三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「――防御の術の本領は、術者の身を護ること。けれども形状次第では、機能が損なわれるその瞬間まで、相手の視界を遮りこちらの行動を悟らせないという役割にも期待できます」
声は、頭上から響いた。
と、同時に。蹴りの勢いで
地面に刻まれた白い魔法陣から伸びる光り輝く鎖、それが播凰を拘束している物の正体だった。
「我が身に宿りし水の因子よ、彼の者を押し流せ!」
詠唱に釣られて頭上を仰ぎ見た播凰の眼に飛び込んできたのは、滝のように落ちてくる大量の水。
零れ落ちた一滴が先んじて腕を濡らした、次の瞬間。まとまった水の塊が光の鎖で縛られた播凰を呑み込むようにどっと降り注ぎ、地面に接触したことで大きく波打った。
突如として水中に沈む形となる播凰であったが、それも一瞬のこと。
ここが水が溜まるような地形ならまだしも、そうではない。
ぷはぁっ、と播凰が水面から顔を出した後は、平地を四散して流れていくだけで。
腕を拘束していた光の鎖もいつの間にか消えており、自由になっている。
と、全身ずぶ濡れとなったことで、ぶるぶると水飛沫を撒き散らす播凰の傍らに、タンッ、とジュクーシャが着地をした。
その顔は、申し訳なさそうに播凰を伺っていて。
「すみません、一番威力が低いことを理由に水の術としたのですが……濡れた後のことを考えていませんでした」
「ははっ、いやなに、落ち着くのに丁度良かったところだ」
季節的にも、徐々に気温が上がって来ている今日この頃。また戦いとしての一区切りともなった。
ジュクーシャの謝罪を不要と笑い飛ばし、播凰は着ていたシャツを徐に脱ぐ。
「つまり、あれか。私の視界が盾の術によって塞がれた一瞬――盾が壊れる寸前に上に跳んでいたということか」
「んんっ、そうですね」
「そうして、回避行動を隠したと同時に元居た場所にあの罠を張り、盾を破った私がまんまと引っかかったと。成る程、考えられたものだ」
上半身を露わにしたことにより、僅かに赤面して播凰から視線を逸らすジュクーシャを気にした様子もなく。多量の水を含んだそれを絞りながら、播凰は考えを纏める。
播凰が盾に近づくよりも前に跳んでいたならば、その姿が見えていたはず。しかし播凰は上空に逃げるジュクーシャを眼にしていない。
となればあの時、間違いなくジュクーシャは破壊されるその間際まで、盾の向こう側にいたのだ。
彼女が言ったように、単に護りではなく目隠しとして用い、悟らせないために。
「……こほん。術というのは、威力や効果が重視され、そればかりに気を取られてしまう人は多いでしょう。ですが、術の性質や属性そのものとしての特性、術の形状そのものとしての特性。それら構成される要素の全てを以て、一つの術なのです」
咳払いをして動揺を落ち着かせたジュクーシャは、播凰の顔に視線を固定する。
「ただの術の打ち合い合戦であれば、そこまで気にする必要はないかもしれませんが。戦いの中においては、それら術の要素を活かすも活かさないも術者次第。……どうでしょう、少しはお役に立てましたか?」
「うむ、術とは思っていたよりも奥深いことが分かった! 学園では、そのような教え方をされていないからな!」
学園でのそれは、一応戦いを想定しているものの、どちらかといえば精度や威力といった術そのものを鍛えるようなものである。今のように戦いを組み立てるような――応用的な教えではない。
もっとも、現状は高等部一年だからであり、もっと言えば播凰が所属しているのが実力最下位の組という理由だからかもしれないが。
水を絞ったシャツを再び身に纏いながら、ふとした疑問を口にする。
「それにしてもジュクーシャ殿は、最初の光に始まり……風、雷、水と、複数の術を使っていたが。そちらの世界の魔法というのは、そういうものなのか?」
「はい。適正は一つだけに当てはまらず、私以外でも複数の適正を持つ者はいます。もっとも、全員が全員そういうわけではなく、中には魔法の適正が全くない方もいますが」
「ほほぅ……ちなみに、今見せてくれた以外にも使えるのか?」
「そうですね、たった一つ――魔の眷属が扱う、闇属性を除いた他の全てが、一応」
一つを除いた、全て。その回答に、播凰は目を丸くする。
そんな彼の顔を見て、ジュクーシャはゆるゆると首を振った。
「とはいえ、知識や理解に関しては私はまだまだです。適正が多いからといって、その適正の全ての術が使えるわけでもありませんし……いうなれば、広く浅くといったところでしょうか。属性の数にしても、この世界の天能術における性質のように何十と存在するわけではありませんから」
「そうだとしても、羨ましいものだ。
混じり気無い羨望を向けていた播凰の言葉が、ピタリと止まった。
どうしたのだろうかとジュクーシャが見れば、播凰は訝し気に首を捻っており。遂には唸るような声を上げ始める始末。
心配したジュクーシャが声をかけようとしたその時、彼女にとって奇妙なことを播凰が言い出した。
「ジュクーシャ殿、何か目印、というか的のような物は出せたりするだろうか?」
「ええ、出せなくはないですが……どうされました?」
「うむ、私の唯一使える術が、受けた特定の術――天放属性の天能術を打てるというものなのだがな。それが出せそうな気がするのだ」
「……私の魔法を返せるということですか?」
面食らい、驚きを込めて確認するように問い返したジュクーシャに播凰は頷く。
播凰の言うことを疑ってかかっているというわけではないが、信じられないという思いがジュクーシャの中に渦巻いた。つまりは、半信半疑。
ジュクーシャの世界の技能である魔法と、この世界の技能である天能術。
似ているようなものだとは確かに言ったし、それは彼女の本音でもある。
だが、確実に似て非なる物だ。魔法陣の有無からも、根本的に異にしていると見ていい。
要するに、水やら雷やら、発動後の最終的な現象は類似こそすれ。源となる力も発動のプロセスも全くの別物のはずなのだ。
「……でしたら、私が的となりましょう」
にも関わらず、天能術で魔法が打てるかもしれないと彼は言う。
普通に考えれば法螺に聞こえてしまうが、播凰がそのような嘘をつく人間だと思っておらずまたその利点も皆無。
相反する思いを胸に抱き、熟考の末にジュクーシャは播凰から適度な距離の場所に立った。
「ん? いや、別にジュクーシャ殿が的となる必要は――」
「心配は無用、これでお相子です」
「……まあ、そちらがそれでよいのであれば」
ニッコリと、しかし頑として譲らなそうな彼女の笑顔に、播凰はあっさりと折れ。
まだ少しだけ不慣れそうにしながらも、銀色の杖――彼の天能武装を顕現させる。
「では――
そこで何も起きなければ、播凰の思い過ごしということで片が付いただろう。
ジュクーシャとしても彼を責めるつもりはなく、しかしやはりと納得しただろう。
だが、起きた。
播凰の呪文をトリガーに、ジュクーシャの半分の疑心を嘲笑うように。実にあっさりと、水が勢いよくジュクーシャに向かってうねるように流れ出る。
迫りくる水流は、あっという間にジュクーシャを呑み込み、僅かに押し流した。
ジュクーシャのように魔法陣は出ていない。つまり彼女の知る魔法ではない。
しかし。
「まさか私の魔法を、本当に……」
ポタポタと髪から、ズボンの裾から水滴を滴らせながらジュクーシャが驚きの呟きを漏らす。
直接受けたから分かる。あれは、単に水流という現象を模したものではなく、間違いなくジュクーシャ自ら
魔法でない技能が、魔法を再現する。
自分よりも上の魔法の使い手。例えば、かつての魔法の師であった彼女がこれを知ったら、仰天するだろう。発狂するだろう。
或いは、狂喜乱舞して喜々と播凰を質問攻めにするかもしれない。
もっとも、いるはずのない人物に思いを巡らせたところで、何の意味もないが。
「おおっ、やはり出せたぞっ!」
そんな彼女の内心をよそに、視線の先の播凰は無邪気に喜んでいる。
ジュクーシャ程の驚きが彼にはない。彼にとっては、他の術と同様に返せたという事実でしかないのだろう。
半ばボーっとした頭でジュクーシャは播凰に近寄り、それに気付いた彼が興奮気味に振り返った。
「どうだった、ジュクーシャ殿! あれは水で、魔法とやらだったか!?」
「……ええ、驚くべきことに、そのようです」
ジュクーシャが認めれば、そうか、と播凰が破顔する。
何をやったのか、どうやったのか。質問をしようとして、播凰のその顔を見ながらなんと切り出そうかと言葉を選ぶジュクーシャであったが。
うんうんと満足気に頷く彼は、ふと、何かに気付いたようにじっと彼女を見て。
「少しばかり感覚が違ったから確信が持てなかったが、うむ。確かに濡れているし、透けている」
「はい、魔法とはいえ正真正銘の本物の水ですから、濡れも透けも――え?」
魔法によって作られたものとはいえ、水は水である。
普通の水を浴びたことと変わりなく、播凰の言葉に首肯しかけたジュクーシャはけれど、言葉を切り。
ギギギ、と恐る恐る。播凰の視線を追うように、首を下に自身を見下ろした。
ジュクーシャの着ていた白いシャツ。それが水に濡れたことにより、ぴっちりと肌に張り付き――真っ赤な下着が思い切り透けて見えていた。くっきりと、その形を鮮明に浮かび上がらせて。
瞬時に、ジュクーシャの頬が紅潮する。まるでその色は、胸につけたその下着同様に鮮やかな赤。
「あ、いや、これは……そ、その、私が自分で購入したわけではなく――」
狼狽し、ゴニョゴニョと。
引き攣ったか細い声で、視線をあちこちに彷徨わせるジュクーシャであったが。
「しかし、先程のアマゾネスとやらもそうだったが――他の世界の女子は、随分と派手なものを身に着けるのだな」
呑気な播凰の声が、止めだった。どうやら単なる事実とだけ捉えているようで、視線や声色に恥ずかしさや情欲がないのが救いか。
だが、むしろそれが逆に彼女にとっては更なる羞恥を与え。
顔だけでなく、全身に回る熱。もはや、何を播凰に問おうとしていたかなど、疾うに頭から消えており。
「――ッッ!」
声にならない悲鳴。
脱兎の如く、ジュクーシャはその場から遁走した。
流石の身のこなし、階段など無視して一気に跳び上がっていき。
結果、この場にぽつんと、ただ一人播凰だけがだだっ広い空間に立っていて。
「……む?」
残された播凰は、ただただ首を傾げるのであった。
――――――――
その日の夜、播凰の元に二つのメッセージが届く。
一つ目はジュクーシャから。
そこには先に帰ってしまったことの謝罪と、身に着けていた物は店の――リュミリエーラのアルバイト仲間と買い物にいった際、半ば無理矢理プレゼントされたもので自分で選んだわけではないという旨が長々と力説されていた。
確かに派手だと思いはしたものの、別段何を身に着けていようが気にはしないし当人の自由ではと思いつつ。
また時間を見つけて今日のように手合わせや術について教えてもらいたいことを返信。二つ目のメッセージに目を向ける。
その差出人は、二階の姉弟の姉の方、二津辺莉。
『部活とは少し違うみたいなんだけど、研究会っていうのが学園にあるんだって! その中で面白そうなとこを見つけたから、明日の朝、学園に行かないで最強荘の門のところで待ち合わせね!』
読んでいただきありがとうございます。
次回は『異世界道具研究会』、よろしくお願いします。