三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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31話 商店街の戦い

 月を、見上げていた。

 人気のない深夜の商店街。当然のように店の電気が消え、窓の内側からカーテンが閉められたリュミリエーラの面する道の真ん中に立ち。播凰は、頭上を仰いでいた。

 

 ……夜空というのは、どこも変わらないものだな。

 

 厳密には、その星々や雲の流れは当然異にするだろう。

 だが、闇夜の中空に浮かぶ月。その景色だけは元の世界と変わりなく。

 と、ぼんやりとそれを見上げていた播凰であったが、ふとその視線を下ろし。弱々しく明滅する街灯が照らす、道の奥へと顔を向けた。

 

「……来たか」

 

 複数人の足音。普段であればなんでもないはずのそれは、ひっそりとした空間の中では思いのほか響く。

 リュミリエーラが建っているのは、丁字路の交差する部分。

 故に、商店街を突き抜ける長い一本道、そして向かいの店がないために正面に伸びた道と、三方向があるわけだが。

 

「あン? ……っ、テメエは」

 

 仲間なのか、手下なのか。五人の男女を引き連れ、音使いのスキンヘッドの男――笠井は正面の道から姿を現した。

 夜にも関わらずサングラスをかけているからだろう。リュミリエーラの前で仁王立ちしている人影が最初は誰だか分からなかったらしく、しかし人が立っているのは見えたようで訝し気な声を上げたが。

 それが播凰であると理解したのか、少々動揺したように足を止めた。

 

「何でここにいやがる? まさか、毎日そんなことをしてたわけでもねえだろうが」

「無論、お主達と対峙するためだ。そして、これほど遅い時間にここに来たのは初めてだな」

「……チッ、まあいい。そっちから出向いてくれたのはむしろ好都合だぜ。その生意気な面を叩き潰せるわけだからなァ」

 

 警戒したように視線を走らせるも、播凰以外に誰の姿もないのを見たからか。

 怒りと喜びが入り混じったような声。

 刹那、笠井の背後にぼうっとした輝き。六角形のそれは、以前にも見た、恐らく彼の天能武装であろう物体。

 それがあの時とは違い、三枚。音も無く浮かび。

 

「――音介・(おん)(しゃ)(もう)

 

 唐突に発動された術。播凰は咄嗟に身構えるも、しかし何が聞こえるということはなく。

 ただ、動きがあったのは笠井の背後に浮かんでいた六角形の物体。

 その三枚の内の二枚が、まるで意思を持ったように左右の前方、つまりは播凰の両側をそれぞれ通り過ぎるように飛来していった。

 残る一枚は依然、笠井の背後に漂ったまま。

 

「ふむ、何をした?」

「フン、答える義理はねえが……まあいい、教えてやらぁ」

 

 播凰にとって初見の術。馬鹿正直に質問を投げかければ。

 コキコキと首を鳴らしながら、意外にも笠井の返答はそれに応えるものであった。

 とはいえ、それが親切心であろうはずもなく。

 

「この一帯に俺の術を張った。その範囲の中でどんな音を立てようが、俺の網の外に漏れることはない。つまり、テメエが泣こうが喚こうが、何がぶっ壊れようが、その音を誰かが聞きつけたりはしねえってわけだ。もっとも、このボロ商店街に人なんかもう殆ど住んじゃあいねぇがな」

「ほう、それは凄いな!」

 

 嘲りは、自身の置かれた状況を理解していない播凰に、そして色褪せた建物の連なる商店街に。

 彼の引き連れていた五人の男女も、自身達の優位を疑っていないのかニヤニヤと品の無い笑みを湛えている。

 術の効果に素直に感心する播凰であったが、しかし見る者によってはそれは間抜け、或いは虚勢でしかない。実際、笠井の取り巻きもそう思ったのか彼らの表情は変わることなく。

 

「さて、この俺の面子を潰しやがったんだ。テメエにはこれからその報いを受けてもらおうじゃねぇの。――ああ、土下座して詫びるってんなら、多少手加減してやってもいいぜ? 多少、だがな」

「詫びる? うーむ、私はお主に何か謝らねばならぬことをしたか?」

 

 譲歩というには雑なそれを、当然の如く播凰は蹴った。

 無論、播凰は自身の行動に非を感じてなどいない。だからこそ、純粋に不思議がり問い返した。

 ある意味まだ、いっそ明らかに惚けたり憤激した方が相手にとってはマシであっただろう。それならまだ一種の強がりともとれ、少なからず己の言葉が影響を与え、また程度の差こそあれど己のことを意識していたのが分かるからだ。

 が、単純な疑問であれば話は別。それまでまるで興味すらなかったと言われているに等しい。

 その気持ちは、当然声にも載るわけで。

 

「……つくづく、生意気なガキだぜ。とはいえ、その制服――あそこの生徒ってのは驚いたが、まあそれならそれで色々と納得できる」

 

 心底分からないといったように、首を傾げる播凰。

 無邪気な感心に続き、無垢な疑問。ここまで来ると、何かおかしいぞ、と取り巻きの数人は変な物を見るような目を播凰にやった。

 全く揺らがないその態度に、苛立たし気に吐き捨てるように笠井は呟き、しかしある種の理解を見せる。

 

「元々は、テメエの後ろにあるのを滅茶苦茶にしてやろうと来たわけだがな。もしもテメエが代わりになるってんなら――そうだな、一つゲームをしようじゃねぇの」

「……げえむ?」

 

 そんな彼は、とある提案を持ち掛けた。言葉上は友好的に見えるものの、しかし嘲りは健在。

 と、笠井の持ち出した単語に対し、播凰が作ったのは渋面だった。

 それを見た笠井は、ほくそ笑む。

 ようやく現状を理解して不安に駆られ始めたかと。無理に取り繕った強情な仮面を剝がしてやったと。

 そう確信しながら、播凰の言葉を待ったのだが。

 

「うむぅ、どのソフトだ? できれば、私のやったことのあるものだと嬉しいのだが……何せ、初めて触れたのが先日故、あまり上手くなくてな」

「……あァ、ソフトだぁ?」

 

 だからだろうか。いや、だからこそ、返って来た言葉に面食らったように笠井は唸った。

 

 ゲーム、という単語で播凰が連想したのは、つまりテレビゲームである。

 渋面の意味は、自身が上手くないと自覚しているから。

 リュミリエーラの問題、それと別の問題(・・・・)もあって未だ購入したのをプレイできていなかったりするのだが、まあそれはさておき。

 

 一度は疑問の声を上げた笠井も、しかしすぐさま播凰の言わんとしていることを理解したのか。

 

「ンなわけねえだろうが! いつまでも舐めてんじゃねぇぞ、このガキッ!!」

 

 少なくとも、その怒声は商店街中に響き渡ったように、播凰には思えた。

 しかし、何事かと商店街のどこかの建物の一室の電気が灯ったり、誰かが動き出したかのような物音は続かない。

 どの程度の人が住んでいるかというのを播凰は把握していないが、全くの無人ということはないだろう。笠井の発言が真実であるなら、今の怒声すら範囲とやらの外には届いていないことになる。

 好意的な解釈をするのであれば、敢えて激昂させて真偽を確かめた形となるが。播凰にそういった思惑があったのかというと――無論、そんなことはない。

 

「チッ、調子が狂うぜ、全く。……ともかく、俺達は今夜そのチンケな喫茶店に手を出すつもりだった。けど、そうされたくないってんなら代わりが必要だな」

「ふむ、つまり?」

「テメエが代わりに俺達の的になれ。おっと、別に術を使って防いでも構わねぇが、攻撃はするなよ? なんたって、建物は反撃できねぇからなぁ、ハッハッハッ!!」

 

 自分の冗談に、笠井は豪快に笑う。

 言っていることは確かだが、ならば術を使って防ぐというのも建物にはできないのではないか、という指摘をできなかったわけではない。

 まあ、その術で防ぐというのも、今の播凰にはできないわけであるが、それはさておき。

 播凰が気になったのは別の点。

 

「……して、それはこちらに何の利点があるのだ?」

 

 そう、笠井の提案に乗るメリットが、播凰にはない。

 何故なら、そんなことをせずとも、まとめて叩き潰せばいいだけの話なのだから。

 

「ん、そうだな……じゃあその間、店の方には手は出さないでいてやんよ。それと、折角のゲームだ、景品も用意してやるとするか。ああ、そんなら、仮にテメエが最後まで立っていられたんなら――」

「なら?」

「――その時は、二度と手を出さねえことを約束してやる。勿論、今ここにいねえ他の奴らにも話は通す。どうだ?」

「…………」

 

 だが、笠井の提案に播凰は考え込む。

 手っ取り早いのは、やはり敵を全員叩きのめすこと。

 播凰にとってはそれが常であり、彼の力を以てすれば今の今までそれが実現できていた。

 

 だが、それはあくまで狙いが播凰自身であったからできたこと。

 今回に関しては自分以外のターゲット――それも人ですらなく建物――があるというのが厄介。自分に攻撃が来る分には全然構わないが、店に矛先が向く可能性があるというのは問題だった。なにせ、笠井という、音の術で播凰の足を止めさせた実績のある相手が敵にいるのだから。

 とはいえ。半壊にでもされなければ――それこそ多少の損傷なら――店に被害が出てもなんとかなりはするだろう。迅速に制圧できれば最低限の被害で済むといえば済む。

 しかし。

 

 ――このお店全てが、私達の宝物なの。

 

 その笑顔を、覚えている。

 思いがけず播凰がリュミリエーラの仕事を手伝ったあの日。ゆりが浮かべたその顔が、言葉が、頭の片隅に残っている。

 例えばテーブルを壊されても、では新しいテーブルを買えばいいと、以前までの播凰ならばそう言っただろう。臆面もなく、無神経に。

 だが、そういう話ではないのだと朧気ながら理解していて。

 

「……いいだろう」

 

 考えた末、笠井の告げたゲームとやらの内容に、播凰は首肯を返す。

 すると笠井は、ニヤリと口角を吊り上げ。

 オイ、と側に控えていた面々に向かって顎をしゃくった。

 

「お前達は適当にばらけて()に出て、俺の合図で攻撃を始めろ。監視も忘れるなよ」

 

 その合図を皮切りに、彼らは笠井をその場に残して動き始める。

 播凰から――リュミリエーラから見て左右の少し離れた位置に二人ずつが散らばり。もう一人は笠井の背後のまま、しかし彼から距離を取るように。

 

「俺が連れてきたのは、火の性質の奴らだ。大して強くはねえが、下級の術なら打てるし、オンボロの店一つ燃やす程度訳もない。それに、確かその店のテーブルだったりは木製だったよなぁ? なら、店内に一発でも入ればよく燃えるだろうぜ!」

 

 その光景でも想像したのだろうか、気分がいいといったように笠井は嗤う。

 彼の言う通り、リュミリエーラは外観こそレンガ調なれど、店内のインテリアは木製のものが主だ。

 火が起こればたちまち燃え広がるであろうというのは、見当外れではない。

 一頻り嗤った後。笠井は、両手を広げ。

 

「――さあ、ゲームスタートだ! 精々足掻いてみるんだなぁ!!」

 

 高らかに宣言した。

 直後。

 

「……はて?」

 

 天能術を行使する詠唱は聞こえなかった。

 にも関わらず、人の顔ほどはある火の球が播凰に向けて右手側から放たれた。

 

 天能術の発動と詠唱はセット。

 その先入観から、一瞬虚をつかれた播凰であるが、しかし。

 元より、防ぐために何かをするつもりもない。

 火球はそのまま播凰に向けて進み、直撃。だが、大したダメージは無く。

 

「ふむ、口は動いているようだな」

 

 特に動揺もなく、今度は逆の方向――つまり左を向いた播凰は、相手の口元を見てそう言った。

 放たれたのは、同じような火の術。

 天能武装たる杖を、術者は持っている。そしてその口が動いた後に術が打ち出されたのを確かに見た。

 にも関わらず、そこから紡がれるはずだった詠唱は彼には聞こえていない。

 

「あの程度の距離ならば、聞こえぬはずはないと思うが」

 

 パッと考え付いたのは、単に相手と離れているから声が聞こえなかっただけ、というものだが。

 口に出しつつも、播凰はそれを即座に却下した。そこそこの距離はあるが、とんでもなく離れているわけではなく。

 加え、播凰の耳は悪いどころか、むしろ並みの人間より聴力は高い。

 直感でしかないが、故に聞き逃したわけではないと播凰は確信していた。

 

「……内から外だけでなく、外から内も音が聞こえぬということか?」

 

 となれば、他の要因。

 自身に迫りくる火球を前に、悠長に顎に手を当てながら播凰は推測を述べた。

 普通であれば、聞こえるはず。では、今が普通ではない原因。

 

 つまり笠井の展開する術の、範囲の中から外側への音を遮断するという効果。

 その逆が無いとはどうして言い切れようか。

 

 とはいえ。外から内への音も遮断されていようが、正直それは左程問題とはならない。何故なら詠唱が聞こえようが聞こえまいが結果は変わらないからだ。

 火球はまたもや播凰に直撃し、爆散。けれども後には苦痛一つ感じさせない播凰が佇むのみ。

 

「あァ? ……おいお前達、もうちっとちゃんと狙えや(・・・・・・・)!」

 

 それを見ていた笠井は、両腕を組みながら左右に展開した術者に檄を飛ばす。

 すると今度は、火球は播凰ではなく、その後ろのリュミリエーラ目掛けて打ち出されたではないか。

 だが幸いにも、術のスピードはそれほどではなく。

 

「私を狙うのではなかったのか?」

「ああ、そうだぜ? だが悪いな、あの学園に通ってるエリート様と違って、こいつらはあんまし術の制御が上手くなくてよぉ……が、テメエが動けば後ろを守れるわけだから、まあ頑張ってくれや」

 

 火球とリュミリエーラの間に身体を滑り込ませながら播凰が抗議の声を上げれば、くつくつと笑いながら笠井はそう言った。

 いまいち納得はいかないものの、対応は不可能ではなくむしろ余裕すらある。

 詠唱を頼りにせずとも、術が放たれたのを見てからの反応で間に合うのが現状。

 故に、術が放たれては動いてそれから守り。また放たれれば動いて守る。

 右に左に、と火球に動かされる播凰。成る程、確かに戦いというよりは、ゲームという笠井の表現に近い光景だった。

 

「…………」

 

 そんな播凰の様子を、飄々と、しかし内心じっくりと笠井は眺めていた。

 彼にとっての唯一の懸念。それは、自身が播凰を殴り飛ばそうとした時、何をされたのか分かっていないことであった。

 その光景が記録された配信動画も握った拳を震わせながら見たのだが、尚不明。

 最も可能性が高いのは、何らかの術。次点で特殊効果を持ったアイテムと笠井は睨んでいたわけだが。

 

 その推測を裏付けるかのように、あの制服――天能術の教育機関では名の知られた名門、東方天能第一学園の制服を播凰は着てきた。

 あの制服を着ているのならば、それなりの術は使えるはず。

 だからこそ、納得と共に警戒の段階を引き上げ。そのために、まずは様子見でこちらの攻撃をどう対処するのかを見ていたのであるが。

 

「……チッ」

 

 何を考えているのか、術を使わず、それどころか天能武装も出さずに。まさかの身体で止めるという暴挙。

 術を使えない、ということはないだろう。

 誰しもが天能術を使えるわけではないとはいえ、あの制服を着ている時点でその線は否定できる。それは笠井だけでなく、そこらを歩く一般人を捕まえても同様の回答が期待できる程度には確実なものだ。

 播凰の言った何もしていないという彼にとっての戯言、線など端から笠井は信じていない。もしそれが本当ならば、自らが無防備な相手に遅れをとったことを意味する。それを受け入れられる笠井ではなかった。

 余裕なのか、舐め腐っているのか。笠井からすれば播凰の態度はそれであり、だからこそ余計に彼を苛立たせる。

 

「おいお前達、今度は同時だ」

「先程もそうであったが、お主の術の中から外には、声が届かぬのではなかったか?」

 

 指示を出す、という笠井の行動に疑問を持った播凰は火球を殴りつけながら声を上げた。

 現状、音を遮る術の範囲内にいるのは、笠井と播凰のみらしい。となれば、外には笠井の指示が届くとは思えないのだが。

 

「ハッ、俺が張った網だ。俺の声だけを向こうに飛ばすなんざ、わけもねえ」

 

 その誤った指摘を、笠井は鼻で笑う。

 事実、彼の指示が聞こえていたかのように。今度は同時に火球が打ち出され、リュミリエーラを襲うのであった。

 

 

「…………」

 

 その光景を、商店街のとある建物の屋上から見ていた人影が一つ。

 深夜に最強荘を出て行った播凰の姿を不審に、そして心配に思い、密かに後をつけていたジュクーシャである。

 今までの一連の流れを、彼女は見ていた。

 では、何故動かずに静観していたのか。

 

「……他に動きはありませんね。となれば、敵はあそこにいる者達だけですか。ならば――」

 

 それは別動隊の警戒である。

 通りに面していない場所、即ち細道や建物の隙間。そこから播凰やリュミリエーラを狙うような動きはなかった。

 となれば、正面きって播凰の手助けに行ける。その思いで動き出そうとした彼女であったが。

 

『――待て』

 

 姿なき声が、それを制止した。

 といっても、その声はジュクーシャにとっては忌々しくも聞き慣れた声。

 

「……何故ここに?」

 

 誰、とは聞かずにただそれだけを問う。

 基本的に人当たりがいいジュクーシャにしては珍しく冷淡な態度。この世界において彼女がそんな態度をとるのは、ただ一人。

 

『フン、それを言うなら、貴様こそこの場にいるではないか』

「……空を眺めるのは気が落ち着きますので。偶々、気付けただけです」

 

 そうしてようやく周囲を見回すが、痩せぎすの長身の男の姿はそこになく。

 

「何処にいるのです?」

『それすらも分からぬとは、やはり大したことないな貴様は。余がいるのは自室だ。視界と声だけを飛ばしている』

「……元の世界での技を使うことは禁止されているはずでは?」

『建前はな。あれを額面通り受け取るのは、愚か者の所業よ』

「…………」

『そしてついでに言うのであれば。この程度は余にとって技でもなんでもなく、呼吸するに等しい児戯でしかない』

 

 暗に。いや、ほとんど直接、愚か者であると揶揄されたジュクーシャであったが。

 姿なき声――つまりは一階の住人である万音のそれに取り合わず、無言で足に力を籠める。

 

『何度も言わせるな。待てと言っておろうに』

 

 再度の制止をかける万音であったが。しかし彼を嫌っている彼女が素直に言うことを聞くわけがない。

 万音の言葉を無視したジュクーシャは、飛び降りようと地を蹴ろうとし――。

 

『――あのドラゴンの時もそうであったが、貴様はすぐ自分で動こうとするな。元の世界の仲間とやらは、それほど頼りなかったとみえる』

 

 小馬鹿にしたような物言いに、ギンと虚空を振り返って睨み、足を止めた。

 

「……何が分かる?」

『無論、分からぬとも。余であれば、配下に一任したことに自ら首を突っ込みはせぬのでな』

「魔王などという輩の感覚と同じにしないでいただきたい。どうせ、人々の生命は元より、配下の魔族の生命すら軽視しているのでしょう? なら――」

『変わらぬであろう。あれは既に、あ奴の戦場だからな』

 

 淡々とした指摘に押し黙るジュクーシャ。

 しかしすぐに反論の言葉を探し、彼女は口を開きかけるが。

 

『如何に貴様が鈍いとて、薄々は感付いているであろう? あ奴の元の世界での立ち位置を』

「……ええ。ただあまり、その――らしさが感じられませんでしたが」

 

 畳みかけるような質問に、閉口し。刹那の時間を置き、返答を口にする。

 直接、播凰の口から彼らは聞いたわけではない。だが、それを推量できる程度の情報は落ちており。

 

『で、あろうな。余とて、あれを同類とは見ておらぬ。そう言うには余りにもあ奴は未熟にすぎる』

 

 姿こそ無いものの。やれやれ、と肩を竦めるのが幻視できるほどに、呆れを含んだ声色であった。

 だが、言葉はそれに終わらず。

 

『とはいえ、あ奴は我が軍の客将となり、一員となった。であれば、多少目をかけてやらんでもない。なにせ、首を突っ込みはしないが、助言の一つもしないと言った覚えはないのでな』

「なにを――」

『未熟な後進を導くのも、偉大なる先達の役目というもの。例えそれが、世界を隔てていようともな。であればこの余が、大魔王が――王の何たるかを示してやろうではないか』

 

 突風が、空へと吹き抜ける。

 

 

 十を近くなった頃から、火球が飛来するのを数えるのを止めた。

 流石に百は超えていないだろうが、その全ては直撃。

 

「……いつまで、げえむとやらを続けるつもりなのだ?」

 

 にも関わらず、苦悶の声一つ上げずに涼しい顔をした播凰は、不思議そうに首を傾げた。

 彼にとってこの結果――大したダメージが無いのは当然のこと。初弾をその身で受けた時点で分かり切っていたことである。

 だからこそ、痺れを切らしてとうとう口にしたのだ。

 無駄なことをいつまで続けるつもりなのだ、と。

 

 それは間違いなくただの疑問であった。少なくとも、播凰にとっては。

 だが。

 

「――舐めやがって」

 

 聞かれた側にとっては、ただの煽りでしかない。

 事実、それを聞いた笠井はギリッと歯軋りをした。

 

 結局、笠井には播凰が無事であるトリックが分かっていない。

 だが間違いなく直撃はしているはずなのだ。

 顕著なのは、その制服。流石は東方第一の制服、柔な術では燃え上がったり完全に破損したりはせず、ある程度の術への抵抗を持っている。

 しかしそれも完全に威力を殺すものではない。実際、何十発と火の術を受けて所々は焦げて変色、生地がボロボロになっている箇所もある。

 

 なのに、それを纏った当人の顔色には疲労も痩せ我慢もないというのだから分からない。

 つまり笠井の泳がせて情報を得るという思惑は失敗していた。

 

 ――だが、痺れを切らしていたのは両者同じで。

 

音放(おんほう)共振波(きょうしんは)ッ!!」

 

 最初に術を放って以降静観していた笠井が、動いた。

 火の術に対しては余裕の表情であった播凰も、一度遅れをとった笠井の新たな術に思わず身構える。

 しかし、それは悪手だった。何故なら、彼の術が襲い掛かったのは播凰ではなく。

 

 ――パリィンッ!!

 

 背後から、その甲高い音は聞こえた。それも一度ではなく、連続で。

 急ぎ振り返った播凰の目に飛び込んできたのは。

 

「……っ!」

 

 揺れるカーテン。破損した窓ガラスは、その欠片が地面に飛び散り。

 全部が全部ではない。無事な窓は、ある。

 とはいえ。

 

「お主、店には手を出さぬのではなかったのかっ!?」

 

 さしもの播凰も、約束が違われたことに怒りの声を上げる。

 播凰に誤算があったとすれば、それは。己の価値を高く見積もりすぎたこと。

 

「おーおー、流石に怒ったか。――だがな、テメエを甚振るだけで気が済むわきゃねぇだろうが! 腸が煮えくり返ってんのはこっちも同じなんだよっ!!」

 

 それに応えるように笠井もまた怒鳴り返し。

 

「音介・不協奏騒!!」

「ぬうっ!?」

 

 今度は、播凰を狙って打ち出された術。

 それはダメージとまではいかずとも、その不快さを以て動きを止められたあの術であり。

 音という視覚的ではなく、また距離を離す以外に避けようのない術に、播凰の足は再び止められた。

 

「忌々しいことに、今でもあの時、そして今もテメエが何をやってたのかは分からねぇ。術なのか、なんらかの道具なのか……ハッ、だがこの術は効くようだなァ!?」

 

 そしてその様を見た笠井は苦々しげにしながらも、動けなくなった播凰を見て快哉を叫ぶ。

 

「さあお前達、このガキが動けねえ内に、あのクソったれな喫茶店に派手に灯りを点けてやんなぁっ!!」

 

 そうして、笠井の指示によって割れた窓ガラス目掛け、火が放たれようとし――。

 

『フハハハハッ!! その程度の輩に、随分とまあ無様を晒しているではないかっ!!』

 

 場にそぐわない高笑いが、響き渡った。




2章ももう少し、
次話「張り子の王様(仮)」
次次話「覇を放つ(仮)」
で最後にエピローグ的な感じです。


もしかすると分かりにくいかなーと思ったので術の解説を簡単に。

音介・音遮網(おんしゃもう)
音を遮る特殊な振動を張り、その領域内と外の音を分断する。
領域の内から外、外から内へは張られた振動によって遮られ伝わることはない。
今回の場合、領域の起点は笠井の天能武装。

音放・共振波(きょうしんは)
物体固有の周波数に合せた音を放つことによって物体を振動させる。
よくあるガラスが音で割れるというやつ。

音介・不協奏騒(ふきょうそうそう)
前にも出た術。
不快な音により相手を一時的に行動不能にする。

読んでいただきありがとうございます、次話もよろしくお願いします。
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