三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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前話で書くのを忘れていましたが、3章開始です。
章タイトルで色々明らかになっちゃってますが、部活を探す編です。
学園半分、最強荘半分て感じかなぁと。
ぼちぼち面白くなっていくと思うので、楽しんでいただければと思います。
(ここまでが面白くないと私が思ってるとかって話ではないですが。。)


2話 お預け

「――鋼放(こうほう)螺旋(らせん)(つい)

 

 紫藤の性質である、鋼。その天放属性の術の詠唱が、紡がれる。

 ぬっと一瞬にして床に影を広げながら、確かな存在感を以て彼女の前に現れた鋼色の物体。

 その全高はといえば、彼らの現在いる一室の天井までには届かないが、人間の平均的とされる身長は明らかに上回っている。

 だが、真に注目するべきは高さではない。

 幾重の層にもなる螺旋構造に、ギラリと鈍く光る尖った先端。それら術全体が、高速で回転しながらまるで空間を穿つように前進を始めるのであった。

 

「ひぇっ、ド、ドリルっす――」

 

 自分に向かってきているわけでもないのに、壁際でそれを見ていた毅が思わずといったようにぶるりと身を震わせて短い悲鳴を漏らす。

 第三者とはいえ、恐怖を抱きながらも術の全容を表する言葉は意外にも的確。

 そう、紫藤の術を簡潔に言い表すのであれば、ドリルであった。それも、複数の大人が集まって漸く持ち上げられるような、大型の。

 

 ……流石に上級の術を出すわけにもいきませんから、この辺りが妥当でしょう。

 

 もっともそれも、天能の名門校の教師たる彼女にとっては全力ではない。

 術としては初下級よりは難度、威力共に高く、しかし上級よりは低い。即ち、中級ランクの術に分類される。

 が、何せ自身よりも大きく無機質で鋭利な塊が旋回しながら迫ってきているのだ。受け手側からすれば、術のランクなど関係無しにその見た目は凶悪の一言に尽きる。

 

「さあ、見せていただきましょう。歴史に語られる覇の性質の術、その一端を」

 

 普段より幾分か心が高揚しているのを感じながら、紫藤は数歩分ばかり横にずれると。己の放った術を――その先にいる、一人の生徒をじっと瞬きせずに見つめる。

 術の選択(螺旋槌)は、こちら(教師)を舐め切ったような態度への懲らしめの意味も込めてだが、正直あまりそちらの効果は期待していない。

 なにせそれで態度が変わるような殊勝な人間(・・・・・)なら、紫藤はここまで頭を悩ませてはいないからだ。

 けれども同時に、一定の信頼を置かざるをえないのも事実。

 即ち――アレ(播凰)は、この程度の術で怯えて何もできず負傷をするようなタマではないと。

 

「ほほぅ、攻城兵器を思い出すな」

 

 実際問題、壁際で震える毅と対照的に顔色一つ変えることもせず。

 不敵な笑みすら湛えており、恐れとはまるで無縁。

 そこまでは、業腹ながら紫藤の読み通り。

 が、しかし。

 

 紫藤の心中に反して、動きはない。

 迫る螺旋を前に、詠唱に入る様子もなく。三狭間播凰は杖を出したままひたすら仁王立ち。

 まるで脅威など感じていないと、悠然と佇む全身が語るのみ。

 

 ――術を……打たない?

 

 高揚が一転、困惑に変わった彼女の眼前で。尖鋭な穂先が目標を穿たんと、播凰に接触したかと思えば。

 ゴシャァァッ!! と轟音を立て、鋼色の巨塊はたちまち彼の姿を覆い隠した。

 

「馬鹿者っ、一体何をしているのですっ!?」

 

 もうもうと立ち昇る煙を前に、血相を変えて鋭い声を飛ばしながら駆け寄ろうとする紫藤。

 だが、踏み出された彼女の足。一歩踏み込んだ右足は、それ以上進むことはなかった。

 動きを止めたのは咄嗟であり、同時にその必要が無くなったともいえる。

 

「……っ!」

 

 瞳が、見ていた。

 白煙の隙間から、睨むでもなく悪意のない瞳が。苦痛に歪みもせず、泰然とこちらを窺うようにただただそこに在った。

 弾かれるように、思考が回る。

 

 ……いや、そもそもあの煙は。

 

 これが屋外であったなら術の勢いが巻き上げた土砂、或いは地面を砕いた結果と片付いただろう。

 だがここは室内だ。それも修練棟の一室。

 何の変哲もない建築物ならいざ知らず、様々な性質ある天能術を磨くために設けられた特別なこの建物、一部屋一部屋には特殊な技術が施されており、生半可に暴れた程度では崩壊どころか傷一つとしてつくことはない。

 

 故に、本来なら煙など上がるはずはないのだ。

 それこそ、そう――紫藤の術が破壊された以外では。

 

 状況を整理する、そんな彼女の耳に。

 それは聞こえてくる。

 

「――覇放(はほう)我執(がしゅう)相呑(そうどん)!」

 

 停滞する白煙を吹き飛ばして姿を現したのは、紫藤にとっては見慣れたようで見慣れない光景だった。

 早い話、視点が違う。何故なら、普段の彼女は術者としてそれを後ろ側から見ていたのだから。

 故に、同じ鋼の性質を持ち、その術を扱える者と対峙する以外では。正面切ってそれと(まみ)えることはなかったのだ。今までは、だが。

 

「……あれは、確かに私の」

 

 つまり、先程放った彼女の術、螺旋槌。鋼のドリルが、そっくりそのまま返って来たのである。

 事前に術の内容を聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすると紫藤をしても驚嘆せざるをえない。

 身の丈を超える大きさ、回転する刃に蜷局(とぐろ)のような螺旋構造。何から何まで、紫藤が放ったそのまま。

 だが、いつまでも感心に止まってはいられない。なにせその威圧的な牙は、今度は彼女に向いているのだから。

 

鋼介(こうかい)鋼防壁(こうぼうへき)っ!」

 

 防御の術――文字通り鋼の壁を、前方に作り出す。

 地面より一ミリの隙間なく立ち塞がるそれは、ドリルの先端を真正面から受け止め。

 

 ――ギャリギャリギャリッ!!

 

 鋼同士、圧倒的な質量の巨塊が衝突し、無機質な音を奏でた。

 片や、阻む障害を穿たんと。片や、それ以上の前進を許さんと。どちらも見掛け倒しということはなく拮抗し、激しい火花が散る。

 

 鋼の性質。

 術としても物質としても、特徴としてまず挙がるのはなんといってもその硬さだ。

 耐久力や硬度に優れたその防御力は、ちょっとやそっとの衝撃ではびくともせず、突破するのは容易ではない。天能術による一撃だろうと天能武装による一撃だろうと難なく弾き返すその様は、味方としては頼りに、敵とすれば厄介に映ることだろう。

 

 しかし反面、明確な形が定まっているがために、柔軟性や靭性といった面では他の性質に劣る場合が多い。

 つまり強度の限界点を超えると、瞬く間に瓦解してしまうのだ。そういった粘り強さやしなやかさに難がある点を考慮すれば、ある意味で脆さを持ち合わせているともいえる。

 

 ピシリ、と。

 攻守のぶつかり合いの最中に微かな、しかし明らかに異質な音がこの場にいる面々の耳朶を打つ。

 不穏な音を発したのは、紫藤の作り出した壁であった。

 よく見れば、中心からややずれて、斜めに一筋の亀裂が走っている。

 

 面に対する護りである壁と比べ、螺旋の槌はその先端に圧を集中させた一点突破。

 力の加わり具合を見れば、有利なのは攻め側であり。

 

「……この術を破りますか、ならば――」

 

 紫藤の冷静な分析が言い終わらぬ内に、ピシッピシッと続け様に乾いた音。

 亀裂は広がり、やがて蜘蛛の巣状に壁全体へと罅が波及していき。

 

 軍配が上がる。

 ガラガラと無残に崩壊する壁を貫き、顔を覗かせたのは鋭利な刃だ。

 

「――いえ、あの術の軌道」

 

 だが、紫藤はじっとそれを眺めるだけで、そのまま口を閉じた。

 詠唱をすることなく微動だにせず、螺旋の槌が猛進する様をすぐ近くにありながら見届けている。

 それはさながら、つい先程同じように播凰が無抵抗に術を受けたように。

 

 だが一つ、決定的に異なるのは。

 

 室内にあって、一陣の風が紫藤の結んだ黒髪を揺らす。

 ズズゥン、と重々しい地鳴りのような響きはその斜め後方から。

 鋼の巨塊は、しかし彼女の身を貫くことなく、部屋の壁に激突しその動きを止めたのである。

 紫藤は振りかえると、すっかり沈黙したドリルに手を伸ばし。

 

「この天能力の感覚は……」

 

 そして、スゥッ、と消えゆくそれに触れる。

 探るように、確かめるように。表面にそっと手を添えて。

 

「――晩石! 君も術を打ってみなさい。三狭間、いいですね?」

「うぇっ、じ、自分もっすかっ!?」

「うむ、構わぬぞ!」

 

 やがて紫藤は、有無を言わせない強い口調で毅を呼び寄せ。

 

「授業でやっているように術を術で撃ち落としてみなさい。できますね?」

「……は、はいっす!」

 

 短く告げて、二人が場所を入れ替える。

 今度は紫藤が壁際にて腕を組み、彼女の眼光を受けて緊張でカチコチのまま毅が天能武装を出した。

 

「――が、岩放・三連弾!」

 

 小振りの岩が三つ、三角に並んで播凰に飛来していく。

 当たったら痛そう程度の感想は抱くだろうが、流石に先程の紫藤の繰り出した術と比べればチンケな物だ。

 当然、播凰はどっしりと両足を地面につけて動かず。

 三つ共まともに着弾はしたものの、播凰の身体に当たった側からボロボロとまるで砂のように岩弾は崩れ落ちていった。

 

「覇放・我執相呑」

 

 即座に返って来るは、同じ三撃。

 毅は向かってくるそれらにじっくりと狙いを定め。

 

「岩放・三連弾!」

 

 放った攻撃は、狙い通りに一発一発を迎え撃つ。

 よし、と特訓の成果を感じて拳を握りしめて喜ぶ毅であったが。

 

「――って、なんでぇっ!?」

 

 全て相殺したと思ったのも束の間。

 こちら()の術が打ち負け、あちら(播凰)の術が未だ健在である光景を目の当たりにして、絶句する。

 そんな驚きから硬直した毅の無防備な身体をすれすれで通り過ぎ、播凰の攻撃はまたしても部屋の壁へと消えた。

 

「三狭間、今のは(わざ)と外しましたか?」

 

 一連の流れを注視していた紫藤が、端的に問う。

 それを受けた播凰もまた、首を傾けながらも率直に答えた。

 

「いや、全て当てようとした」

「ヒドイっす!?」

 

 躊躇なく宣言する播凰に思わず抗議の声を上げる毅。

 しかしそれに応じたのは当人ではなく。

 

「何が酷いものですか。いついかなる時であろうと、天能術を扱う際に油断するなど言語道断です」

 

 じろり、と毅に厳しい視線を向ける紫藤。

 別の意味で再び固まった毅に、しかしそれ以上追及することはせず。

 彼女は播凰に近づくと、その目の前に立った。

 

「しかしそうなると、やはり私の時も敢えて外したわけではなかったようですね。最初から微妙にずれていた、若しくは術同士の干渉により軌道が変わった。いずれにしてもそれを修正できず、結果外れた」

 

 そう、だからあの時紫藤は動かなかったのだ。

 播凰のようにその身で受けるつもりだったのではなく。自身を逸れることを見切ったがために。

 

「ふうむ、狙った方向には打てるのだが。しかしどうも細かいことは苦手でな」

「……ええ、最初ならば大抵は似たようなものです。見当違いな場所に飛ばないだけ上出来と言ってもいいでしょう」

「おお、そうか! ハッハッハ、聞いたか毅よ、どうやら褒められたようだぞ!!」

「調子に乗らないように。優れた術者というのは、狙いの精密さは勿論、発動後も如何なる術であろうと完璧に制御するもの。そこに至るまでの技量を磨くことが重要なのです」

 

 頭を掻く播凰に対し、意外にも紫藤が示したのは一定の理解と僅かながらの賞賛であった。

 もっとも、それを聞いて笑った播凰に、またいつものような調子に戻ったのだが。

 

「君の、覇の術――我執相呑と言いましたか。あれによって返された術には私と、そしてまた別の天能力を感じました。強度を調整(・・・・・)したとはいえ私の壁を貫き、同じにも関わらず晩石の術を打ち破れたのは、そういうことでしょう」

「そこまで分かるのか。流石は先生だ」

「……念のため確認しますが、無抵抗に私達の術を受けたあの行動。あれは伊達や酔狂ではなく、必要な行動だったのですね?」

「うむ、その通りだ! 言ったであろう、相手の術を打ち返すと。そのためには私が術を直接この身に受ける必要がある」

 

 確かに、術を試す前に紫藤はそう聞いていた。まあ、まさかその条件が当たること前提だとは思っていなかったのだが。

 

「…………」

 

 面持ちを険しくした紫藤は、目を瞑って眉間に手をやる。彼女の中に幾分かあった覇の術に対する高揚は、すっかり鳴りを潜めていた。

 そんな彼女の様子に気付いているのか、いないのか。

 

「ともかく、術が使えるようになったのだ。いやあ、今まで見学せざるをえなかったが、これでようやく大手を振って実技授業に――」

「駄目です」

「出られ――今、何と?」

 

 はしゃぎながら天能術の実技授業への参加を表明する播凰であったが、しかし返って来たのはまさかの不許可。

 初授業の回から今までずっと見学という名のお預けをされていたのだ。それが術を使えないという絶対的な理由があったからこそ、播凰とて指を咥えて見過ごさなければならなかったわけで。

 しかし使えるようになった今となっては、妨げはないというのに。

 一転、愕然として聞き返す播凰に、紫藤は眉間を揉んだまま。

 

「単純な術であれば、誤魔化しが効く可能性もあったのですが……こうなった以上、まずは学園長、そして教師陣には公表せざるをえません。しかしまだ、生徒への情報の公開は避けたいのです。ですから、授業での行使は勿論、クラスメート等への口外も継続して禁じます」

「……それは何故か?」

「余計な混乱や騒ぎを起こしたくないというのが大きく一つ。事を慎重に進めるに越したことはありません、この一件は君が考えている以上に大きいと思ってください」

「むぅ……」

「加えて、よりにもよって条件付き(・・・・)の術。それも相手の術を受けることで発動を可能とする術など、危険にも程があります。……加減していたとはいえ、私の術を受けて尚、無傷で立っていられる理由は聞き出すことはしませんが」

 

 ここで漸く紫藤が目を開き、不満げな様子を隠さない播凰を見やる。

 口を尖らせ、物言いたげなのは明白。というより、ここで言葉を止めれば確実に何か言ってくると紫藤は予感していた。

 はぁ、と吐きだした息は、呆れというよりは疲れからだろう。

 とはいえ、彼女とてあれも駄目これも駄目で終わらせるつもりはなく。

 

「しかし完全に術の行使を禁止する権利は私にありませんし、君も納得しないでしょう」

「うむ。そうとあっては、如何に先生であろうと全力で抗議させてもらう」

 

 ぶーたれる、とでも形容すればいいのか。

 両腕を組んで身体の向きを斜めにしながら、その眦は鋭く紫藤を見据えている。

 教師に対して不遜ともとれる態度。殊、そういった生徒相手でも譲ることなくむしろより厳しく接するであろう紫藤が相手。

 先程から内心で幾度と悲鳴を上げ続けている毅は、今すぐにでも逃げ出したい気分になりながらも、戦々恐々として推移を見守るしかできないでいる。

 

「……天能術に対する制御、慣れというのも必要です。ですから今回のように、君の性質を知る人間がいて、かつ外部から見られない形であれば構いません」

 

 播凰に屈したというよりは、元々そのつもりであったのだろう。

 提示された妥協案。かいつまんでいえば、それは。

 

「あくまで授業への参加が禁止ということか?」

「そうですね、そしてそれ以外では……生徒に戦いを申し込まれる等のトラブルとなった場合もですか。その時はまともに取り合わず、何かあれば私の名前を出してやり過ごして構いません」

「戦いを申し込まれる――ああ、矢尾との一件のようなことか」

 

 入学から間もなくして生じた、同じ天戦科の一年ではあるがクラスが異なる矢尾直孝とのいざこざ。

 ひょんなことから戦いを申し込まれ、しかしその時は天能術はおろか天能武装すら所持していなかったために素手で応じたが。

 もし今の状況で似たようなことが起きた場合、確実に播凰は喜々として術を使っていただろう。

 

「もっとも、早々無いこととは思います。書類の上では、君はH組の無名な生徒の一人に過ぎないのですから」

 

 紫藤の補足は、播凰を軽んじているというよりは単純な事実を指し示すもの。

 確かにあれは経緯が経緯なので発生したのであり。そうでもなければ、この世界では名が売れておらず、落第生に埋もれる無名の播凰に戦いを挑んでくるような生徒がいるとも思えない。

 聞いた内容を思案するように顎に手を当てていた播凰は、ややあって仕方なしといったように口を開く。

 

「……まあ、ある程度は理解した。いや、余計な混乱とやらが何を指すのかはよく分かっていないが、小難しいことを考えるのは性に合わぬ故、そこは先生に従おう。私とて、無闇に騒動を起こすのは本意ではない」

 

 ――どの口が言うのか。

 

 奇しくも、この日初めて、紫藤と毅の目つき(じと目)と内心が一致した瞬間であった。

 既にいくつかを巻き起こしており、それに関わった二人だからこその反応。そして、今後も絶対に何かをしでかすだろうと確信があるのもまた、この二人だからこそ。

 

 さて、話は戻るが、兎も角難しいことを考えることは苦手な播凰である。故に、紫藤の言を十全に理解できたわけではない。

 しかし、人を見る目は備えているつもりだった。そして、紫藤が意地悪やくだらない思惑で言っているのではないことは分かっている。

 残念ではあるが、しかし播凰にとっては術を使うことが最優先であって、その場は別に授業でなくともよかった。口外に関しても別段、性質をひけらかす趣味もない。

 だから、一旦は矛を収める。

 

 ただ。

 

「――しかし戦いの申し出を断るというのは、私の流儀に反する。それが如何なる相手であろうとだ」

 

 眉を顰めるべきは、そこだ。

 別に、強者でなくともよい。明らかな弱者であれ、挑戦は挑戦。それから逃げるのは己が許さない。

 

「……流儀、ですか」

「うむ」

 

 改めて、両者の視線が交わる。

 眼鏡越しに冷たく射抜くような紫藤の瞳。恐れを知らない確固たる自負の光が覗く播凰の瞳。

 

 完全な静寂が室内を包み、ヒリつくような空気が場に満ちた。

 微動だにしない両者。遠巻きながら白目を剥く毅。

 どちらかが折れねば破られぬであろう、沈黙。気弱な者であればすぐに終わるかもしれないが、しかし双方ともに対極。

 毛色は異なるが、芯があるという点では播凰も紫藤も似通った性格といえなくもない。だからこそ、長期の膠着が予期されたが。

 

「…………」

「…………」

「――戦う前に、私に連絡をすること。それが最低条件です」

「うむ、いいだろう」

 

 最初に視線を切ったのは、紫藤の方であった。その声色に不本意さが滲み出ていたのは言うまでもない。

 そしてそれを受けて鷹揚と頷く播凰。

 そのままでは、勝者と敗者が明白ではあったが。

 

「それと、私は先程申し込まれることを例として出しましたが。当然、君から戦いを申し込むのは禁止です」

「……いいだろう」

 

 しかし眼鏡を光らせて釘を刺す紫藤に、今度は目線をあさっての方向に泳がせながら渋々首肯する播凰なのであった。

 

 それで溜飲が下がったというわけでもないだろうが。

 紫藤は仕切りなおすかのように、咳払いをして。

 

「――さて、覇の術の確認も終わり、それを踏まえて言うべきことは伝えました」

「うむ」

「そして態度はどうあれ、君にはそれを呑んでもらったと思っているつもりです」

「私の性質を知っている者がいる場であれば術を使ってもよいが、授業には参加せず、他の者に口外しない。そしてこちらから戦いを持ち掛けはせず、戦いの誘いを受けた場合は連絡する、だな。……存外多いぞ」

 

 数えながら列挙した約束事は、片手で収まりながらも五本の指を全て使うほど。

 それを反故にするつもりは播凰にはなかったが、少々げんなりしてしまうのは否めず。

 けれども、続いた紫藤の言葉に顔を上げて。

 

「その代わりと言ってはなんですが、君の要望――と表現するのは少々大袈裟ですね。もしも希望があれば、ある程度の譲歩を考える用意があります。無論、内容次第とはなりますが」

「希望、か……」

「すぐに思いつかないのであれば、後日でも構いません。私の端末に連絡を――」

「いや、一つある」

「……聞きましょう」

 

 ある意味、播凰にとって願ったり叶ったりな申し出であった。

 何故なら術を見せるついでに、彼女に聞こうと思っていたことがあったからである。

 

「部活、というものに入ってみたいのだが」

 

 以前から気にはなっていたものの、しかしリュミリエーラのことがあったり、何より術を使えるようになることが今までは最優先であったが。

 そのどちらもが解決。他に意識を割く余裕ができたわけである。

 

「よりにもよって、部活動ですか……」

 

 しかし、それを聞いた紫藤の反応は芳しくない。

 短い呟きと共に数瞬虚空を見上げた後、彼女はすぅっと息を吸い。

 

「――本音を言えば、大人しくしていてほしいところですが……いい機会です、少し話をしましょう」

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