三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「――皆さま、本日はお忙しいところをお集まりいただき、誠にありがとうございます」
ゆったりと淑やかな所作で一礼した女性の声が、隅々まで響き渡る。
それ以外に余計な音は無い。この場には彼女以外の人影もあるが、その面々は各々異なる表情ながら無言で以てそれを見守り。
「それでは、喫茶店リュミリエーラ。このお店での最後の営業……」
そこで一旦言葉を止めると。挨拶を述べる彼女――ゆりは、顔ごと視線を巡らせて。
じっくりと天井を、壁を。そして新品同様のピカピカまではいかずとも、塵一つ積もっていない手入れの行き届いたカウンターを時間をかけて見回し。
中央の
そうして、ゆりは大きく息を吸い込み。
「そして、
「「「乾杯ーっ!!!」」」
ゆりの音頭、そして掲げられたいくつものグラスの小気味良い音が、店中に響き渡った。
「よーし、暫くゆり殿の料理が口に出来ぬからな。今日は、目一杯食べるぞっ!!」
「あはは……播凰さん、程々にっすよ」
ビーフシチューにサンドイッチ、スパゲティとその他デザートや飲み物も様々と。
爛々と目を光らせ、複数のテーブルを繋ぎ合わせた上に鎮座する大皿に盛られたリュミリエーラのメニュー達を前に、いの一番に溌剌とした声を三狭間播凰が上げれば。
その隣で、晩石毅が彼の発言に苦笑を浮かべ。
「おおー、播凰にい、やる気だねー!! アタシだって負けないんだからっ!」
「……太るぞ」
「なにをーっ!?」
その対面では双子の姉である二津辺莉が、播凰に触発されて気合を入れるも。
傍らからの、ぼそり、とした弟の二津慎次の突っ込みを聞き逃さず、犬歯を剥き出しにして食って掛かる。
「……フン。まったく、どうして余がこのような所に」
「なっ、招待をいただいているのに文句を垂れるとは何事ですか! いいですか、妙な気を起こすことは許しませんからね!」
更に播凰達の横では、ぶつくさと気怠げな一裏万音に対し、四柳ジュクーシャが懇々と見咎め。
彼らだけではなく、最後までリュミリエーラの店員として残り続けた年若い女性達も数人、グラスを手に笑い合っていた。
「よかったねぇ、ゆりちゃん。そして、
そんな騒がしい光景を、少しだけ離れた位置から。
白髪交じりの老女――商店街の駄菓子屋のお婆ちゃん店主が和やかな笑みで見守り、ゆりを振り返れば。
「ええ、本当に。今日は無理を言って来てくれてありがとう、お婆ちゃん」
「私が入院中の間も妻がお世話になりまして、ありがとうございます」
同じく、僅かに潤んだ目でそれを眺めていたゆりが礼を返し。
そのすぐ前にて、身体の一部に包帯を巻いた男性が、車椅子に座りながら同じように続く。
お婆ちゃん店主は、ほっほっと軽く笑い声をあげ。
「なに、商店街の老いぼれ衆からすれば、ゆりちゃん達は可愛い子供みたいなものだったからねぇ。……さ、二人もあちらに加わっておいで。最後の仕事が――お客様のおもて成しが残っているだろう?」
和気藹々と――極一部はそうと言い難いが――する空気の方を指し示す。
それに会釈をすると、ゆりは車椅子を押して。
「皆、楽しんでいただけているかしら? もしお料理が足りなくなったら遠慮なく言ってね」
播凰と毅、ジュクーシャと万音の間に顔を出す。
「うむ、勿論だ! これほどの料理が一度に並ぶとは、正しく圧巻だな! 好きに食べてよいというのだから尚良い!」
「う、うっす、俺なんかも招待していただいて、ありがとうございますっす!」
ナポリタンスパゲティを自分の皿へと盛りながら播凰が、食べていたものを慌てて喉に押し込みながら毅が、それぞれゆりへ違った言葉を返す。
リュミリエーラ最後の営業。それは、店内中央にスペースを作り、テーブルを繋げて料理を並べたという、所謂ビュッフェ形式の貸し切りのパーティーであった。
「ちゃんとした挨拶がまだだったね。ゆりの夫の、まさとです」
と、そんな彼らに向けて、ゆりに押される車椅子に乗った男性が穏やかな声と共に軽く頭を下げる。
パーティ前に軽く紹介を受けていたが、当人が名乗ったように彼はゆりの夫。
以前見せてもらったリュミリエーラ開店当初の写真でこそ顔は知っていたが、播凰が直接相対するのは今日が初めてである。
「君達のことは妻から聞いているよ。僕が不在の間、ゆりを色々と助けてもらったようで、申し訳ない」
「なんの、こちらもゆり殿には世話になったからな! しかし、貴殿の怪我の方は大丈夫なのか?」
「そうだね、今日は特別に外出の許可をもらっただけだけど……新店舗でのオープン時には退院できそうだよ」
「ほぅ、それは重畳だ。――しかし、店を閉じると聞いた時は驚いたが、まさか新しい場所に移動するとはな!」
朗報ともいえる報せに、播凰は口元に
そう、攻防戦とでも形容すればよいのか、リュミリエーラの前で夜を過ごしたあの朝。
憤懣やるかたないと言わんばかりの播凰を落ち着かせたのは、ゆりから告げられた移転の話だったのだ。
「ふふっ、頼りにしてますよ、あなた。それに、最後まで残ってくれた子達も皆、新店舗でも働いてくれるって言ってくれているもの。きっと素敵なお店になるわ」
ゆりは優しく微笑んで車椅子に座る夫を見下ろした後、そのまま向かいで談笑する
「――ジュクーシャちゃんも、新しいお店を手伝ってくれるし、ね?」
「も、勿論です! 精一杯頑張りますっ!」
最後に、それが悪戯っぽい茶目っ気混じりの表情へと変われば。急に顔を振られたジュクーシャはどもりながらもグッと両の拳を握った。
「とはいえ、その間はゆり殿の料理が食べられぬのがなぁ……コンビニや他の店も美味いは美味いのだが、やはりゆり殿には劣るように感じる」
そんな彼女の気合とは反対に、気の抜けるように料理を眺めるのは播凰だ。
元の世界では料理などしたことない播凰である。世界が変わったところで、自炊ができるようになるわけはない。そもそも自分で準備するという発想がない。
となれば、彼の三食は基本的にコンビニの調理済み食品か外食だ。
「あらあら、そう言ってくれるのはとても嬉しいわ。そうねえ……一応、簡単なものでよければ、家でも作れるわ。お話くらいしかできないけれど、もしよかったら私達の家に遊びに来る?」
「ふむぅ、それは魅力的ではあるが。……いや、申し出はありがたいが、やめておこう。待ちに待った時に食すのもまた格別であろうからな! それに、開店に準備万端で挑めなかったら私も困る!」
具体的に何をするかは鮮明でないが、新たな店を開くことが忙しいであろうことは播凰にも想像がつく。それに、折角なら新しい店で思い切り堪能したいものだ。
そんな思いから播凰が断れば、彼女は少し考えるような仕草の後。名案を考えたとでも言うように、瞳を輝かせてそっと両の掌を合わせる。
「そうだ! それなら、ジュクーシャちゃんに作ってもらってはどうかしら? 確か、同じ建物に住んでるんでしょう?」
「……え? な、いきなり何を言い出すんですか、ゆりさんっ!」
突拍子もないともいえる提案だった。少なくとも、ジュクーシャにとっては。
褐色の頬を赤らめながら、即答できるわけもなくジュクーシャは狼狽える。
そんな彼女に入る、横槍。
「ククッ、ジュクジュクよ。そもそも貴様、まともに料理ができるのか? 果たして、それは食べられる物なのか?」
「んなっ……ば、馬鹿にしないでくださいっ! 私だって料理の一つや二つできます!」
「ほぅ、ジュクーシャ殿も作れるのか!」
「あ、い、いえ……あの、そのですね、播凰君。腕前については、なんといいますか……」
今までつまらなさそうにカップを傾けていた万音が、ここぞとばかりにニヤければ。
売り言葉に買い言葉とジュクーシャは彼に半ば勢いで反論するものの、今度はそれを耳にした播凰が感嘆。
その反応に慌て、最初の威勢はどこへやらと瞬く間にその勢いが萎んでいき。最終的に、もにょもにょと弱々しくなっていくジュクーシャ。
そんな三人のどたばたとした会話を。
ふふふっ、と楽しそうに、しかし優しく見守っていたゆりであったが。
ややあって、その悪戯っ気な表情を、雰囲気を消して。
車椅子の後ろから横に立ち位置を移動し、体の前で手を重ねた。
「――このようなお話をいただけたのも、播凰君と……そして、一裏さんのおかげです」
「本当に、何とお礼を申し上げればよいか」
深々と、夫妻揃って頭が下げられる。
新店舗への移転の話。それは当然、何もないところから湧いて出てくるような話ではない。
二言三言で済むようなわけもなく、相応のものが必要となる。望んだところでさっとできることはなく、そもそもゆり達には
では、どうしてそのような話が浮上したかというと。
大魔王ディルニーンの商店街レビューの配信。正確には、それを見て、そしてその反響を感じて店に来た人物から齎されたのだという。
是非、
ゆりはその話を受けるか悩んでいたそうだが、店が襲撃されたことをきっかけに心を決めたらしい。
「うむ、礼を受け取ろう。とはいえ、私は思いついただけだからな。真に功績者と呼べるは、この者よ」
その真摯な謝辞を受けた一人である播凰はといえば、一度は厳かに頷きはしたものの。
すぐに飄々とした態度に変え、両手が食器で塞がっているが故に、顔だけを近くの万音に向ける。
さて、そんなもう一方である万音は、しかし。
「――フン、くだらん。改まって何を言い出すかと思えば」
欠片も気遣いのない声色で、夫婦の下げた頭を直視することもせずに一蹴した。
あまりの物言いに、気色ばんだジュクーシャが口を開きかけるが。続く彼の声が、それを押し止める。
「余は、単にきっかけをくれてやったにすぎん。その後は、全て貴様の腕の結果による流れよ。客を集めたのも、誘致を受けたのも、な」
万音は夫妻に背を向けて大皿からサンドイッチを一つとると、そのまま無造作に口へと放り込んだ。
つい少し前には、ジュクーシャを弄るためとはいえ曲がりなりにも笑みと呼べる類の表情をしていた万音であるが。今この瞬間には、僅かともそれが残っていない。
これが照れ隠しであれば可愛いというものだが、そんなわけもなく、ひたすらに冷淡。
祝いの場にそぐわない空気に、気付けば店中の視線が集まっていた。
「そのきっかけにしても、だ。もしも余が貴様達のために腐心したと考えているならば、思い上がりにも程がある」
注がれる視線もどこ吹く風、サンドイッチを嚥下した万音はのんびりと自由気ままにカップを口につけた後。
ようやく、ゆっくりと振り返った。
「だが、それでも尚。いじらしくも、余に
どこまでも尊大な振る舞いであった。
身長の関係でそうならざるをえないことを差し引いても、その眼はまるで夫妻を見下ろすかのよう。
言葉に関しても聞き手にとってそれぞれの受け取り方があるとはいえ、これで気分がよくなると思う者は普通ならばまずいないだろう。
この時にはもう、夫妻は頭を上げて万音を見ていた。けれど、そこに浮かんでいるのは、怒りでも呆れでもなく。
一転して、誰も言葉を発することがないまま店内が静寂に包まれそうになった、その時。
カランカラン、とドアベルが鳴る。
「――こんにちはー。遅れてすみませんー」
「うおおー、管理人たんっ! 待っていたぞ!!」
店の入り口から姿を見せたのは、最強荘の幼い管理人であった。
彼女も此度のリュミリエーラの最終日に招かれていたのだが、管理人としての仕事があるとかで遅れての参加となったのだ。
そしてそんな管理人を視認すると。今までの空気はどこへやら、万音は全力で彼女の元に走っていった。
「……不思議な方だ」
「ええ、そうね……」
豹変と評しても過言ではない態度の変わり様を目の当たりにしたゆり達は、けれどもどうしてかさっぱりとしたように。
一笑を付すようなことをしなかったのは、夫妻の性格に起因するものか。
或いは、彼の者が微かに覘かせた――支配者の側面がそうさせなかったのか。
「成る程、確かに強烈な欲だ」
黙って事の推移を見守っていた播凰は、笠井との戦いの最中に告げられた言葉を思い出して得心がいったように口元を緩める。
万音の管理人への反応は今に始まったものではないが、言われてみれば頷けるものがあった。もっとも、
気を取り直した播凰は、次は何を食べようかと舌舐ずりする。
「……まったく、あの者は。少しは見直そうと思った途端に」
はぁ、と溜息を吐いて額に手をやったのは、ジュクーシャだ。
ゆり達の礼をくだらないと切り捨てた時は、やはり人の心が分からぬ魔王と思いこそしたものの。
意外にもゆりの腕を認めるような――もっとも捻くれてはいたが――発言に、瞠目し。
けれども、やはりはいつもの傲慢さに、管理人への目を覆いたくなるような絡みは健在で。
……でも、それでいいのでしょう。
ジュクーシャは、己を戒めるように軽く頭を横に振る。
例え世界が異なっていようが、魔王と勇者は相容れない存在。
その事実はきっと、変わらないだろうから。
取り敢えず今はこの一時を楽しもうと、ジュクーシャもまた料理に手を伸ばすのであった。
ということで、二章が終了しましたので、後書きを書かせていただきます。
まずはここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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それでは、次話もよろしくお願いします。