三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「――その、申し訳ありませんでした、播凰くん」
「うむ、まあ力仕事であれば私でも役に立てるから構わぬが……」
買い物袋を片手に、隣を歩くジュクーシャが、おずおずといったように声を上げる。
パンパンの買い物袋――それこそ雑な持ち方をすれば破れて決壊しそうなほど膨らんだそれを、胸の前まで持ち上げて左右の手で抱えながら、播凰はそれに答えた。
播凰とジュクーシャ、二人で買い出しに出かけたその帰り道の出来事である。
さて、ではどうしてそんな状況になっているのかといえば。
あの時、辺莉に引っ張られてリュミリエーラに入った彼を待ち受けていたのは。落ち着いたBGMを掻き消すほどの人の気配漂う店内に、満席となった席。更には、持ち帰り客の対応であったり、カウンターやテーブルへ注文を受け、料理を運びと奔走する二人の店員――内一人はジュクーシャである――の姿であった。
辺莉は、ご新規二名様です、とジュクーシャとは別の店員に声をかけて対応を任せると。
――ゆりさん、播凰にいが外で変な顔してたから連れてきたよ! 扱き使ってやってっ!!
と、播凰を連れたまま厨房で料理をしていたゆりの元へ一直線。
難色を示す――といってもそれは邪険な扱いではなくあくまでも申し訳なさから――ゆりであったが、別に構わないという播凰の一声により彼も店を手伝うこととなったのである。
とはいえ、播凰にできることというのはそれほどない。
担当したのは、食事が終わった席の食器の回収や洗浄といった客との接触のない軽い雑用などなどが主。それは果たして、播凰に接客は難しいとゆりが判断したのか、或いは特徴ある喋り方から動画に登場していた
それは兎も角、食器洗い機に感心したり、食器を割らないように慎重に扱ったりと、播凰はなんとか作業をこなした。この世界に来て一人で生活し始めた頃は、力を入れ過ぎて洗っている最中に皿を割ったりすることが度々あったが、その尊い犠牲の上に改善は為っていたりする。
そして昼の時間帯が過ぎ、ある程度客の出入りも落ち着いたところで。
予想外の客足によって材料不足の懸念が浮上し、急遽ジュクーシャが買い出しに、その手伝いとして播凰が同道することとなったのである。
そして、先程のジュクーシャの謝罪の言葉に繋がる。
買い出しは、ただ買い物かごを持ってジュクーシャの後について回っただけなので苦であったかと言われると、そうでもない。荷物はそれなりだが、この程度の重さは彼にとってどうということはなかったからだ。
「いえ……この買い出しやお店の手伝いという意味でもそうなのですが――」
が、どうにも謝罪はジュクーシャにとってその意味だけではなかったらしい。
彼女は言いあぐねるようにしつつも。決心したのか、深呼吸をしてから播凰の顔を見る。
「先日は、折角の配信の空気を乱し。その上あろうことか、悪いのはこちらなのによそよそしく接してしまい……」
「む。ああ、ジュクーシャ殿はそれを気にしておったのか」
リュミリエーラにおいて、大魔王の発言を切っ掛けとしてジュクーシャが激昂した、あの一幕のことを言っているのだろう。
その後はすっかり空気と化していた彼女であったが、それは配信が終わったあとどころか日を跨いでも続き。必要以上に播凰に近づかず、また会話を交わすこともしなかったのである。
「まあ……何があったのか、その想いは聞かぬ。私も、そう昂然と話せることではない故」
「…………」
ジュクーシャの感情の爆発の元。それは、何を理由としてこの世界へ来たかを大魔王が語ったことにある。
つまり、そこに並々ならぬ想い、葛藤がある証左であり、単なる好奇心が理由である播凰もまた彼女の地雷を踏みかねない。そも――。
――最後に、あのような顔をさせてしまったからな。
この世界に来たことを後悔はしていない。していない、が。
その零れ落ちる涙を、覚えている。寂しさを湛えた笑みを、覚えている。
彼の二人の妹の哀情を、一人の弟の寂寥を。
それをさせてしまったのは他ならぬ自身であると、播凰は自覚していた。
「――もし……」
「ん?」
「……いえ、なんでもありません」
少しの沈黙を経て、ポツリと声を上げたジュクーシャであったが。しかし、すぐにその口は閉じられ。
リュミリエーラまでの残りの道を二人は並び、しかし無言のまま歩を進めるのであった。
「――皆、お疲れ様。今日は本当にありがとうね」
リュミリエーラの営業時間は深夜まで続くことはなく、これから夜に差し掛かるかといったところで終わりを迎える。
昼のピークこそてんてこ舞いとなったものの、その後客足は途絶えることはないながらもなだらかに落ち着き。
「うむ、このくらいどうということはない。また頼るがよいぞ!」
「うんうん、大変だったけど楽しかったですし!」
そして今、CLOSEDのプレートがかけられ一部の電気が消えた店内にて。
ジュクーシャと辺莉、そして播凰の三人がカウンター席に横並びに座り。そしてカウンターを挟んで店主のゆりが立ち、談笑に興じていた。
「ええ、二人共初めてだというのに凄く助かりました。……失敗ばかりでお店に迷惑をかけていた私の最初の頃とは大違いです」
「まあまあ、ジュクーシャちゃんも今は凄い頑張ってくれてるから助かってるわ」
二人を褒めつつ、過去を思い出してかズーンと落ち込んだ様子を見せるジュクーシャ。
それに困り笑いを浮かべながらフォローを入れるゆりだが、しかし否定はしていない。
とはいえ、ひたすら裏方的作業を担当していた播凰はさておき。年齢的に仕事の経験が無いであろうにも関わらず、お客の誘導やらでジュクーシャ達店員の手伝いもしていた辺莉は、確かに初めてにしては上出来だったと言える。
活発で人懐こい辺莉の性格だから上手くいったのか、接客業に向いていそうなのは確かだろう。
「でも、本当によかったのかしら? お給料、とはいかないまでも頑張ってくれた分のお小遣いくらいなら――」
「いーの、いーの! 好きで手伝っただけだし、それにお礼はちゃんと貰ったから! ね、播凰にい?」
「うむ、晩御飯だけでなく飲み物もチョコレートケーキも馳走になった。それだけで充分である」
後から聞けば。休日ということもあり、また配信の効果が気になって早くからリュミリエーラに来ていた辺莉は、徐々に客が増え満席になった店内を見て手伝いを申し出たのだとか。
その対価として、閉店後の店内で賄いとしてご飯等を提供するに至ったという流れであり。必然、播凰もそれに乗じる形となったのだ。
ちなみに、もう一人のアルバイト店員は用があるとかなんとかで、既に上がっていたりする。
「……でも、まさか満席になるどころかお店の外に列が出来る程にお客様に来ていただけるなんて。本当、何年振りかしら――」
ふと、やや目を潤ませながら回顧するように。店内をぐるりと見回しながらゆりが言った。
播凰もつられてチラリと振り返る。無論、今は彼ら以外はおらずがらんとした空席が広がっているだけだ。けれども、ゆりが見る景色はまた違うものなのだろうと、何となくそう思った。
「ふむ、やはり以前はもっと客が来ていたのか?」
「ええ。お客様もそうだけど、商店街の方達にもよく来てもらったりして……さっきのジュクーシャちゃんじゃないけど、開店して慣れるまでは私もあの人もまだまだ未熟だったから色々大変だったけどね?」
「……勘弁してください、ゆりさん」
播凰の質問に、ゆりが揶揄うように悪戯っぽく微笑めば。
力無い声で、ジュクーシャが白旗を上げる。
と、そんな揶揄いのためのふとした言葉に喰いついたのは、辺莉。
「そういえば聞いたことなかったですけど、お店を開いてから結構長いんですよね」
「そうねえ、もう十年以上は経っているわ。……一応、当時の写真がお店にあるけど、見る?」
「えー、見たいです!」
十年以上となれば、少なくとも播凰と辺莉にとっては今までの人生の半分以上。
喜々として即答した辺莉に、ちょっと待ってねと言い残し、ゆりは店の奥に姿を消し。
数十秒後、戻って来たその手には。
「わぁー、今も美人だけど、若いゆりさん凄い綺麗!! 隣にいるのは旦那さんですか? すっごく優しそうな人でお似合い!!」
「ふふっ、ありがとう」
木製の写真立てに飾られた二枚の写真。
一枚目は、昔のゆりと思われる女性とその隣に一人の男性が立ち、開店を祝う花輪が並ぶリュミリエーラのレンガ調の建物をバックに外で撮影した写真。
旦那であろう眼鏡をかけた男性は、柔和な笑みを湛えながらゆりの腰に手を回しており。恥ずかしそうにしながらも、しかし幸せそうな笑みを彼女は浮かべている。
二枚目は、恐らく店内での光景。ゆりとその旦那が二人並んでいるのは一枚目と同じだが、こちらはその他に何人かの人々も一緒に映りこんでいる。
「む、この御仁はもしや駄菓子屋の――」
「あら、よく分かったわね。そうよ、開店当時から目をかけてくれていて、色々とお世話になったわ」
と、二枚目の写真で夫婦の近くにいる女性に見覚えを感じて思わず播凰が声を上げれば。
少々驚いたようではあったが、ゆりが肯定する。
十年以上も前に撮影されているので当然今よりも若いが、それは駄菓子屋のお婆ちゃん店主であった。
播凰が分かったのは、他でもない。正に今日、その写真と同じ顔を見たからだ。
無論、年月の経過に伴う外見の変化はある。髪の白い混じりなどは特にそう。
だが、確かに面影があった。写真の中年女性が浮かべる笑みは、彼が最後に見た笑みとそっくりだったのだ。
「お店の雰囲気は、昔からあまり変わってないんですねー」
「ええ。このカウンターもそうだし、客席のテーブル、お店にあるもの……勿論、全部が全部そのまま残ってるわけではないけれど、私とあの人でしっかり相談して、たくさん悩んで、選んで。大切に使ってきたからね」
その声色が、あまりにも感情が籠められていたもので。
ふと、写真から顔を上げて、播凰はゆりの顔を見る。
「――このお店全てが、私達の宝物なの」
こんな笑顔もあるのか、と。そう、播凰は思った。
自身が浮かべたことは絶対にないと断言できる。笑った顔の人間を見たことは数あれど、そのどれもと違う。
無論、顔が違うなどという単純な話ではない。
しかし、その笑みを浮かべたことのない播凰にとって、その感情を持ちえない播凰にとって。
何故だか、その笑顔は眩しく見えた。
「素敵なお話ですね! ……あ、そうだっ!!」
と、播凰と共にそんなゆりの話を聞いていた辺莉が、妙案を思いついたといわんばかりに、パンッ! と手を打った。
「ねっ、ねっ、私達も記念に写真撮ろうよ! お客さんがいっぱい来てくれた記念!」
言うが早いか、さあさあ、と彼女は急かすように一同を促し。
結局、辺莉の押しに負けたというべきか、特に反対意見が出ることもなく。
店内のカウンターを背景に、手頃なテーブルの上に辺莉の端末でセルフタイマーをセットして。リュミリエーラのエプロンを纏った四人の姿が、一枚の写真に収まるのであった。
「――ありがとうね、播凰君。このお店が満員になったところをまた見れて、とっても嬉しかったわ。本当、あの人にも見せてあげたかったくらい」
夜もいい時間となり、辺莉、播凰の二人が最強荘へ戻ろうと店の外に出ると。
見送りに同じく店の外に出たゆりが、柔らかい声を播凰にかけた。
「なんの、むしろきっとこれから何度でも見れるはずだ! 代わりに、私も待つことになってしまうのが痛いがな!」
「ふふっ。ええ、そうね……」
今日の光景に手応えを感じた播凰が自信と自虐を含んだ無駄に力強い返答をすれば、ゆりはくすくすと可笑しそうに笑う。
「明日も同じくらい来ていただけるかは分からないけど……今日みたいにならないように、しっかり準備しなくちゃね」
明日は日曜日。ともすれば、本日の盛況ぶりを見るに嬉しい悲鳴が上がる可能性は高い。
そういうわけで、ゆりはまだ店に残って作業をするようで。
「お二人共、夜道にお気をつけて」
「ジュク姉とゆりさんこそ! ……まあ、ジュク姉がついてるから大丈夫だと思うけどね!」
その手伝い、そして警戒も兼ねて、ジュクーシャもまた残るらしい。
別れの挨拶を告げ、辺莉と播凰は僅かな街灯が灯る商店街を歩く。
「これだけお客さんが来てくれたんだもん、きっと大丈夫だよね!」
「うむ!」
――それに、ゆり殿はまだ若いしな。
そう、心の中で播凰は付け加える。
少なくとも、駄菓子屋のように、そして麗火が指摘したように。後継者問題で頭を悩ませることはない。
であれば、客さえ来れば。二人の胸中はそれで一致しており、故に結果を見た今となっては確かに希望が見えていたのである。
「これも播凰にいのおかげだ! ……ところで播凰にい、なんだかんだ馴染んでる気がするんだけど、今後もあの動画に出るの?」
「む? そうさな――」
まだ日付が変わる程遅くはないが、陽はとうに落ちている。
リュミリエーラ以外に光の無い、明滅を繰り返す商店街の街灯だけがただ二人を照らしていた。
その後も、さしたる問題というのは起こっていないようであった。
数十という日が過ぎ、一つ二つと週を跨いでも。ゆり曰く、客足は多少落ち着いたが大きく衰えることなく、例の輩も姿を一度も見せることはなかったという。
このままいけば、或いは。
今日もまた、しかし以前よりは気楽に、もはや日課となっているリュミリエーラへ向かおうと。授業が終わり、教室を出た播凰は。
学園の校門付近まで辿り着いた時、ふとその足を止めることとなった。
「――やっ、久しぶりやな。三狭間播凰」
時間にすれば、一日の内の数時間。
それきり言葉を交わすどころかその姿すら見もしなかったが、しかし強く播凰の印象に残っている人物。
校門に背を預け、ニヤっとした笑みでこちらに片手を挙げているのは。東方第一の教師である紫藤の級友にして、天対という組織に所属する女性。播凰の性質を特定した、小貫夏美であった。
「今から、ちょいとばかし話せるか?」
「うむ、それは構わぬが。私はこの後行くべき場所がある故、手短に頼む」
正面に立ち、進路を塞ぐようにして腰に手を当てる彼女に。
播凰は首肯しつつ、そう告げる。
だが、返って来た言葉は奇妙なものであった。
「ああ、例の喫茶店なら、別に今すぐ行かんでもええで」
「……何?」
まるで何事でもないかのように彼女、小貫はそう言ったのだ。
必然、播凰は怪訝そうに眉を顰める。
何故知っているのか、行かなくていいとはどういう意味なのか。
当然のように湧き上がった疑問。これからの行動に干渉されて不快になったわけではないが、自然、その思いは彼の視線に含まれ。
「あの小悪党達に備えて行くつもりなんやろ? せやから、行かんでもええ言うたんや。なにせ――」
元よりさほど勿体ぶるつもりもなかったのか、小貫はニヤついた笑みを消し。
端的にその事実を述べるのであった。
「――奴らが来るのは、今夜やからな。無論、客としてやなく……店を潰すために、やが」
2章終了は無理でも、2章ラストバトルの入りを今年中にしたいところですが間に合うか微妙。。
少なくとも後一話は今日か明日に更新予定です。
よろしくお願いします。