三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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11話 勇者の術指南(前)

「私の世界にあった、魔法という術。それはこの世界でいう天能術と似ているところがあります」

 

 まずそう前置きしたジュクーシャは。例えば、と少しばかり目を遊ばせて考えるような仕草をした後。

 何が出てくるのかとワクワクと期待に満ちた顔をする播凰に気付き、苦笑し。

 コホンと咳払いをして、その右手を持ち上げる。

 

「我が身に宿りし光の因子よ、我が周縁を照らせ」

 

 柔らかくもはっきりとしたジュクーシャの声が場に響いた、直後。

 彼女の右手付近の宙に描かれた、白く輝く幾何学模様。それより淡く発光する球体が飛び出したかと思えば、弾け。

 広大なフロア全体とまではいかずとも、パァッと柔らかくも強い光が二人の周囲一帯を照らした。

 播凰の元いた世界で灯りとして用いられていた火のようなそれではなく。この世界における一般的な照明器具――今正にフロア全体を照らす無機質なそれでもなく。

 不思議と安らぎを覚えるような、見ていて飽きない輝き。

 

「ほほぅ、見事! 美しいものだ」

「ありがとうございます。……とはいえ詠唱、それと魔法陣の有無に違いはありますが、天能術でも同じような光の術はあるでしょうね」

 

 感心したように頷きながら、一段と明るくなった周囲を播凰が見回せば。

 その純粋な賛辞を受けてか笑みの中に含羞を浮かべたジュクーシャは、慎ましくそう返す。

 

「魔法陣……というのは、先程の見慣れぬ模様のことだろうか?」

「はい。体内の魔力という力を練り上げて陣を刻み、発動させるというのが私の世界の――私の知る魔法です」

 

 既に消失しているが、つい数瞬前までは控えめながらも清くその存在を主張していた白。

 魔法陣、と口の中で転がしながら、それが描かれていた虚空を播凰は見やる。

 彼にとっては円の中にいくつもの複雑な線が引かれているというだけで、はっきり言って意味不明ではあった。だが、白く輝くそれは世辞抜きに綺麗なものとして目に映っていた。

 

「うむ、良い物を見せてもらった! ……が、天能術と似ているというならば――戦いとしての術でもあるのだろう?」

 

 満足気に頷き。けれど、破顔してその先を促すように。

 暗に――否、ほぼほぼ直球で、それを用いて戦えと。逃がさぬとキラリと播凰が目を光らせる。

 爛々と煌めくその瞳は、つい数瞬前と同じように期待の色を湛え、けれども明らかに別種のものであり。

 観念した、というよりかは、その反応は想定の内にあったのだろう。

 

「同じく、程々とはなりますがそれでもよろしければ。……そういえば、結局有耶無耶となってしまっておりましたが、天能術に関して教えるという約束をしていましたね」

 

 あくまでも手加減することは変わらず。同時に、以前流れで天能について播凰に教える約束をし、けれども諸々の理由でほとんど流れてしまっていたそれについてジュクーシャが言及した。

 その時は性質が不明であったことと、何より学園への入学が決定したことで管理人によって勉強漬けにさせられていたこと。それらによって、ジュクーシャからの教えは少ししか受けておらず。

 一応、性質が覇であると分かってからも多少の助言はもらったものの、そのくらい。

 

「どうでしょう、性質も判明して術も使えるようになられたことですし。何より学園に通われているので、そちらの方はもう大丈夫そうでしょうか?」

「ふぅむ……いや、ジュクーシャ殿にはジュクーシャ殿で教えを請いたい。学園でも一応は指導を受けているのだが、まずは制御、慣れが必要だと言われていてな」

 

 一転、煌めいていた播凰の瞳に陰りが浮かぶ。

 

 課題は制御で、まずは術に慣れておくこと。

 現状、教師たる紫藤から伝えられているのはそれだ。

 正直言って、播凰はそういった細々したことが苦手である。本来ならば、折角術を使えるようになったのだから人目を気にせず何も考えず、色々な術を受けては打ってと楽しみたいところなのだ。

 だが、紫藤によってそれは制限されている。

 一応は、播凰の性質を知る者――毅とであれば許されてはいるものの、彼ができるのは単純に岩を飛ばす初級も初級の術のみ。となれば、相手の術を返すという播凰の術――覇放・我執相呑によって打てるのも必然的にそれしかできない。

 率直に言えば、早くも飽きが来はじめていた。しかし一度してしまったからには約定を違えることはできない。

 

 そんな、言葉にせずとも、態度に混じる不満の色を見て取ったのか。

 ジュクーシャは少し考えるように顎に手を当てて。

 

「派手な術や大技を打ちたがる気持ちは、分かります。初心者は特にその傾向がありますし、その思いはおかしくありません。ですが慣れというのは、地味でこそあれ大切なこと。恐らく、その方の指導方針は間違っていないでしょう」

「むぅ、それはそうだが……」

「術というのは、身体を動かすのと同様に力を――エネルギーを使います。私の世界では魔力が、この世界では天能力がそれにあたりますね。それら効率的な力の運用をする第一歩は、まず慣れること。自然に術を発動できない内は、不必要な疲労を重ねることとなりますから」

「…………」

 

 頭では、理屈では。播凰も分かってはいるのだ。

 慣れというのを軽視してはいけないのは、他にも言えること。

 加え、疲労というのも心当たりはある。

 最初に術を発動した笠井との戦いの後は、慣れない感覚に意識を手放し朝を迎えていた。今も術を出す際は身構えるというか、術を出すこと自体に意識を集中させる必要があり、ある種の疲れがないわけではない。

 

「――ですので視点を変えて、私は実戦形式での術の使い方についてお教えしましょう」

 

 紫藤の方針に同意し、慣れが重要と説いたジュクーシャ。

 話の流れ的にてっきり同じようなことを言われて終わると思っていた播凰であったから、彼女のその提案にパチパチと目を瞬かせる。

 

「以前もお伝えしたように、覇の術というのは私の世界になかったもので、そちらに関しては残念ながら教えられることがありません。ただ、武器を手に振るうことがどの世界でも共通するように、術もまた発動後の扱いに関してはそう大きく変わることはないでしょう」

「言われてみれば、剣や槍に始まる武器の概念は前も今も同じだな」

「強力な武器や術というのは、確かに戦いを有利に運ぶ大きな要素となり得ます。しかし、優れた武具の持ち主が必ずしも勝者とならないように、術に関しても駆け引きや扱いの巧みさが戦いの趨勢を決定づけることがあります。術というのは、ただ単に強いそれを繰り出していればいいというわけではないのです」

「成る程、そういうものか……うむ、きっとそうに違いない」

 

 威力という点において、今まで播凰が受けた中で一番強かった天能術は、覇の術(我執相呑)を見せる際に紫藤が放った鋼放(こうほう)螺旋(らせん)(つい)。身の丈を超えた巨塊に尖鋭な先端が高速で回転しながら前進する、鋼の性質の術。播凰の肉体に傷を負わせることはなかったが、間違いなくそれが一番だ。

 が、であれば最も危うさを感じたのがそれかと問われれば、そうではない。

 

 リュミリエーラを襲った巨漢の男、笠井の音の術。それが迷うことなく一番手に上がる。

 無論、その時の状況の違いというのはある。が、少なくとも播凰にとって脅威足り得たのは、単に強いだけの術ではない。それは間違いなく。

 

「ただ強い術を打てばいいというわけではないのは分かった。しかし扱いの巧みさ、というのは? どのような術かは決まっているのだから、それに従って使うだけなのではないか?」

 

 実体験から、ただ強いだけの術が脅威になるわけではないのは理解した。それは武芸にも言えることであり、単に腕力だけが物を言う世界ではなく技術でその差を覆せることを知っているから、分かる。

 が、術の扱いの巧さというのが播凰にはピンと来ていない。術の効果が決まっている以上、扱いも何もないのではないか、と。

 

「ふふっ、それでは実際にやってみせましょうか」

 

 首を傾げる播凰に、ジュクーシャはクスリと笑い、少しだけ距離をとる。

 疑問が解決しないながらも、それを見て取り敢えず播凰も構え。

 

「我が身に宿りし光の因子よ――」

 

 詠唱と共に、ジュクーシャが足を踏み出す。

 その出だしは先程聞いたものと同じ内容。だが、ただ光で照らすだけの術が戦いに影響を与えるとは思えない。

 であれば、光のまた別の術だろうと結論付け。今度は何が出るかを見逃さぬよう注視する播凰であったが。

 

「――我が周縁を照らせ」

「……っ!?」

 

 予想に反し、先刻と同じ術の詠唱。それを頭が理解した、瞬間。

 視界を覆う輝き。そのあまりの眩さに、咄嗟に両の眼を閉じたものの。

 瞼越しにすら光は届き、播凰は無意識の内に顔の前で両腕を交差させ、庇うような体勢を作らされていた。

 

「光とは、人々に寄り添い日々の営みにおいて欠かせない存在。闇を晴らし、心に安寧を与えてくれる人類の味方。……しかし、時に過ぎた明るさは直視してしまうことで人体に影響を与えます。故に、至近距離で発光させれば目眩しに。強すぎる光にもなれば目を焼き、視力すら奪い取ることもできてしまうのです」

 

 背後から、声。

 ゾっとさせられるような内容であるが、パチパチと瞬きする播凰の眼はぼんやりとだが徐々にその機能を取り戻しつつある。

 ただの一時的な目眩しではあった。だが、脅すような物言いは、まるで光を照らすことで何ができるわけでもないと早合点した播凰の内心を見透かしたようで。

 

 万全な体勢でないながらも、声に反応して反射的に振り返った播凰の身体に、ジュクーシャが組み付く。

 女性らしい柔らかさでありながらも、がっしりと。

 そのまま右腕を抱えるように掴まれたかと思えば、勢いよく反転されながら懐に入られる。

 

「また、一部の術は体術と組み合わせることで、単体で発動するよりも更に効果を引き出すことのできる使い方もあります」

 

 背負われるように、抱え込まれた右腕が強く引かれ。播凰の両足が地面から離れかけた、瞬間。

 

「我が身に宿りし風の因子よ、暴風となりて彼の者を吹き飛ばせっ!」

 

 刹那の、浮遊感。

 それはジュクーシャに投げられたことによって、播凰の全身が持ち上がったためであり。

 

「おおおっ!?」

 

 直後に、今までに経験したことのない、己の意思とは無関係に身体が上昇していく感覚。

 その正体は、ゴオォッ! と圧を感じさせる音を立てて斜めに吹き上がる風の流れ。

 逆さまとなった視界で地面を見下ろせば、播凰を投げ飛ばした態勢のジュクーシャのすぐ側に緑色の魔法陣が展開され、力強く明滅していた。

 

 四肢に、胴に、顔面に。吹き荒んだ風が、びゅうびゅうと播凰の全身を絶えることなく叩きつけられる。

 流石の播凰も、空中に打ち上げられてしまってはそれを受けることしかできない。頭を下、脚が上と天地逆転となった状態もそのままに、ただただ抗うこともできずに身を運ばれていく。

 ジュクーシャに投げられただけでは、或いは単に風に突き上げられただけでは、こうはならなかっただろう。

 誰にでも平等なはずの重力はしかし、この時ばかりはまるで機能することを忘れたかのよう。

 投げの勢いに風の勢いが加わった相乗効果。正しく体術()魔法()の組み合わせ、完成された一つの技術であった。

 

「成る程、扱い方か!」

 

 ジュクーシャの言葉の意味をその身を以て理解し、感嘆の声を上げる播凰であったが。

 状況を考えれば、そう呑気にばかりはしていられない。

 チラッと頭だけを振り返れば、眼前に迫るは部屋の壁。

 魔法陣から離れたためか、風の勢いも衰えつつあるとはいえ。さて、そのままでは激突は必至だが――。

 

「流石ですね」

 

 地上からそれを見上げていたジュクーシャは、予期していたかのように頷いた。

 彼女の視線の先、そこには宙で身を捩って足先から壁に張り付くように着地し、こちらを見下ろす播凰の姿。

 その足元は着地の衝撃を物語るかのように凹んでおり、周囲には亀裂が生じている。

 

 冷や汗と共に安堵していてもおかしくはないのに、浮かんでいるのは不敵な笑み。

 彼ならば自力でなんとかするだろうと見越して仕掛けた身とはいえ、遠目でも間違いなくそうと判別できる顔に、少しだけ苦笑しかけ。

 けれども落下してこず、ググッとまるで足に力を溜めている様子に、ジュクーシャは目を細めた。

 

 ――来る。

 

 距離がある。高低差もある。

 飛び道具でもなければ――いや、飛び道具でも警戒するのはその予備動作を見てからでも遅くは無い。

 彼我の状況だけを見れば、充分に一呼吸つけそうなタイミングにあって、しかし。

 迷わず彼女は瞬時に動く。

 

「我が身に宿りし雷の因子よ、我が身を守護する盾となれ!」

 

 かつて戦いに身を置いていた者としての、直感だった。

 激しい閃光と共に、両者を隔てるように形成されるは雷の盾。身体の一部どころではない、ジュクーシャの全身をすっぽりと覆い隠して尚、余り有る大きさ。

 突如として現れた金色の輝きに、播凰の頬がニィッと吊り上がる。

 

 風は既に微風、強風の名残程度の些細なそれが頬を撫でるだけ。否、仮に吹き続けていたとて、構うものか。

 

「行くぞっ!」

 

 引き絞られた矢のように、壁を蹴った播凰が飛び出す。

 風を切り裂き、地面まで一直線。後先考えない――考える必要のない、一撃。

 狙いは無論、立ちはだかる雷の盾以外ありえまい。

 自然現象としては不自然な形で固定され、しかしバチバチッと青白く迸り存在を主張するそれ目掛け。左足は軽く曲げ、右足をピンと真っすぐに伸ばして足裏から突っ込む。

 

 ――ドシャァッッ!!

 

 高速の飛び蹴りが、盾の中央部を苦も無くぶち抜いた。

 一瞬の拮抗すらない。金色の粒子が次々に弾け、ど真ん中にぽっかりと大穴。

 憐れ、雷の大盾はもはや原型を辛うじて留めているだけの意味のない置物と化す。

 

「……むっ」

 

 ――けれど、その向こう側にいるはずの、ジュクーシャの姿はそこに無かった。

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