのではないか、という疑念が過り。

 即座に打ち消す。仮にも名門校である東方第一にそのような人間が何人もいるわけがない。

 単に実力差的な問題でできなかったのだろう、と麗火は結論付けた。例の音の術に内包された天能力はそれなりであり、同じE組のクラスメートとて全員が全員対抗はできないと読んだのだ。

 

「つまり、相手の術に抵抗してその効果を打ち消すことです。もっとも、全ての術にできるわけではありません。直接的な攻撃系の術は特にそうですし、後は天能力が相手より劣っている場合も失敗します」

「天能力、か」

「正直、あれは危うい状況でした。相手の矛先が貴方であったこと、そして距離もありましたので、咄嗟に反応できましたが……もしも条件が変わっていた場合、どうなっていたか分かりません」

 

 教室のある棟を抜け、外――といっても学園内だが――に出る。

 すれ違おうとした生徒が、麗火を見て緊張したように背筋を伸ばし。次いでその隣を歩く播凰を見て首を傾けた。

 

「成る程。それであの者の行使した術だが、最初のあの不快な音は身を以て味わった。いくら私でも、もう一度聞きたいとは思えぬが」

不協(ふきょう)奏騒(そうそう)。不安定な幾重の音によって相手の行動を阻害する、天介属性の音の術ですね」

「うむ、問題はその後だ。近づいてくる気配もあり、何かが当たった感触はあったのだが――何分、見る余裕が無くてな」

「私としては、何故貴方が無事で、逆に相手がダメージを受けたのかが不思議で仕方ありませんが……」

 

 そこで麗火は言葉を区切り、チラと播凰を見やる。

 が、すぐさま軽く頭を横に振り。

 

「――相手が行使した術はもう一つ。性質継承です」

「性質継承とな?」

「ええ。属性としては天溜であり、自身の性質を肉体そのものに適用させるという、扱いの難しい術です。そしてこれは、音に限らずあらゆる性質(・・・・・・)で行使可能な術でもあります」

「む、どういうことだ?」

「あの人物の場合、肉体の一部を自身の性質――つまりは音へと変えたわけです。他の性質でも行使可能と言ったのはそのままの意味で、これは音の専用術ではないから。例えば、私が行使したのであれば氷に。貴方であれば――」

 

 と、そこまではまるで出来の悪い生徒に言い聞かせるように――実際そうなのだが――説明していた麗火であったが。

 

「――そういえば、私は貴方の性質を知りませんね」

 

 多大とはいかずとも、ほんの少しの興味が込められたふとした呟き。

 それもそのはず。入学試験、そして矢尾との戦い。普通の生徒であれば天能術を行使するはずのタイミングに居合わせて尚、麗火は播凰が天能術を行使している光景を見たことがなかったのだから。

 

「ぬっ……お、おほんっ、今は私のことはよいのだ。つまりあの者は、体の一部が音になったということだなっ! うん? 増々何をされたのかが分からなくなったぞ?」

「……私も完全に目で追えていたわけではありませんが、推測することはできます」

 

 ある意味、流れ弾。教師である紫藤に口止めをされている播凰は、予想外の展開に返答に窮し。

 辛うじて雑な咳払いでなんとか誤魔化すと、結論に至り、しかし結局疑問符を浮かべる。

 その態度に釈然としないものを感じながらも、さりとてそこまで追求する気も興味もなかったのか。

 

「音、というのはつまり、振動です。そのため、物体の振動を誘発させることはあっても、手足といった肉体への表面的な物理的接触や損傷を感じさせることはしないはず。……先程、貴方は何かが当たった感触があったと言いましたね?」

「うむ、そうだ。肩の辺りに感じたぞ」

「貴方が感じたという接触。そして、あの時の『音速の拳』という言葉から察するに――あの人物は腕の一部だけを変化させ、或いは接触の寸前に術を解除して、殴打したのではないでしょうか。文字通り、音の速度で」

 

 別段得意気というわけでもなく、冷静な面持ちで麗火は端的に結論を述べた。

 提示された結論――推測された仮説という前提ではあるが――に、播凰は唸る。胸中を占めるは、天能術の新たな知見に対する感心であった。

 

「……さて、ここまででよろしいでしょうか?」

 

 言葉と共に麗火が立ち止まり、播凰を振り返る。

 疎んじているというわけではないようだが、充分だろう、とその顔が告げていた。

 

「うむ、助かった! ……ああ、そういえばお主、あの時何故いたのだ? それも、あの三人と共に」

 

 播凰は礼を述べつつ。ついでに気になっていたことがあるのを思い出し、投げかける。

 

「あの場にいたのは偶然です。道端で二津さんを見かけて声をかけたところ、美味しいお店があるからと誘われまして」

「ほぅ、辺莉と知り合いなのか。いや、弟の方か?」

「姉の辺莉さんの方ですね。もっとも、弟の子の方も名前と顔だけは知っていましたけど。……こちらとしても貴方が彼女と知り合い、それも仲がよさそうなことに驚きましたが」

 

 言葉とは裏腹に表情に代わりはないが、まあ今知ったというわけでもないからその通りなのだろう。

 さて、そうして播凰に背を向けて歩き去っていくかと思われた麗火であったが。

 

「……こちらからも一つ、よろしいですか?」

 

 一歩、二歩と。播凰から離れていったところで、やおら足を止めた。

 

「これからもあのお店に、あの商店街に行かれるつもりが?」

「うむ、無論だ!」

「そう……」

 

 そして振り向かないまま放たれた彼女の問いに、播凰は即答する。

 チョコレートケーキが好物であることには変わりないし、そのために配信だってやったのだ。行かないわけがなかった。

 播凰の即答から少しの間を置いて、麗火が体ごと振り返る。

 

「先程も言ったように、私があの場にいたのは偶然です。入学に合わせて来たので、こちらの地理には疎いものですから。時折気晴らし程度に足を伸ばすことをしていましたが、結果、あの日通りかかったに過ぎません。そのため、私は恐らく、いえ、今後訪れることは二度とないでしょうが――」

「むっ、待て、待て待てっ! 何故そうなる、お主、褒めておったではないか!」

「……ええ、それはその通りですが。しかし、あそこは長くはもたないでしょう」

 

 言葉を遮り、慌てて播凰は麗火との距離を詰めた。

 だが、彼女の口から出たのは冷淡な言葉。

 

「そんなことはない! これからきっと、客が来るようになる! そうすれば、他の店とて――」

「確かに、人が増えれば一時的に持ち直すことは不可能ではないでしょう。ですが、あの光景は時代の潮流と共になるべくしてなった衰退です。いえ、ならざるを得なかった、と言った方がよいでしょうか。それに、問題はそれだけではありません」

 

 今度は、播凰の発言を遮り、淡々と麗火が述べる。

 

「あの者達のことを言っているのか? であれば、大したことは無い! 音には遅れをとったが、それだけだ。私が負けることはない」

「…………」

「それに、警察、だったか。そこに相談するともゆり殿は言っていたしな!」

 

 確かに、事実だけを見れば、播凰は彼らを撃退している。今までは比較的些細であった嫌がらせも、今回は播凰の身に危険が及んだ――といっても無傷ではあったが――とあって、店主であるゆりは警察に相談に行くと言っていた。

 自信満々に語る播凰であったが、しかし彼に視線を向ける麗火の目は厳しい。

 

「あれは、立場としては小物、末端です。彼らが私情を以てあのような行動に出ているのであれば話は別ですが、きっとそうではないでしょう。あくまで単なる駒であり、手段の一つでしかない」

「…………」

「その上、取り分け、個人の商店にとっては避けられない問題というものもあります。あの喫茶店のマスターさんはまだお若いのでその限りではありませんが……他のお店はどうでしょうね」

 

 播凰は押し黙る。

 麗火の言っていることを理解したわけではない。ただ、彼女が嘘をついていないことを直感的に悟ったが故。

 

「お分かりですか? これは、貴方に――単なる(・・・)一学生の身分(・・・・・・)でしかない貴方に、どうこうできることではないのです」

 

 突き付けるように、念押しするように。

 麗火は現実を播凰へと叩きつける。

 暫しの沈黙。近くに二人以外の人影はなく、少し離れたところからまだ学内に残っている生徒の声が聞こえるのみ。

 ややあって、播凰が重たく口を開いた。

 

「……助言については、感謝しよう。しかし私は、行くことを止める気はない」

「ええ、勿論強制するつもりはありません。ただ、その根拠のない慢心で足を掬われぬよう」

 

 納得がいかない、とありありと顔に出ている播凰に、気にせず麗火は再び背中を向け。

 そうして、彼女は今度こそ歩き去っていった。

 それを少しの時間だけ見送っていた播凰であったが。

 

「――しかし、ここは何処だ?」

 

 麗火に着いてきただけであったので、ようやくここがまだ来たことがない学園内の場所だということに気付き、きょろきょろと周囲を見回すのであった。




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