三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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9話 線引き

「なっ、エ、エルフがここにっ!?」

「当人に確認したわけではないが、あの特徴的な耳は間違いなくそうじゃな。それも、恐らくあれはその中でも上位の存在と見た」

「……ハイエルフということですか」

「可能性は大いにある。もっとも、言葉を交わす間もなく逃げられ、以来目にしておらぬが」

 

 アマゾネスの女の言葉を聞いたジュクーシャの顔は、驚愕に彩られていた。

 それも尋常な驚き方ではない。余程、信じられない情報だということが推察できる。

 

 ……またぞろ知らぬ単語が増えたぞ。

 

 だが悲しいかな、その意味を知らぬ者にとってはちんぷんかんぷんでしかない。

 オーク、そしてアマゾネスに続いて、今度はエルフ。そしてハイエルフ。

 話の流れからして、また違う種族を指すものなのだろうが。

 

「……アノエルフヲモンスター呼バワリナドスレバ、確カニ襲ッテキカネンナ」

 

 播凰の傍らに立って彼女達の会話を聞いていた鬼三が、ポツリと呟く。

 

「む、そうなのか?」

「アレラハ――エルフハ高尚ヲ謳ウ種族ダ。侮辱サレタト激昂スルダロウ」

「成る程……それで、あのアマゾネスというのはモンスターではなく人間と」

「人デアリ、アマゾネストイウ種族デアルトモ言エル」

「ふむ、難しいな。して、結局お主――というよりオークというのはモンスターでよいのか?」

「アア」

 

 鬼三――オークの彼に言わせれば、そういうことらしい。

 

 そもそもそのモンスターやら種族やらという線引きが、播凰はいまいち分かったようで分かっていない。

 なにせ彼の世界では、会話の成り立つ生命というのは人だけ。馬や犬、鳥といった他の生物はいたが、勿論それらが喋ることはなかったわけで。

 よって種族というのは、国や地方などの、出身地の違いみたいなものかと漠然と捉えている。

 モンスターに関しても、ジュクーシャ曰く人々に害を与える存在だというが。

 

 ……虎などの猛獣、或いは蝗みたいなものか?

 

 前者は直接的に人を襲うことがあるし、後者は群れを成して根こそぎ食料を食い尽くすことで間接的に人を襲う。

 喋る喋らないはさておき、一先ずそう落とし込め。

 話題に上がった、一見しただけでそれと分かる特徴的な耳とはどんなものだろうか、と播凰が頭を捻っていると。

 

「――そこまでですー。住人同士交流を深めることはよいことですがー、他の階の住人の方の詮索はいけませんねー」

 

 のほほんと介入したのは、最強荘の管理人であった。

 のんびりとした口調ではあるが、しっかりとした制止の視線がアマゾネスの女とジュクーシャに向かう。

 

「……まぁ、確かに無粋じゃな。すまぬな、管理人の君」

「そうですね。申し訳ありません、管理人さん」

 

 その注意を受け、もっともだと同意し口々に彼女達が謝れば。管理人は満足したようにそれ以上言わず。

 しかし次にくるりと管理人が向いたのは播凰の方で。

 

「三狭間さんもー、最強荘(この中)であれば構いませんがー、外でのそういう言動は一応気を付けてくださいねー」

「うん? そういう言動とは?」

「ご自身の過去、つまり元の世界に纏わる事柄ですねー」

「元の世界……ああ、そういえば言ったか」

 

 オークがするとされる行動に対し、人を、かつての自身の国を引き合いに出した時。

 確かに、王位を継いでどうこうと言った記憶がある。

 

「うむ、気を付けよう……この際だ。管理人殿、一つ聞いておきたいのだが」

「なんでしょうー?」

「この世界に来た折に、掟を破れば元の世界に帰らされると聞いた。その条件が確か、己の過去や技などを公にしてはならないというものだったと思うが、どこまでであれば問題ないのだ?」

 

 ついでとばかりに訊ねたのは、強制的に元の世界に帰らされるという条件。

 播凰からすれば、色々と面白くなってきたところ。うっかり破ってしまっては困る。

 というより、正にそのうっかりを注意されたわけで。更にいうなら今に限らず何度か口を滑らせた気がしなくもない。

 その思いから質問をすれば。

 

「まあ極端な話はですねー、この世界の方々に露呈しなければ問題ありませんよー。勿論、最強荘(ここ)の住人の方々は除くのとー、後は一部の方々や例外の場合も除きますがー」

「ふむ、露呈というのは異なる世界から来たということをか?」

「それもありますがー、この世界にはない技能を使える場合はそちらもですねー。それさえ守っていただければ外でも魔法なり技なりスキルなりー。その気があれば(・・・・・・・)色々好きに使っていただいて構いませんー」

「――そうだったのですか!?」

 

 結論、バレなければどこで何をしてもいい。

 そう語った管理人に、素っ頓狂な声で反応したのは播凰ではなくジュクーシャだった。

 

「はいー、もっとも節度はわきまえていただく必要はございましてー。場合によっては警告をさせていただきますがー」

「なんと、そうだったのですね……過去はともかく、技能についてはてっきりここ以外(・・・・)で使ってはならないものかと」

「敢えて言うのであれば勧誘時の軽い脅しみたいなものですねー。自重せず好き勝手できると勘違いした方々に来られても困りますからー」

 

 脅し、と明かされた事実に神妙な面持ちで復唱するジュクーシャ。

 すっかり置いてきぼりとなった播凰であるが、彼は彼でこの世界にない技能とは何かを考えていた。

 播凰にとって技とは体術や武器の扱いにはじまる戦闘系の技能ぐらいのもの。足運びや体捌き、攻撃一つとってもそれは立派な技術であり、それを封じられては戦いなどできはしない。

 とはいえ、それらがこの世界に有る無しのどちらかと問われれば、普通にあるだろう。だから多少派手に動いたところで問題はないはずだと思っている。

 

 ただ――自身の本気。

 三狭間播凰の名を受け取るより前の、全身全霊の本気。技能という枠組みにおいて、それがどう判断されるか、だが。

 

 ――アレ(・・)はあの世界に置いてきてしまったからな。

 

 さしあたって、播凰はそう考える。

 己が真に本気と言えるに必要なモノ。それはこちらの世界には存在しない。いや、同種のモノは造れなくはないかもしれないが、それでもやはり別物。手に馴染んだソレでなければ、本気とは言えまい。

 

 とはいえ、一般的な武器はあらかた扱えれば、無手でも大抵の相手に遅れをとらない自信はある。むしろ苦戦する相手が出て来てくれれば逆に喜ばしくすら思えるほどだ。

 できるとしても、状況に合せた全力が精々。それがルールに抵触しないことを願うばかりか。

 

「クハハッ、頭が固いのぅ、女勇者の君。この世界には天能術とやらもある故、余程変なことでもしなければ左程気にされん。それに単純な話、知覚させないという技能もあるじゃろうて」

「……隠密、或いは認識阻害の類ということですか」

「然り。もっといえば、肉体とてその一つよ」

 

 ジュクーシャを揶揄うように笑うアマゾネスの女は、彼女の身体をじっくりと舐めるように流し目で見やる。

 女同士の同性。にも関わらず、その視線に嫌なものを感じたジュクーシャは、自身の身体を隠すように腕を動かすが。

 

「その鍛えようを見るに、腕力に脚力とどれを一つとっても常人の比ではないはずじゃ。それともこの世界に来てからは一々、非力な町娘程度に落として生活しているのかえ?」

「…………」

 

 意外にも真っ当な指摘。

 心当たりがある、とジュクーシャの沈黙したその顔が雄弁に物語っていた。

 が、それで終わりではなく。アマゾネスの女はチロリ、と舌を妖艶に出して。

 

「ふふっ、にしても初めて会うた時から思っておったが、よい肉付きじゃのぅ? 実は妾、男は元より同性でもいける口でな」

 

 瞬間、ゾワリと。全身の毛が逆立つよう錯覚がジュクーシャを襲う。

 

「……生憎、こちらはそうではありませんので」

「それは重畳。そのような女子(おなご)に悦びを教え、堕とすのもまた甘美でのぅ」

「……っ! そ、それ以上近づかないでくださいっ!!」

 

 播凰が思考から抜け出した時には、何やら場が妙な雰囲気となっていた。

 ジリジリとにじり寄るアマゾネスの女に、青い顔で後退るジュクーシャの図。

 そんな光景に、播凰は不思議そうにオークの男――鬼三朝至に問いかける。

 

「一体、あの二人は何をしておるのだ?」

「……子供ニハマダ早イ」

「ふむ、成る程?」

 

 しかし、ぶっきらぼうに、言いあぐねるように返った答え。

 よく分からないまま頷いた播凰は、取り敢えず黙って静観することにして。

 

「むふふっ、よいではないか、よいではないか」

「すみません、ご助力願いますっ!!」

 

 危険な色香を漂わせ、手をワキワキとさせて迫るアマゾネスの女。

 それを前にしたジュクーシャが、播凰達の方を向いて引き攣った救援要請を響かせる。

 すると、やれやれと首を振った鬼三は。播凰と管理人を自身の側に引き寄せ、それぞれの顔の前に漆黒の外套に覆われた大きな腕を回した。

 

「む?」

「はいー?」

 

 見てはいけない、とするかのように隠される視線。

 まるで、いかがわしいものを見せまいとする父(オーク)。何故そうされるのかを分からず無垢に首を傾げる息子(覇王)と娘(管理人)の構図の完成である。

 

「ちょっ、そうではなくっ――」

「そぉーれ、捕まえたぁ!!」

「えっ? ――キャアァアアーーッ!?」

 

 そんなことをされては、と堪らず抗議の声を上げかけたジュクーシャであったが。

 寸前に、隙ありと飛び込んできたアマゾネスの女に胸を触られた。いや、揉まれた。否、その表現でも尚不足、揉みしだかれた。

 その事実に気が付き、彼女の勇ましい抗議は女性らしい甲高い叫びへと変貌する。

 

「ほっほぅ、これは中々のモノじゃな。頭は固いがこちらの方は随分と柔らかいではないか」

「ひゃっ……んんっ」

 

 喜悦と羞恥。どちらがどちらかは言うまでもない。

 尚、この間、播凰の視界は腕に遮られて真っ暗。声だけが聞こえている状態である。大人しく、されるがままだ。

 

「なんとも生娘らしい、愛い反応よのぅ。……さてさて、次は――」

「――住人同士の恋愛事情に口を挟みはしませんがー。如何に同性といえど、無理強いはなさらぬようー」

 

 が、そんな折に播凰と同じく視界を塞がれている管理人が声を上げた。

 それは正しく、鶴の一声となりて、アマゾネスの女の昂った声を止める。

 

「むぅ、管理人の君が言うならば仕方あるまいて」

「……っ」

 

 漆黒の外套が動き、視界が戻った播凰の目に入って来たのは。

 あっけらかんとするアマゾネスの女。そして、頬を上気させて慌ただしくこちらに駆け寄ってくる――というよりアマゾネスの女から離れようとしているジュクーシャ。

 彼女は荒い息のまま、播凰の後ろに回り込むと、その背から半身を出しながら牽制するようにアマゾネスの女を油断なく見据える。

 

「おやおや、振られてしまったかの」

「――フーッ! フーッ!」

 

 その息遣いときたら、まるで威嚇のよう。

 揶揄うような余裕のあるアマゾネスの女とは対照的に、眦に光るものすらうっすらと湛えたジュクーシャに普段の凛とした佇まいの面影は無い。さながら、仔猫の如き抵抗といったところか。

 

「……トコロデ、ココニ来タトイウコトハ、体ヲ動カシニキタノダロウ? コチラハモウ使ワナイ、好キニ使ウトイイ」

 

 このままでは収拾がつかぬ、と見て取ったのか。ハァと溜息を吐いた朝至が播凰に声をかけ、フロア中央の開けた部分を指し示す。

 全身漆黒の外套と、この中で一番まともではない恰好――アマゾネスの女の露出の激しい衣装もいい勝負ではあるが――をしている彼だが、どうやら今一番まともなのは彼らしい。

 

「そ、そうです、そうです! さあ播凰くん、行きましょう!」

 

 と、それを聞くや否やジュクーシャが光明を見たと言わんばかりに播凰の背中から飛び出し、一目散に眼下のフィールドへと降りて行った。

 この場から――アマゾネスの女から大手を振って離れられる明確な理由ができたからだろう。手合わせを渋っていたとは思わせないほどに積極的。

 第三者から見れば、彼女から播凰をこの場に誘ったと映るに違いない。

 

「それはその通りだが……どうやら、立ち合いの邪魔をしてしまったようだな」

 

 むしろ、逆に冷静なのが播凰である。

 確かにここに来た目的はジュクーシャとの手合わせのためだ。

 だが播凰は、自分達が姿を見せたことによって先客たる彼らの戦いを妨げてしまったことを覚えていた。そういった類のことに関してはきっちりしているのである。

 しかし、そんな播凰に朝至はゆるゆると首を振り。

 

「問題ナイ、無理矢理付キ合ワサレタダケダカラナ。……代ワリト言ッテハナンダガ、少シ見テイテモ構ワナイカ?」

「ふむ、よいぞ! なんなら参戦も歓迎しよう!」

「ククッ……ソレモ悪クハナイガ、今回ハ見ルダケニシテオコウ」

「そうか、それは残念だな!」

 

 ニカッ、と歯を見せて笑った播凰もまた、ジュクーシャを追ってフィールドへと降りていく。

 それを見送る朝至に、アマゾネスの女がカツカツとヒールの音を響かせながら。

 拗ねたような、咎めるような視線をよこして彼の隣へと並んで立った。

 

「――つれないのぅ、暗殺者の君よ。闇に生きる者同士(・・・・・・・・)、仲良くやろうではないか」

「最後ニ一撃、貰ッテヤッタダロウ」

「やはりあれはわざとじゃったか」

 

 動じることなく、まるで問われることを予期していたかのような朝至の簡潔な返答に、アマゾネスの女は嘆息しつつ。

 

「……まあよい。真に手の内を晒すことはないじゃろうが 妾も観戦させてもらうかのぅ」

 

 ジュクーシャと播凰が対峙する光景を見下ろし。

 

「改めて、我が願いを聞き入れてくれたことに感謝しよう。この地にて新たに与えられし姓は三狭間、名を播凰! ただ一人の武人として、相手願う! 互いの命を懸けての死合いとはいかないが、まずは手始めに我が言葉が偽りでないことを示そうぞ――遠慮なく、好きに打ち込んでくるがいい!!」

 

 その眼光に、虚が生じた。

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