三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「まず前提として。武戦科であればD組、そして君の属する天戦科のH組。学年関係無く、この二クラスの生徒は他クラスと比べて、部活への加入率が極端に低いです。ほとんどいないと言っても過言ではないでしょう」
さながら授業の時のように、ゆったりと言って聞かせるような声であった。
紫藤は前提という名の現状だけを先に述べると、理由を語る前に試すように播凰を見る。
「さて、三狭間。この二クラスに共通している点が何か分かりますか?」
「ふーむ、DとHだから、あー……
指を使いながら、唸るように少し考えこみ。
それぞれに4本の指を立てながら、ややあって分かったと頷く。
「あれか、実力順であればどちらも一番下だな」
武戦科であれば、AからDの4クラス。天戦科がEからHの4クラス。
造戦科に関してはIとJの2クラスであるが、それは除き。
紫藤が挙げた二つのクラスは、実力順で決定するというクラス制に当てはめて考えればどちらも最下層に位置していた。
「流石に分かりますか。しかし他の生徒であればもっと早く、それこそ考えることなく答えられたでしょう。……とはいえ、すぐに出てこない君だからこそ、部活動への興味を抱いたのでしょうね」
「そうは言うがな、先生。このEやらHやらが分かり難いのだ。どうして、一、二、三、四ともっとこう単純にしなかったのか」
遅いと言外に告げる紫藤に対し、播凰は眉根を寄せて苦言を呈する。
つまり悪いのはクラス構造の方であって、自分ではないと。
問題の棚上げといえなくもないそれに、紫藤はいつもの調子でお小言を返すかと思いきや。
「――珍しく、共感する意見が君から出ましたね」
意外にも紫藤は柔らかく応じてみせた。
心なしか、その表情も薄くではあるが苦笑しているように見える。
だがそれも気のせいだったかと思うほど一瞬であり、彼女はすぐさまいつものようにきりりとした表情に戻った。
「以前は、君の言うように各クラスには数字が割り与えられていました。上からそのまま、一、二、三、四と。しかしながら、それに反発をしたのが他の三校――即ち、西方第二、南方第三、北方第四です。特に、北方第四からの反発は大きかったと聞きます」
「む、何故そのような……ああ、そういうことか」
「ええ、実力順でクラスが決定しているのは何も我が校だけではありません。だからこそ、他校はこう主張してきたのです。この並びではまるで東方第一が最優であり、自身の校が劣っているようではないか、と」
数字という観点で紐づければ、成る程、序列が決定しているように捉えられなくもない。
実際、疑義を提示した播凰ですら連想できた。
二と三はまだましだが、下がいない四は最悪だ。問答無用で、最低だと突き付けられているようなものである。
もっとも、難癖の面があるのは否定できないが。
「その論争の過程で生まれたのが、四方校天奉祭です。各四校の代表生徒が力や技術を競い合う正式な場。優勝校に何らかの特権が与えられるというのはありませんが、学園と活躍した生徒に栄誉をもたらすことは想像に難くないでしょう」
前に彼女から聞いた、四方校天奉祭。それについてもさらりと触れ、紫藤は少しだけ肩を竦めるような仕草をした。
「ともあれ、そういった経緯で各校共通してアルファベットがクラスに割り与えられるようになったわけです。そして、このような話をするのは君に正しい認識を持ってもらうためでもあります」
「認識?」
「ええ、君はH組――実力最下位のクラスであることに無頓着、というより、それで他者からどう見られるかを分かっていながら気にもしていない。違いますか?」
「まあそうだな、そもそも天能術の実力がないのは事実。それに、私にああいう態度をとる者は新鮮ですらあってな」
確信めいて問う紫藤に、クツクツと可笑しそうに播凰は首肯する。
天能術に関しては、間違いなく劣っている。だからこそ、最下位のクラスにいることは甘んじているというより、むしろ当然のこととして播凰は受け入れている。
そして他者からの視線に関しても、明確に感じたのは数度。中でも顕著であったのは、H組とは真逆の、最上位クラスである1年E組に訪れた時だ。
一度目は矢尾直孝、二度目は星像院麗火と、別々の人物を目的として行ったわけだが。その目的の人物以外から浴びせられたのは、今まで播凰が受けたことのない類の視線であった。
「……ああ、ただ些か拍子抜けではある。不快を隠そうともせず、しかしただ見てくるだけなのであれば、何もしない、できないと公言しているに等しい。天能術にどれだけ優れていようと、私に挑む気概を見せた矢尾の方が断然マシだ」
ただ彼ら――E組の生徒達は、感情を視線に載せるだけだった。
いや、突っかかって来た生徒もいたにはいたが、結局口を挟むだけに留まった。
むしろその点、播凰は矢尾を評価している。その真意が何であろうと、少なくとも口だけでなく行動に移してみせたのだから。
「周りの目を気にしないことを、ひいては自分に強く自信を持つことを一概に悪いこととは言いません。卑屈になりすぎるのも、それはそれで問題でしょうから」
ビクリ、と視界の隅で毅が身体を揺らした。
それをチラと一瞥だけしたのは、彼を意識しての発言だったのか、或いは偶々動きが目を引いたのか。それは彼女以外知る由もないが。
「ただし一つ、忠告はしておきます」
紫藤は高圧的に。されどそれだけではない感情を孕み、今度こそ播凰だけを視界に入れ。
「その在り方は敵を増やすだけです。確かに、理解者は得るかもしれない。ですが間違いなく、完全な対立とまではいかずともよく思わない者が多く出てくる。……ええ、きっとそれでも、君は構わずいられるのかもしれません」
そこまで言った彼女の口元には、ぐっと力が籠っているのが見て取れた。
口調は乱れずとも、しかし。顔から、雰囲気から、その様は普段の鋼然とした動じない態度をまず間違いなくかなぐり捨ててすらおり。
そして、と続いた声は一転して囁かれるように播凰の耳朶を打つ。
「けれども、己が敵対者を作ることを厭わず歩んだ結果――殺されるかもしれない。尊厳など守られることなく、実に呆気なく」
この世界における殺人はタブー、というより明確に禁じられそれを犯した場合は重罪となる。播凰の元いた世界でもそれは同様であり――ただし戦場においては無論その限りではないが――よほど切羽詰まった状況でもなく真っ当に生きていられれば、一般的に殺し殺されるという可能性はそれほど高くない。
故に、紫藤のそれは脅しの面もあり、しかしそれだけではないのだろう。
その証拠に、上辺だけではなく。いやに実感の伴った声色であった。澄んだ瞳であった。
「――望むところよ。もしもそれで落命に至ったならば、私はそれまでだったということだ」
そしてそんな彼女に対して、三狭間播凰は歯を見せて笑うのだ。
馬鹿にするわけでなく、杞憂だとするわけでもなく。その真摯さを受け止めた上で、尚。
獰猛に、それでいて
「……君が死ぬことによって、周囲がどう思おうとですか?」
「生憎だが、我が命脈は他の誰の為に保つものでもなく、他の誰の為に絶つのでもない。私は私の為に生き、私の為に死ぬ。そうあるが故、
淀みなく言い放つ播凰に対し。
紫藤が彼を見る目は、しかしどうしてか得体の知れないようなものに対する拒絶ではなかった。愚か者、頑固者に対する苛立ちでもなかった。
諦観。なれど不思議とその中に、まるで懐かしいものでも見るかのような光。
「……君が――
籠められた熱の割には、その引き際はあっさりとしていた。
紫藤は力なく首を左右に振り、それ以上言い募ることはしなかった。
ある意味、破滅的ではある。何が何でも生にしがみつかんと足掻くのではなく、死期を迎えればそれをすんなり受け入れる。
その生き様は一見、自己を確立しているように思えてその実、していないようにも思えないだろうか。
嗚呼、それを潔いと評する者はいるのだろう。いずれは等しく訪れることが確定している死に醜く抗うことを唾棄する者もいるかもしれない。
言い換えれば、生への執着。
けれども、時の権力者が――否、そこらの一市民とて、それを望むのを他の誰が止められようか。
己という存在が亡くなり征くのを恐るる私欲がため、不老不死の術を探る者があった。
己という存在が消えてはならないという責任感がため、不老不死の秘薬を求める者があった。
至った理由は様々だろう。だが、目的は皆同じくして、自身を世界に刻み留まらせることにあったはずだ。
それらは極端な例とはいえ、しかしそうでなくともせめて天寿を全うするまでは生き永らえたいと考える人間も多々いるわけで。
比べ、ある種流れに身を任せるだけの生き方は、裏を返せば何も考えていない行き当たりばったりと捉えられなくもないか。中身がないとは言えまいか。
――或いは、どこぞの大魔王はそれすらも見通しての、あの夜の言葉だったのかもしれない。
「もっとも、君の場合はまた特殊です」
とはいえ、この手の問答は学園の試験よろしく、正否のあるものではなく。
だからこそ、紫藤は説きながら深入りはしなかったのだろう。或いは、同時に三狭間播凰という存在が例外であると認めざるをえなかったからか。
「覇、という伝説的な性質の保持者。その事実を伏せさせている私が言えた義理ではありませんが、如何に天能術の実力が劣ろうと、その一点において周囲からの見方が変わることは否定しません。――ですが、君以外のその他の生徒にとってはそうではない」
彼女は目線を播凰からずらし、ぐるりと首を回した。
「晩石。君は何らかの部活に入りたいという意思がありますか? 少しでも考えているかでも構いません」
「……えっ、あっ……な、ないっす」
「それは何故?」
「ええっと、他に気をやっている余裕がないと言いますか、天能術や学力が優先と言いますか。……あ、あと、クラスメートが喋ってるのを聞いたんすけど。H組では入れない部活があったり、入れても馬鹿にされる機会が増えるだけとかなんとか」
唐突に話を振られた毅は、しどろもどろになりながらも答える。
それを受けて紫藤は短く頷くと、再び播凰に向き直った。
「一般的な反応は聞いた通りです。そして君はあまり気にしていないようですが、そもそも何故実力順にクラスが振られるのか。その理由を考えたことは?」
「ふーむ、別段考えたことはないが……単純に、同じような力量の者同士の方が効率がよいからではないのか」
「その通り。我が学園では学力よりも天能術にその比重が傾いていますが、自分と同程度の実力を持つ者がいるという環境は、競争心を煽りよい刺激となる。あまりにも実力がかけ離れているとこうはいきませんし、どちらにとってもよい結果になりません」
その理屈は至極真っ当だ。加えて言えば、それは何も天能術に限ったことではないのだから。
ですが、と紫藤は声のトーンを僅かに落とし。
「自分と同程度、或いはそれ以上の力量の者だけがいる環境。それは身体的な疲労だけでなく、心理的な疲労も齎します。個人差はありますが、向上心の強い熱心な者だけが集うとは限らないのですから」
「…………」
「端的に言いましょう。下位クラスの存在意義、それは上位クラスのモチベーション維持も兼ねています」
世の中、色んな人間がいる。
自分より下の存在を見て安心する者。奮起する者。哀れむ者。意識している者は勿論、そのつもりがなくとも無意識に心のどこかで。
全員が全員そうとも言い切れないが、間違いなく。
「……諸手を上げての全肯定とはいきませんが、しかし一定の合理性はあると認めています。先の話の後では建前のように聞こえてしまうかもしれませんが、下から上への羨望という面を考慮すれば、ある種の依存関係と言えなくもない。もしかすると、その過程で才能の開花が起きるかもしれないのですから」
下は上に追いつかんとし、上は下に追いつかれんとする。互いが互いを意識することで高め合う。
紫藤の言うように、埋もれた原石が。入学当初は芽が出ずとも、反骨心や発奮から大きく伸びる者がいるかもしれない。
とはいえ聞こえはいいが、あくまで理想論。第一の理由は、やはり最初に挙がったものなのだろう。
優先すべきは、下ではなく上。何も不自然なことはない。
「君も知っての通り、合格通知が届いた時点で、同時に所属するクラスも知ることになります。そこで自らのクラスを知った時、その受け手の動きは二つに分かれます」
「二つ? 合格となったのにか?」
「ええ、最下位のクラスの所属となった者は特に」
疑問を差し挟んだ播凰に、紫藤は大きく頷く。
「最下位のクラスならばと入学を辞退するか、それでもよいからと入学を希望するか。己がどういう扱いにあるかを理解した上で決断するのです。一応、我が学園に入学していたとなれば相応の箔が付くのは事実ですしね。……この際、告げておきますが。そんなH組だからこそ、君達は入学できたともいえるわけです」
「成る程な」
ふんふんと、軽く頭を縦に振り、納得を示す播凰。
衝撃はない。そこまで考えを巡らせていなかったのはあるが、聞けば頷ける内容ではあった。
「話を戻します。最下位のクラス――H組であることが、部活動にあたりいかなる支障をきたすか。……もっとも、答えは晩石が口にしましたが」
――H組では入れない部活があったり、入れても馬鹿にされる。
H組のクラスメートが喋っていたという内容。言われてみれば、似たような会話を播凰も聞いたことがあるような気がしないでもないが。
「部活は学園支給の端末から探したり詳細を知ることができますが、入部条件がある場合はよく見ることです。また条件無しの場合でも、人によって――所属クラスによって実質お断りというのがあると聞きます」
「ふぅむ、思っていたより面倒そうだな」
興味を抱いた発端は、辺莉が楽しそうに話していたから、という非常に曖昧なものだ。
故に播凰の部活に対するイメージは漠然としていたものだったが、その前提とでも形容すればいいのだろうか。それらが明らかになり、少々萎えていく気持ちが無いでもない。
そんな内心を見越してか、紫藤は気乗りしない雰囲気を漂わせ。
「……もっとも、全てがそのような部ばかりではありません。君が興味を持つとはあまり思えませんが、私が顧問を受け持つ部では、どの生徒にも門戸を開いています」
「ほぅ、紫藤先生の部とはどのようなものなのだ?」
「――茶華道部です」
カポーン、と話を聞いていた毅の脳内に、ししおどしの小気味よい音が木霊した。
彼が連想するは、和室に着物を着た少女や妙齢の婦人が集い、上品にお茶を飲んでいる光景。それこそ絵に描いたようなお嬢様、貴婦人の嗜み然としたような。
しかし播凰は分からなかったようで、首を捻っている。
もっとも、毅のそれもそれで尖りすぎではあるが。
「私が興味を持つとは思えないとは? それはどういった活動をするのだ?」
「……我が部は、第一に礼節を重んじ。立ち振る舞い、作法を――」
「アーアー、よい、よい! そういうのは
自分から聞きながらも、紫藤が説明を始めるや否や、すぐさま声を張り上げてそれを強引に掻き消すという暴挙。
半ば予期していたとはいえ、想像以上にあからさまな播凰の反応に、紫藤は額に青筋を立てる。
雷が落ちることを恐れた毅は、身を縮こませるが。しかし彼女は大きく深呼吸をすると。
「……それでは、この話は終わりです。最後に、君達の状況確認といきましょう」
部活に関しての会話を切るという形で、その怒りを表現してみせた。
そしてすぐさま話題を転換し、何も言わせまいと一息吐かぬまま舌鋒を繰り出す。
「まずは三狭間、君の課題は制御です。晩石に相手をしてもらい、感覚を掴みなさい」
「うむ、分かった」
浮かび上がったように、播凰の課題は術のコントロール。
播凰も播凰で部活の件は藪蛇と察し、素直に応じる。
「そして晩石。新しい術は?」
「……まだっす」
「そうですか」
同じ課題を抱えながら一歩進んだ播凰に対し、毅の状況は芳しくないようで。
暗い顔での否定に、返った反応もまた素っ気なく。
更に顔を暗くする毅に、紫藤はやれやれといったように軽く息を吐いた。
「新しい術を会得するというのは、そう容易ではありません。言い換えれば力を得ることと同義であり、自身の変化、成長です。学力、身体能力、天能力あたりが分かりやすい例でしょうか」
「…………」
「ただ、成長とは何も数値に現れることだけではありません。何らかの気付き、強い思い。それもまた人間としての変化、成長です」
それを聞いていた播凰が、ポンと手で音を鳴らす。
「思いか! そういえば、私の時もそうだったな!」
「……参考までに、何を思って術が発現したのです?」
「うむ、ズルいとな。こちらにも使わせろと、そう思ったのだ」
自信満々に胸を張る播凰に対し、しかし両者の反応は。
「…………」
「……あはは、播凰さんらしいっすね」
渋面と苦笑。
どちらがどちらかは言うまでもないだろう。
と、紫藤は仕切りなおすようにコホンと咳払いをすると。
「天能にはまだまだ未解明の部分が多く、例えば性質がどのように決定されるのか、何故使用できる術は個々で異なるのか。そういった部分も含めて新しい術のトリガーというのは未知の領域です。実際、君達のように苦戦する人もいれば、特に何もせずとも術を覚えていく人もいるのが現実ですから」
こうすればよい、という明確な指針が無い。
つまりは学力や身体能力、戦闘能力に天能術の扱い、とは異なり。多少の効果すら無いとは言い切れないまでも、他人の――教師による指導で劇的に改善するものではないということ。
だからか、紫藤は複雑そうな面持ちを浮かべ。
「……教師が言うのは不適切だとは思いますが、それを才能という単語で言い表せざるをえないのでしょうね」