三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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幕間の話
幕間 覇王の消えた世界にて


「――怪しむようなことがあれば、徹底的に調査をなさい。特に、何者かを匿っているような形跡、情報の類は必ず報告を上げること」

「あの国の攻略は一筋縄じゃいかねぇが、もうひと踏ん張りだ! いいな、クソ兵士共ッ!!」

 

 未だ幼さの残る甲高い、しかし凛とした女の声が響く。

 城壁から姿を見せているのは、声と違うことなくまだ成人も迎えていないような齢の二人の少女達だ。

 

 麗しくはあるものの、あくまで年端も行かぬ子供。ならば、如何に声を張り上げようが、相手をする大人はいない。彼女達の親類縁者ならばいざしらず、それが屈強な男だったり血の気の多い女ならば尚のこと。

 もっともそれは、彼女達が普通の少女であるならば、だが。

 

 ――オオオーッッ!!

 

 しかし実際、彼女達の眼下に並ぶ者共は。

 男女関係なく各々、剣に槍、矛を手に高々と掲げ。二人の少女の号令に応えるかのように勇ましく咆哮する。

 ビリビリと空気を震わせ、その圧はといえば空を割かんばかり。

 それを見下ろした彼女達は、満足そうに頷くと。その姿を翻して城壁の上から消える。

 二人が去った、その後で。

 

「あれでこそ、我が国の王族よ。殿下自らが前線に出て、指揮を執る。他の弱国にはああも気概のある王族はおるまいて」

「その上、お美しく、強さも一級ときている。この老骨も仕え甲斐があるというもの。将の一人として拝命されたからには、この身体朽ちるまで槍を振るおうぞ」

「お二方、本国にいらっしゃる王と王弟殿下を忘れてはなりませんぞ。本国の護りの心配が不要であるからこそ、我等がこうして後顧の憂いもなく他国に攻め入ることができるのですから」

「無論じゃ。まだ儂はそこまでボケておらんよ、若造」

 

 完全に白くなった髭と、白いものが混じり始めた髭を撫でる熟年の男二人。そしてそれよりは若いとはいえ、厳かな風格を纏った壮年の男。

 それぞれが誰の姿も無くなった城壁を誇らしげに見上げながら、しかし老いを感じさせぬ調子で言葉を交わせば。

 

「ああ、本日も第一王妹殿下は可憐で、第二王妹殿下は美麗であられる。お二方のご尊顔に拝謁する機会を賜り、感激にございます!」

「いやー、同じ女性としてだけ見ても、ぐうの音も出ないよねぇ。けどま、流石に大人の色気としては負けないかにゃあ」

「……王弟殿下、格好いい。……王、強い雄。……愛妾になる準備は万端」

「なぁっ!? ふ、不敬ですよっ、今すぐその口を閉じなさいっ!! 大体、貴方達は一軍の将たる自覚がですね――」

 

 それに並び立ち、比較的城に近い位置に陣取っているのは、三人の女だ。

 感涙して身を震わせる一人とは異なり、あとの二人は軽いというかなんというか。

 くどくどと説教が始まるものの、両者はうげぇといった表情ながらこなれた調子でそれを聞き流している。

 

「……しかし、いきなりどういう命令なんだ? この状況で、降伏させた他の国々まで大々的に兵を派遣するなんて」

「まったくだよ。それでいて、侵攻も早めるときた。まあそれ自体は特に変ではないけど」

「にしても、怪しいことは調査って言われてもなぁ……」

 

 一方で、彼らよりも城から離れて整列しているのは、一般の兵士達。

 つい今しがたに下命された内容について、比較的若めの男兵が声を潜めながらこそこそと話している。

 

 彼らの困惑は、王妹殿下が揃って姿を見せたことではない。

 問題なのはその口から告げられた戦略。かいつまんで言えばそれは――。

 

 ――二正面作戦。

 

 第一王妹殿下が、我が国に降伏したはずの地域へと兵を率いて向かい。

 第二王妹殿下が、我が国に抵抗して未だ戦火を交える唯一の国へとこのまま侵攻する。

 

 もっとも、前者に関して戦闘が発生することはないはずだが。

 兵力を分散しなければ。もっといえば、本国にいる王弟殿下。

 そして彼は直接戦場でその姿を見た事はないが、我が国の王が――三海の覇王と、そう他国から恐れられる王がいれば、今よりは苦労しないだろうに、と。

 

 そう、若き兵は心の中で思うのであった。

 

 

 ――――

 

 

「では、手筈通りに。決して油断してはなりませんよ」

「勿論だ、そっちこそしくじるんじゃねぇぞ」

 

 城壁からその中――本国の玉座のあるそこではなく、あくまで拠点として制圧した城だが――へと戻った少女二人。

 現王の妹であることから、姉が第一王妹、妹が第二王妹と呼ばれる彼女達は。

 足早に、そして手短に会話をして、それぞれ背を向ける。

 

「嗚呼、嗚呼。お兄様……一体、いづこへ」

「チッ、あのクソ兄貴。何処へ行きやがったんだ」

 

 共に同じ人物を、兄を案ずる声だ。互いにそれを聞こえてはいるだろうに、気にすることなく少女達は離れて行く。

 性格も言葉遣いも籠められた感情も違えど、その気持ちに偽りはない。

 

 あの日、目の前で光となって唐突に消えてしまった兄。

 掴むこともできず、すり抜けた手の感触は今でも忘れてはいない。否、忘れられるものか。

 

 泣きに泣いた。らしくもなく、祈った。

 それでも、兄は帰って来ることは無く。がらんどうな玉座が、彼女達に現実を突きつけた。

 

 きっと、どこかにいるはずなのだ。この世界の(・・・・・)、どこかに。

 敬愛する、兄はきっと。

 ただそれだけを信じて、奮い立った。

 

 ……お待ちになっていて、お兄様。

 ……待っていやがれよ、クソ兄貴。

 

 妖艶に、或いは獰猛に。

 意図して合わせるはずもなく、しかし確かに同時に、彼女達の口の端が吊り上がる。

 

 ――今、貴方の妹が迎えに行きますから。

 ――今、テメエの妹が迎えに行くからよ。

 

 

 同時刻。

 

 ふぁっ、と。ある城の門を守る男の気の抜けた欠伸が、快晴の空へと消えた。

 

「おい、みっともないぞ」

「すまんすまん、あまりにも暇なもんだから、ついな」

 

 すかさず、同じく隣で直立不動にて門を守る同僚に注意されて、男は自らの頬を叩く。

 ポカポカとした朗らかな陽気に気が緩んでしまったが、今は職務の真っ最中なのだ。

 

「まぁ、分からんではない。この国に――それも王がおわすこの城に、不届き者が現れるとは思えないからな」

 

 いるとしたら自殺志願者か、と笑いながらその同僚は振り返って城を見上げる。

 釣られるように、彼もまた己が守護する城を仰ぎ。思い出したように、ポツリと零した。

 

「王様、か。……そういや、あの日もこんな風によく晴れた空だったっけ」

「あの日? なんだ、あの日って?」

「ああ、俺は子供の頃に王様と遊んだことがあるんだよ。っていっても、あの時はまだ第一王子であられたけどさ」

 

 懐かしさに無意識に笑みを浮かべながら、手で日除けを作って、燦々と降り注ぐ陽光を受け止める。

 

「……王の遊び相手だと? お前、そんなに高貴な家の生まれだったか?」

「いんや、しがない庶民の次男坊さ」

 

 驚きの疑問に、しかし彼はヒラヒラと苦笑して手を振った。

 

「顔馴染みの数人で遊んでたらさ、見たこともない子供が入れてくれってやって来たんだよ。俺達も俺達で特に何も考えずに、いいかーってなってさ。んで、後でそれが王族だったって知ったわけ」

「……本当の話か?」

「本当だって。こんな嘘をついてどうするよ」

 

 猜疑的な同僚の態度であったが、それも止む無しと彼は考える。

 きっと逆の立場だったら、自分でも易々と信じることはしないと思うから。

 尚も疑うような目つきの同僚に、彼は軽く吹き出して話を続ける。

 

「ま、当然それきりなんだけどさ。それにしても、最近は全くお見かけしなくなったが……」

「……一国の王が、そう易々と姿を見せるわけないだろう」

「まあ、それはそうかもしれないけどさ。でも、王族の方々の様子がどうにも少しおかしいらしいという話は、聞いてるだろ? 特に、王弟殿下に関しては、城の書庫に籠り切りっていうじゃないか」

 

 そう、第一王妹殿下に第二王妹殿下、そして王弟殿下の様子が以前とは違うという話は、兵の間で噂になっていた。

 王弟殿下に至っては、毎日城の書庫に籠り、人が変わったかのように書物を読み漁っているらしい。

 どこか鬼気迫る様子だったと語るのは、城の侍女だ。

 

「王妹殿下の――彼の国への派兵は、順調と聞く」

「そうだな、風の噂によると、そのあまりの奮迅ぶりに……ええと、何と呼ばれているんだったかな。確か――」

 

 ――数字だけなら(・・・・・・)、王を超えていた異名だったような。

 

 彼が何の気なしにそう言えば、何故だか同僚の門番はぶるりと身を震わせた。

 

「……王の戦う姿を、戦場での姿を見た事はあるか?」

「ん? いや、俺は無いなー。とんでもなく強いってのは聞いてるけど」

「そうか……兎も角、我等の役目は、国を、この門を守ること。余計な事を考える必要はない」

 

 固く口を引き締める同僚に、違いないと彼は笑った。

 

 

 

 

 ――邂逅の時は、或いはそれほど遠くはないのかもしれない。

 

「見つけた」

 

 パラパラと、書物の紙を捲る音だけが、その部屋には響いていた。

 それ以外は、微かな物音一つない空間。だが、紙の音が止むと同時に、声が一つ。

 

「足先から光を纏い、突如として姿を消す。以降、その人物を見たと語る者はいない」

 

 山積みとなった書物を前にして。

 淡く踊る炎の灯りだけを頼りに、シミ一つない白い指先が、書物の一節をなぞる。

 だが。

 

「……っ」

 

 これだけか、と歯噛みして眉間に皺を寄せる。

 消えた先のことは勿論、どのような人物がそうなったのかすら、記されていない。

 つまり、振り出しだ。膨大な書物の中から、手探りで探すだけ。

 はぁっ、と息を吐きだした、少年。王弟である彼は、暗い天井を仰いだ。

 

「……兄上様」

 

 その呼びかけに応える声はなく、虚しく消えていく。

 

 ――もっとも、ただ一人を除いて、であるが。




ヤンデレ襲来フラグが立ちました。
闇落ちフラグが立ちました。
※なお、あくまで立っただけで実現するかは
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