三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「――私は嘗て……元の世界では、勇者と。そう、呼ばれていました」
夜空を仰ぎ、遠くに輝く月を眺めたまま。
ジュクーシャは朗々とした語りを、深夜のひっそりとした商店街に響かせる。
ゆったりとした口調ではあるが、そこには確かな緊張を孕み。どちらかといえば、言って聞かせるためにというよりも、彼女自身が冷静たらんとしているのが透けて見えた。
「勇者とは、単にその字義だけを解釈すれば、勇気ある人を指します。……播凰くんの世界では、そのように呼ばれる方はいらっしゃいましたか?」
「……うむ、明確にそう呼ばれていたという人物は挙げられぬが、勇ある者は間違いなくいたな。近いものであれば、勇将として名高い将もあったか」
数秒の間だけ目を瞑り、少しばかり過去を回想しながら、播凰は答える。
自国に限らず、他国にも。その勇気を称えるに値する強さを誇示する者達は確かにいた。
「そうでしょうね。どこにでもという訳ではありませんが、傑物はいるものです。――ですが、私の世界で
「使命? それはもしや……」
「ええ、勇者の名を冠する者の使命。それは、魔王と呼ばれる存在を打ち倒し、世界を救うこと。故に、勇者とは一つの立場であり、役割であり。私は
「……魔王、か。私の世界ではそのような者はおらず、記録としても見たことはなかった。もっとも、この世界では違うようだが」
播凰は、初めて大魔王――そう名乗る一階住人の一裏万音と相対した時、どうとも思わなかった。簡単な話、それが意味することを知らなかったがためである。
だが、彼とジュクーシャとの関わりの中で、その単語を耳にした。それらを題材とするゲームがあるのも実際にこの世界で目にしており、大雑把ではあるが今はなんとなくの知識はある。
そんな播凰の指摘を肯定するように、ジュクーシャは一つ頷く。
「はい、確かにこちらでも勇者と魔王という存在は認知され、その関係性も私の知っていたものとほとんど差異がありません。とはいえこの世界では、架空、或いは神話の中でしか語られていないようですがね。……しかし、私の世界ではそれが現実なのです。多くの人々が魔物の、そして魔王の脅威に怯え。幾人もの罪なき命が消えていく。そんな世界でした」
「…………」
播凰は夜空を見上げるのを止めて、隣に腰を下ろすジュクーシャの顔を見た。
未だ上を向いたままの彼女の横顔。月明りが照らす愁いを帯びた瞳。その表情は、どこかもの哀しげで。
「む? つまり、一階のあの者を倒すと、そういうことか?」
「いえ……アレは存在こそ同類のようではありますが、しかし私の世界にいた魔王ではありません。そもそも私が知る魔王というのは、何と言いますか――もっとこう、人間とはかけ離れたモンスターのような見た目をしていましたので」
ふとした播凰の疑問に、ジュクーシャの表情が苦笑に変わる。
うーむ、とジュクーシャから視線を外しながら播凰は顎に手を当てた。人間とはかけ離れた姿と聞いても、パッと鮮明なイメージは浮かばない。というより、高笑いする脳内の大魔王がそれを邪魔していた。
そんな脳内劇場が展開されているとは露程も思っていなかっただろう。
ジュクーシャは苦笑を消すと、静かに深呼吸を一つ入れて。
「都合にして、四度。私は――私達は、魔王と呼ばれる存在を倒しました。その功績を以て、私はこの地に誘われたのです」
「ほぅ、四度も」
純粋な驚きを込めて、播凰はその数を声にして繰り返す。
全容は掴めていないが、仮にも魔の王と呼称される存在。ともすれば、そこら中にポンポンといるわけもなく、ただの雑魚とも思えない。それくらいの想像はついた。
「一度目はそうですね、私が播凰くんより少し年が下の頃でしょうか。女五人、成人済みの仲間もいれば私とさほど離れていない仲間もいたりと年齢的にはバラバラでしたが、バランスのよいパーティーで旅を始めました。時には仲違いし、色々な苦難はありましたが。何とかそれらを乗り越え、私達は必死の思いで魔王の元に辿り着き、打倒を成し遂げました」
ジュクーシャが目線を手元にまで下ろし。そのすらりとした指が五本、立てられる。
余計な茶々を入れることもせず、静かに耳を傾ける播凰。
「二度目――最初の成功で、知らず慢心していたのでしょうね。厳しい旅路は変わらず、しかし今回もきっと上手くいくだろうと心のどこかでそう思っていたのでしょう。その浅慮の結果、魔王の撃破と引き換えに、私達は大切な仲間を一人失いました」
一つ、親指が折り曲げられた。
音も無く、優しく。けれども、元に戻らぬと言わんばかりに確りと力を籠められて。
「新たな仲間を探す、ということはしませんでした。私も、そして仲間達もそれを言い出しませんでした。周囲が言うようにそうした方がいいとは理解していても、彼女の存在が脳裏から離れなかったのです。急造のパーティメンバーで連携が上手くいくか、という不安もありましたしね。……幸いにも、私達は四人欠けることなく目的を達成し、三度目も生還しました」
今度は、その指は動かない。
ピッと弛みなく伸ばされた指は、まるでそれぞれが内に倒れるのを拒むかのように、存在を主張している。
けれども、彼女の声が明るくなることはない。
「……最後は、今までになく困難を極めた旅路でした。三度の魔王討伐を為した私達も成長していましたが、しかし敵も異常な強さを見せたのです。旅の途中、魔王に辿り着くより前に、一人が斃れました。そして魔王との戦いの最中、もう一人――私なんかを庇って」
絞り出されたような声と共に、一気に、二本。指が曲げられる。
未だ立つのもまた二本となり。
グッ、と微かに震えながら、最終的にそれは拳となって握られた。
「残ったのは私と、そして聖女と呼ばれた女性だけです。大切な仲間を三人も失い、その骸の上に今の私がいる」
「…………」
「ここへの誘いを受けたのも、現実から、勇者という役割から目を背けたかったからなのかもしれません。そうして、最後の仲間を置いてたった一人、私はこの世界に来てしまった。魔の脅威の無い、私達からすれば平和ともいえるこの世界に。私だけが、のうのうと生きてしまっているのです」
その声は、揺れていた。
話を始めた時もどこか陰があったが、それすらもまだ明るい方だったといえるまでに。
悔恨、それと迷いか。それらが滲み出たような、重々しい声。
常人であれば関わることを躊躇しかねないその空気に、しかし播凰はただ一つ問う。
「ジュクーシャ殿は、この世界に来たことを後悔しているのか?」
「……後悔といえば、後悔でしょうか。こうするのがよかったのか、本当にこれでよかったのか、その適否をじくじくと悩み未だ振り切れずにいるのですから。けれども、少なくともこうしていれば、最後の仲間の死を実感することは絶対にない」
つまり、と自嘲めいたようにジュクーシャは拳を解くと、ふっ、と鼻を鳴らす。
「逃げ出したのです、私は。もうこれ以上、仲間の死を見たくない、見届ける未来が訪れる可能性があるのが怖かった。ならばいっそ、離れてしまおうとそう思った。そうすれば、
「仲間、か……」
自分には無いものだ、と播凰は思いながらその単語を口にした。
味方と呼べる者は、いた。自国の民、兵、先代よりの臣下。それと弟妹達。彼らの心の内は別として、少なくとも立場上はであるが。
とはいえ、前者は仲間というには気心の知れた関係ではなく、後者はただの身内に過ぎない。
こちらの世界に関しても、大抵は知り合いのレベルに留まる。
いや、一応、友となった毅は仲間といえるのか微妙な線だが。
取り敢えず、播凰にとって即答できる存在でないのは確かだった。
「すみません、つまらない話をしてしまって。……もしよろしければ、播凰くんのお話も聞かせていただけませんか? 特に私、こちらの学校という施設に興味がありまして」
顔だけを振り返り、ジュクーシャが播凰へと笑いかける。
声色こそは明るく振舞っているようだが、微かにその表情に憂いが見えた。疑っているわけではないが、先々の言葉は本心なのだろう。
それを更に突くような無粋な真似はしない。だが、下手に慰めもしない。
さて、何を話そうかと脳内で纏めながら。
播凰は口を開き始め。
「そうさな、私は――っ!」
しかしその時。ガクン、といきなり播凰の体の力が抜けた。
そしてそのまま寄りかかるように、ジュクーシャの肩へと彼の頭が乗る。
「ぬぅっ、すまぬな。何故だか、いきなり力が……」
脱力感、とでもいえばいいのだろうか。腕で状態を支えようとしても、身体に上手く力が入らなかった。
追い打ちをかけるように、ふぁ、と欠伸が一つ漏れる。
ジュクーシャは少し驚いた顔を見せながらも、播凰を振り払うようなことをせず。むしろ労わるように言う。
「きっと、慣れない力を使ったので、疲れが出たのでしょう。無理せずそのままで構いません、もしよろしければ少し休まれますか?」
深夜という時間帯も相俟ってか、急激な眠気もまた同時に播凰を襲っていた。
今まで経験したことのない感覚は、ジュクーシャの言うように初めて天能術を使ったからなのだろうか。
そのぼんやりとした思考を最後に、徐々に播凰の瞼が下がっていき。
「……すま、ぬ……少し、休ませてもらう……」
「はい、お疲れ様でした、播凰くん」
ジュクーシャの言葉を聞いたかも怪しい内に、完全に目が閉じられると共に播凰の意識は沈んだ。
間を置かずして、スー、スー、と。規則正しい呼吸と共に、ジュクーシャの肩に寄りかかったままのその身体が僅かに上下する。
ジュクーシャは体勢を整えるように、そして播凰を起こさぬように慎重に身動ぎすると。
「ふふっ、懐かしいですね。旅の道中では、こうして皆で身を寄せ合ってよく夜を過ごしていましたっけ」
微かに顔を綻ばせ、口元を緩める。
が、すぐにその喜色は霧散し。
「やはり、私はどうしようもなく自分勝手で弱いのでしょう。無関係な人に、それも年下の男の子に、このような話を……」
ポツリ、と漏らした。
果たして、死した仲間達が今の自分を見たらどう思うだろうか。残してきてしまった最後の仲間は、どう思うだろうか。
呆れか、軽蔑か。或いは、怒りか。
「でも、どうしてでしょうか。播凰くんには――貴方には、聞いて欲しいと思ってしまった」
すぐ側で寝ている顔を、ジュクーシャはそっと窺う。
静かに寝息を立てる彼は、年頃の男児の顔だ。それ程大きく離れているわけでもないが、自身より確実に若い異性。
けれども、その内に秘めた強さは間違いなく本物。
加えて、自身を――仮にも勇者と呼ばれた実力を持つ自身をして、まだ底の知れない部分があるというのだから世界というのは本当に広いものだ、とジュクーシャは思う。
「もしも、貴方のような強さを持った方が私の世界にいてくれたら……」
――――
チュンチュン、と鳥の囀りでふと意識が浮上する。
瞼越しに感じる暖かな光は、どうやら日差しのようだ。
「んん……」
掌に硬い感触を感じながら、ごそごそと播凰はその身を起こす。
視界に映りこんだのは、見慣れつつある最強荘の自室ではなく、シャッターが連なる商店街。
起きたばかりの鈍い頭で疑問に思いつつも、徐々に記憶を取り戻していく。
「……そうか、結局あのまま眠ってしまったか」
隣に、ジュクーシャの姿はなかった。
だが単に放置されたというわけではなく、彼女の羽織っていた薄着が綺麗に畳まれて播凰の枕となっており。
別段地面に横たわることに抵抗はなかったが、いなくなったことを含めて彼女の気遣いを感じつつ、次会った時に礼と共に返そうとそれを回収。
立ち上がり、ぐぐっと伸びをする。
さて、店の前で寝転がっていたのだから、まだゆりは来ていないのだろう。彼女の性格から考えて、そんな状態の播凰を無視するわけもなく、それを差し引いても邪魔でしかない。
ある程度は日が昇っていることから、そこまで早朝ではないようだが。
ゆりが普段いつから店にいるかを知らない播凰は、取り敢えず来るまで待つかとのんびりと考え、店の面する路上の半ばまで移動する。
結果からすれば、そこまで待つ必要というのはなかった。
寂れているとはいえ通路としての機能まで失っていないことから、数える程度の通行人の行き交いを見届け――あちらはあちらで路上に佇む播凰の様相を見て訝し気にしていたが――ること、数十分。
果たして、待ち人たるゆりはやって来た。
彼女はまず遠目から、まだ営業していない店の前に播凰の姿があることに多少の疑問を浮かべ。
「播凰君、どうしたの? こんなに、早く……から……」
近づきながら声をかけつつ、その装いに気付くと絶句して立ち止まる。
播凰当人は欠片も気にしていないが、幾度も火の術を受けて彼の制服はボロボロだ。誰がどう見てもまともではなく、言わずとも何かありましたと全身が告げている。
薄情な人間ならともかく、そんな有り様を見て黙っていられるゆりではない。
「なっ、何があったのっ!? どうして、そんな――」
彼女は動転したように、播凰との距離を一気に詰めようと小走りで駆け寄ろうとしてきたが。
途中にキラリ、と視界の隅に光る物を見て、思わずといった様子で反射的にそちらを見やった。
その正体は、陽光を受けたガラスの破片。笠井に割られ、地面に散らばったそれが、キラキラと朝日を反射していたのである。
必然、その視線がリュミリエーラの外観、窓ガラスに向かい。無残な姿となったそれを見て、彼女は息を呑む。
「――あの人達ね!? あの人達が来たのね!?」
いつもの淑やかな佇まいはそこになく、珍しく語気を荒げたゆりは、播凰に向き直った。
そんな様子を目の当たりにして、やはりそんなにも彼女にとって店は大切だったのだと実感させられた播凰は、素直に謝罪を述べようとしたが。
「うむ、すまぬな。私が不覚をとったばかりに、店が――」
「お店のことは今はいいの! それよりも急いで手当をしないとっ……こんな、なんて酷い」
強い声でそれを遮り、遂には互いが触れ合えるほどの距離となって悲痛な面持ちを浮かべたゆりの姿に、きょとんとする。
何故なら、その視線の先は彼女が大切に思うリュミリエーラではなく。他ならぬ、播凰自身に向かっていたのだから。
ゆりの反応に不思議そうに首を傾げる播凰であったが、彼女がそっと優しい手つきで己の腕や身体を確かめるように触りはじめたことにより、それを辿るように目線を下ろし。
そこで漸く自身の装いを自覚し、彼女の狼狽の理由を察した。
「ああなに、火と音の術をいくらか受けただけだ。制服こそこの有り様だが、別に痛みもなく大事ではない。それよりも――」
「十分大事です! いくら
「……心配? 私を?」
「勿論。私だって、心配で仕方ありません」
力が抜けて寝入ってしまったことは事実だが、怪我らしい怪我もなくダメージを負っているわけではない。
故に、簡単に状況を説明して話の焦点をリュミリエーラに移そうとした播凰であったが、しかしゆりは譲らない。
初めて見たゆりの剣幕に、その言葉に、播凰は図らずも目をパチクリとさせ。端的に告げる。
「心配などされたことはない。両親に限らず、だが」
「……え?」
「……む?」
思わぬ返答に、ゆりが茫然と。
変な事を言ったかと、播凰が困惑を。
一時の静寂が、両者の間に満ちる。
「――と、兎に角、播凰君のご家族の方に連絡をしないと。い、いえ、救急車を呼ぶのが先ね」
だがそれも一瞬のこと。明らかに動揺した声ながら、なんとかゆりが場を動かそうと手にしていた鞄を探り始めるも。
「ふむ、どちらも不要だ。
強いて言うなら服か、と思い出したように淡々と播凰が結べば。
いよいよ、ゆりは固まったようにその動きを止めた。目いっぱい見開かれた彼女のその瞳は、ただただ播凰だけを映している。
これに困ったのは、播凰だ。何せ彼からすれば、さっきからごく当たり前のことを言っているだけに過ぎないのだから。
硬直するゆりを前に、播凰はリュミリエーラへと顔を向ける。壁などは壊されずなんとか被害は窓ガラスだけに留まったが、それでも問題だ。初夏の季節、気候で丁度いい気温とはいえ、割れた窓ガラスなどやはり悪目立ちしてしまう。
播凰の服は着替えるだけで済むが、建物の窓ガラスを取り換えるとなるとそうはいかない。思い入れに関しても、先日入学したばかりの播凰の制服と、長年リュミリエーラを支えてきたお洒落な窓ガラス。どちらが価値あるかなど言うまでもない。
故に、それは三狭間播凰にとっては正直な感想だったのだ。
心の底から、他意など一切ない純粋な思いだったのだ。少なくとも、彼にとっては。
「私などより、ゆり殿の大切な
不意に、全身が柔らかく温かいものに包まれ、その言葉が途切れる。
ゆりの美しい黒髪、顔がすぐ近くにあった。一拍遅れて、彼女に抱きすくめられたのだと悟る。
「……本当に、本当に大丈夫なのね? 無理してないのね?」
「う、うむ……」
その声は、震えていた。
表情は播凰の肩に埋められ、窺うことはできない。
動こうにも動けず、播凰は視線を彷徨わせる。別段、拘束されるほどの強い力ではない。
しかしどうしてか、跳ねのけようとする気はおきず、播凰はされるがままとなっていた。
そのまま数十秒。或いは長針が一つ動いたかもしれない。
「――ごめんなさいね。でも、貴方を心配する人がいないなんて思わないで。少なくとも私は、とってもびっくりしたんだから」
「…………」
やがて、最後にギュッと少しだけ強く抱きしめて、ゆりは播凰から離れる。
そうして彼女は目元を軽く拭い、リュミリエーラの方へと顔を向けた。
「取り敢えず、お店に入りましょう」
頷き、無事に残っているリュミリエーラの入り口まで、ゆりと並んで歩いた播凰は。鍵を開けた彼女に続き店内へと入る。
中から割れた窓ガラス付近を見やれば、破片のいくつかは内側にも飛散していた。
だが、やはり被害らしい被害はそれだけだったようで、ホッと播凰は胸を撫で下ろす。
「……今、飲み物を準備するから……あそこのテーブル席にでも座って楽にしていてね」
店内を少し見回したゆりは、割れていない窓ガラス近くのテーブル席を指し示すと、厨房に繋がる扉を潜った。
パンパン、と軽くズボンを叩き、素直に播凰がそこに腰掛る。
「それで、何があったのか教えてもらえるかしら?」
数分後、飲み物を手に播凰の対面に座ったゆりが率直に、それでいて真剣に尋ねてきた。
受け取ったグラスで喉を潤しつつ、播凰は簡潔に答える。
「とある伝手から、夜にあの者達が店を壊しに来ると聞いてな。あの配信のせいという話を聞いたから、私が相手をするべきだと思い、迎え撃ったのだ」
「……そう。でも、せめて、その……一人で立ち向かう必要はなかったんじゃないかしら?」
「全く、耳が痛いな。私が出れば問題ないと思い、実際撃退に成功したが――まさか、店を盾にされるとは思わなんだ。ゆり殿には申し訳なく思っている」
言い訳にならないとは理解していた。最終的に勝ち、店への被害も最小限に抑えたとはいえ、不覚をとったのは間違いないのだから。
そんな播凰の態度をどう受け取ったのか。
「いえ、責めているわけじゃないの。むしろ、お店を守ってくれたことに感謝しているわ」
きっぱりと、まず彼女はそう首を横に振って断言した。
だが、次の瞬間には播凰の顔を正面からしっかり見ると。
「――けれど、今度からは一人で抱え込まないで、誰かを頼ってちょうだい。私だって、出来る限り貴方の力になるから……」
「ぜ、善処しよう」
諭すように、僅かに涙ぐみながら。ゆりは言葉を選ぶようにして播凰へと告げる。
懇願ともとれるそれに、播凰は戸惑いを覚えながら首肯した。
なお、先の播凰の発言でゆりが
ゆりは暫く、播凰をそのままじっと見つめていたが。やがて彼女は、ふぅっ、と息を吐き。
割られた窓ガラスへと視線を向ける。
「それにしても、まさかあの人達がここまでしようとするなんて」
「うむ。だが、心配無用だ。今後は無い」
「……そうね、播凰君が頑張ってくれたものね」
胸を張りつつグラスを呷る播凰に、ゆりが微笑を湛える。
そんな彼女の表情に、播凰は違和感を覚えた。
笑ってはいる。それは間違いないのだが――どこか、寂しさも併せ持っており。それでいて、何かを決意したかのような光を瞳に宿していたのだから。
違和感、否、嫌な予感とでもいえばいいのだろうか。
事実、少しの間を置いて放たれた言葉は、彼を愕然とさせるものであった。
「――でもね、もうこのお店は閉めようと思っているの」
カラン、と。
その手からグラスが滑り落ち、音を立ててテーブルに転がる。
幸いにも殆ど飲み干していたおかげで、零れたのは微量だ。
つー、と僅かな液体が瞬く間にテーブルに広がっていき。しかしそれを気にする余裕もなく、播凰はテーブル越しにゆりへと詰め寄る。
「な、何故だっ!? もうあの者達に邪魔されることはないのだぞ! 嘘だと思うなら――」
「ああいえ、播凰君の言葉を疑っているわけじゃないの。ごめんなさい、伝え方が悪かったかしら」
ゆりは軽く咳払いをすると、播凰を落ち着かせるように彼としっかりと目を合わせ。
「実はね――」
次は二章最終話です。本日、後ほど投稿できると思います。