三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
――人が、いる。
配信を終えて一週間、つまり配信後初となった土曜日。
自身を含み大多数の人にとっては休みとなるその日、商店街に足を踏み入れた播凰が抱いたのはそんな感想であった。
それは子連れであったり、播凰と年の近い少年少女だったり、成年男女であったり。
とはいえ溢れんばかりに犇めいているというわけではなく、多少の時間があれば数えられる程度ではある。
だが、つい数日前までの閑散具合からすれば大躍進ともいえる光景。
ここ最近ずっと胸に抱えていたもやもやは少し晴れ、安堵した播凰はここ一週間のことを思い出す。
麗火と学園で話したその日から。播凰は、放課後直ぐにリュミリエーラへと行くようにしていた。
それは単純に、人が増えているのかが気になったというのもあるが。一番は、例の輩の存在。
例え再び彼らが来ようと自分がいれば何とかなる。その思いからと、ある意味での責任感からの行動であった。
――動画を見た、と言ってくださったお客様が来てくれたわよ。
学園帰りともなれば、時間としては夕方の早い時間。一人向かった播凰に、店主であるゆりは嬉しそうにそう言った。
それを受けた播凰はしかし、諸手を上げて喜びはできなかった。
何せ、その時店内にいた客はといえば二組ほどであり、残りは空席。
増えたと言うには微妙であり、今まで平日にリュミリエーラへと訪れたことがなかった播凰としては比較もできず何とも言い難く。
故に、それは本当に客があったのか、或いは彼を気遣ってのことなのか。判断がつかなかったのである。
流石に学園を休んでまで行くとはいかなかったので、座学時には普段以上に気もそぞろでまともに頭が働かず。天能術の授業――未だ術が行使できない播凰は見学だが――では、飛び交う術など眼中にないといったように虚空を見上げて惚け、教師である紫藤に眉を顰めさせ。
放課後のチャイムが鳴るや否や、教室を飛び出しリュミリエーラへと向かい、閉店間際までいる。という一週間を過ごしていたのである。
と、そんな風にして足を止めていた播凰の横を、一組の親子がすれ違うようにして商店街を出て行く。
父親と思しき男性に手を引かれた女の子は腕にビニール袋を下げ、駄菓子を頬張っており。
美味しい? という優し気な母親であろう女性の問いかけに、女児はうんと満面の笑みを浮かべ。そうして彼らは播凰の視界から遠ざかっていった。
「おばちゃん、これ頂戴っ!」
「俺はこれ!」
「はいはい、ありがとうね。お湯は入れていくかい?」
「「うんっ!」」
ふと駄菓子屋に立ち寄ってみれば、丁度小学校低学年くらいの男子達が会計をしていた。
いくつかの駄菓子と共に購入していたのは、小さ目のカップ麺。お婆ちゃん店主がカウンター端に置いてあったポットでお湯を入れると、彼らは少し熱そうにしながらも顔を綻ばせつつ慎重にそれを持って店を出ていく。
「お父さん、僕この飛行機がいい!」
「おっ、それならお父さんは……あっ、これ、お父さんが子供の頃によく遊んでいたやつだよ」
「子供って僕くらいの頃?」
「ううん、もうちょっと上だったかな。友達とよく公園で飛ばしてね。壊しちゃったり失くしちゃったりして、お小遣いで何回か買いなおして……懐かしいなぁ」
店内には男子達だけではなく、若い親子の姿もあった。父親の年は三十代前後だろうか、玩具の飛行機が陳列されている場所で子供と共にはしゃいでいる。
その親子が会計を済ませて店を出て行ったところで、播凰は駄菓子屋のお婆ちゃん店主に近づいた。
「いらっしゃい……おや、この間の坊やかい」
「うむ! どうだ、客は増えただろうか?」
「そうだねえ……」
開口一番、ストレートな播凰の物言いに、駄菓子屋の店主はゆっくりと間を置き。
「どうしてか、親子連れをよく見たねえ。あとは丁度坊や位の、数年前までよく来てくれていた子達が久しぶりに買っていってくれたよ。……時が経つのは早いねぇ」
目を瞑りつつ、頬を緩めてしみじみと呟いた。
「それに昔程とはいかないまでも、今日はよく人が通る。坊やのおかげなのかもしれないね」
「そうか、増えたか! よかったぞ!」
その反応に、播凰は満足そうに頷く。
先程の光景からそれは分かっていたが、当人から話を聞くのはより強い証だった。
と、二人がそんな話をしていると、外から子供の泣き声が聞こえてきたではないか。それも、大泣きも大泣きの。
「おやおや、どうしたんだろうねぇ」
レジから出て、心配そうに様子を見に行く店主に続き、播凰も通りに出てみる。
するとそこには、つい先程会計をして出て行った親子の姿があった。
「だから言ったろう。これだけ建物がいっぱいあるところで飛ばしたら、失くしちゃうかもしれないって」
大粒の涙を流して泣き喚く男児に、そら言わんことかといった態度の父親。
男児の手に握られているプラスチックの持ち手とゴム紐を見て、播凰は悟った。
自分と同じミスをこの男児はしたのだと。つまり、配信中に播凰が飛行機を飛ばして建物に引っかけたように、この男児もここで飛ばしてどこかに引っかかってしまったのだろうと。
そして、お婆ちゃん店主もそれを理解したらしい。
あらあらと呟くと店内に踵を返し。暫くして、また外に出てくる。
その手には、飛行機の玩具の包みが一つ。
「ボク、飛行機を失くしちゃったのかい?」
「……うん」
そして彼女はそのまま男児に近づくと、空いているもう片方の手でその頭を撫でながら、柔らかく寄り添うように問いかけ。
すると多少は落ち着いたのか、涙は流しつつも男児は小声と共に頷いた。
「そうかい。じゃあ、おばちゃんが同じのをもう一つあげよう」
「……いいの?」
「うんうん、特別だよ」
お婆ちゃん店主が差し出した包みを目にして、男児が彼女を見上げ、小首を傾げる。
頬に伝う雫を指で拭いながら、彼女はその小さな手に飛行機の包みを優しく握らせた。
「すみません、お代を……」
「いいの、いいの」
慌てたようにポケットから財布を出そうとした父親であったが、それを手で制し。
「その代わり、今度はちゃあんとお父さんの言うことを聞いて、失くさないようにするんだよ。大事にしてくれると、おばちゃんも嬉しい」
「うん……分かった!」
「すみません、ありがとうございます」
男児の視線の高さに合うように腰を落とし、その瞳をしっかりと見て優しく彼女が告げれば。
ごしごし、と目元を強く擦って男児が大きく頷き、続いて申し訳なさそうに父親が礼を述べた。
「――おばあちゃん、ありがとー!」
頭を下げる父親と、彼に手を引かれ、もう片方の手を大きく振りながら、親子は笑顔で去っていった。
それに小さく手を振り返しながら。お婆ちゃん店主は、隣に立つ播凰に。
「坊やには感謝しないとねぇ。……おかげで、最後に昔を思い出せたよ」
「うむ! ……ぬ、最後?」
「ああ、もうウチは店仕舞いをすることにしたのさ。来月にはもうここにはいないんだよ」
「むっ、何故だ? 人が、客が増えたのだぞ?」
語られたのは、退去の旨。
それに納得いかないのは播凰である。彼からすれば、折角人が増えたのにという思いしかなかったからだ。
「ウチに限ったことじゃないけど、もういい年だからねぇ。身体も、それに建物も。ゆりちゃんには悪いけど、この年にもなると色々と考えなくちゃあいけなくて」
「しかしそれなら、他の者に店を任せればよかろう? ……例えばそう、ご老台の実子、或いは縁者であったり――」
「あっはっは、流石にそんなことは言えないよ。家の子達はもう、仕事も家族もしっかり持ってる。今更この店を継いでくれる人間なんていやしないし、仮に継いでもらったところで、とてもじゃないけど余裕のある生活とはいかないからね。これも時代の流れというものなんだろうねぇ」
率直すぎる故に、ある意味それは礼を失したものであっただろう。
けれども、そんな播凰の発言をお婆ちゃん店主は笑い飛ばし。
「――ありがとうね、これで心残りは無くなったよ。最後に活気ある店が、商店街が見れた。それだけでもう満足さね」
播凰と視線を合せ、その腕をポンポンと優しく叩き、撫でた彼女は。
言葉通り満足気にそう笑っており。その眼には、確かな決意の光が宿っていた。
「…………」
皺が目立つその手が添えられた自身の腕を、黙って播凰は見る。
初めての感覚であった。
少なくとも播凰の記憶では、こんな風に誰かに気安く触れられ、面と向かって礼を述べられたことはない。
そんな播凰を前に、お婆ちゃん店主はふと思い出したように言った。
「ああそうそう、玩具屋の若いのが言ってたよ。最後に商品を買っていってくれたのが、楽しそうに遊んでくれそうな子でよかったって」
「……そうか」
そうまで言われて察せられぬ播凰ではない。
駄菓子屋を辞し、玩具屋の前に立てば。そこは周囲と同様で既にシャッターが閉められ、閉店を知らせる張り紙が掲載されていた。
「……成る程、
麗火が指摘していた一つはその点なのだ、と遅まきながらに理解する。
後継者問題。人の営みにおいて、必然的に生じるものであり、避けられない事項。
存在については知っていた。なにせ――その動乱の果てに、自身は王位に即くこととなったのだから。
今にしても、よくもまあ弟妹達の誰もが命を落とすことなく、それどころかその後に仲良くやれていたものだ、と思える。
とかく、当事者間然り、その周囲然り。それが孕む厄介さというのを播凰は
が、少なくともその問題というのは、播凰にとっては候補者が複数存在するが故に勃発するものであった。逆に候補がいないことが問題となることなど想定の埒外であったのだ。
つまるところその思い込みが、播凰の視野を欠けさせていたのである。
無論、今回に関しては問題はそれだけではないのだろうが、播凰は経営の経験もなければ知識もない。
加えて時代の流れと言われても、ここ最近この世界に来た播凰からすればいまいちどころか全くピンと来ない。なにせ、この世界の以前の姿を知らないのだから。
事ここに至って、客足が戻ってどうこうという話は疾うに過ぎ去っていた。判然としないながらも、薄々とそれを理解させられたという話。
残念ではあるが、しかし。悶々とした気持ちを播凰は切り替える。
元より播凰の目的はチョコレートケーキの、引いてはリュミリエーラの存続を発端としたものである。ましてや当人達もそれで満足しているのであれば、言うことも言えることもない。
なれば、今気にするべきはリュミリエーラに人が集まるかどうかであり――。
「……んん、あれは何をやっている? 何故外に人が立っているのだ?」
結果、人はいた。十人前後だろうか、だがどういう訳か中に入らずに、リュミリエーラのレンガ調の外壁に沿って並んでいる。雰囲気や装いからしても、例の輩とは違いそうなのは一目瞭然。何か変な行動をしているわけでもない。
では、一体何なのか。
その光景を、立ち止まって訝し気に播凰は見やっていた。
「――お待たせしましたっ! お次のお客様、何名様でしょうか?」
さて、そんな疑問は、間もなく氷解することとなる。
リュミリエーラのエプロンを纏い、扉を開けたのは、意味不明なことに辺莉であった。
一体全体何故、アルバイトどころか未だ中学生である彼女が、接客のようなことをしているのか。
……??
一瞬の混乱。だが、それは同時に眼前の光景の答えでもあり。
「おおっ、そうか満席なのか!」
ポン、と手を打って破顔する。
店内に入れないから、外にいる。
リュミリエーラにおいて一度も目にしたことのない光景であるから、無意識にその可能性を排除していた。
「……うむ? よく考えたら、人が増えたら私がすぐに食べれないのではないか?」
が、満席であるということは自身も待つ必要があることを理解させられ、顔を曇らせる。
昼食をリュミリエーラで済ませ、その後も平日の学校帰りと同じようにデザートだったり例の輩の監視をしようとしていたが。後者に関しては、席に余裕があったからできていたことである。
客が増えるということは、同じ客の立場である播凰にも影響を及ぼす。
そんな事実に今更ながらに気が付くとは何とも間抜けである。
ところで、以前までの商店街ならともかく、人の増えた今の商店街の路上にてそんな百面相をしている播凰は、傍から見れば充分に不審者であった。
が、そう捉えなかったのは一人。
「――っ!!」
列の先頭の客を店内へ誘導し、自身もまた扉を潜ろうとしていた辺莉。
その瞳が、キラリと瞬き、ギラリと光って播凰を捕らえた。
そして彼女は、とたたっ、と足早に目的の人物に駆け寄り。
「――戦力っ、になるかは分かんないけど、取り敢えず確保っ! 播凰にい、手伝って!!」
「……ぬ?」
逃がさぬ、と言わんばかりに目的の人物――即ち播凰の腕を抱きかかえたのであった。
まあそりゃあ、特に駄菓子屋と玩具屋にもろに影響出そうな少子化問題だの。それ以外にもネットショッピングやらの営業形態、大型ショッピングモール云々は、世界を渡って来た人には分かるわけないよねという。同じような問題が前の世界にあったり、説明されたならまだしも。
今回に関しては主人公が無知というよりは、仕方ないという作者からのフォローでした。
薄々察せるであろう情報は出てますが、播凰の世界は戦乱の世、文明レベルも低めです。
そのあたりは次章以降でどんどん明らかになっていくはずです。
読んでいただきありがとうございました。