三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「それでは、本月の職員会議は以上となります」
東方天能第一学園にて月に一度開催されている、職員会議。
中等部及び高等部の校長と副校長に各教員、そしてそれら学園を一つにまとめる学園長。
事務職員や用務員等といった職員を除いて普段の学園運営に関わる参加者で構成され、学年の情報だったり特定の生徒の情報だったりを共有する場である。
さて、そんな会議も終わりを迎え。
司会進行の女性教員の終了の言葉を皮切りに、各々が席を立とうとしたその時。
「――申し訳ない、もう少々時間をいただけますかな?」
柔らかくも威厳のある男性の声が、それらの動きを押しとどめた。
視線の集中する先、席に腰を下ろしたままでいるのは、豊かな口髭を蓄えた初老の男性。
「学園長、いかがされましたか?」
「うむ。最後に一つ、ある生徒についての共有事項があっての。それも我が学園内で留まらない程に影響のある、非常に重大な事項が」
司会進行からの問いかけに、重々しく頷いた初老の男性――東方天能第一学園の学園長たる男の言葉に、弛緩しかけていた空気がピンと張りつめる。
それ以上の言葉を要さず、ある者は机上の荷物を片付ける手を止め、またある者は浮かしかけていた腰を静かにそのまま落とし。
全員が着席して再び会議中のように。否、それ以上の緊迫感を以て、全員の視線が学園長へと注がれる。
「それでは、紫藤先生」
その状態で学園長が紫藤へと目配せをすれば、それを受けた彼女が前へと進み出た。
部屋中の目線が向けられるのを一身に感じながら、紫藤は司会役の教員と場所を入れ替えるように立つ。
「高等部、天戦科担当の紫藤です。学園長のお言葉の通り、とある男子生徒の情報について共有をさせていただくため、本日はこの場をお借りしました」
「どうにも、一言二言ですぐに終わるような話でもなさそうでの。それ故、こうして一番最後に回した次第じゃ」
好奇に緊張。
数多の視線の中、動じることなく声を響かせれば、追従するように学園長のフォローが入り。
一息に紫藤は告げる。
「その生徒とは、今年入学となった高等部の天戦科一年生であり、H組に所属している生徒です」
H組? と、誰かが呟くのが耳に届いた。
声にはしないながらも不思議そうに、もしくは怪訝そうに首を傾げる影もちらほらと。
全員が全員、目に見えて反応したわけではないとはいえ、それも仕方ないことだろうと紫藤は思う。
何故なら、この会議でその組の生徒の名が上がることはあまりない。大抵はトップクラス、あっても次点のクラスまで。
一応全く無いでもないが、大抵それは悪い意味で上がり、さらっと流されて終わる。
にも関わらず議題に、それも学園長の口から突いて出たのだ。彼をして、学外にまで波及する重大な事項とまで言わしめる形で。
「経緯から説明します。まず入学時において、その生徒の性質は不明でした。この不明とはその者の自己申告だけでなく、計測機器を用いた上で不明と判断されたいう意味となります」
紫藤の言葉に、場がざわつく。
思わず近くと顔を見合わせる者、目を丸くする者、じっと熟考する者。反応は様々だ。
「……不明と表示されたことなど今まで見た事がないが」
「そんなことがあるのでしょうか?」
「いや、確かあの機器の仕組みは、登録された天能の性質パターンから一致するものを判定するというものだったはず。一致するパターンが無ければ判断できないのは有り得るかと」
微かに届く懐疑的な声は、彼女を疑っているというよりは、その事象に対してか。
それほど普通の事ではないのだ。まだ機械の不調を疑う方が可能性が高いというもの。
困惑が伝播していく中、ただ一人。それとは違う表情をする顔があった。
複雑そうな、苦笑のような。どちらともつかない様子で両腕を組んでいる大柄の男性教師。
紫藤と共に播凰のいた受験者グループの試験官を担当した教師、縣である。
入学試験時、その場に居合わせた彼は当時のことを覚えており。告げられる
故に教員の中で唯一、今回のことを事前に知らされていた人物でもあった。
「その生徒の天能力は低く、また本人も把握していないため当然術も使えない。本来であれば合格となることはあり得ませんが――しかし性質が不明という一点において、H組へですが特例として入学を許可する運びとなりました」
これが例えば
だから注目度というのは無いに等しく、顔ぶれもさほど気にされはしない。生徒からも、そして彼ら程に顕著ではないが、教師からも。最下位クラスとはそのような認識なのである。
「そしてこの度、探知の性質の保持者の協力を得て彼の性質が明らかとなりました。……その先は、直接見ていただいた方がよろしいでしょう。データを更新していますので、生徒情報をご確認ください」
そこまで言うと、紫藤は一呼吸を入れて。
そうして居並ぶ面々を見回し、決心したように。はっきりと彼女はその名を告げる。
「――
生徒同様に教師にも貸与されている学園支給の端末は、各種データへのアクセスが可能となっている。
その中の一つに、生徒の情報がある。プライベートな事柄までは閲覧できないが、教師として学生への指導に必要な部分。つまりは成績だったり、それから天能に関わる情報だったりが確認できるのだ。
各情報には権限が設定されており、一般の生徒は自身の情報しか詳しく参照ができず、また自分以外の生徒に関しては名前と所属クラス程度しか見られないが。教師の場合はその限りではない。
故に教師は、担当する学年が異なろうと、担当する科が異なろうと、在学中の生徒のことを知ろうと思えば知ることができる。
刹那の沈黙は、各々が端末と向き合い操作をしているがため。
紫藤もまた自身の端末を操作し、情報を呼び出す。
生徒名を選択すれば、画面左上に表示される播凰の顔写真。何処か得意気というかドヤ顔というか、見る人間によっては苛立ちを感じそうな小生意気なそれは、この際置いておく。
問題は、その下。画面に表示された、性質を表す漢字は勿論。
「……っ!」
「えっ!?」
「まさか……」
――堂々たる、覇の一字。
絶句、驚嘆、茫然。
誰も彼もが二の句を継げないでいるのは、単に見慣れぬ厳めしい文字を見たからではない。
これが一般人であるならば、ああそんな性質もあるんだ、程度の感覚で済ませる人もいるだろう。
しかしこの場にいる者は皆、教師として天能術に関わる面々。知識の大小はあれど、ただの漢字としてではない、それが意味するところを理解している。ただ事ではないと肌で感じている。
「こ、これが本当ならば大発見ではないですかっ!」
沈黙を切り裂いたのは、顔を見ずとも分かる程に興奮した大の大人の声。
事実、ずり落ちかけた眼鏡を手で戻しながら、中年の男性教員が勢いよく立ち上がっており。
「過去、度々その実在が疑問視され各地で議論されてきた伝説級の性質の一つである、覇の性質! これは直ちに世間に――世界に公表すべきですっ!!」
その穏やかそうな外見とは裏腹に、机から身を乗り出さんばかりの勢いで学園長に、そして紫藤に捲し立てる。
彼の言葉に同意するように頷く姿もいくつか見受けられる中、しかし学園長は首を横に振った。
「いずれ、そうすべきとは思っておる。――じゃが、今は時期尚早だと儂は考えておってな。紫藤先生も、そう思うじゃろう?」
「はい。その生徒が行使可能な術はまだ一つ、それも先日発現したばかりです。まだ彼には色々と時間が必要かと」
学園長からの問いかけに、迷いなく紫藤は首肯する。
事前に相談や話を通していたとはいえ、これに関しては強制されたわけではなく教師としての紫藤の意見だ。
術はたったの一つ、その上先日使えるようになったばかり。それを聞けば、誰でもある程度の像は想起できるというもの。
「な、成る程。しかし……」
「そちらの言い分も尤もではある。しかし、この一件の扱いは儂に一任してもらいたい。他の先生方も同様じゃ」
穏やかな態度でありながらも、強く言い切った学園長を前にしては、踏み込めないようで。
完全に納得したとは言い難いながらも彼は着席し、その他からも反駁は上がらなかった。
「この場で共有させていただいたのは、教師陣に関しては伏せるよりもまだ公表した方が状況を制御できると考えたからじゃ。物事を秘密裏にしておくにも限度があり、生徒と教師という関係上、何をきっかけに露見してもおかしくはないからのぅ」
幾分か落ち着きつつある空間に、学園長の声が響く。
そう、この問題を学園長と紫藤間のみで留めることなく各教員に明かしたのは、それが理由だ。
H組とはいえ、生徒は生徒。もしも情報を伏せたままにした場合、事を知った誰かが騒ぎ立てれば秘匿し続けるのは難しい。
であれば、教師陣に関しては事前に知らせた上で方針を伝えておくのがまだいいというもの。
「ただし、今のところ生徒に対しての公表は考えておらぬ。そして学外に関しても、儂の判断で伝えたのはごく一部にだけ。……そしてこの生徒のサポートについては、紫藤先生にお願いしておる。故に、紫藤先生以外は不必要に彼の生徒に接触することは禁ずる。当然、この件を不用意に口外することもじゃ」
そして学園長直々に釘を刺されたとあっては、普通は軽挙を避けようと考える。
もしもこの一件、仮に紫藤が知らされた側であった場合。覇の性質に興味が無いというのは流石になかっただろうが、それでも学園長の言葉を重く受け止め、素直に従ったに違いない。
――が、しかし。
教師であっても、一人の人間だ。性格はそれぞれで、一つの物事に対してどう見るかもまた異なる。
特に、そういうことに首を突っ込みたがる人物に心当たりのあった紫藤は、さりげなく息を吐いた。
公表したらしたで新たな懸念が生ずるのもまた厄介な話である。
と、そんな彼女の様子を目敏く見咎めたのか。
突如響いた声は正に今、紫藤が脳裏に浮かべていた人物であった。
「――荷が重いってんなら、アタシが面倒見るのを代わってやってもいいぜ?」
勝気な声、それを発した女性教師へと視線が集まる。
注目の先、明るい茶髪を雑に後ろで纏め、少々服を着崩した彼女は。まるで新しい玩具を見つけた子供のようにギラギラと瞳を輝かせながら唇を吊り上げて笑っていた。
「性質も驚きだが、コイツの天能武装の作者。なんとあの捧手一族、それも偏屈で有名な捧手厳蔵ときた。どういう繋がりか知らねぇけど、あの爺さんを口説き落とすたぁ、それだけでどんな奴か興味が出てくるってもんだ」
女性教師の言葉に、再びどよめきが走る。
その教師らしからぬ粗暴な物言いにではない。
性質のインパクトが強力すぎるが故に薄れていたが、播凰の天能武装の作者は天能武装の造り手として名高い捧手一族の人間。それだけでも相応に驚くに値する情報であり。
事実、播凰のデータ更新に付き添った紫藤も、それを目にした時は数秒言葉を失ったものである。
データとして登録されるのは、性質や行使可能な術、天能力に天能武装の情報等。
性質は判別不可能なために学園長の権限で手動で登録したのだが、天能力と天能武装については問題なく計測機器で更新でき。
オーダーメイドで天能武装を作製するというのは前に直接播凰から聞いていた紫藤であったが、作者についてはその時初めて知ったわけだ。
「――矢坂先生。高等部とはいえ、貴女は武戦科の教師。一年生の天戦科生徒と関わるのはまだ先です」
早速やってきた厄介事の予感に、紫藤は冷たく突き放すように告げる。
高等部武戦科教師、矢坂。
紫藤同様に教師としては比較的若めな彼女は、しかし紫藤の冷淡な反応を物ともせず。
「おぅ、確かに他科と授業で関わりが出てくるのは二年生以降だが、全く関わらないこともねぇだろ」
「それでも天戦科の生徒。ならば天戦科の教員が受け持つべきでしょう。……それに性質を抜きにしても、彼は色々と手のかかる生徒でもあります」
紫藤にとって播凰の存在が頭痛の種であることは間違いないが、ここまで来て放り投げるつもりもなかった。
学園長の言葉もあるが、それは紛れもなく紫藤自身の意思であり。
その決意も瞳に込めて見据えれば、矢坂はニィッと唇を歪めて。
「なんだ、不良かなんかか?」
「……ある意味、そちらの方がまだよかったかもしれません。生徒だから、H組だからと、安易に手綱を握れると思わないことです」
「――ほぉー、あの
ケラケラと、まるで紫藤を茶化すように笑う。しかしその表情に浮かぶのは紛れもない感嘆。
鋼の女帝。それは学生時代の紫藤の異名のようなものである。
誰が言い始めたか、いつの間にかひっそりと着実に広まり、紫藤が認識した時にはほぼ学園全体に周っていた。当時、流石に表立って彼女をそう呼ぶ者はそこまで多くはなかったが。
「……兎も角、その生徒に関しては私に任されています。学園長のお言葉の通り、迂闊な真似はしないでください」
「へいへい、わーったよ」
その揶揄を無視して、紫藤が強く念押しをすれば。
矢坂は手をヒラヒラと振り、口を挟むことはなかった。
「以上で、話を終わらせていただきます。改めて言うべきことでもありませんが、共有させていただいた事項は、本会議で展開された事項と同様に秘密事項として扱い――」
ぐるりと最後に参加者の顔を見回しながら、締めの言葉に入る紫藤。
それを聞いているのか、いないのか。
端末に表示される播凰の顔写真を、爛々とした瞳で目に焼き付けるようにじっと見つめる矢坂は、チロと舌舐めずりをした。
「三狭間播凰、ね……」