三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「して、今夜店を潰しにくるとはどういうことだ? 何故、お主がそれを知っている?」
流石に、校門で会話をしていれば嫌でも人目につく。
そのため学園の敷地を囲う外壁に沿った人通りの少ない道に場所を移し。
播凰は矢継ぎ早に小貫へと質問を浴びせた。
「まず誤解が無いように言っとくと、当然ウチはあれの仲間や協力者ってわけやない。ま、言うまでもない事やけどな」
「…………」
「ほんなら、何でウチが知ってるかっちゅう話やが……言うたやろ? ウチが得意とするんは潜入や調査やって。本来の目的ついでに、小悪党のことをちょいと探るなんざ、朝飯前や」
フフン、と少々得意げに胸を張る小貫を前に、しかし播凰の表情は動かない。
「なんや、納得いってなさそうな顔やな。言うとくけど、特別出血大サービスなんやで? 本来、ウチを動かすには――」
「疑っているわけではない。だが、どうして探る気になったのか。そして私に言うのか。それが分かっていない」
いかに普段は能天気の播凰とて、一定の猜疑心はある。
これが、例えばジュクーシャであったり辺莉であったり――リュミリエーラの事情を知る者から齎された情報あれば何の問題も無かった。彼女達もまた警戒しているには違いなく、情報を得る可能性というのもゼロではないのだから。
しかし翻って。小貫は関係も無く事情も知らないはずの第三者である。少なくとも、播凰の目線からすれば。
本人の言う、ちょいと探ったというのは恐らく事実なのだろう。
だが、その行動を起こすには一つの絶対条件が存在する。
ついでに、と彼女は言った。そしてそれは偶発的ではなく、明確な意思を以て行ったことを意味するわけだが。
――しかし、そもそもの根本を知らなければ、その発想に至るはずがないのだ。
「成る程、成る程。つまりアンタは、ウチが何故あの商店街の――喫茶店の抱えた問題を知っているかが不思議なわけや。……まあ確かに、言葉足らずだったんは、そうかもな」
ふんふん、と納得したように小貫は頷いた。
もっともそれは、一度は、であったが。
「けれども、あんな真似をしておいてそれは、ちいと想像力が足らんとちゃうか?」
「あんな真似、とは?」
「動画を用いて、店の存在を喧伝、発信して集客する。まあ、発想は悪くない。実際、その目論見通りに話題になって客足が伸びたようやし。……やけど、それが世に発信されていると。誰にでも見れるというその意味を、アンタはもっと考えた方がええな」
注意するように声を飛ばした小貫は、しかし具体的には伝えずに播凰から視線を切ると。
ごそごそと懐から携帯端末を取り出し。いつぞやの時のように、その画面を播凰に向けた。
流れたのは、配信時のリュミリエーラ内にて音の性質の使い手と一悶着あったあの場面。
厳つい大男が口上を叫び、飛び掛かり。そして消えたかと思えば、店の外の道の上で大の字となって倒れ。
そんな映像が繰り返し再生される。
「所謂ショート動画ってやつやな。時間が短い分、気軽に再生されやすい。ほんで、なんやこれはってなった視聴者が元の動画を見に行けば、そっちの視聴数が増えるっちゅう寸法や」
その時、眼前で繰り広げられていたであろうに、しかし相手の音によって状況を把握できていなかった播凰である。しかし、万音が配信していた映像にはその始終が正確に記録されていたのだ。
「実際、気になった人は多いみたいで、ほれ……あぁ、流石に確認くらいはしたか? にしても、この小悪党達もまさか、邪魔をしにきたはずが却ってそれが話題の一因になるとは思ってなかったろうなぁ」
小貫は端末を操作し、再びその画面を播凰に見せるように突き出す。
それは配信のアーカイブ、つまりは元となる大魔王ディルニーンが投稿した動画のページ。概要欄にはリュミリエーラの場所、というか商店街の場所の情報が載っている。
なんとその視聴回数は、百万を超えていた。投稿からそれほど長い時間が経ってないことを考えると、中々の数字だ。
そして、コメント欄の反応はといえば。
・コメント:ショートが気になって見に来ました
・コメント:ショートから
・コメント:成る程、これがあれの元動画か
・コメント:俺は切り抜きから
ある者は、小貫の言った通りの導線から視聴に至ったことを主張し。
・コメント:VTuberはよく知らないけど、こういうこともするんだね
・コメント:美味しそう
・コメント:へえー、こんな場所あったんだ。今度行ってみよう
・コメント:この商店街、昔はよく使ってたな。まだ残ってたのか
またある者は、配信の主題や場所について興味を示し。
・コメント:これが噂のASMRですか(錯乱)
・コメント:すげー、音の天能術って初めて聞いたよ。……これはもう二度と聞きたくないけど
・コメント:音速の拳(笑)
・コメント:コントかwww
・コメント:ダイナミック退店
・コメント:芸人かな?
・コメント:ガチでやってるんなら、見掛け倒しにもほどがあんだろw
中でも最もコメントでも言及されているのが、小悪党――例の音使いとの一悶着部分であった。
「そうそう、ウチも興味本位で食べてみたんやが、まあまあ当たりやったな。特に、デザートがええ。毎日とは言わんでも、時たま食べる分には丁度ええご褒美や」
「おおっ、そうだろうそうだろう! よく分かっているではないか!」
そして小貫もリュミリエーラに来たことがあったらしい。
播凰が彼女を見た記憶はないから、単に彼がいなかったタイミング。例えば、平日の播凰が学園にいる時間等で行ったのだろう。
兎も角、小貫がデザートを褒めたことにより、それがお気に入りである播凰はたちまち上機嫌になる。
「ほんで、話を戻すけどな。アンタが相対したあのムキムキスキンヘッドの音使い――名は笠井っちゅうんやけど。アンタとの一件で右腕を負傷した笠井は、意識はその日の内に取り戻したみたいやが、暫くは動かんかった。ま、アンタを警戒したのもあるやろうし、あの店の状況なら手を出さなくても問題無いと考えたんやろうな。少なくとも、すぐに報復を考えるほど短慮ではなかったらしい」
「ふむ、アレは笠井というのか。それで?」
「せやけど、あちらさんにとっては予想外なことに、客が入り出した。それも、数日前までは閑古鳥が鳴いてたにも関わらず一時満席になるほどにや。流石に、衆目の前でやらかすのは分が悪いっちゅう思いはあったらしく、歯噛みしていたやろうけどな」
数組程度の客がいる中でやらかすのと、満席になるほどの入りでやらかすのとでは訳が違う。
仮に前者の状況で嫌がらせ等の行為に及んだ場合は、客側は見て見ぬ振りをして今後二度と近づかない、と関わりを避ける――その場面に何度も出くわせば殊更――心理になる可能性が高いが。後者の場合はまた違う心理が働く可能性は大いにある。
多数の目というのは、ただそれだけで事を起こさない理由とはなるのだ。
「もっとも、黙って指を咥えてたわけやないんやろうが、少なくとも表面上は静観していたわけやな。――が、アンタの、というかあの動画を知った。どういうきっかけかは分からんけど、話題性から考えれば連中の内の一人ぐらいは気付いてもなんらおかしいことはない」
しかもその内容が内容。
時間でいえば、動画全体のごく一部に過ぎないのだが、インパクトは絶大。
自分がぶっ飛ばされて、ノックアウトさせられたところがバッチリ記録されているのだ。その存在を知った時のスキンヘッドの男――笠井の心境は想像するに難くない。
「あんだけの特徴や。顔以外の見た目、言葉遣い、何より音という性質。そいつを知っとる人には分かるし、動画を見た一般人にも笑われとるとあっては、流石に我慢はできんかったらしい。小悪党とはいえ、面子っちゅうのは重要で、それをアンタに潰されたわけやからな。その答えが、今夜の襲撃や」
――で、どうする?
一連の経緯、播凰が知らぬ裏での動きを簡潔に述べた小貫は。
最後にそう結び、播凰に視線を向けた。
「どうする、というのは?」
「……正直、天対が出張るレベルの事件じゃあないが、かといって見て見ぬふりをするつもりもない。
襲撃の確固たる証拠は無いものの、ウチらの――天対の名を出せば、地元警察を動かすことも可能やし。なんならウチ一人だけでも問題ないけども、まあ警察の人間もいた方が諸々の処理はスムーズやな。あちらさんを待ち構えて、やらかそうとしたら現行犯で終いや」
つまり、対処をどうするか。
小貫が問うたのはそれであり。彼女の瞳が試すような怪しい光を宿す中、播凰は端的に言葉を返した。
「不要だ」
「……へぇ?」
潔いそれに、小貫の目が細められる。
その口から漏れたのは、面白がるような、挑発的なそれ。
真っすぐと小貫と視線を合わせ、播凰は続ける。
「あの者は私との一騎討ちに挑み、そして敗れた。もっとも、あの時に私は特別に何かしたわけではないが――それはこの際よい」
「んー……まあ、捉えようによってはそうかもな」
「そして今宵、敗北の結果をよしとせず、抗おうとしている。であれば、私が動くのが筋であろう」
「…………」
表情を変えずに、しかし探るように小貫は播凰を見る。
一騎討ちかとなると微妙だが、言っていることは的外れではない。少なくとも、播凰に虚仮にされた形――当人にそのつもりがあったかはさておき――となったのが引き金である報復行動なのは確かだからだ。
ただ、だからといって態々相手に合せる必要はない。自分で対応するということが最善手ならまだしも、今回に至っては最も楽な解決方法が小貫から提示されているのだ。
……自分に酔ってるっちゅうわけでもなさそうやしなぁ。
正義感、自尊心。若さによく見られる自己の過信から来る驕りかとも思ったが、そういうわけでもない、と小貫は直感的に悟った。
その学内構造からエリート主義、思想の強い東方第一の生徒によく見られるプライド云々ともまた違う。
まるで、それが当然であると。泰然自若とした態度から返る言葉には、重みがあったからだ。表面だけではない、確かな重みが。
そこで一つ、彼女は試すことにした。
普通の人間であれば――それこそ、いかに東方第一の学生であっても、正面から指摘されれば躊躇しかねない言葉。
「――死ぬかもしれんで?」
つまりは、死の概念。あくまでも、授業であったり、公式非公式問わず試合であったり。学園で行われるそれは戦いといえど、生死に直結のしないものだ。
当然、天能術を用いた戦いであっても殺人というのは禁止されている。故に、怪我をすることはあっても、死ぬかもしれないという意識を、ただの学生が持っていることはなく。
「…………」
実際、三狭間播凰は。口を噤み、眉間に皺を寄せた。
次いで向けられるは、物言いたげな視線。
相手にそのつもりがあるかは分からない。激しく怒っているのは間違いないが、相対しても流石に自重して痛めつけるだけで終わる可能性も充分にある。もっとも軽傷で済ませるつもりもないだろうが。
兎も角、相手は
少なくとも、死、という単語は確かに彼を、播凰を止めたように見えた。
その事実に、そうだろうなという一定の理解、そして幾分かの落胆を小貫が覚えた、その時。
「――何を当たり前のことを言っているのだ?」
今度は、彼女が――小貫夏美が口を噤まされる番であった。
「戦いに、戦場おいて、死とは常にその者に付き纏うもの。敵を前にして、我が身が安全である保証などどこにもない」
「…………」
「確かに、稽古や摸擬戦であればまだ危険は減るが、しかし絶対に死なぬということはないだろう。いかに刃を潰した剣を用いたとして、打ちどころが悪ければ死ぬこともある」
変わらぬ、落ち着いた声。そこには一片の虚勢もなかった。
つまり、三狭間播凰が一瞬止まったのは、死の概念を突き付けられたからではない。
彼にとってそれは言われるまでもないことで、しかし面と向かって言われたからこそ戸惑った。ただそれだけのこと。
「……まぁ、確かにそうや。学生――学園でも、鍛錬や試合の中で起きた死亡事故っちゅうのはゼロやない。それでも、最近では殆ど無くて昔より珍しくなってきたけどな」
そして一拍遅れ、小貫は言葉を絞り出すようにしてそれを肯定する。
下級生であればその殆ど、上級生であっても確実に半数以上。直撃するだけで即死に繋がる可能性を孕むほど強力な術を行使できるようになる生徒というのは、いない。だが、全くいないわけでもない。
加え、そこまで強力でない術であっても、例えば続け様に叩き込んで怪我を負わせたまま放置したり、播凰が言ったように打ちどころが悪く適切な処理が為されなかったことによる生命の危険性というのもある。
「――うし、分かった! やったらこれ以上ウチは何も言わんさかい、好きにしたらええ!」
やがて、パァンッ! と両の手を打った小貫は。
その顔に笑みこそ無いが、すっきりしたようにそう言い放ち。
「引き止めて悪かったな。時間は、今夜……あー、日が変わる少し前頃からいたら、確実やな。ああそれと、その制服を着ていくのをお勧めするで。耐久性は普通の服とダンチやから」
「うむ。助言、感謝する」
「ほな、気ぃ付けて頑張りや」
ポリポリと首筋を掻きながら、情報を渡す。
それに鷹揚に頷くと。簡潔に礼を述べ、播凰は歩を進める。
気の抜けた小貫の応援の声を最後に、二人の会話は終わるのであった。
「――ったく。少しでもしらばっくれようものなら突っ込んでやろうと思うとったんに。ちったぁ隠そうとせんかい」
その場で立ち止まり、去っていく三狭間播凰の背を見送って、数秒。
呆れたように。同時に、思惑が外れたと言わんばかりに。
小貫夏美は、誰に話そうとするわけでもなく、独り言ちた。
つまり、件の動画にて客将と呼ばれている人物は、三狭間播凰である。
少なくとも播凰の視点からすれば、それは小貫に知られていない、知られてはいけないことだったに違いなく。
ならばこそ、彼はこの話題においては素知らぬ振りを、そうでなくとも動画を見ただけの第三者を演じなければならなかったはずなのである。
ところが、だ。
言質を引き出すまでもなかった。否定すらせずに会話についてきたあの反応では、言わずとも認めているようなもの。
呆れるほど拍子抜け。まさかカマかけの必要すらなかったとは、小貫にとっても驚きであった。
念には念を入れての準備も、これではまるで無駄骨。
確実に話の主導権を握り、己の掌の上であったはずなのに、釈然としないというかなんというか。
その内心を切り替えるように息を吐きだすと、小貫は僅かに口角を吊り上げる。
「けど、ま。そこまで大物じゃない相手とはいえ、丁度ええ機会や。お手並み拝見といこか――なぁ、覇王様?」
その夜。小貫の助言通り、日付が変わるより前に播凰は最強荘を後にする。
無人のエントランスホールと庭を抜け、敷地の外へ。月明りは雲に隠れ、微風が彼の頬を撫でる。
「――あれは……播凰くん? こんな夜中に、一体何処へ……」
闇に消えていく、その背中を。
最強荘四階、即ち播凰の生活する一つ上の階に住む四柳ジュクーシャが、ベランダから見ていた。
動画配信という媒体に対する播凰の認識の甘さを表現……したつもりです。それが引き起こす負の影響というものをまだ理解していません。
さて、関係無いですが炎上描写もしてみたいですね(すっとぼけ)
よろしくお願いします。