三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
……なんか緊張してたのが馬鹿みたい、かも?
堰を切ったように熱く語り始める異世界道具研究会の面々を見て、その内容を半ば聞き流しながら辺莉は内心で苦笑いをする。
まあ正確には聞き流しているというより、両者が同時に理想の異世界像を喋るせいで鮮明に聞き取れないというのが実情なのだが。とはいえ、耳に届いた断片から察っせないわけではない。
絹持――研究会代表の彼は、勇者と魔王が存在する完全なファンタジーの世界。勇者に憧れ、自身もそうなりたいと願っているらしい。
掛布――研究会副代表の彼女は、中世をベースにファンタジーな要素を加えたような騎士が活躍する世界。こちらも騎士に憧れはあるらしいが、絹持と違って彼女自身がなりたいとかそういうわけではないようだ。
それが彼等の強く思い描く異世界像。
まあ、確かに異世界と聞いてしっくり来るのは、播凰や辺莉よりも彼等の方だろう。そしてそれを胸の内に秘めるだけでなく大真面目に語っているのだから、敬遠される要素になるのは分かる。ここに訪れた際に冷やかしがどうのと掛布が零していたが、実際に異世界から来た辺莉をしてその熱量に少し苦笑するところがあるのだから。
そんなことを思いながら、辺莉は隣に座る播凰をチラリと振り返る。
二人の話に相槌を打つその表情には適当さは窺えず、どうにも熱心に耳を傾けているようだ。
……そっか、そういう世界を生きてきたんだね。
播凰の強く意識する異世界像。戦乱の世、さながら日本におけるところの戦国時代のような。辺莉にとっては歴史の中でしかない世界観が、播凰にとってのかつての日常。
何も知らぬ第三者であれば強い妄言妄想の域を出ないだろうが、同じ状況の彼女からすれば、あの語りが彼の元の世界のことであることに疑いの余地は無い。
いや、仮にあの自爆めいた語りでなかったとしても、辺莉には分かっただろう。
何故なら、自分も同じだから。二津辺莉の語った異世界像もまた、彼女が二津辺莉となる以前の世界の話。この世界にとっては空想の産物めいたものであっても、辺莉にとってはそれが普通だった――変身して得た力で戦士として戦っていた己の話。
今はもう、振り切ってはいる。未練もない。
が、やはりどうしても意識してしまうところはあるのだ。口に出すなら尚更。適当な異世界観を挙げてもよかったのだが、まあいいかと思った。
もっとも、そんな多少なりとも覚悟をして話した結果がこの騒がしい状況なのだが。緊張しただけ損したような気分になってしまうのも致し方ないというもの。
ただ、僥倖とも言うべきか。思いがけず播凰のことを、その元の世界を知れたことは嬉しい。
別に親しい存在がいないわけではない。クラスメートとは仲良くやれているし、気にかけてくれる先輩も部活にはそれなりにいる。
最強荘にしたって、
弟の慎次だって、ぶっきらぼうで何かと言うと鬱陶しがるが、可愛いもの。
でも、播凰だけだ。
年の近しい、同じ学園に通う身近な異性。そして自分と同じ境遇、同じ秘密を抱える存在は。
慎次のように年下ではない。そう、まるで兄のような。
「うむ、その騎士様? とやらはよく知らぬが、勇者の方は知っている。確かに、彼の御仁は敬意を表するに値するだろう。いつか全力を見てみたいものだ」
「……勇者を知ってて騎士様を知らないのは納得いかないけど、妙な言い方ね。まるで本当に勇者に会ったことあるような言い種じゃない」
「ふむ……」
そして彼女にとってその兄のような存在は、どうやらまたしても自滅というか自爆というか、ともかくピンチになっているようだ。
二人の語りが一先ず落ち着いたところで感想を述べたものの、胡乱な目をした掛布に見事に突っ込まれている。
十中八九、播凰の指している勇者とは最強荘四階に住む四柳ジュクーシャのことだろう。
辺莉もジュクーシャがかつての世界でそういう役割を担っていたことは知っている。
そして最強荘に騎士はいない――というより、少なくとも辺莉は知らない。恐らく播凰も同様で、だからこそ勇者は知っていて騎士は知らないに違いない。
ふむ、と一言零したきり、黙り込んでいる播凰。これであからさまに焦りなり冷や汗を浮かべているのであれば怪しさ満載なのだが、特にそんなことは無いのが救いか。ただ、黙ったということは不味い言い方をした自覚はあるらしい。
それはそうだ、まさか異世界から来た女勇者を知っていますなどと言えるわけがない。
……もう、しょうがないなぁ。
やれやれ、とそんな感情を視線に載せつつ、辺莉は頭を回転させて助け舟となる言葉を紡ぐ。
「ゲーム! 播凰にいが言ってるのは今やってるゲームの話だよねっ!? だいじょーぶ、進めて行けばいつか勇者の全力が見れるから!」
「……ああ、そういうこと。けど、ゲームだろうがなんだろうが、騎士様を知らないままなんて許さないんだから! いいこと、ここに来たからにはこのアタシがイケオジ騎士様について徹底的に叩き込んであげるわっ!!」
「むほほほほっ、勇者の魅力を分かっておられるとは! 拙者、同志が増えて大歓喜でござる!」
我ながら少し苦しい言い分な気はしたが、彼等とて疑いはしたものの現実で勇者に会った――まあ現実で会っているのだが――などとは到底思っていなかったのだろう。
辺莉の一助によって再び騒がしくなる室内。どうやら、播凰の失言を有耶無耶にできたようだ。
先程、理想の異世界像として恐らくかつての世界を語った時もそうだが。
今しがた、勇者を身近に知っている体での発言も、非常に危なっかしい。
まあ、余程致命的なことさえしなければ最強荘のルールとしては問題ないので大丈夫だとは思うが。
けれども、この数瞬でこうも何度と危うい場面があると、ヒヤヒヤさせられるというもの。
ただこの時、辺莉の胸中にあったのはそればかりではなかった。
一つは、言うまでもなく呆れ。馬鹿正直というかなんというか躊躇なく問題発言をして、けれども狼狽えずにどっしりと構えている。まったく、質が悪いんだか悪くないんだか分からない。
手間がかかるというのは元来忌避すべきことで、進んで迷惑を被りたいわけもないのだ。それが他の人のことであるなら尚更。故に、その感情を彼女が抱くことはなんら不思議ではなく、正当なものといえよう。
だが、もう一つ。
――
いっそ純粋なまでの、歓喜。
にんまりとして、辺莉は播凰の横顔をじっと見つめていた。
――――
変わった生徒だと、そう感じた。
「――さてさて、理想の異世界談義も一頻り盛り上がったところで。ご両人には、我が異世界道具研究会の活動内容をお話しいたしましょうぞ」
パチン、と手を打った絹持がその恰幅のいい体型を揺らして立ち上がり、ホワイトボードの前へと歩いていくのを視界の隅に捉えながら。彼女――異世界道具研究会副代表、掛布小春は対面に座る男女の来訪者の顔をそれとなく伺う。
もっとも、小春自身も自らがどちらかといえばその変わった方に分類されるという自覚はある。そもそもからして、ここを訪れるという時点で大なり小なり変わり者の類ではあるだろう。
そしてそれを差っ引いても、見学者の二津辺莉と三狭間播凰は……輪をかけて、と言うべきだろうか。まあ彼女からしても一風変わった生徒だと形容せざるをえなかった。
「先程も少しばかりお話し申したが、この研究会では異世界の道具を想像と考案、そしてそれらを研究及び検討し、作製に挑戦することを目的としているでござる」
「うむ、興味深くはある。この世界にも既に未知の道具が溢れているが、それより更に異なる世界の道具となると、まるで見当が付かぬな!」
まず、この妙な言い回し。
もっとも代表である絹持も癖のある喋りであることは重々承知だが、また別種のそれ。
役になり切っている。つまりは、自らの存在を異世界という想像上の世界に投影し、そこにいる自分という架空の存在を演じているのだとは思う。
そしてそれ自体については、小春はとやかく言うつもりはない。彼女自身、こうまで露骨ではないが似たような妄想はすることがあるからだ。
どうあれ、異世界について真剣に受け答えしてくれるだけ、馬鹿にしてくる奴らより全然いい。
ただまあ、おかしいのはそれだけではないというか。
「しかし作るというからにはやはり、造り手――造戦科の生徒である必要があるということだろうか?」
「いやいや、そのようなことはありませんぞ。確かに、そうであればより活動を楽しめるという面があるのも否定しませぬが……モノ造りとは、造り手一人で完結させるのではなく、他者を取り入れてこそより良いモノになると拙者は考えておりましてな。基となるアイデア、ふとした発想力、試作のテストや武器防具の類であれば強度の確認に試し斬り等……これらは何も造り手たる当人だけでこなさねばならないということはないのでござる。例えば――」
播凰の疑問に笑みを深めながら、絹持がホワイトボードを指し示す。
その左上隅に小さく踊っているのは、天奉祭向けスケジュールの文字。
「直近の主な活動としては、四方校天奉祭の造戦科部門への出展。つまりは各学園の造戦科所属の生徒による製作物――天孕具の品評会に向けて、研究会として準備を進めているでござる」
「おお、四方校天奉祭か! 知っているぞ、四校が一堂に会して競うというやつだな!」
「……あれ、でもそれって誰でも出れるわけじゃなくて、代表者を決めるための候補者も選ばれた生徒だけだったと思うんですけど」
東西南北の四校、その代表者を以て各校の優劣を決定する行事、四方校天奉祭。
武戦科、天戦科であれば戦闘や演技で。造戦科であればモノで。過程は違えど、実力、技術、経験を注ぎ込んで競い合う、伝統あるそれ。
本来であれば、辺莉の言うように出たいからといって出られるようなものではない。
つまり場に立てる
故に辺莉の認識は正しいのだが、苦笑して小春は口を挟む。
「あぁ、それは大丈夫よ。こんなんでもキモオタ先輩――んんっ、この人一応名家の出だし、
そう、何を隠そう研究会代表――絹持織高は、その四方校天奉祭の造戦科部門における東方第一代表の候補者として正式に学園から選ばれている生徒なのである。
「そして出展は、一定の範囲内であれば合作――他の生徒による手伝いも認められておりましてな。製作者こそ拙者扱いとはなるものの、作品が四方校天奉祭の代表の一つとして選出されたその時は、研究会の同志も協力者として場に立っていただくつもりでござる」
「ほぇー、先輩凄いんだー」
「ほほぅ、それはどのようなものができるか楽しみだな!」
意外そうに目を丸くする辺莉と、期待の声を漏らして二、三度軽く頷く播凰。
そんな二人の反応を見た小春は内心、鼻高々になる。そう、こんなんでもウチの代表は案外凄い生徒だったりするのだ。
もっとも、元々馬鹿にしたような気配はなかった彼等に対してはどうこう言うつもりはないし、そもそも言う権利があるとすればそれは彼女ではなく本人だろう。
その当人である絹持も、いえいえ、と軽く謙遜するように賛辞にゆるゆると首を振り。
「そしてそれ以外、つまり通常の研究会の活動方針としては――基本的には、各々の自由でござる」
「自由、というと?」
「造りたいものを、造りたい時に、造る。拙者は毎日の放課後は大抵ここに来ておりますが、活動の強制はしませぬ。理想たる異世界こそ違えど、我等は共に同じ夢を追う理解者故。時に同志と異世界を語り、時に気軽に相談ができ、時に協力して事に当たる。ここは、そのような場であれればと」
「ふむ……」
そうして、平時の研究会の活動――もっとも明確な活動らしい活動ではない――が絹持の口から告げられたのだが。
会話が明確に途切れ、一転して静けさが広がる。
……うーん、なんなのかしらね。
そう、これだ。掛布小春が、この二人の見学者を奇妙に思うもう一つ。
三狭間播凰だけではない、
呟いたきり口を閉ざし、何かを考えるように目を伏せる播凰の方は、まあ少なくともおかしくはない。今に限っては。
造戦科でない彼にとっては、物足りなさを感じてしまうかもしれない。というか、確信は持てないが表情と雰囲気がそう物語っているように見えなくもない。
問題は――そんな彼の顔色を、何故かそわそわと落ち着きなく伺っている辺莉。
まともに顔を合わせたのは初めてだが、彼女について話というか噂を聞いたことがある。機会はそう多かったわけではない。だが、耳に残っていた。
何せ、あの青龍の所属。部活のようで、しかし明確に違うそれは殊、
抜きん出た実力者、希少な天能の性質保持者……所属の条件は不明確で色々囁かれてはいるが、所属しているだけで一種のステータス、一般生徒からは一目も二目も置かれる存在。
彼女、二津辺莉はそんな生徒なのである。
対して、自己紹介で聞いた三狭間播凰は、天戦科H組。率直に言えば、劣等生。劣等集団。
生徒の母数が違い二クラスしかないとはいえ、同じ劣等生――造戦科における下位クラスの小春が言えた義理ではないが、はっきり言って立場が違う。
にもかかわらず。
……逆じゃないかしら?
怪しんでいるというほどでもないが、単純な疑問。
何故、辺莉が播凰の顔色を気にするのか。普通、逆じゃないのかと。決定権を握るのは辺莉のはずで、顔色を伺うべきは播凰ではないのかと。
一度直接指摘もしたが、その上で改めてそう思う。
近しい関係性であるというのは、呼び方からも分かる。無論、苗字が違うし顔つきも似ていないので実の兄妹ではないのだろうが。
それを踏まえた上で尚、世間では有り得てもこの学園においては普通ではない。学年など関係なく、実力ある年下が劣った年上を嘲笑うなど当たり前で、それを咎める声はないのだ。
とはいえ、その人柄は好ましいとは思う。嫌なものを幾度も見てきた小春からすれば、ある程度の警戒心を解く程度には。
……ただまあ、落ち着きのなさというか。随分と雰囲気がコロコロ変わる表情豊かな子だとも思うけど。
ともあれ、それが掛布小春が抱いたここまでの印象。
片や無名な高等部の劣等生徒、片や有名な中等部の優秀生徒。少々変わった、けれど冷やかしでなく真面目に話を聞いてくれる、異世界道具研究会の見学者。今のところ割と好感触。
そう、捉えていた。――今、この瞬間までは。
「……お主は、何のためにここに立っている?」
「むむっ、代表としての役割ですかな? それは無論、異世界を愛する同志と共に、何にも縛られることなく自由に――」
「違う」
気付いた時には、凝視していた。その横顔に視線が縫い付けられていた。
彼が口を開いたから、ではない。彼が絹持の言葉を端的に切り捨てたから、でもない。
何かは分からない。目に見える変化があったわけではない。
けれども、ただの一言。ただのそれだけで、確かに空気が変わった。見知ったはずのこの部屋を、しかし見知らぬそれに変容させるように、余すところなく侵犯していた。
頭ではなく、肌で。理屈めいたものではなく、本能でそれを感じ取ったが故に。
「夢、と言ったな。何を求める?」
鷹揚に問う声だけが、耳に染み入る。
身動きの一つもできない。こちらに向いているわけでもないというのに、同じく簡素な椅子に座したままのはずなのに。
まるで問われた者以外、声を上げることすら禁じられたかのようで。
ただただ、気圧される。
「――聖剣」
「聖剣とは?」
「勇者を勇者たらしめる象徴。最強にして、至高の剣。それを己が手で造り出すことこそ、拙者の夢なれば」
僅かな問答。
それを経て、再びの沈黙が到来する。
できることは凝視することだけ。否、それすらもさせられている、というべきか。
ただの横顔、こちらに視線が向いているわけでもないというのに。
目に映る景色は変わることなく、まるで時が止まったかのよう。ああ、そう思えるのは音すらもそうだからか。
微かな物音すらなく、ひたすら無音。何も、聞こえない。何も。
その上で、自らがそれを破るという選択肢すら脳裏に過ることはなく。
現状に甘んじていた、その果てに――
「ふ、ふ、ふ」
雑踏の中にあれば間違いなく聞き逃していただろうそれは、しかし静寂において雷鳴の如く耳朶を打つ。
それが笑い声であったと理解したのは、一拍遅れてのことだった。
そして誰が笑ったのかも、その時理解した。
下を向いたからだ。下を向き、喉を鳴らすように、肩を震わせていたからだ。
――凝視の先、視線の先にいた
その行為が何を指すのか一目瞭然。そして尚もそれは続いており。
「……っ!」
第一声は、声無き声だった。いや、声と表現するのは烏滸がましい、単に掛布小春の、自身の口から発せられただけの、音。
それでも、それは確かに声だった。つい数瞬まで禁じられたと彼女が錯覚していた、声だった。
何故、他科とはいえたかだか同学年でしかない男子生徒に気後れしていたのか。
何故、そんな奴に絹持の――代表の
怒りが小春の胸に燃え上がる。硬直していた全身、その指先一本隅々にまで熱を伝えていく。
ようやっとまともな見学者が来たと思ったのに。馬鹿にされることのない語らいができたと思ったのに。
やはり冷やかしでありここまで演技だったのかと思えば、落胆分、より憤りは高く。
その衝動のまま、彼女は勢いよく立ち上がろうと、力強く机に両手を叩きつけようとし――。
その寸前に彼の横顔、その眼だけがほんの一瞬だけ小春にむけて動いたように見えて。
「最強の剣、か。随分と大きく出たものだが――嗚呼、良き夢だ。羨ましく思うほどに」
書きたい気持ちはあるんですが、これが中々進まないんですね。。展開は頭にあるんですが。
研究会の話は一旦次で一区切り、その次は配信回の予定です。